百鳥の声におくられ海老坂の古寺の朝を立ち出でにけり
人見氏は峠までわれを見送りぬほの暖かき風に吹かれつ
長閑なる風の過ぎゆく海老坂の峠ににほふ山つつじ花
むらさき赤桃色つつじ海老坂の峠の春の朝をにほへり
人見氏はわれにわかれて帰りゆくその後姿を親しみ見送る
山桜青葉となりし坂道をこころすがしく下りてゆくも
海老坂の峠下れば道のべの岩に腰かけやすむ女のあり
この女若く見ゆれど姥桜春たけなはの葉ざくら色持つ
先生と声かけながらつと立ちてわが後べにしたがひ来る
上田さんあなたを訪ねてゆくところ園部へ行かずにすみしと語る
名も知らぬ姥桜よとよく見れば四五年前の心の友なり
ああ君かいづくに居るよとわが問へば安掛の村に嫁ぎしといふ
三年前に嫁ぎし夫は床しばり悲しき家庭を救はせ給へ
あらたかな神の大道を歩み給ふと聞きしゆわれは訪ねゆく道
大変な評判ですよと彼の女つつましげなり昔に変りて
はづかしきあばら家なれどわが夫の祈願のために来ませと願ふ
この女以前に変り頬やせて見まがふ許りふけて見ゆるも
いつの間にかくやつれしとわれ問へば夫の病と貧苦のためといふ
左右の目ゆ落つる涙をかくしつつ笑顔をつくるさまあはれなり
牧場に夜なよな通ひしこの女園部の住居は若かりにけり
二十歳を二つ越えたる身ながらにやつれて三十四五と見えたり
生活になやめるさまのありありと痩せたる頬にあらはれてをり
山裾をめぐり野路越え橋こえていとささやけき彼が家につく
悪霊退散
破れたる雨戸を開きてつと入れば病める夫のうめき声聞ゆ
門口をくぐれば怪しき影いくつ患者の裾より飛び出しにけり
熱臭きにほひはわが鼻突きにつつ薄き布団に横たはる夫
枕頭にわれ端坐して祝詞のれば病者の熱はたちまちさめたり
この家の主人要助は三年の重きいたづき半ば癒えたり
いたづける主人要助起きあがり両手を合せて感謝してをり
わが行きし姿に悪霊驚きて逃げたるあとは心地よくなりし
この家の夫婦は神徳よろこびて神をまつらせ給へと頼む
根の国に落ちしわが家を賑しく照させ給ふは君よとて泣く
如何ならん神の経綸か汝が君に救はれたりと彼女は語る
この女そつと吾が面眺めをりわれ知らぬがに彼の顔見る
はつきりとものは言はねど言の葉の奥にこもれる情熱の色
いつ迄もわが家に道を説きませと夫婦の頼み去りがてにゐる
晩春のこの山里のやぶれ家にわれは四五日足とどめけり
要助の病日日たてなほり自ら茶をたてわれにすすむる
礼詣り
産土へ御礼まゐりと要助は妻とわれとをいざなひてゆく
老松の天を封じてそそり立つ昼なほくらき宮に詣でぬ
苔むして神さび立てる若杉のかげにし立てば春なほ寒き
要助が家の無事をば守りませとわれもろともに神前に祈りぬ
海老坂を越ゆれば丹波北桑田山野の景色とみに変れり
昼もなほ梟のなくこの森はほの暗きまで桂木しげれり
桂木の森を封じてそそり立つ桧と松はめづらしく太き
階段を下りながらに思ふかなさすがは神の御国なるよと
山奥の小さき村にも神まつる手ぶりは日本の姿なりけり
要助はいやさきに立ちいそいそと宮の階段下りて帰る
彼の女神のみまへに額づきて何かねぎつつ泣きじやくりをり
御主人ははや帰らせり汝もまた帰らせたまへとわれうながせり
あなたとの固き約束裏切りし罪と言ひつつ彼女は泣けり
何事も因縁なりとわれ言へば恨めしさうにわが面見つむる
約束を裏切られたる幸ひは神に仕ふるわが身となりぬる
山桜花は散れども新緑のこずゑ一しほ清しとわれいふ
山桜も花はなければ詮なしといらへる女の恨めしげなるも
痛くない腹さぐられてはたまらぬとわれ階段を下り初めたり
振りかへりふり返りつつ階段を下れど彼女は動くともせず
已むを得ず百の階段下りゆけば樫の木かげに夫待ちをり
いつ迄も家内は何してゐますかと問はれて何かためらひ心地す
要助が家に帰りて休らひあれば程経て彼女は帰り来れり
山里の春
せめてもう四五日逗留遊ばせと妻は頼めり夫は願へり
両人の切なる願ひにほだされて長き春日も四五日暮れたり
要助のながの病の治りしと噂を聞きて人の寄りくる
質朴な山家育ちの人人の信仰あつきに驚かされつつ
暁の鳥のなく声澄みきりて朝庭すがし山つつじばな
いむかへる山はことごと紫のつつじの花にいろどられつつ
天国の状にも似たるこの里に春をうたへる鳥の音楽し
山を越え谷川わたり詣でくる人足日日にしげくなりぬる
冬さればこの山里は一丈余雪降りつみて軒埋むといふ
鳥うたひつつじは咲けど山裏のくぼみに残んの雪はありけり
要助のいたづき癒えてをちこちに神徳うけしと宣伝をなす
宣伝の効果つぎつぎあらはれてとりつぎ忙しく夜もねむられず
程近き野添の村に何事かありしとみえて警鐘ひびけり
警鐘乱打太鼓の音のいそがしく村人野添に向つて馳せゆく
野添より二人の若者走り来り人を救へとしきりに頼む
○余白に
徳をもて世ををさめずばいつまでも乱れはてなむ智慧の政事は
地の上の人ををさむる神法はただ愛善のまことあるのみ
政治宗教教育科学芸術の大本あかす大本の道