木枯の冷たき日なりき円山の空にひびかふ大工の槌の音
槌の音をあやしみ一人円山に登りてみれば老爺一人あり
吝嗇に名高き改森六左衛門移り住まんと家造り最中
この山に清水湧くかとわれ問へば井戸さへ掘れば出ると爺いふ
この山の何処なりと貸して上げませう家造りせよとわれに勧むる
家造る金は持たぬとわれ云へば金はいくらも貸すといふ爺
この親爺綾部に名高き高歩貸金を貸しては人の家とる
本宮山貸してくれいとお直さんが幾度も頼みに来たと爺いふ
この山をいくらで貸すかとわれ問へば一年千円出せとよくばる
千円で高けりや一そこの山を全部買へよと親爺すすむる
どれ程に山を売るかと尋ぬれば一万円よと大ぼらを吹く
一万円に買うてやらうとわれ云へば二万円より売らぬと欲ばる
やむを得ず二万円にて買ふといへば四万円より負けぬと彼いふ
欲ぼけの親爺からかひ半日を本宮山にあそびくらせり
この親爺小さき家にくすぼりゐて自ら新築作業にかかれる
真黒な土瓶の茶をば汲みながら垢つきし手にてわれにすすむる
この親爺欲にとぼけて金の無きわれに山をば売らんとあせる
一円の金さへ持たず四万円に買うてやらうかとわれはからかふ
からかへるわが言の葉をまにうけて手つけ千円出せとせまれり
二十年先になつたら千円の手つけを出さうとわれは答へぬ
二十年もしたら自分は死んでゐる今貰はねば間にあはぬといふ
この親爺御機嫌殊にうるはしく煎餅を出して渋茶をすすむる
バリバリとせんべい食ひ土瓶の茶一パイぶちやけてすごすご帰る
この親爺わが帰りゆく後より明日また遊びに来よと呼びをり
素裸になりし円山下りつつ冷たき吹雪にわれは吹かれつ
二十年末にはこれの円山を神の聖場になさんと思へり
金明会帰りて見れば御開祖は何処に居たかとたづねたまへり
円山の爺との話こまごまと語れば開祖はほほ笑みています
円山は三体の神永久に鎮まりいます聖場とのらせり
この日よりわれ円山の聖場を心にかくることとなりたり
待伏
大江山吹きおろす風の冷え冷えと雪を交へて淋しき宵なり
ただ一人味方の里を帰りくる途に怪しきかげのうごめく
何ものと闇にすかせば三人の頬冠りせる男の覗がふ
道の辺の積藁のかげに身を隠し怪しのかげの様子見てをりぬ
三人のひそびそ話よく聴けば吾を害せむと待ち伏せるらし
一人は上永一人は春蔵と谷口熊の声なりにけり
神様の御邪魔をいたす上田をばこの世に生けてはおけぬと語れる
積藁のかげにわれありと知らぬがに恐ろしきことをつぎつぎに語る
もう此処へ帰つて来ねばならぬ筈と人の皮きた獣類のささやき
折もあれ卍巴と降る雪に三人はこの場を東に立ちゆく
三人の闇の足音聴きながら四辺にこころを配りて帰る
幾度もあやふき場面を免がれぬ神国のためにつくすまことに
野心家に囲まれ反間苦肉なる策をやぶりて安かりしわれ
種種の馬詈妨害に逢ひながら神の恵みにわれは生きたり
千辛万苦なやみの坂を数越えて明治三十二年は暮れたり
○余白に
みろくの世来らむとして遠近の山の尾上に風さわぐなり
高山の頂の木は荒風に吹かれて根本ゆ倒されてをり
青嵐終り