陰暦の十月八日はあすにせまり旅出送ると信徒あつまる
朝まだきあてどもなしに冬の旅われと澄子と春蔵したがふ
御開祖は梅の御杖つき給ひ長の旅路にたたんとし給ふ
春蔵は雄松の杖つき澄子には雌松の杖を持たせんとせり
青竹の杖をとり出し春蔵は吾につけよと頻りにすすむる
青竹の杖は汝のものなりとわれ春蔵につかせたりけり
この時ゆ春蔵のたくみ齟齬なしてますます顔色蒼ざめにけり
数十人の信徒達におくられて真夜中近く綾部を立出づ
霜寒き冬の山道の寂しさを添へて悲しく狐啼くなり
ゆく先はいづくと知らず惟神開祖のみむねに従ふ旅なり
須知山の峠にかかる折もあれおどろの中より飛び出す兎
須知山の百木ことごと紅葉してその大方は散りうせてをり
霧こむる山坂道を一行はわらぢきやはんに身を固め行く
一行は菅のをがさに茣蓙の蓑松竹梅の杖もちにけり
枯木坂あへぎ上りて夜霧こむる榎木峠にさしかかりたり
榎木峠の頂きみればちよろちよろと旅人の火かほのかに燃えをり
やうやくに榎木峠の頂上に登れば意外の人の待ちをり
火を焚ける旅の主は福林安之助なる神職なりけり
福林大地に両手をつきながらお供願ふと泣きつつたのむ
老体がこの寒空に旅立たす御身案じてお供せむといふ
一行のほかに御供はゆるされぬと開祖はかたくことわり給ふ
福林千言万語を費してお供にたたむと泣きつつ頼めり
神命はもだし難しと御開祖はしきりに首を横に振らせり
御供の許しなければ是非もなし荷物をかつがせ給へと願ふ
御開祖はかれが熱誠にほだされて荷物の役を許されにけり
青竹の杖気に入らぬと春蔵はひそかに彼にささやきにけり
春蔵のささやき聞きて福林は彼の野心を初めてさとれり