榎木峠南に下ればほのぼのと初冬の空は明けはなれたり
虫くひしいが栗一つかたはらの栗の梢に初冬をふるへり
春蔵は道のかたへの岩の上に腰打ちかけて動くともせず
蒼白なる顔を曇らせ竹杖に顎を支へて腰上げぬ春蔵
御開祖に早く立てよと促がされ渋渋ながら歩み出したり
春蔵は胸突坂の石ころに足すべらして谷間に落ちこむ
驚きてわれは谷間に飛びくだり抱きおこせば怒る春蔵
惟神谷に落ちたるこの吾をおかまひあるなと不服のみいふ
春蔵の言葉きくより福林あきれ返りてうつむきてをり
会長を帰して私が雄松の杖つかねばならぬと春蔵つぶやく
福林かれの言葉を聞くよりも黒き心をさげすみにけり
やうやくに丹波船井の三の宮に一行たどりて朝飯を食ふ
三の宮保野田の里や桧山蒲生野を越えて須知町にいたる
須知町の三日市なる知己の家に休らひにつつ昼飯をくふ
つかれたる重たき足を運びつつ観音峠をよぢ登りたり
観音峠頂きにたちて四方見れば山はいづれも錦着てをり
観音峠旧道下り谷あひの観音堂に入りて休らふ
三時ごろ木崎の里にたどりつけば田中上中いでむかへをり
春蔵と諜しあはせる仙吉の館に一行入りて休らふ
上中と田中仙吉春蔵は野心の衝突なしてあらそふ
上中は一切万事春蔵や田中の陰謀さらけ出したり
御開祖にこもごも神意をさとされて田中夫婦も沈黙を為す
上田氏の第一お供が気に入らぬなどと本音をふき出す仙吉
仙吉の妻のお筆は上中がたくらみたりと夫をかばへり
上中は怒りくるひて田中筆の背を打ちたり拳かためて
春蔵は驚きにつつこそこそとこの場をたち出で園部に走る
春蔵をのぞきし外の四人づれ黄昏過ぎて園部駅に向ふ
園部駅に漸くつけば発車時間いまだ来らず春蔵まちをり
春蔵はしぶしぶながら同車して八木の小北の山につきたり
をりもあれ福島方の神殿の移転式ある当夜なりけり
何事も神のしぐみと云ひながら開祖はみまへに祝詞宣らせり
十月の八日の月は大空に利鎌のごとく光りかかれり
十二里の山道歩みくたぶれて午後十一時寝につきたり
初冬の御空の月は一行の夢を照してかがやきたまへり
小北山夕吹く風は山松のこずゑもみつつ音高みかも
山裾を開きて建てし福島氏の家居は余り広からざりけり
小夜更けて四方春蔵只一人小北の山を登りつ雄猛ぶ