小北山松にしろじろおく霜の柱するどく針にまがへり
冬さりて野べ吹く風に手も足も冷えわたりたる八木町の朝
朝霧の流るる小川に口すすぎ手を洗ひをれば神示ありけり
今の世は鞍馬の山の大天狗征服すべき時との御神示
御開祖に神示をのぶればうなづきて鞍馬の山にのぼらむと宣給ふ
白石山と思ひゐたりし春蔵はことの意外に顔蒼くなりぬ
福島は金光教に幾分か心ひかれてためらひてをり
御開祖の娘の婿の福島も鞍馬の供をためらひ行かず
ささやけき福島宅の神前に祝詞ををはり八木駅に向ふ
八木駅ゆ蓑笠つけてわが一行花園駅をさして乗りゆく
亀岡の駅に来れば穴太より斎藤与四郎氏乗りこみにけり
喜楽さん何処へゆくかと与四郎氏不思議な顔に問ひかけにけり
親子づれ乞食に出づるとわれいへばふふんと笑ひ横むきにけり
与四郎氏真に乞食と思ひけむ郷里に帰り人に話せり
喜楽奴は綾部の養家を喰ひつぶし乞食に出たと村人噂す
わが祖母も母も弟もわが噂耳にしてより驚きしといふ
霧こむる山本谷を馳せてゆく汽車の窓辺に吹く風寒し
保津川の鉄橋わたれば嵐山紅葉は散りて常磐木青し
大悲閣嵐峡館はさびしげに木の間にみえて風寒みつつ
亀山のトンネル出づれば嵯峨の駅信徒四五人出迎へてをり
わが汽車は葛野千葉野を走りつつ花園駅に一行下車せり
老松の高く茂れる妙心寺巨刹を左手にながめつつ行く
御開祖は御足まめにわが先に杖つきながら進み給ひぬ
春蔵は気のりのせない面もちにていやいやながら従ひ来れり
福林千言万語をつひやして宥めすかしつ春蔵をみちびく
舟岡山建勲神社の下道を辿りてゆけば社碑を建てをり
七年の後にはこの社の神職となるべき吾とはおもはざりけり
初冬の日あしみぢかく紫野大徳寺みつつ鞍馬に向ふ
たそがるる頃一行は鞍馬山本堂のまへに辿りつきたり
春蔵はまづ第一に霊前の御籤箱をばとりてうらなふ
春蔵の御籤をみれば大凶なり生命危しと記しありたり
つぎつぎに御籤をひけば御開祖も吾もその他も大吉とありぬ
鞍馬寺あとに大杉天狗杉木下をくぐりて奥の院にゆく
奥の院に到りてみれば義経の太刀あと残りし岩あまたあり
鞍馬山大僧正と牛若が剣術したりと伝ふる岩山
あちこちに白衣をつけて修験者珠数つまぐりて読経してをり
この山は魔の山ですと修験者はさもあやしげに怪奇をかたる
大僧正をまつりしといふあやしげな祠の前に蓑敷きて坐す
御開祖は祠の前に拍手して天津祝詞を宣りたまひけり
何故かわれ腹だちて松の杖ふりまはしつつ祠をうちたり
罰あたりこら何すると春蔵が慄へながらにわが杖を奪る
この杖はわしの杖だと春蔵が執念ぶかく握りてはなさず
かかる折白衣をつけし修験者が眼をむき出しわれを睨みつ
狗賓さんが集りいますこの山で乱暴するのはけしからぬといふ
木の間より京都市中の家家の灯は星のごとみえすきてをり
鞍馬寺の坊主が叩く太鼓の音を天狗の太鼓と修験者喜ぶ
あの音は鞍馬の寺の太鼓よとわが言の葉をさへぎる修験者
一行五人祠の前に蓑しきて松風の音を聴きつつ眠れり
やうやくに夜は明けそめて山烏谷間谷間ゆ鳴きわたりたり
名もしらぬ鳥の鳴声かしましく猿せむるごと聞え来るなり
やうやくに夜は明け放れずず黒き白衣の修験者つぎつぎのぼり来
修験者の顔をいちいち検ぶれば狸野天狗狐に似たりき
われこそは鞍馬の山の大僧正頭が高いぞとわれにかみつく
古狸何をぬかすと云ひながら鎮魂すればひつくりかへる
この山の魔王大僧正王様を軽蔑したりと怒る修験者
大僧正も魔王もくそもあるものか改心いたせと吾審判せり
大阪の炭本といふ神がかり大僧正とて口きりはじめぬ
『炭本』われこそは大僧正ようたがふな汝はまことの神の御手代よ
老人は大神さまの御手代よ御苦労さまと大僧正いふ
今日よりは綾の高天の円山にわれ鎮まると神憑がいふ
春蔵は曲津の神のいれものよ改心せよとせまる僧正
明くる日もやうやく暮れて風寒み春蔵ひとり眠らずにゐる
不思議なる火の玉一つあらはれて春蔵かかへ走り出したり
かたはらにいねたる福林安之助は春蔵の後おつかけてゆく
福林おひつきみれば不思議にも大なる火はぱつと消えたり
春蔵は闇の中より声ほそくゆるせゆるせと叫びゐたりき
春蔵はただ黙黙と一言も発せず顔を蒼くしてをり
三日目のあした鞍馬の山下り帰路は貴舟の神社に詣でし
初冬の峰吹く風に常磐木の松の枯葉は笠に散り来る
細谷川水清らかに潺潺と流るる水音寒かりにけり
鞍馬山後ふりかへり眺むれば雲間に高く聳えたりける
谿路のカーブいくつか下りつつあちこち人家のある里にいづ
道のべの草はおほかた枯れにつつ人家の軒は万両赤し
とぼとぼと一行五人は杖ひきつ初冬の野を京都に向ふ