霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第十五章 霊光

インフォメーション
題名:第15章 霊光 著者:出口王仁三郎
ページ:497
概要: 備考:2023/10/05校正。 タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-10-05 18:10:12 文字数:632 OBC :B121802c182
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]:『東北日記』三の巻 昭和3年8月25日
 独逸(どいつ)ブロツケン山(さん)にのみ出現(しゆつげん)するといふブロツケンゲスト(仏(ほとけ)の明光(みやうくわう))を去月(きよげつ)二十八日富士山(ふじさん)頂上(てうじやう)において発見(はつけん)し、学界(がくかい)に多大(ただい)の衝動(しやうどう)を与(あた)へた沼津(ぬまづ)測候(そくこう)所(じよ)の技手(ぎしゆ)は、その後(のち)これが研究(けんきう)を続(つづ)けてゐるが、最近(さいきん)同(どう)技手(ぎしゆ)の許(もと)へ岩手(いはて)県(けん)二戸郡(にのへぐん)福岡町(ふくおかまち)高屋(たかや)福二(ふくじ)氏(し)から、八月二日岩手山(いはてやま)に登(のぼ)つた際(さい)、頂上(てうじやう)に於(お)いて午前(ごぜん)六時四十分より十分間に渡(わた)り、自分(じぶん)の足下(そくか)から光(ひかり)を発(はつ)し、光中(くわうちう)の人影(ひとかげ)を明瞭(めいれう)に認(みと)める事(こと)が出来(でき)たが、朝日(あさひ)新聞(しんぶん)に報道(ほうだう)された所(ところ)の貴君(きくん)が富士(ふじ)頂上(てうじやう)で発見(はつけん)のブロツケンゲストと同様(どうやう)のものではあるまいかと、其(そ)の見取図(みとりづ)まで添(そ)へて照会(せうくわい)して来(き)たので、同(どう)技手(ぎしゆ)は研究(けんきう)の結果(けつくわ)疑(うたが)ひも無(な)くブロツケンゲストらしいので、近(ちか)くこれを気象台(きしやうだい)に送(おく)る事(こと)となつたが、是(これ)で我国(わがくに)には筑波山(つくばさん)、富士山(ふじさん)、岩手山(いはてやま)の三ケ所で発見(はつけん)されたことになる……と珍(めづ)らしさうに東京(とうきやう)の国民(こくみん)新聞(しんぶん)に載(の)つてゐたが、吾人(ごじん)大本人(おほもとじん)はこの仏(ほとけ)の明光(みやうくわう)と称(しよう)する山光(さんくわう)を幾度(いくど)となく各所(かくしよ)の霊山(れいざん)で発見(はつけん)して居(ゐ)るが、是(これ)は弥勒(みろく)出現(しゆつげん)の祥徴(しやうてう)として当然(たうぜん)現(あら)はるべきものである。
 聖地(せいち)の本宮山(ほんぐうざん)、弥仙山(みせんざん)、丹後(たんご)の女島(めじま)、播州(ばんしう)の神島(かみじま)、喜界(きかい)ケ島(しま)の宮原山(みやはらやま)、穴太(あなを)の高倉山(たかくらやま)等(とう)は時々(ときどき)に学者(がくしや)の所謂(いはゆる)仏(ほとけ)の明光(みやうくわう)なるものを発暉(はつき)し、地上(ちじやう)の霊地(れいち)なる事(こと)を惟神(かむながら)に証明(しやうめい)してゐるのである。
弥勒(みろく)の代(よ)早(はや)近(ちか)づきて彼方(あち)此方(こち)に山霊(さんれい)明光(みやうくわう)放(はな)ち初(そ)めたり
霊光(れいくわう)は霊山(れいざん)霊地(れいち)に暉(かがや)けど見(み)る人(ひと)稀(まれ)なる暗世(やみよ)忌々(ゆゆ)しき
日(ひ)の本(もと)は神(かみ)います国(くに)貴(うづ)の国(くに)霊光(れいくわう)各地(かくち)の霊山(れいざん)にあり
今頃(いまごろ)になりて山霊(さんれい)明光(みやうくわう)を珍(めづ)らしさうに云(い)ふぞ可笑(おか)しき
高熊(たかくま)の山(やま)にありたるその昔(むかし)巌(いわ)の下(した)より明光(みやうくわう)出(い)でけり
(昭和三、八、二五 東北日記 三の巻)
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