吾が輩を「雪隠虫の成り上がりだ、糞の権化だ、蠅虫だ、吹いたら飛ぶような弱虫だ」と、人間どもが大変に軽蔑しやがるのが癪に触る。一つ苦しめてやろうと思って、汗をだらだら休んで居やがる頭の上をくるくる舞いして見せてやると、流石に丹波の王仁も往生いたしたと見え、宣伝使とか小便使とか吐かす香鹿や堤・梅風の小西郷までが、白い布片で玉網を急造し、室内飛行機を墜落させるとか吐かして、吾が蝿の航空隊に向かって襲撃と出かけ、汗みどろになって追っかける。其のスタイルったら見られた態じゃない。梅風の奴大団扇をかざして、八方睨みの慧眼の吾が輩を叩き落とそうとして、床板をメキメキ鳴らす斗りで、一匹だって吾が蠅に危害を加うる事を能うせない。堤という奴の如きは、白い玉網を中空に左右左と振り舞わし、巫子が大幣を振り立てる様な珍妙なスタイルして、全滅させんと迫り来る可笑しさ、臍茶の至りだ。手を合わしたりもみもみしたり、足摺りをして頭に止まって糞を放りかけなぶってやっても、気の付かない代物だ。犀の毛や馬の尻尾には吾が蠅一寸閉口頓死の至りだが、そんな気の利いた武器は、滅多に彼奴等は所持して居ないから先ず安心、どこまでも夏は吾が蠅の天下だ。
人間の天窓の禿げた奴を蠅辷りなぞと悪口を吐かすが、吾が蠅の足には吸盤と云って蛸の足の疣の如な物があるから、禿頭はおろか硝子に止まっても、決して辷るような下手な事はやらない。また沢山な毛が生えているので、人間どもの恐がる黴菌を輸送するには誠に以て好都合だ。是からウーンと馬力を懸け、手足に一杯黴菌を付けると、何百万とも数え切れない程である。そして人間共の油断を見すまして、折角拵えよった海川山野の種々の御馳走を、お先へ失礼とも云わずに、散々に喰い荒した揚句、沢山の黴菌を御礼の印として振れ舞ってやる。知らぬが仏の人間共が、歓んで舌鼓を打ち鳴らし、うまそうに食って居やがる状を見ると可笑しくて堪らない。中には蠅帳を御馳走に掛け、絶対に吾が蠅の近付けない用心の良いやつもあれど、斯んな気の利いた事をやっていやがる人間の家は極めて尠ないから、吾が蠅は御馳走に不自由を感ずる事は毛頭無い。
そして吾が蠅の嗅覚は、三十間先位までは嗅ぎ付ける事が出来るので、何処の家にどんな馳走があるか位は直ぐ分かる。そして羽根は一日に数里飛ぶ事が出来るし、汽車や汽船・電車・馬車・自動車もロハで、汽船なら大臣待遇で一等室におさまって洋行でも出来るのだ。力量は体量の二十五倍だから、人間なら正に二十五人力という所だ。万物の霊長だ・神の子だ・神の生宮だ・天地経綸の司宰者など吐かして威張っていやがる人間なぞは、問題にならない。
又吾が蠅の眼は復眼式で、多数のレンズを集めたのと同じだから、所謂八方睨みで、何処から外敵が来襲しても良く判る。吾が蠅は先天的に以上の強味と武器とを携帯しておるから、人間共の左右左の大幣行事や、手緩い攻撃位では容易に征服されないが、近頃の人間共も種々と研究しているから、吾が蠅も余り油断は出来ない。今や盛夏の時機に際しているから、吾が蠅等の跋扈跳梁するには絶好の時機である。殊に各種伝染病の流行期に入るから随分忙しい。
今年は不思議な奴が遠方の丹波方面からやって来やがって、吾が蠅の書き入れ時を妨害致そうとして居やがるが、吾が蝿仲間も一つ総動員を為し、王仁どもの堅塁に肉迫し、何処迄も追いかけて行って、眼に物見せてやらねば置かぬのだ。吾が蝿は五月の蠅だウルサイとか、払えば来る飯の蠅だとか言って除けものにしていやがるが、要するに吾が蠅に対して尻尾を捲いた蠅軍の将だ。
(無題、『東北日記』二の巻 昭和三年八月十日)