問 大本に於ては如何なるものを教典とするや。
答 大本の教典は表神諭裏神諭霊界物語であります、而して表神諭は教祖ナカの筆先であり天之巻と火之巻とに分れて居り、裏神諭は王仁三郎の筆先でありまして裏の神諭と題する単行本王仁文庫の中の多満の礎道の大本、瑞能神歌、及玉の柱第一篇道の栞であります、尚之等教典の発行日時部数等は先日の公判に於て伊佐男が申して居つた通り間違ひありませぬ。
裁判長は、
被告人王仁三郎に対する証拠品中、
証第一六二号神諭天之巻火之巻
証第七二九号裏の神諭と題する単行本
証第一、一七七号王仁文庫中の多満の礎、道の大本
証第一、一七七号同瑞能神歌
証第四、一四三号玉の柱第一篇道の栞
証第三、六五八号及証第五五〇号霊界物語第一巻乃至第八十一巻
を展示し、
問 右述べたる大本の教典は之れなるや。
答 其の通り相違ありませぬ。
問 被告人は神諭天之巻火之巻に掲載しある教祖ナカの筆先は神示なりと信じ居りしや。
答 私は神示であると信じて居ります、私は教祖が筆先を書いて居る処を見て居りますので神示であると信じて居るのであります。
裁判長は、
被告人井上留五郎に対する予審第六回訊問調書第二問答中は記録第八六一丁裏四行以下)並同第十七回訊問調書第十二問答記録第一、九九〇丁裏乃至一、一九一丁迄を読み聞け、
問 被告人は予審第六回訊問第二問答及同第十七回訊問第十二問答に於ては右神諭は神示に非ずして王仁三郎の意思も加はり居る旨斯様に供述し居るが如何。
答 私は神諭は神示であると信じて居りました、而して教祖の筆先は仮名書でありましたので王仁三郎が之を漢字混り文に直し其の際重復した分は消された事はありますが意味に於ては少しも変つて居りませぬ。
問 王仁三郎の書きたる裏の神諭は神示なりや。
答 私は之れも神示であると信じて居りました。
問 被告人は裏の神諭に付ても予審に於ては同様の供述を為し居るが如何。
答 夫れは間違ひであります。
問 霊界物語は如何なる目的にて発行したるものなりや。
答 神諭中表神諭の筆先は大本教義の経の役をするものであり裏神諭は緯の役をするものであります、而して神諭は其の骨子丈が書いてあり判り難いものでありますから面白く可笑しく誰にも判る様に書いたのが霊界物語であり、霊界物語は神諭の解釈本であり補充本であります。
問 霊界物語は霊界の事を書きたるものなりや。
答 左様であります、然し霊界にあつた事は必ず現実界に現はれて来ると書いてあります。
問 霊界物語は霊界の事に仮託して大本の主義主張を宣伝する為編輯発行したるものに非ずや。
答 左様な事はありませぬ。
問 霊界物語は神示なりや。
答 私は霊界物語は神示であると信じて居ります、私は王仁三郎が霊界物語を書いて居る処を見た事もありますが、王仁三郎が口述したのを五、六章筆記した事もあります、私は王仁三郎が口述をする際に尋ねました処王仁三郎は自分が霊界物語を口述する方法は幾つもある、其の一つは神の言葉が自分に聞へて来る、然し外から聞へて来るのか内から聞へて来るのか判らぬ、其の神の言葉を読み上げて筆記させるのである、尚一つは自分が口述せんとする事が目の前に見えるから目で見た儘を口述すれば良いのである、而して神から云はせられる場合は棒の様な物が腹の中から突き上つて来ると申し、云ふまいと思つても押へる事が出来ず、神の命令通り云ふて居れば楽であると申し、又神は自分にをそらく口述させねばならぬので楽々とやれる様にして居り精霊が書かせたり云はせて居るのであるから、幾ら云ふても楽であると申して居りました、又或時王仁三郎が霊界物語を口述して居ります処を専門家が写真に撮影しました処王仁三郎の顔丈が半紙に覆はれて居り又大阪朝日新聞の記者が写真を撮影しましたが、此の写真には王仁三郎は判然写つて居りましたが王仁三郎の後に朦朧とした神像が五六つ写つて居りました、夫れで私は霊界物語は神示であると信じて居るのであります。
問 出口ナカ及出口王仁三郎は神懸り状態になりたることありや。
答 左様であります、私は教祖の神懸りになつた事は見た事がありませぬでしたが、王仁三郎が神懸りになつた事は朧屢々見ました。
問 王仁三郎は神懸り状態となりたる際は如何になるや。
答 其の一例を申上ますと大本幹部の一人に岡田熊次郎と云ふ人があり其の娘が肺病で寝て居り医者の診断を受けて居つたのでありますが、思ふ様に快くなりませぬでしたので、同人より王仁三郎に鎮魂帰神をして貰ひたいとの事でありましたから、私から王仁三郎に岡田熊次郎の娘に鎮魂帰神をして遣つて貰ひ度いと頼んで遣りました処、王仁三郎も承知して呉れましたので岡田の娘に鎮魂帰神をして貰ひました、其の際私も同席して居りましたが王仁三郎が病人に心霊を送り次で「ウ一」と云ふ声を出しました処、同人は三尺位上に飛び上つて一間位後に行つて坐りました、私は之を見て感謝し且つ驚いたのであります。
問 大本に於ては教義の疑点に付ては自ら信者が自分で研究し覚る仕組に為し居りしや。
答 左様であります、教へて居つたら向上が遅いから自分で研究させて居つたのであります、而して経綸に付ては聞く事は出来た事になつて居りました。