(二)元内務省警保局長並びに被告側証人
特秘一発第八二六号
昭和十六年十一月十日
大阪府知事 三辺長治
十一月六、七、八の三日間開廷せる大本事件の公判状況
内務大臣 東条英機殿
京都府知事 安藤狂四郎殿
唐沢俊樹氏に対する証人訊問状況
皇道大本教事件控訴審公判状況に関する件
(対号昭和十六年十月十三日附特秘一発第七九九号)
標記事件控訴審公判状況に関しては対号既報の通りにして其後本月六、七、八日の三日間に亘り証人訊問ありたるが其状況左記の通りに有之。
右及申(通)報候也
記
一、十一月六日
1、被告人
出口王仁三郎外四十五名
(欠席者───、───、───、───)
2、弁護人
三木善健、足立進三郎、川崎富一郎、小山昇、毛利与一、岩田豊行、大田黒彦八、前田亀千代、竹川兼栄、竹山三郎、林逸郎、富沢効、根上信
3、公判状況
午前十時三十分公開禁止の儘開廷高野裁判長、田村、土井陪席判事係平田(奈良)検事各弁護人立会の許に裁判長より各被告の氏名点呼を為したる───、───、───、───四証人は宣誓をなして(───は病気欠席)
証人───
には青年隊に決死隊があつたか怎ふかにつき
証人───
には───が皇室を敬慕する様な事を聞いた事があるか、オ筆先を書いた状況等につき
証人───
には───の岡山東署に於ける取調べに暴行された事実につき
証人───
には十二段返し作家が安藤なるか否やにつき
詳細に訊問ありて終了次回は明七日午前九時三十分より開廷する旨言渡し午後零時三十分無事閉廷せり。
二、十一月七日
1、被告人
出口王仁三郎外四十六名
(欠席者───、───、───、───)
2、弁護人
三木善健、足立進三郎、川崎富一郎、高橋喜又、小山昇、清瀬一郎、大田黒彦八、富沢効、根上信
3、公判状況
午前十時公開禁止の儘開廷高野裁判長係平田(奈良)検事各弁護人立会の許に裁判長より各被告に対する氏名点呼を為したる後
───、───、───、───、───の五証人は宣誓をなして(───病気欠席)
証人───
には───に不逞思想なきやにつき
証人───
こは───に不逞思想なきやにつき
証人───
には───に不逞思想なきやにつき
証人───
には十二段返しの歌を───より見せて貰つた事があるかについて
証人───
には上奏文を作製した経緯並に『登極』と云ふ字を使つた事情につき詳細に訊問あり各証人より夫々陳述なし終ふせり。
三、十一月八日
1、被告人
出口王仁三郎外四十五名
(欠席者───、───、───、───、───)
2、弁護人
三木善健、足立進三郎、川崎富一郎、高橋喜又、小山昇、清瀬一郎、毛利与一、岩田豊行、大田黒彦八、今井嘉幸、前田亀千代、竹川兼栄、富沢効、梶上信、大和茂樹(新に弁護届をなす)
3、公判状況
午前十時二十五分開廷、高野裁判長係、平田(奈良)検事各弁護人立会の許に裁判長より各被告に対する氏名点呼を為したる後
───、唐沢俊樹の両証人は宣誓なしたる後
証人───
より訊問を初め───より大本教に不逞思想があつたと云ふ事を聞いた事があるかとの問に対し左様な事を聞いた事がないと答へ更に大本文献を読みし状況等約二十分間に亘り訊問あり引続き、
証人 唐沢俊樹
の訊問に入り、
問 証人は何時頃警保局長をしてゐたか。
答 昭和九年七月上旬から昭和十一年四月下旬迄岡田内閣の時居たが、二・二六事件のため三月上旬に休職になつた。
問 大本教を検挙した事があるか。
答 当時色々な事件が勃発し激職であつた為判然としないが昭和十年の夏頃京都府の警察部長か警保局の相川保安課長かに大本教の出してゐるパンフレツトに面白くない事があると云ふ報告を受けたが一ケ月位してから怎ふも大本教の内容が面白くない取調べて見る必要があると云ふ報告を受けたので宗教団体でもあり被疑者の取調べには特に注意する様申して置いた、其後同事件に関しては徳永東京刑事地方裁判所検事正の指揮を受け同年末に一斉検挙した様に思つてゐる、警察官の職にある私等として検事の補助機関として又司法処分を待つて行政処分たる結社の禁止について仕事をした丈で当時議会に於て人権蹂躙問題が盛に論議されてゐたので其点部下に喧しく注意して置いた、又私は詳しい指揮や犯罪内容については相川保安課長永野事務官が担当して居り知らない。
問 大本教検挙に当り岡田首相から命令を受けてやつたか。
答 直接受けた事はない自分は部下の報告によつてやつた、積極的に命令を受けた事はないが其当時政治的方面に於て大変忙しかつたが帝都治安維持の為時々首相と逢つた事があるから其序に大本事件に関し話をしたかも知れないが確な記憶はない。
問 ───から大本教を検挙せよと運動に来た事はないか
答 そんな男は知らぬ。
問 綾部の大本教の破却命令(結社禁止処分)をした時期。
答 今判然とした記憶がない。
問 京都に於て内務省から出張し京都地方裁判所検事局の検事や京都府特高課員等が集り検挙に関する打合せをしたが知つてゐるか。
答 聞いてゐない、唯永野事務官が出張した様に記憶せるも月日、出張先、用務等聞いてきない。
問 警保局で大本教事件の真相等のパンフレツトを出した事があるか。
答 題目は判らないが出した様に記憶してゐる昭和十一年の春頃と思ふ。
問 内務省と検察当局が大本教検挙の研究をしたとの事であるが具体的指示をしておらぬか。
答 自分は部下を信頼してゐたから左様な細い点にまで記憶はない。
等を中心に約一時間半に亘り訊問ありて午後零時十分終了、休憩に入り午後一時三十分再開し
鑑定人 水野満年
が宣誓したる後同人につき鑑定を初め神憑と云ふものがあるやとの問に対し古事記の中にあると陳述し更に「言霊学」と云ふものがあるか等を中心に約二時間に亘り訊問あり午後三時三十分終了せるが弁護人を代表して、───より神憑に就ての鑑定並当時内務省の相川保安課長永野事務官の証人訊問及書類取寄等につき証拠申請をなし是に対し平田検事は反対意見を述べたるも裁判長は来る十一月二十日迄に本日付の書類にて申請する様申渡最後に被告に対し次回開廷日は十二月四日午前九時三十分開廷する旨宣し同四時三十分無事閉廷せり。
以上
(警保局保安課宗教係「大本教事件証拠調関係書類」所収、国立公文書館所蔵)