二十二三歳の頃
わが父の里なる川辺の船岡に叔父をたづねて神教を聞く
わが叔父の佐野清六は妙霊教会布教師として教会所持てり
帰るさは大堰の川を舟に乗り宇津根の浜に上陸なしたり
何よりも楽しかりしは舟に乗り大堰の川を下るわかき日
○
千代川の今津の里に病む伯母を三日目毎に訪ね行きたる
伯母の家に到れば何時も稲荷下し病気平癒の祈祷なしをり
稲荷下し祈祷も効なくわが伯母は遂に黄泉に入りしかなしさ
伯母も叔父も一子なくして失せければその霊魂を吾が家に祀る
○
反古紙の裏にをりをり絵をかきて不粋の父にどなられにけり
絵をかいて何益になるか極道奴と父はとがつた声でたしなむ
飯よりもすきな絵なれどたらちねの父の言葉にしばしためらふ
父の眼をぬすみて土に木片もて色色の絵をかきて楽しむ
本を読むいとまがあれば百姓をはげめと何時も父は宣りけり
絵をかいて貧乏世帯がもてるかと小言のみいふ恨めしき父
読書して親の雪隠に糞たれぬ様になつてはならぬといふ父
絵をかくな本を読むなと日日に父と母とはわれに迫れり
世の中の大勢知らぬ百姓の父母にこまりし若き日のわれ
肝腎の勉強すべき若き日を車力と百姓にすごしたる吾れ
浄瑠璃をかたれば父は義太夫で生活たたぬとまたもいましむ
楽しみは残らず父におさへられ友とかくれて角力のみとる
わが父も若かりし日は都島と名乗りをあげて角力とりたり
わが家は祖父の代まで三四代角力の行司をなしたりときく
屋根裏に行司の団扇三四本くすぼりたるがさしてありけり
行司団扇そつととり出し辻角力に使つてまたも父にどならる
真黒の行司の団扇を川水にひたして洗へばもろくもつぶれぬ
つぶれたる団扇に紙はり黒くぬりてそつと屋根裏にさしおきにけり
幸ひに父さとらねどびくびくと屋根裏眺めてしばし苦しみぬ