二十二三歳の頃
産土の神に夜な夜なまゐ詣で迷信家よとわらはれしわれ
人の眼をしのびて夜な夜な疲れたる身を産土の社に運びぬ
産土の夕べのやみの杜かげをしのびて一人宮に詣でし
くらがりの産土の宮の杜かげの夜半にたたずむ女いやらし
何人と声をかくれば白い歯を闇にあらはしホホと笑ひぬ
笑ひたる女よくよくしらぶれば乞食に歩行く狂女なりけり
この狂女髪ふり乱し吾が後を喜楽喜楽と追ひつつ呼びくる
小幡橋真下の闇に身をかくし狂女の影をやりすごしけリ
ガタガタと歯の根もあはぬ恐ろしさ命縮むる思ひせし夜半
人臭い此処らに居るかと叫びつつ狂女は橋の上にひきかへし来る
そろそろと橋の真下にせまり来る姿に恐れて川に飛び込む
川の瀬の闇にちらつく白波を目あてに命からがら逃げゆく
失恋の果てに狂女となりにける彼女の姿すさまじかりけり
○
あくる夜半産土の杜に詣でみればまた黒き影一つたちをり
神様にすまぬと思へど黒きかげの恐ろしきまま黙祷なしけり
足音をしのばせながらさぐるごと腰をかがめて杜をはひ出す
吾を世にたたせ給はば百倍の御恩返しを為さんと誓ひぬ
霜の降る深夜神前にたたずめば駒のひづめの音聞え来も
たくづぬの白毛の駒にまたがりて異様の神人近づくが見ゆ
四辺みな闇なる神の清庭に白馬の神人見ゆるたふとさ