さくら咲く天満宮のひろにはに神言を宣る朝のすがしさ
小向山霞立ちこめのどかなる風にも散りくる宮の桜木
大前に太祝詞言宣り居れば神職武部氏うしろに立てり
頼み度きことのあればと武部氏は吾を社務所に導きてゆく
千年のむかし管公に仕へたる武部源蔵の子孫はこの人
武部氏は惟平翁の弟子にして吾とは雅の友なりにけり
神職はすれど神霊界のこと無知識なれば教授受けんといふ
神霊は実際此世に人のため働き給ふやと尋ぬる武部氏
神霊のこの世に働き給ふゆゑ人は生命をたもつと答ふ
喜『人間の力によりて一塊の土を生み出すこともあたはず』
一枚の木の葉にさへも神霊の宿るとさとせばうなづく神職
武部氏は茶菓を供していんぎんに吾が説明を感謝してをり
贋神がかり
折もあれ社の前にどうら声響きわたりて空気を濁せり
よく見れば酒に酔ひたる下司熊が藤田泰平と祈り居るなり
下司熊は前後左右に幣をふり贋神懸はじめかけたり
泰平は犬つくばひとなりながら神の宣示を待ち兼ねてをり
この方は菅原天満天神と尾のなき狐の云ふぞをかしき
武部氏は不思議不思議とくびかたげ神の宣示と襟を正せり
真面目なる武部氏の顔をみながらにわれは思はずふき出しにけり
武部氏とわれの立てるも知らずして瞑目しつつ贋神懸すも
御神示の相場あたらず女房まで裸になりしとなじる泰平
神様の言葉信じて手を出した相場あたらず餓死すると泣く
下司熊は声荒らげて泰平の心を引いたとうそぶいて居り
七八をおいても百円の金つくりも一度相場をして見よといふ
御神示もあてにはならぬ家倉を失ひましたとうらみ言いふ
ともかくもも一度相場をして見よと下司熊がいふ贋神懸
儲かれば半分よこせ儲からねば責任なしとずるいこといふ
親戚の笑はれ者となりました神示外れて素裸となり
その方の心がしぶいそれ故に相場にまけると威張る下司熊
何処迄も下司熊は神になりすまし取りとめもなきことのみを云ふ
博奕うつ神があるかと泰平が下司に向つて毒ついてをり
下司熊は顔に青筋たてながら汝の相場も博奕とののしる
米相場は天下御免の商売よ博奕とちがふとなじる泰平
空相場ばかりしてゐて偉さうに言ふなと下司は一本まゐる
偽神にだまされミシンの機械まで棒にふつたと泰平が怒る
社前の嵐
すたすたと石の階段きざみつつ泰平の妻この場にあらはる
峰を吹く風に社の山桜は三人のうへに散りかかりたり
桜さへ散るときに散る相場でも時節が来ねば勝てぬと下司いふ
御神示の違うたあとでそんなこと言訳きかぬとなぐる泰平
下司熊はもう堪忍が出来ないと鬼の蕨で泰平をうつ
両人の争ひ見るより泰平の妻は泣きつつ中に入りけり
泰平の妻のおとくはやみくもに二人に頭なぐられて泣く
両人の咆哮怒号すさまじくおとくの泣声かなしかりけり
武部氏とわれは見かねて一本の桜のかげより飛び出でにけり
神の前だ喧嘩は待てとわが宣れば下司は面あげふふんと嗤ふ
侠客の喧嘩に飛び出す位なら確信あるかと泰平がいふ
この喧嘩喜楽に委すその代り酒代をおごれと鉄面皮の言
泰平の妻は金切声しぼり下司と交際せないと頑張る
一家族路頭に立たした下司熊が憎い憎いと声立てて泣く
仲裁をせんと思へどなかなかにもつれし喧嘩を解くよしもなし
またしても下司に欺され馬鹿親爺と泣く女房の目ははれてをり
欲心が無ければ人に欺されぬと腮をしやくりて嘲る下司熊