霧こむる丹波の冬は深みつつ大江颪の風のつめたき
夕べ近く風さむみつつ古障子の破れあなより粉雪とび入る
寒いからわしは寝ますと言ひながらそのまま炬燵にもぐりこみたり
『御牧』何といふ行儀の悪い人だらう御開祖様がおもひやらるる
『御牧』このやうな先生を綾部においたなら神の御道はつぶれるだらう
神様の御道は決してつぶれないと炬燵の中より吾は呶鳴れり
一同は愛憎もこそも尽きはてしと小言いひつつ金明会をいでゆく
真夜中に眼さまして外をみれば積雪二尺月かがやけり
きらきらと雪のおもてに照る月のかげ美はしみあかず見てをり
一二尺庭に高だか積む雪をわが見つつあれば動き出したり
雪の庭に自ら動く雪のかげわれ怪しみて声かけてみし
わが声にうんうんうんと唸りつつ起き上りしは女なりけり
よくみれば西村お松といふ女谷口清左衛門の亡霊だといふ
彼の女ふるひつ金明会にかけ入りて眼いからし口ばしりをり
吾こそは山崎松男といふ武士ぞ谷口清左衛門に討たれたと怒る
わが敵清左衛門の棲家こそ大阪住吉高灯籠といふ
わが家は大阪淡路町三丁目敵討をばたのむとて泣く
その敵生きてゐるかと吾とへば百年前に死したりといふ
その方は何時死せるかと尋ぬれば未だ生きてゐると威丈高にいふ
死んでゐる敵が如何して討てるかとなじれば霊界で討つとかれいふ
この敵よう討たぬやうな神なれば駄目といひつつ結界に入る
結界に入るなり御簾をひきむしり水玉徳利三宝なげつける
狂女等の乱暴みるに忍びかね天の数歌うたひあげたり
数歌をうたへば彼女は強直し歯をくひしばり大の字に倒る
雪ふかき庭のおもてをどよもして暁告ぐる鶏の声
朝の拝礼なさむと竹村入り来りこの体をみて殺人と呶鳴る
われもまた彼の言葉に驚きて鎮魂すれば起きあがりたり
恐ろしや人を困らす先生は居つてくれなと迫る竹村
鎮魂によりてお松はよみがへり御無礼したとひたに詫入る
悪霊が私に憑いて雪の中に寝さしましたと語りつつ泣く
悪霊を退散さして下されと頼む言葉も涙声なり