霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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〔三〕神武天皇高佐士野行幸と神沼河耳命之段

インフォメーション
題名:〔三〕神武天皇高佐士野行幸と神沼河耳命之段 著者:出口王仁三郎
ページ:61
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-06-16 12:56:44 文字数:7109 OBC :B121805c104
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]:神霊界 > 大正9年12月1日号(第132号) > 皇典と現代(三)
   (上)神武天皇と伊須気余理比売
 『於是(ここに)、七(なな)媛女(をとめ)、高佐士野(たかさじぬ)に遊行(あそべ)る。伊須気余理(いすけより)比売(ひめ)、其(そ)の中(なか)に在(あ)りき。爾(すなは)ち大(おほ)久米(くめの)命(みこと)、其(そ)の伊須気余理(いすけより)比売(ひめ)を見(み)て、歌(うた)以(も)て天皇(すめらみこと)に曰(まを)しけらく、
   倭(やまと)の、高佐士野(たかさじぬ)を、七(なな)行(ゆ)く、媛女(をとめ)等(ども)、誰(たれ)をし覓(ま)かむ』
 七(なな)媛女(をとめ)と謂(い)ふは、御(ご)神諭(しんゆ)に七人(にん)の女(をんな)といふ事(こと)が示(しめ)してありますが、要(えう)するに七人(にん)の乙女(をとめ)と云(い)ふ事(こと)は七(なな)は地成(なな)の意(い)で、乙女(をとめ)の言霊(ことたま)は、
 オは、起(おこ)る也(なり)、貴(たつとき)也(なり)、高(たか)き也(なり)、天(てん)の位(くらゐ)にして、親音(しんおん)なり。
 トは、轟(とどろく)也(なり)、解(とく)也(なり)、基(もと)也(なり)、人(ひと)也(なり)、前(まへ)也(なり)、速(すみやか)也(なり)、男(をのこ)也(なり)、水中(すゐちう)の火(ひ)也(なり)。
 メは、正中(せいちう)を主(つかさど)る也(なり)、女(め)也(なり)、米(よね)也(なり)、回(めぐる)也(なり)、下知(げち)也(なり)。
 之(これ)を一言(いちごん)に約(つづ)めて謂(い)ひますと、天(てん)に坐(ま)しまして、高(たか)く貴(たふと)き御魂(みたま)の神(かみ)で、親(おや)の位(くらゐ)を保(たも)ち玉(たま)ひて、大(だい)地球(ちきう)を包(つつ)み守(まも)り、且(か)つ世(よ)を起(おこ)し助(たす)け一切(いつさい)の大(おほ)基(もと)となり、人(ひと)を教(をし)へ導(みちび)き、天下(てんか)の大勢(たいせい)を解(かい)し、衆(しう)に前(さき)んじて以(もつ)て万世(ばんせい)の治(をさ)め方(かた)を明(あきらか)にし、万事(ばんじ)能(よ)く行(ゆき)届(とど)く、水中(すゐちう)の火霊(くわれい)即(すなは)ち変性(へんじやう)男子(なんし)、女姿(によし)男体(だんたい)の真人(しんじん)にして宇宙(うちう)の正中(せいちう)を宰(つかさど)り、回天(くわいてん)の大業(たいげふ)を為(な)し、四方(はう)に神教(しんけう)を下知(げち)し、其(そ)の大名(たいめい)を遠近(ゑんきん)に轟(とどろ)かす神女(しんによ)と云(い)ふ事(こと)である。只(ただ)単(たん)にオトメと云(い)ふ時(とき)は、妙齢(めうれい)の女(をんな)の事(こと)であるが、ナナオトメと並(なら)ぶ時(とき)は、オトメの言霊(ことたま)に非常(ひじやう)なる相違(さうゐ)があります。大地(だいち)を修理(しうり)固成(こせい)する事(こと)を七(なな)と云(い)ふので、丁度(ちやうど)国祖(こくそ)大(おほ)国常立(くにとこたち)尊(のみこと)の御(ご)神業(しんげふ)の表現(へうげん)である。亦(また)オトメは、妹(いも)の姫(ひめ)といふ事(こと)にもなり、姉(あね)姫(ひめ)の天照(あまてらす)大神(おほかみ)に対(たい)して、妹(いもうと)姫(ひめ)の若姫君(わかひめぎみ)命(のみこと)に当(あた)るのであります。変性(へんじやう)男子(なんし)の御魂(みたま)が、半分(はんぶん)が国常立(くにとこたち)尊(のみこと)で、半分(はんぶん)の御魂(みたま)が若姫君(わかひめぎみ)命(のみこと)であるぞよと、神諭(しんゆ)に示(しめ)されあるは、今日(こんにち)の我(わが)国(くに)神界(しんかい)に於(お)ける惟神(かむながら)真道(まみち)弥広(いやひろ)大(おほ)出口(いつき)国(くに)直日(なほひ)主(ぬし)命(のみこと)に当(あた)るのであります。現代(げんだい)は、七(なな)媛女(をとめ)の出現(しゆつげん)して、皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)の御(ご)遺訓(ゐくん)を天下(てんか)に宣伝(せんでん)し且(か)つ実行(じつかう)し、以(もつ)て君国(くんこく)に奉仕(ほうし)せなくてはならぬ時期(じき)であります。
 『高佐士野(たかさじぬ)に遊行(あそべ)る』
 高佐士野(たかさじぬ)は、大和(やまと)国(のくに)の地名(ちめい)でありますが、之(これ)を言霊(ことたま)学(がく)上(じやう)より解釈(かいしやく)する時(とき)は、
 タは玉(たま)の反(かへ)し、カは暉(かがや)く、サは爽(さはや)かの反(かへ)し、シは澄(す)みの反(かへ)し、ヌは鳴(な)るの反(かへ)しである。即(すなは)ち円満(ゑんまん)具足(ぐそく)の玉(たま)の如(ごと)き、神教(しんけう)の暉(かがや)き渡(わた)りて、爽(さはや)かに澄(すみ)渡(わた)り、天下(てんか)に鳴(な)り響(ひび)くと云(い)ふ事(こと)である。即(すなは)ち完全(くわんぜん)無欠(むけつ)の神(かみ)の道場(だうぢやう)と云(い)ふ意味(いみ)である。遊行(あそべ)ると云(い)ふ事(こと)は、アは上(うへ)に顕(あら)はれ、大本(たいほん)初頭(しよとう)の言霊(ことたま)であり。ソは上下(しやうか)一致(いつち)和合(わがふ)十足(たる)の言霊(ことたま)であり、ベは心(こころ)の色(いろ)を顕(あら)はすと云(い)ふこと、ルは克(よ)く法(はふ)を照(てら)す言霊(ことたま)である。之(これ)に依(よ)つて見(み)るも、至聖(しせい)至貴(しき)、至善(しぜん)至美(しび)なる地(ち)の高天原(たかあまはら)に、天上(てんじやう)天下(てんか)に唯我(ゆゐが)独尊(どくそん)の経綸(けいりん)を肇(はじ)め、且(か)つ実行(じつかう)しつつある神域(しんゐき)である事(こと)が解(わか)るのであります。
 『伊須気余理(いすけより)比売(ひめ)、其(そ)の中(なか)に在(あ)りき』
 伊須気余理(いすけより)比売(ひめ)の言霊(ことたま)は、既(すで)に前(まへ)に述(の)べましたから、是(これ)は省略(しやうりやく)致(いた)しますが『其(そ)の中(なか)に在(あ)りき』と云(い)ふ事(こと)は、其(そ)の神域(しんゐき)の中心(ちうしん)的(てき)人物(じんぶつ)にて在(あ)りし、と云(い)ふ事(こと)であります。
 『大(おほ)久米(くめの)命(みこと)、其(そ)の伊須気余理(いすけより)比売(ひめ)を見(み)て、歌(うた)以(も)て天皇(すめらみこと)に曰(まを)しけらく』
 『倭(やまと)の、高佐士野(たかさじぬ)を』倭(やまと)は大和(やまと)の国(くに)を指(さ)したのであるが、是(これ)は言霊(ことたま)学(がく)より解釈(かいしやく)する時(とき)は、ヤマトは日本(につぽん)即(すなは)ち皇国(くわうこく)全体(ぜんたい)の総称(そうしよう)である。『高佐士野(たかさじぬ)を、七(なな)行(ゆ)く、媛女(をとめ)等(ども)』ナは野村(のむら)の反(かへ)しで、ナヲの反(かへ)しはノである。亦(また)ナカの反(かへ)しはナである。ナは即(すなは)ち火水(かみ)である。神(かみ)の結(むす)びである。ユは世(よ)を見(み)るの反(かへ)し、クは神(かみ)を知(し)る、君(きみ)を尊(たふと)む、国(くに)を救(すく)ふの言霊(ことたま)の反(かへ)しである。是(こ)れで七(なな)行(ゆ)く媛女(をとめ)等(ら)の言霊(ことたま)活用(くわつよう)は大抵(たいてい)解(わか)つたでありませう。亦(また)七人(にん)と云(い)ふ数(すう)の女(をんな)とも云(い)ふ事(こと)が出来(でき)る。斯(か)う云(い)ふ誠(まこと)の君国(くんこく)を思(おも)ふ神人(しんじん)が、所々(ところどころ)に沢山(たくさん)出現(しゆつげん)して来(く)ると云(い)ふ事(こと)であります。
 そこで、『誰(たれ)をし将覓(まかむ)』
天皇(てんくわう)が、沢山(たくさん)の媛女(をとめ)の中(うち)で、何(いづ)れを引見(いんけん)し採用(さいよう)すれば宣(よ)からうかと御(ご)下問(かもん)になつたのであります。
 『爾(ここ)に伊須気余理(いすけより)比売(ひめ)は其(そ)の媛女(をとめ)等(ども)の前(さき)に立(た)てりき。乃(すなは)ち天皇(すめらみこと)、其(そ)の媛女(をとめ)等(ども)を見(み)そなはして、御心(みこころ)に伊須気余理(いすけより)比売(ひめ)の最前(いやさき)に立(た)てることを知(し)りたまひて、歌(みうた)以(も)て答(こた)へたまはく』
 『其(そ)の媛女(をとめ)等(ども)の前(さき)に立(た)てりき』と云(い)ふ意義(いぎ)は、沢山(たくさん)の神人(しんじん)が現(あら)はれて、君国(くんこく)の為(ため)に至誠(しせい)を捧(ささ)ぐる忠良(ちうりやう)にして、柔順(じうじゆん)なる媛女(をとめ)の中(なか)にも、最(もつと)も前(さき)に立(た)ち上(あが)り、天下(てんか)に宣伝(せんでん)して居(ゐ)るのが、真(しん)に神(かみ)の御使(みつかひ)であると云(い)ふ意味(いみ)であります。そこで天皇(てんわう)の御心(みこころ)に叶(かな)うたのは、最前(いやさき)に立(た)ちたるは、伊須気余理(いすけより)姫(ひめ)なる事(こと)を御(お)覚(さと)りになつた、と云(い)ふ事(こと)であります。
 『歌(みうた)以(も)て答(こた)へたまはく』と云(い)ふ事(こと)は、天皇(てんわう)が直接(ちよくせつ)に御(み)言葉(ことば)を、媛女(をとめ)に懸(か)け玉(たま)はず、間接(かんせつ)に歌(うた)のやうに大(おほ)久米(くめの)命(みこと)に大(おほ)御心(みこころ)を御(お)写(うつ)しになつたのであります。
 即(すなは)ち『かつがつも、いや前(さき)立(だ)てる、可愛(え)をし覓(ま)かむ』と仰(あふ)せられたのであります。第(だい)一声(いつせい)を挙(あ)げたる媛女(をとめ)、則(すなは)ち神人(しんじん)に、天下(てんか)統治(とうぢ)の補佐(ほさ)役(やく)を任(ま)かさむ、との御(ご)詔勅(せうちよく)を下(くだ)されたのであります。この天皇(てんわう)の大(おほ)后(きさき)と召(め)さるべき媛女(をとめ)、則(すなは)ち神人(しんじん)は如何(いか)なる人(ひと)でありませう乎(か)。到底(たうてい)大(おほ)久米(くめの)命(みこと)で無(な)くては、探(さが)し当(あ)てる事(こと)は出来(でき)まいと思(おも)ふのであります。
 『爾(ここ)に大(おほ)久米(くめの)命(みこと)、天皇(すめらみこと)の命(みこと)を、其(そ)の伊須気余理(いすけより)比売(ひめ)に詔(の)れる時(とき)に、其(そ)の大(おほ)久米(くめの)命(みこと)の黥(さけ)る利(と)目(め)を見(み)て、奇(あや)しと思(おも)ひて、
   胡鸞(あめ)、鶺鴒(つつ)、千鳥(ちどり)、真鵐(ましとと)、など裂(さけ)る利目(とめ)』
 大(おほ)久米(くめの)命(みこと)は、天皇(てんわう)の勅命(ちよくめい)を媛女(をとめ)に伝(つた)へたる時(とき)に、職務(しよくむ)を大切(たいせつ)に思(おも)ふ余(あま)り、一毫(いちがう)の微(び)も見(み)免(のが)さじと非常(ひじやう)な注目(ちゆうもく)を払(はら)つたのを、媛女(をとめ)は余(あま)りの詮索(せんさく)に呆(あき)れて、何故(なにゆゑ)か天皇(てんわう)の御心(みこころ)に叶(かな)つた此(こ)の媛女(をとめ)に対(たい)し、疑(うたが)つて左様(さやう)に大(おほ)きな眼(め)を光(ひか)らすか、全然(まるきり)胡鸞(あめ)、鶺鴒(つつ)、千鳥(ちどり)、真鵐(ましとと)のやうな、凄(すご)い眼(め)ではないかと、奇(あや)しみ反問(はんもん)されたのである。凡(すべ)て物(もの)は充分(じうぶん)に研究(けんきう)し、且(か)つ充分(じうぶん)に考慮(かうりよ)を廻(めぐ)らして、善悪(ぜんあく)正邪(せいじや)、能(のう)不能(ふのう)を、厳査(げんさ)して決定(けつてい)すべきものである。是(これ)を見(み)ても、大(おほ)久米(くめの)命(みこと)の、忠良(ちうりやう)なる輔弼(ほひつ)の臣(しん)たる事(こと)を窺(うかが)ひ知(し)る事(こと)が出来(でき)るのであります。
 そこで大(おほ)久米(くめの)命(みこと)は、『媛女(をとめ)に、直(ただ)に逢(あ)はむと、吾(わが)裂(さけ)る利目(とめ)』とお答(こたへ)を為(せ)られたのである。この『直(ただ)に逢(あ)はむと』と云(い)ふ言葉(ことば)に、深遠(しんゑん)なる意義(いぎ)があります。是(これ)は読者(どくしや)の身魂(みたま)相応(さうおう)に、解釈(かいしやく)されむ事(こと)を望(のぞ)みます。
 『故(かれ)、其(その)嬢子(をとめ)仕(つか)へ奉(まつ)らむと白(まを)しき』天皇(てんわう)の御(ご)勅命(ちよくめい)を奉(ほう)じて、伊須気余理(いすけより)比売(ひめ)命(のみこと)なる、至誠(しせい)至忠(しちう)の団体(だんたい)代表(だいへう)者(しや)は、謹(つつし)んで大命(たいめい)の随々(まにまに)、仕(つか)へ奉(まつ)る事(こと)を御(お)請(うけ)されたと云(い)ふ事(こと)であります。
 『於是(ここに)、其(そ)の伊須気余理(いすけより)比売(ひめ)命(のみこと)の家(いへ)、狭井(さゐ)河(かは)の上(へ)に在(あ)りき。天皇(すめらみこと)、其(そ)の伊須気余理(いすけより)比売(ひめ)之(が)許(り)幸(い)行(で)まして、一宿(ひとよ)御(み)寝(ね)坐(ま)しき。』(其(そ)の河(かは)を佐韋(さゐ)河(かは)と謂(い)ふ由(よし)は、其(そ)の河(かは)の辺(べ)に、山(やま)由理(ゆり)草(ぐさ)多(おほ)かりき。故(かれ)其(そ)の山(やま)由理(ゆり)草(ぐさ)の名(な)を取(と)りて、佐韋(さゐ)河(かは)と号(なづ)けき。山(やま)由理(ゆり)草(ぐさ)の本(もと)の名(な)、佐韋(さゐ)と云(い)ひき)』
 狭井(さゐ)河(かは)のサは早瀬(はやせ)の反(かへ)し也(なり)。井は和知(わち)の反(かへ)し也(なり)。即(すなは)ち瀬(せ)早(はや)き和知(わち)河(がは)と云(い)ふ意義(いぎ)である。山(やま)由理(ゆり)草(ぐさ)と云(い)ふ意義(いぎ)は、山川(さんせん)草木(さうもく)迄(まで)も震動(しんどう)すべき神力(しんりき)ある人草(ひとぐさ)と云(い)ふ事(こと)である。バイブルにも「信仰(しんかう)の力(ちから)は山(やま)をも動(うご)かす」とあり、至誠(しせい)は天地(てんち)に通(つう)じ、一声(いつせい)の下(もと)に天地(てんち)を震撼(しんかん)せしめ、一言(いちごん)の下(もと)に風雨(ふうう)電雷(でんらい)を叱咤(しつた)する真人(しんじん)生(お)ふる清(きよ)き川(かは)の意義(いぎ)である。乃(すなは)ち皇典(くわうてん)岩戸(いはと)の段(くだり)にある所謂(いはゆる)天(あめ)の安(やす)の河原(かはら)であります。その結構(けつこう)な所(ところ)に、天皇(てんわう)が御心(みこころ)を許(ゆる)して安心(あんしん)して一宿(いつしゆく)したまうたと云(い)ふ事(こと)であります。御(ご)本文(ほんぶん)通(どほ)り解釈(かいしやく)すれば天皇(てんわう)が媛女(をとめ)を愛(あい)されて、其(そ)の家(いへ)に御(ご)一泊(いつぱく)遊(あそ)ばしたと云(い)ふ事(こと)でありますが、是(これ)には深(ふか)い神界(しんかい)の御(ご)経綸(けいりん)のお在(あ)り遊(あそ)ばす事(こと)であつて、現代(げんだい)の国情(こくじやう)に鑑(かんが)み奉(まつ)れば、実(じつ)に深遠(しんゑん)微妙(びめう)なる御(ご)神示(しんじ)であらうと思(おも)ひます。
 『後(のち)に其(そ)の伊須気余理(いすけより)比売(ひめ)、宮内(おほみやうち)に参入(まゐ)れる時(とき)に、天皇(すめらみこと)御(み)歌(うた)曰(よみ)したまはく、
   葦原(あしはら)の、醜(しけ)こき小屋(をや)に、菅畳(すがたたみ)、弥(いや)清(さや)敷(し)きて、朕(あが)二人(ふたり)寝(ね)し』
 媛女(をとめ)が宮中(きうちう)に召(め)し出(だ)された時(とき)に、天皇(てんわう)が、葦原(あしはら)の国(くに)の中(なか)の表面(へうめん)から見(み)れば、実(じつ)に醜(みぐる)しき小(ちひ)さい屋(いへ)であつたが、其(そ)の中(なか)には、清(きよ)き美(うる)はしき神(かみ)の御魂(みたま)が、沢山(たくさん)に畳(たたみ)の目(め)の数(かず)ほど揃(そろ)へてあつた。実(じつ)に良(よ)い心持(こころもち)ちで天地(てんち)合体(がつたい)し、天(てん)に一人(ひとり)地(ち)に一人(ひとり)の、和合(わがふ)親睦(しんぼく)をした事(こと)であるわい、と仰(あふ)せられたのであります。
 『然(しか)して阿礼(あれ)坐(ま)せる御子(みこ)の名(みな)は、日子八井(ひこやゐの)命(みこと)、次(つぎ)に神八井耳(かむやゐみみの)命(みこと)、次(つぎ)に神沼河耳(かむぬなかはみみの)命(みこと)(三(み)柱(はしら))』
 日子八井(ひこやゐの)命(みこと)の言霊(ことたま)は、天津(あまつ)日(ひ)の神(かみ)の御子(みこ)にして賢明(けんめい)なる神(かみ)の子(こ)と云(い)ふ事(こと)である。神八井耳(かむやゐみみの)命(みこと)の言霊(ことたま)は、神智(しんち)英雄(えいゆう)八方(ぱう)の事(こと)明(あきら)かに知(し)る神(かみ)の御子(みこ)と謂(い)ふ意義(いぎ)であります。神沼河耳(かむぬなかはみみの)命(みこと)の言霊(ことたま)は、神武(しんぶ)卓絶(たくぜつ)勇気(ゆうき)凛々(りんりん)叡智(えいち)の御子(みこ)と云(い)ふ御名(みな)であります。以上(いじやう)の三柱(みはしら)の皇子(みこ)は、天照(あまてらす)大(おほ)御神(みかみ)の神系(しんけい)と三輪(みわの)大物(おほもの)主(ぬし)の神系(しんけい)との契合(けいがふ)より御(ご)出生(しゆつしやう)遊(あそ)ばした皇子(わうじ)でありますから、之(これ)を言霊(ことたま)学(がく)上(じやう)三種(さんしゆ)の御(ご)神器(しんき)の徳(とく)に配(はい)し奉(まつ)る事(こと)が出来(でき)るのであります。即(すなは)ち日子八井(ひこやゐの)命(みこと)は神鏡(しんきやう)で、神(かむ)八井(やゐ)耳命(のみこと)は神剣(しんけん)で、神沼河耳(かむぬなかはみみの)命(みこと)は神璽(しんじ)であります。
   (下)当芸志耳命と神沼河耳命
 『故(かれ)、天皇(すめらみこと)、崩(かむあがり)まして後(のち)に、其(そ)の庶兄(まませ)当芸志美々(たぎしみみの)命(みこと)、其(そ)の嫡后(おほきさき)、伊須気余理(いすけより)比売(ひめ)に娶(たは)けむと将(す)る時(とき)に、其(そ)の三(み)はしらの弟(おと)たちを将殺(しせむ)として、謀(はかりご)つ間(ほど)に、其(そ)の御祖(みおや)、伊須気余理(いすけより)比売(ひめ)患苦(うれ)ひまして、以歌(うたよみ)して其(その)御子(みこ)等(たち)に、知(し)らしめ玉(たま)へりし、その歌曰(みうた)、
   狭井(さゐ)河(かは)よ、雲(くも)立(たち)亘(わた)り、畝火(うねび)山(やま)、木(こ)の葉(は)騒(さや)ぎぬ、風(かぜ)吹(ふ)かむとす。
 又(また)歌曰(みうた)、
    畝火(うねび)山(やま)、昼(ひる)は雲(くも)と居(ゐ)、夕(ゆふ)去(さ)れば、風(かぜ)吹(ふ)かむとぞ、木(こ)の葉(は)騒(さや)げる』
 以上(いじやう)の御(ご)本文(ほんぶん)を解(かい)し奉(まつ)れば、明達(めいたつ)にして意(い)確如(かくじよ)たる、神(かむ)日本(やまと)磐余(いはれ)彦(ひこ)火(ほ)々(ほ)出(で)見(みの)天皇(すめらみこと)は、壹百参拾七の宝算(はうさん)を重(かさ)ねて、七十六年(ねん)春三月(やよひの)甲午(なかの)朔甲辰(ひとび)に、御(お)崩(かく)れ遊(あそ)ばし給(たま)うたのであります。即(すなは)ち諒闇(りやうあん)と成(な)つた。其(そ)の虚(きよ)に乗(じやう)じて、当芸志美美(たぎしみみの)命(みこと)は、大(だい)なる陰謀(いんぼう)を企(くはだ)てたのであります。
 タギシミミの言霊(ことたま)を調(しら)べて見(み)ると、タは、乱(みだ)れ亡(ほろ)ぶる意(い)也(なり)、事(こと)二ツを生(う)む也(なり)、垂(た)れ降(くだ)る也(なり)、足(た)り余(あま)る也(なり)。ギは色(いろ)を失(うしな)ふ也(なり)、極(きはま)り曲(まが)り還(かへ)り廻(めぐ)る也(なり)。シは火(ひ)の活用(くわつよう)の極(きよく)也(なり)、弛(ゆる)み撒(さば)える也(なり)の言霊(ことたま)である。当(た)芸(ぎ)志(し)は乱(みだ)れ亡(ほろ)びて、政事(せいじ)二途(と)に出(い)で、力量(りきりやう)余(あま)りて、却(かへ)つて世(よ)は降落(かうらく)し、曲事(きよくじ)の極(きよく)に達(たつ)して、天下(てんか)万民(ばんみん)色(いろ)を失(うしな)ひ、火(ひ)の野(の)を焼(や)くが如(ごと)き思想(しさう)蔓延(まんえん)し、綱紀(かうき)弛廃(ちはい)して、天下(てんか)動乱(どうらん)するの言霊(ことたま)であります。斯(かく)の如(ごと)き言霊(ことたま)の御子(みこ)が、神界(しんかい)の経綸(けいりん)を完成(くわんせい)し玉(たま)ふべき伊須気余理(いすけより)比売(ひめ)にタハケむとして、謀略(ぼうりやく)を廻(めぐ)らすと曰(い)ふ事(こと)は、実(じつ)に由々(ゆゆ)しき大(だい)問題(もんだい)であります。今日(こんにち)の世(よ)の現状(げんじやう)は恰(あだか)もタギシミミの命(みこと)の活動(くわつどう)と、イスケヨリヒメの命(みこと)の活動(くわつどう)とが、相(あひ)対立(たいりつ)して居(ゐ)る様(やう)なものであつて、皇道(くわうだう)大本(おほもと)の大(だい)趣旨(しゆし)と、社会(しやくわい)の諸(しよ)学者(がくしや)の外尊(ぐわいそん)内卑(ないひ)的(てき)言説(げんせつ)との対立(たいりつ)して居(ゐ)るのと同一(どういつ)である。今後(こんご)の大本(おほもと)は、飽(あ)く迄(まで)も神勅(しんちよく)を奉(ほう)じ、神諭(しんゆ)を守(まも)り、以(もつ)てイスケヨリヒメの活動(くわつどう)を続(つづ)けて行(ゆ)かねばならぬのであります。
 亦(ま)た三種(しゆ)の神器(しんき)の表徴(へうちよう)とも云(い)ふべき、三柱(みはしら)の御子(みこ)まで、将殺(しせむ)と謀(はか)りごつと曰(い)ふ事(こと)は、要(えう)するに、神明(しんめい)の国体(こくたい)を破滅(はめつ)せしめむとする悪魔(あくま)の所為(しよゐ)であります。
 天下(てんか)の形勢(けいせい)益々(ますます)不穏(ふをん)なるを窺知(きち)せる伊須気余理(いすけより)比売(ひめ)は、三種(しゆ)の神器(しんき)の表徴(へうちよう)たる日(ひ)の御子(みこ)に、歌(うた)を以(もつ)て御(お)知(し)らせになつたのであります。大本(おほもと)神諭(しんゆ)の精神(せいしん)は、要(えう)するに、歌(うた)を以(もつ)て天下(てんか)の大勢(たいせい)、タギシ耳(みみ)の命(みこと)の謀略(ぼうりやく)を教示(けうじ)し、且(か)つ警告(けいこく)されたものであります。
 次(つぎ)に『狭井(さゐ)河(かは)よ、雲(くも)立(たち)亘(わた)り、畝火(うねび)山(やま)、木(こ)の葉(は)騒(さや)ぎぬ、風(かぜ)吹(ふ)かむとす』と曰(い)ふ事(こと)は、狭井(さゐ)河(かは)の辺(ほとり)よりは、紫雲(しうん)瑞雲(ずゐうん)靉靆(たなびき)亘(わた)り、実(じつ)に目(め)出(で)度(た)き御代(みよ)の基(もとゐ)が立(た)たむとすれども、畝火(うねび)の山(やま)の辺(ほとり)は、実(じつ)に木(こ)の葉(は)草(くさ)の片葉(かきは)迄(まで)がザワザワと為(し)だしたが、今(いま)に大変(たいへん)な暴風(ばうふう)が襲来(しふらい)せむとして居(ゐ)るから、注意(ちゆうい)せよとの伊須気余理(いすけより)比売(ひめ)命(のみこと)の警告(けいこく)であります。
 又(また)歌曰(みうた)、
  『畝火(うねび)山(やま)、昼(ひる)は雲(くも)と居(ゐ)、夕(ゆふ)去(さ)れば、風(かぜ)吹(ふ)かむとぞ、木(こ)の葉(は)騒(さや)げる』
 畝火(うねび)の神山(みやま)は、太陽(たいやう)の光(ひかり)の強(つよ)き内(うち)こそ、瑞雲(ずゐうん)と成(な)つて実(じつ)に至治(しち)泰平(たいへい)の、立派(りつぱ)な世界(せかい)の如(や)うであるが一朝(いつてう)日(ひ)の神(かみ)の影(かげ)暗(くら)くなりし時(とき)は、暴風(ばうふう)吹(ふ)き荒(すさ)み、大厦(たいか)高楼(かうろう)を倒潰(たふくわい)せしめむとして、そろそろ木(こ)の葉(は)連中(れんちう)が騒(さわ)ぎ出(だ)して居(ゐ)る。今(いま)の間(うち)に、余程(よほど)注意(ちゆうい)を為(な)されとの警告(けいこく)であります。大本(おほもと)神諭(しんゆ)を充分(じうぶん)に御(ご)研究(けんきう)になつたら、右(みぎ)二首(しゆ)の御歌(みうた)の深意(しんい)を窺知(きち)し得(う)るのであります。
 現時(げんじ)の如(や)うに、不良(ふりやう)鮮人(せんじん)と日本(につぽん)人(じん)迄(まで)が提携(ていけい)して、危険(きけん)極(きは)まる爆弾(ばくだん)を密造(みつざう)したり、陰(いん)に海外(かいぐわい)へ輸出(ゆしゆつ)したり、又(また)不穏(ふをん)なる脅迫(けふはく)状(じやう)を大官(たいくわん)の許(もと)に郵送(いうそう)したり、大本(おほもと)へ脅迫(けふはく)状(じやう)を送(おく)つたり、新聞(しんぶん)雑誌(ざつし)や良(よ)からぬ荘士(さうし)が、敬神(けいしん)尊皇(そんわう)報国(はうこく)の実行(じつかう)団(だん)たる大本(おほもと)を攻撃(こうげき)したり、日米(にちべい)問題(もんだい)に就(つい)て各(かく)大学(だいがく)の学生(がくせい)が、研究(けんきう)討論(たうろん)の会(くわい)を開(ひら)いて活動(くわつどう)して居(ゐ)るなどは、所謂(いはゆる)『風(かぜ)吹(ふ)かむとぞ、木(こ)の葉(は)騒(さや)げる』の御歌(みうた)の実現(じつげん)ではありますまいか。
 畝火(うねび)山(やま)の意義(いぎ)を、略解(りやくかい)せむとするには、順序(じゆんじよ)として大和(やまと)三山(さんざん)の御(ご)由来(ゆらい)を、説明(せつめい)せなくてはならぬ。畏(かしこ)くも三種(しゆ)の御(ご)神器(しんき)は、極貴(きよくき)極尊(きよくそん)にして極(きよく)儀式(ぎしき)を保(たも)ち給(たま)ふが故(ゆゑ)に、直接(ちよくせつ)に御名(みな)を称(たた)へ奉(まつ)らずして、其(そ)の鎮台(ちんだい)なる大和(やまと)の三山(さんざん)を以(もつ)て呼(よ)び奉(まつ)るのであります。この三山(さんざん)は礼(れい)の至(し)にして、敬(けい)の極(きよく)である。万葉集(まんえうしふ)御(ご)伝授(でんじゆ)に詳記(しやうき)さるるを見(み)るべきである。大和(やまと)の三山(さんざん)とは、天(あま)の香山(かぐやま)、畝火(うねび)山(やま)、耳成(みみなす)山(やま)の事(こと)である。日本(につぽん)の国(くに)の国中(くになか)に、金輪際(こんりんざい)より顕立(けんりつ)し居(ゐ)る神山(しんざん)で、且(か)つ天底(てんてい)より来(きた)り養(やしな)ひ居(ゐ)る所(ところ)の、天(てん)の機脈(きみやく)に棲息(せいそく)せる霊峰(れいほう)であります。
 蓋(けだ)し天(あま)の香山(かぐやま)は嗅山(かぐやま)である。鼻成(はななす)山(やま)である。花(はな)の山(やま)である。吾人(ごじん)の身体(からだ)にしても面(おも)の正中(せいちう)に位(くらゐ)して息(いき)の緒(を)なり、玉(たま)の緒(を)の庫(くら)である。此(こ)の鼻(はな)の穴(あな)なき時(とき)は、一分(ぷん)間(かん)も吾人(ごじん)は生命(せいめい)を保持(ほぢ)する事(こと)は出来(でき)ない。大(だい)地球(ちきう)と雖(いへど)も亦(また)同一(どういつ)であつて、天(あま)の香山(かぐやま)に依(よ)つて生命(いのち)を保(たも)ち得(う)るので、地球(ちきう)に於(おい)ても吾人(ごじん)の身体(からだ)に於(おい)ても第一(だいいち)の主司(つかさ)であります。三種(しゆ)の御(ご)神器(しんき)にては、神璽(しんじ)であり玉体(ぎよくたい)であり陛下(へいか)の御(ご)鎮台(ちんだい)であります。
 畝火(うねび)山(やま)は稜(う)威(ね)日(び)、出日(うねび)、日出(うねび)山(やま)の意義(いぎ)であり、口成(くちなす)山(やま)である。即(すなは)ち天照(あまてらす)日(ひ)の大神(おほかみ)の御(ご)活霊(くわつれい)として、世界(せかい)を照(てら)し給(たま)ふの稜(う)威(ね)日(び)であります。三種(しゆ)の神器(しんき)にては、大皇(おほみ)鏡(かがみ)の鎮台(ちんだい)である。一天(いつてん)万乗(ばんじやう)の天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)の主上(しゆじやう)が、大(おほ)儀式(ぎしき)を照(てら)して、此(こ)の稜(う)威(ね)日(び)山(やま)を践(ふ)み占(し)め鳴(な)り出(だ)し給(たま)ふ所(ところ)の七十五声(せい)が即(すなは)ち八咫(やあた)の大皇(おほみ)鏡(かがみ)に鳴(な)り附(つ)きて、稜(う)威(ね)日(び)の光(ひかり)を増(ま)し玉(たま)ふが故(ゆゑ)に、現在(げんざい)を照(てら)し給(たま)ふ御(おん)事柄(ことがら)は、昼夜(ちうや)を貫(つらぬ)き徹(とほ)し玉(たま)ふが故(ゆゑ)に太陽(たいやう)よりも明(あきら)かに、且(か)つ厳重(げんぢゆう)なる次第(しだい)である。
 故(ゆゑ)に主上(しゆじやう)一度(ひとたび)、此(こ)の神山(しんざん)を践(ふ)み占(し)め給(たま)うた時(とき)に於(おい)ては、この至大(しだい)天球(てんきう)之(の)中(うち)に、極(かむ)智(つ)充(ま)実(り)ます所(ところ)の、極乎(きよくこ)恒々(こうこう)烈々(れつれつ)神々(しんしん)霊々(れいれい)たる、蒸気(じようき)よりも、煙(けむり)よりも、香(にほひ)よりも、猶々(なほなほ)微細(びさい)にして、眼(め)にも鼻(はな)にも入(はい)らざる所(ところ)の神(こ)霊(ゑ)元(の)子(こ)が、玉体(ぎよくたい)に神(かむ)集(つど)ひに集(つど)ひ来(きた)りて、鳴(な)り出(で)る所(ところ)の七十五声(せい)が、稜威(うねび)の光(ひかり)を増(ま)し玉(たま)ふが故(ゆゑ)に、高天原(たかあまはら)が写真(しやしん)に結晶(けつしやう)したる焦点(せうてん)の神鏡(しんきやう)と成(な)るのである。即(すなは)ち八咫(やあた)鏡(かがみ)を温(ぬく)め奉(まつ)るが故(ゆゑ)に、善言(ぜんげん)美辞(びじ)の言霊(げんれい)を以(もつ)て、照(てら)し説(と)き極(きは)むる時(とき)は、世界(せかい)一切(いつさい)の天津(あまつ)誠(まこと)の真実(しんじつ)理(り)が、最(いと)も明白(めいはく)に照(て)り渡(わた)るのであります。天津(あまつ)金木(かなぎ)を、千座(ちくら)の置座(おきくら)に置(お)き足(たら)はして、此(こ)の七十五声(せい)の真象(しんしやう)を明(あきら)かに写(うつ)し出(だ)し、其(そ)の活機(くわつき)を顕示(けんじ)する時(とき)には、宇宙(うちう)万有(ばんいう)一切(いつさい)明(あきら)かに照(て)り徹(とほ)り渡(わた)る。是(これ)ぞ全(まつた)く皇道(くわうだう)大本(おほもと)の神諭(しんゆ)にして、稜(う)威(ね)日(び)の神(かみ)の出現(しゆつげん)であります。
 耳成(みみなす)山(やま)は、聴(き)く山(やま)にして、気山(きやま)である。又(また)真釣(まつり)山(やま)である。世界(せかい)の一切(いつさい)の物事(ものごと)を聴(き)こしめし玉(たま)ひて、其(そ)の物事(ものごと)一切(いつさい)に相当(さうたう)する言霊(ことたま)を以(もつ)て、天(ま)秤(つ)釣(り)に真釣(まつ)り、善悪(ぜんあく)正邪(せいじや)理非(りひ)曲直(きよくちよく)を厳重(げんぢゆう)に切(き)り分(わ)け、定(さだ)め極(きは)め給(たま)ふてふ、草薙(くさなぎ)神剣(しんけん)の御(ご)鎮台(ちんだい)であります。剣(つるぎ)は釣極(つるぎ)の意味(いみ)である。両刃(もろは)の釣合(つりあひ)を尊(たふと)みて、つるぎと読(よ)むのであります。
 以上(いじやう)の説明(せつめい)に由(よ)つて、畝火(うねび)山(やま)の地点(ちてん)並(ならび)に霊能(れいのう)活用(くわつよう)の大意(たいい)が分(わか)つたことと思(おも)ひます。
 『於是(ここに)其(そ)の御子(みこ)たち聞(きき)知(し)りまして、驚(おどろ)きて、乃(すなは)ち当芸志美美(たぎしみみ)を将殺(しせむ)と為(し)たまふ時(とき)に、神沼河耳(かむぬなかはみみの)命(みこと)其(そ)の兄(いろせ)、神八井耳(かむやゐみみの)命(みこと)に曰(まを)したまはく、吾兄(なね)、汝(なが)命(みこと)、兵(つはもの)を持(と)りて、入(い)りて。当芸志美美(たぎしみみ)を殺(し)せたまへと曰(まを)したまひき。故(かれ)、兵(つはもの)を持(と)りて、入(はい)りて将殺(しせむ)とし玉(たま)ふ時(とき)に、手足(てあし)わななきて、得(え)殺(し)せたまはざりき』
 神八井耳(かむやゐみみの)命(みこと)即(すなは)ち神剣(しんけん)たる軍兵(ぐんぴやう)の力(ちから)を以(もつ)て、タギシミミを討滅(たうめつ)せむと為(な)したまふとも、信仰(しんかう)浅(あさ)くして、物質(ぶつしつ)文明(ぶんめい)のみに累惑(るゐわく)沈溺(ちんでき)して、神国(しんこく)の国威(こくゐ)神力(しんりき)を自覚(じかく)せざる兵士(へいし)は、数理(すうり)的(てき)頭脳(づなう)のみに左右(さいう)されて居(ゐ)るから、到底(たうてい)勝算(しようさん)無(な)きものと覚悟(かくご)し、今日(こんにち)に譬(たと)ふれば、某国(ぼうこく)の軍備(ぐんび)は、我国(わがくに)の軍備(ぐんび)に対(たい)して最(もつと)も優勝(いうしよう)の地位(ちゐ)にありとて、国家(こくか)を滅(ほろ)ぼし且(か)つ占領(せんりやう)せむとする敵国(てきこく)ありとするも、容易(ようい)に膺懲(ようちよう)の師(し)を興(おこ)す事(こと)を躊躇(ちうちよ)して居(ゐ)る如(ごと)き状態(じやうたい)を『手足(てあし)わななきて、得(え)殺(し)せたまはざりき』と曰(い)ふ事(こと)である。体力(たいりよく)と体力(たいりよく)と戦(たたか)ふ時(とき)は、強(つよ)きもの、数(かず)多(おほ)きものが勝(か)つのは天地(てんち)の真理(しんり)である、例(たと)へば総理(そうり)大臣(だいじん)と梅(うめ)ケ谷(たに)[※明治前期に活躍した力士・梅ヶ谷藤太郎のこと。第15代横綱。]とを土俵(どへう)の上(うへ)に登(のぼ)らせて、裸体(はだか)にして角力(すまふ)を取(と)らしたとすれば、一国(いつこく)の宰相(さいしやう)でも、一握(ひとも)みにされて土俵(どへう)の外(そと)へ投(ほ)り出(だ)される様(やう)なものであります。故(ゆゑ)に神八井耳(かむやゐみみの)命(みこと)は、兵(つはもの)を持(と)り乍(なが)ら、手足(てあし)となるべき部下(ぶか)が動揺(どうえう)畏怖(ゐふ)に駆(か)られて居(ゐ)るのを見(み)て、容易(ようい)に戦(たたか)はれなかつたといふ事(こと)であります。
 『故(かれ)爾(ここ)に、其(そ)の弟(いろと)、神沼河耳(かむぬなかはみみの)命(みこと)、其(そ)の兄(いろせ)の所持(もたせる)兵(つはもの)を乞(こひ)取(と)りて、入(い)りて、当芸志美美(たぎしみみ)を殺(し)せたまひき。故(かれ)、亦(また)其(そ)の御名(みな)を称(たた)へて、建沼河耳(たけぬなかはみみの)命(みこと)と謂(まを)しき』
 神八井耳(かむやゐみみの)命(みこと)の持(も)ち玉(たま)ひし、兵馬(へいば)の大権(たいけん)を、弟(いろと)の神沼河耳(かむぬなかはみみの)命(みこと)が譲(ゆづ)り受(う)けられて、右手(めて)には剣(つるぎ)の徳(とく)を顕(あら)はし、左手(ゆんで)には璽(たま)の徳(とく)を以(もつ)て、暴悪(ばうあく)無類(むるゐ)なる当芸志美美(たぎしみみの)命(みこと)を討(う)ち滅(ほろ)ぼし、天下(てんか)の大害(たいがい)を除(のぞ)き玉(たま)うた、と曰(い)ふ事(こと)であります。
 『爾(ここ)に、神八井耳(かむやゐみみの)命(みこと)、弟(いろと)、建沼河耳(たけぬなかはみみの)命(みこと)に譲(ゆづ)りて曰(まを)したまはく、吾(あ)は仇(あだ)を得(え)殺(し)せず。汝(なが)命(みこと)、既(すで)に得(え)殺(し)せたまひぬ。故(かれ)、吾(あ)は兄(あに)なれども、上(かみ)と為(な)るべからず。是(ここ)を以(も)て汝(なが)命(みこと)、上(かみ)と為(ま)して天(あめ)の下(した)知(し)ろしめせ、僕(あれ)は、汝(なが)命(みこと)を扶(たす)けて、忌(いはひ)人(びと)と為(な)りて、仕(つか)へ奉(まつ)らむと曰(まを)したまひき』
 乃(すなは)ち神八井耳(かむやゐみみの)命(みこと)は、兵馬(へいば)の大権(たいけん)を天地(てんち)の神(かみ)の法則(はふそく)に従(したが)ひ、兄(あに)なるが故(ゆゑ)に、一時(いちじ)之(これ)を掌握(しやうあく)して居(ゐ)られたけれども、股肱(ここう)乃(すなは)ち手足(てあし)たる兵(つはもの)が動揺(どうえう)して、仇(あだ)を討滅(たうめつ)する事(こと)が実際(じつさい)に於(おい)て出来(でき)ないので、弟(おとうと)の神沼河耳(かむぬなかはみみの)命(みこと)に兵馬(へいば)の大権(たいけん)を譲渡(じやうと)し、建沼河耳(たけぬなかはみみの)命(みこと)と御名(みな)を称(たた)へて、仇敵(きうてき)の討伐(たうばつ)を一任(いちにん)されました。建沼河耳(たけぬなかはみみの)命(みこと)の言義(げんぎ)は、現今(げんこん)の大(だい)元帥(げんすゐ)と曰(い)ふ事(こと)に相当(さうたう)するのであります。そこで神八井耳(かむやゐみみの)命(みこと)は吾(われ)は兄(あに)として兵馬(へいば)の大権(たいけん)を握(にぎ)り、且(か)つ天(あめ)の下(した)四方(よも)の国(くに)を知食(しろしめ)す可(べ)き筈(はず)であるが、国家(こくか)の仇(あだ)を亡(ほろ)ぼす事(こと)が出来(でき)なかつた位(くらゐ)であるから、天下(てんか)に君臨(くんりん)すべき力徳(りきとく)が足(た)らぬ、汝(なれ)は弟(おとうと)であれども、能(よ)く国家(こくか)の仇(あだ)を殺滅(さつめつ)し玉(たま)うた神(しん)勇者(ゆうしや)である、故(ゆゑ)に汝(なが)命(みこと)は上(かみ)と為(な)つて、天(あめ)の下(した)を平(たひら)けく安(やす)らけく治(しろ)しめし玉(たま)へ、吾(あ)は忌(いはひ)人(びと)と為(な)つて、天祖(てんそ)国祖(こくそ)の神(かみ)に仕(つか)へ奉(まつ)り、下(しも)に降(くだ)つて皇室(くわうしつ)国家(こくか)の平安(へいあん)を祈(いの)りませう、と仰(あふ)せになつたのであります。実(じつ)に神八井耳(かむやゐみみの)命(みこと)は、直霊(なほひ)の発達(はつたつ)した御方(おかた)で、自省(じせい)の力(ちから)強(つよ)く、時世(じせい)を見(み)るに敏(びん)なる御方(おかた)であつたことは、皇位(くわうゐ)を建沼河耳(たけぬなかはみみの)命(みこと)に惜(を)し気(げ)も無(な)く、御(お)譲(ゆづ)りになつたのに見(み)ても明(あきら)かであります。
(大正九・一〇・一一東京確信会席上講演筆録 大正九・一二号神霊界)
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