霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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〔一〕神武天皇御東征之段

インフォメーション
題名:〔一〕神武天皇御東征之段 著者:出口王仁三郎
ページ:1
概要: 備考: タグ:アナナヒ(三五、麻柱、あなない) データ凡例: データ最終更新日:2021-06-16 23:55:47 文字数:12679 OBC :B121805c102
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]:神霊界 > 大正9年11月11日号(第131号) > 皇典と現代(一)
   一
 『そこより幸(いで)行(ゆき)まして、忍坂(おさか)の大室(おほむろ)に到(いた)りませる時(とき)に、尾(を)生(あ)る土(つち)蜘蛛(ぐも)八十(やそ)建(たける)、其(その)室(むろ)に在(あ)りて、待(まち)いなる。かれ爾(ここ)に、天津(あまつ)神(かみ)の御子(みこ)の命(みこと)以(もち)て、八十(やそ)建(たける)に饗(みあへ)を賜(たま)ひき』
 忍坂(おさか)と云(い)ふ処(ところ)は、大和(やまと)の桜井(さくらゐ)駅(えき)から、二里(り)程(ほど)隔(へだた)つた山中(さんちう)で、忍坂(おさか)は忍(しのび)の坂(さか)と書(か)いて其(その)地名(ちめい)がおさかと云(い)ひます。言霊(ことたま)の上(うへ)から忍坂(おさか)は坂(さか)は逆(さか)で、約(つま)り悪(わる)い者(もの)、忍(お)は忍耐(にんたい)の忍(にん)でなく、忍(しの)び隠(かく)れること、心(こころ)の曲(まが)つた人(ひと)、所謂(いはゆる)思想(しさう)の悪(わる)い者(もの)が寄(よ)つて、隠(かく)れて居(ゐ)る事(こと)、大室(おほむろ)は大(おほ)きな家(いへ)を土(つち)の中(なか)に建(た)てて、其(その)中(なか)で官軍(くわんぐん)の通過(つうくわ)するのを待(ま)つて居(ゐ)る。尾(を)生(お)ふる土(つち)蜘蛛(ぐも)、尾(を)の生(は)えた土(つち)蜘蛛(ぐも)、神武(じんむ)天皇(てんわう)の御(お)出(いで)になつた頃(ころ)は土(つち)蜘蛛(ぐも)と云(い)ふ人種(じんしゆ)は穴居(けつきよ)時代(じだい)の人種(じんしゆ)で尾(を)が生(は)えて居(を)ると云(い)ふことは、此(この)前(まへ)にもありました。是(これ)は猛獣(まうじう)的(てき)であつて、四足(よつあし)精神(せいしん)の人間(にんげん)の謂(いひ)である。八十(やそ)建(たける)は沢山(たくさん)な強暴(きやうばう)な連中(れんちう)の頭(かしら)であります。尾(を)ある人(ひと)は沢山(たくさん)の部下(ぶか)を持(も)つ人(ひと)の事(こと)で、尾(を)生(お)ふる土(つち)蜘蛛(ぐも)とは四足(よつあし)同様(どうやう)の野蛮(やばん)人種(じんしゆ)で穴(あな)に籠(こも)つて居(ゐ)るものであります。神武(じんむ)天皇(てんわう)の御(お)出(いで)を待(ま)ち構(かま)へて居(を)つたと云(い)ふことであります。現代(げんだい)にても何処(どこ)にも彼処(かしこ)にも忍坂(おさか)の大(おほ)室屋(むろや)と云(い)ふものが出来(でき)て、悪神(あくがみ)が跋扈(ばつこ)跳梁(てうりやう)して鎮魂(ちんこん)が仕切(しき)れなくなつて居(を)ります。神様(かみさま)の御(み)国(くに)と云(い)ふ事(こと)を考(かんが)へず、コソコソと大(おほ)室屋(むろや)則(すなは)ち悪(あく)思想(しさう)の団体(だんたい)を各地(かくち)到(いた)る処(ところ)に樹(た)てて居(を)る。此(この)大本(おほもと)の教(をしへ)に対(たい)しても是(これ)を叩(たた)き潰(つぶ)さむと、種々(しゆじゆ)奸計(かんけい)を巡(めぐ)らしたり、大本(おほもと)は大(だい)帝国(ていこく)の秩序(ちつじよ)を紊(みだ)さむとして居(を)るとか、現代(げんだい)を呪(のろ)うて居(を)るのでは在(あ)るまいかとか、何(なん)とか譏(くさ)して居(を)ります。
 『かれ爾(ここ)に、天津(あまつ)神(かみ)の御子(みこ)の命(みこと)以(もち)て、八十(やそ)建(たける)に饗(みあへ)を賜(たま)ひき』
 是(これ)は八十(やそ)建(たける)が天津(あまつ)神(かみ)の御子(みこ)即(すなは)ち神武(じんむ)天皇(てんわう)の御(ご)馳走(ちそう)になつたと云(い)ふことであります。神様(かみさま)は悪(わる)い者(もの)の悪(わる)い思想(しさう)には、厳重(げんぢゆう)に審判(しんぱん)されるのであります。天皇(てんわう)は神示(しんじ)の儘々(まにまに)、御(ご)馳走(ちそう)を以(も)て敵(てき)を得心(とくしん)さして言向(ことむけ)平(や)和(は)せ、若(も)し聴(き)かなかつた時(とき)には、その剣(つるぎ)を以(もつ)て国賊(こくぞく)を刺(さ)せと仰(あふ)せられた。御(ご)馳走(ちそう)には食(しよく)を饗(きやう)する事(こと)もあり、耳(みみ)を饗(きやう)する為(ため)に音楽(おんがく)もあり、眼(め)を饗(きやう)するため花火(はなび)を揚(あ)げて見(み)せる馳走(ちそう)もあるけれども、第(だい)一の馳走(ちそう)は此(この)口(くち)からであります。
 『是(ここ)に、八十(やそ)建(たける)に宛(あて)て、八十(やそ)膳夫(かしはで)を設(まう)けて、人(ひと)毎(ごと)に刀(たち)佩(は)けて、その膳夫(かしはで)等(ども)に歌(うた)を聞(き)かば、一(も)時(ろ)共(とも)に斬(き)れと誨(をし)へ給(たま)ひき』
 膳夫(かしはで)は柏手(かしはで)と国音(こくおん)相(あひ)通(つう)じ、拍手(はくしゆ)して謳(うた)ふ意味(いみ)にもなります。拍手(かしはで)は神様(かみさま)の御前(みまへ)とか又(また)は目(め)出(で)度(た)き祝(いは)ひの席(せき)で、多(た)人数(にんずう)が打(う)ち解(と)けて打(う)つものであります。耶蘇(やそ)教(けう)には拍手(はくしゆ)はなく、仏教(ぶつけう)は数珠(じゆず)を繰(く)つて居(を)る計(ばか)りで決(けつ)して手(て)を打(う)たぬ。言霊(ことたま)の上(うへ)から云(い)ふと、何(なん)百人(にん)の神(かみ)の善(よ)い神霊(しんれい)が来(きた)り、神霊(しんれい)を以(もつ)て霊(れい)の神託(しんたく)を乞(こ)はむとするのであります。万一(まんいち)神(かみ)の教(をしへ)を反対(はんたい)して聴(き)き入(い)れぬ者(もの)は、彼(か)のマホメットが片方(かたはう)にコウランの経典(きやうてん)を持(も)ち一方(ぱう)には剣(つるぎ)を握(にぎ)つたと同(おな)じく、大和(やまと)魂(だましひ)の入要(にふえう)な時分(じぶん)が来(く)るのであります。天皇(てんわう)の教(をしへ)に心(こころ)から帰順(きじゆん)せば助(たす)けてやれ、反抗(はんかう)せば討(う)てとの御(ご)聖旨(せいし)で此(この)剣(つるぎ)を賜(たまは)つたのであります。さうして拍手(はくしゆ)をしながら聴(き)かない者(もの)は皆(みな)亡(ほろ)ぼして仕(し)舞(ま)ふ。是(これ)は最後(さいご)の手段(しゆだん)で、悪(わる)い所(ところ)のものは平(たひら)げて仕(し)舞(ま)はなければならぬ。若(も)し何(なん)と云(い)うても聴(き)かなければ、已(や)むを得(え)ぬ行動(かうどう)を採(と)らなければ成(な)らぬのであります。天皇(てんわう)の仁愛(じんあい)の御(ご)聖旨(せいし)を奉(ほう)ぜず、反対(はんたい)に力(ちから)限(かぎ)り土(つち)蜘蛛(ぐも)は手(て)向(むか)うたので、神武(じんむ)天皇(てんわう)は已(や)むを得(え)ず平(たひら)げられました。
 『忍坂(おさか)の、大(おほ)室屋(むろや)に、人(ひと)多(さは)に、来(き)入(いり)居(を)り』
 即(すなは)ち種々(くさぐさ)な不良(ふりやう)なる精神(せいしん)を有(も)つて居(を)る男(おとこ)が多(おほ)いが、大(おほ)室屋(むろや)の子孫(しそん)である。今(いま)の間島(かんたう)に居(を)る不逞(ふてい)鮮人(せんじん)も、忍坂(おさか)の大(おほ)室屋(むろや)で、思想(しさう)上(じやう)にも大(おほ)室屋(むろや)が沢山(たくさん)出来(でき)て居(を)る。
 『人(ひと)多(さは)に、入(いり)居(をり)共(とも)、御(み)稜威(づ)々(み)々(づ)し、久米(くめ)の子(こ)が、頭(くぶ)槌(つつ)い、石(いし)槌(つつ)い持(も)ち、撃(うち)てし止(や)まむ』
 『久米(くめ)の子(こ)』は神様(かみさま)の組(くみ)の子(こ)と云(い)ふことで、敬神(けいしん)勤皇(きんわう)報国(はうこく)を以(もつ)て生命(せいめい)とする聖(せい)なる神(かみ)の子(こ)の団体(だんたい)の謂(いひ)であります。神(かみ)と国(くに)との為(ため)に尽(つく)す団体(だんたい)である。或(あるひ)は御(み)稜(い)威(づ)畏(かし)こき神様(かみさま)に仕(つか)へる青年(せいねん)団体(だんたい)の謂(いひ)で皇道(くわうだう)大本(おほもと)の教(をしへ)子(ご)も久米(くめ)の子(こ)である。『頭(くぶ)槌(つつ)い』は立派(りつぱ)な頭(あたま)株(かぶ)の人(ひと)の表象(へうしやう)であります。『石(いし)槌(つつ)い』と云(い)ふ事(こと)は、賢実(けんじつ)な至誠(しせい)の団体(だんたい)の力(ちから)であり、亦(また)剣(つるぎ)である。何程(なにほど)説明(せつめい)してやつても元来(ぐわんらい)の悪人(あくにん)には役(やく)に立(た)たないから、何時(いつ)まで斯(か)うして改心(かいしん)を待(ま)つて居(ゐ)ても建替(たてかへ)は出来(でき)ぬ。教(をしへ)の方(はう)でいかなければ、已(や)むを得(え)ぬから石(いし)槌(つつ)いの体(たい)の方(はう)、即(すなは)ち剣(つるぎ)の神力(しんりき)を以(もつ)て撃(う)つて仕舞(しま)はなければならぬ。今(いま)撃(う)てば宣(よろ)しと云(い)ふことは、今(いま)を措(お)いて外(ほか)に良(よ)き機会(きくわい)がないから、此(この)際(さい)撃(う)つて仕舞(しま)へ、平(たひら)げて了(し)まはなければいかぬとの御(み)詔(のり)であります。暴力(ばうりよく)に対(たい)しては剣(つるぎ)である。思想(しさう)問題(もんだい)が興(おこ)れば、思想(しさう)問題(もんだい)で押(おさ)へるのが、本当(ほんたう)に頭(くぶ)槌(つつ)いの諭(さと)しである。諭(さと)して行(ゆ)かねば、石(いし)槌(つつ)いの剣(つるぎ)にかけても天下(てんか)の為(ため)に是(これ)を平(たひら)げる。現代(げんだい)も宜(よろ)しく石(いし)槌(つつ)いを用(もち)ふるやうになつてゐる。
   二
 鳥見(とみ)彦(ひこ)亦(また)の名(な)は長髄(ながすね)彦(ひこ)、即(すなは)ち脚(あし)の長(なが)い盗人(ぬすびと)である。他人(たにん)の地面(ぢめん)を永(なが)く占領(せんりやう)するもの、某国(ぼうこく)の印度(いんど)の併合(へいがふ)に於(お)けるも、大(おほ)地主(ぢぬし)の沢山(たくさん)の土地(とち)を独占(どくせん)して居(を)るのも、明治(めいぢ)維新(ゐしん)前(ぜん)迄(まで)、何(なん)十万(まん)石(ごく)を独(ひと)りで占領(せんりやう)したもの等(とう)も、亦(また)の名(な)鳥見(とみ)彦(ひこ)で、物質(ぶつしつ)に富(と)むで居(を)ると云(い)ふ事(こと)であります。
 『みつみつし、久米(くめ)の子(こ)等(ら)が、粟(あは)生(ふ)には、韮(かみら)一(ひと)茎(もと)、そねが茎(もと)、其(そ)根(ね)芽(め)つなぎて、撃(うち)てし止(や)まむ』
 此(この)御(み)歌(うた)の通(とほ)り、子(こ)等(ら)に粟(あは)を賜(たま)はつたことが書(か)いてある。一(ひと)掴(つか)みの粟(あは)は沢山(たくさん)な粒(つぶ)数(かず)がある。濡手(ぬれて)で粟(あは)を掴(つか)むと、何(なん)十万粒(つぶ)も掴(つか)むことが出来(でき)、其(その)一(ひと)つ一(ひと)つが、何(なん)千倍(ばい)の富(とみ)に替(かは)つて来(く)る。日々(ひび)此(この)一(ひと)粒(つぶ)が、万倍(まんばい)に殖(ふ)えて来(く)る時機(じき)が来(く)る。姜(はじかみ)は生姜(しやうが)のことで、韮(かみら)一茎(もと)とは古(こ)事(じ)記(き)に仮名(かな)で書(か)いて在(あ)る。カミラは神世(かみよ)の循環(じゆんくわん)することである。神様(かみさま)の教(をしへ)を信(しん)ずる、それを奉(ほう)じて行(ゆ)くこと、それが神(かみ)らひともとで、そねめつなぎて撃(うち)てし止(や)まむ、多(おほ)くの神(かみ)の子(こ)が一(いち)団体(だんたい)と成(な)つて上下(しやうか)一(いち)致(ち)して、敵(てき)に当(あた)ることであります。沢山(たくさん)の団体(だんたい)であつても、是(これ)を統括(とうくわつ)するものが無(な)く、所謂(いはゆる)烏合(うがふ)の衆(しう)では役(やく)に立(た)たぬ。然(しか)るに鳥見(とみ)彦(ひこ)は、烏合(うがふ)的(てき)の大勢(おほぜい)の者(もの)を繋(つな)いで奴隷(どれい)にして居(を)る。それを打(うち)平(たひら)げて仕舞(しま)はなければならぬ。是(これ)を考(かんが)へると、皇道(くわうだう)大本(おほもと)は非常(ひじやう)に重大(ぢゆうだい)な責任(せきにん)があることが、古(こ)事(じ)記(き)の御(ご)神文(しんもん)に現(あら)はれて居(を)ることが明(あきら)かになります。
 『御稜威(みづ)々々(みづ)し、久米(くめ)の子(こ)等(ら)が、垣(かき)下(もと)に、植(う)ゑし姜(はじかみ)、口(くち)響(ひび)く、吾(われ)は忘(わす)れじ、うちてし止(や)まむ』
 御稜威(みづ)々々(みづ)しき久米(くめ)の子(こ)が、人(ひと)垣(がき)を作(つく)つて非常(ひじやう)に大(おほ)きな団体(だんたい)をつくつて居(を)る。垣(かき)は外来(ぐわいらい)のものを防(ふせ)ぐと云(い)ふ言霊(ことたま)で、小(せう)日本(につぽん)は磯(し)輪(わ)垣(がき)の秀妻(ほづま)の神国(しんこく)であります。『垣(かき)下(もと)に植(う)ゑし姜(はじかみ)』とは、約(つま)り日本(につぽん)神国(しんこく)の教(をしへ)を奉(ほう)じて固(かた)まつた神(かみ)の園(その)に、日本(やまと)魂(だましひ)の種(たね)を植(う)ゑ付(つ)け、夫(そ)れが生長(せいちやう)したのが、ピリリと辛(から)くて味(あぢ)の在(あ)るハジ神(かみ)である。要(えう)するに忠勇(ちうゆう)義烈(ぎれつ)なる日本(につぽん)男子(だんし)の代名(だいめい)詞(し)である。是(これ)を以(もつ)て天業(てんげふ)を恢弘(くわいこう)せむとの、天皇(てんわう)の御詔(みことのり)であります。一度(ど)に開(ひら)くといふ梅(うめ)の花(はな)の教(をしへ)も、終(つひ)に果実(み)を結(むす)び色(いろ)付(づ)いて来(く)ると、塩(しほ)に浸(つ)けて重宝(ちようはう)がる様(やう)になる。姜(はじかみ)は梅(うめ)の実(み)と一緒(いつしよ)に漬(つ)けると、真(まこと)に結構(けつこう)な風味(あぢ)が出(で)て来(く)るが、姜(はじかみ)で食(た)べると口(くち)がピリピリとする、実(じつ)に辛(から)くて堪(たま)らぬ。『口(くち)響(ひび)く』と云(い)ふ事(こと)は、言向(ことむけ)和(やは)すと云(い)ふ意味(いみ)もある、言霊(ことたま)を以(もつ)てするときは、如何(いか)なる強敵(きやうてき)も帰順(きじゆん)する故(ゆゑ)に、此(この)段(だん)は両様(りやうやう)に解(かい)されます。世界(せかい)各国(かくこく)に言霊(ことたま)が鳴(な)り渡(わた)り、之(これ)が雲(くも)の上(うへ)の辺(あた)りまで届(とど)いて来(く)る。
 『吾(われ)は忘(わす)れじ、撃(うち)てし止(や)まむ』
 何(ど)うしても国(くに)の為(ため)、民(たみ)の為(ため)、此(この)賊(ぞく)をば撃(うち)平(たひら)げてしまはなければならぬ。忘(わす)れじと云(い)ふことは、何処(どこ)までもトコトンやつて仕舞(しま)はなければならぬと云(い)ふことであります。
 『神風(かみかぜ)の、伊勢(いせ)の海(うみ)の、大(お)石(いし)に、蔓(はひ)延(もと)廻(ほろ)ふ。しただみの、いはひもとほり、撃(うち)てし止(や)まむ』
 大(お)石(いし)は二見(ふたみ)ヶ浦(うら)の海中(かいちう)にある、鳥羽(とば)の方(はう)へ参(まゐ)りますと沢山(たくさん)ありますけれども、二(ふた)つの大石(おほいし)となつて其(その)間(あひだ)から太陽(たいやう)も出(で)て来(く)る、不二(ふじ)山(さん)も見(み)える、此(この)二つの岩(いは)は高皇産霊(たかみむすびの)神(かみ)、神皇産霊(かむみむすびの)神(かみ)、亦(また)は伊(い)邪(ざ)那(な)岐(ぎ)命(のみこと)、伊(い)邪(ざ)那(な)美(み)命(のみこと)の表徴(へうちよう)と成(な)つて居(を)るから、俗(ぞく)に夫婦(めをと)岩(いは)と称(たた)へて居(を)ります。しただみは小(ちひ)さい貝(かひ)の異名(いみやう)で、即(すなは)ちしただみとは下(した)人民(たみ)である。要(えう)するに天皇(てんわう)の勅命(ちよくめい)を奉(ほう)ずる下(した)人民(たみ)が、至誠(しせい)を以(もつ)て天皇(てんわう)に頑強(ぐわんきやう)に敵(てき)対(た)ふ所(ところ)の、大石(おほいし)の如(や)うな賊徒(ぞくと)を討(うち)亡(ほろ)ぼさねば止(や)まない、上下(しやうか)一致(いつち)して以(もつ)て、大石(おほいし)の如(ごと)き強賊(がうぞく)を撃滅(げきめつ)せねば止(や)まないとの御(ご)勅命(ちよくめい)であります。亦(また)次(つい)で、
 『兄磯城(えしき)、弟磯城(おとしき)を撃(うち)給(たま)へる時(とき)に、御軍(みいくさ)暫(しば)し疲(つか)れたりき』
 えしきと云(い)ふのは、之(これ)も悪魔(あくま)で、是(これ)はパン問題(もんだい)から起因(きいん)したもので、エシキは餌食(えじき)の意(い)である。今日(こんにち)の社会(しやくわい)主義(しゆぎ)者(しや)輩(はい)の如(や)うに、吾等(われら)にパンを与(あた)へよ、然(しか)らざれば宜(よろ)しく死(し)を与(あた)へよ、と云(い)ふ、過激(くわげき)な思想(しさう)を抱(いだ)いて天則(てんそく)に違反(ゐはん)する、不良(ふりやう)人間(にんげん)の代名(だいめい)詞(し)であるから、結局(けつきよく)パンが豊富(ほうふ)に与(あた)へらるれば、直(ただ)ちに鎮静(ちんせい)して了(しま)ひますが、弟磯城(おとしき)の方(はう)は一層(そう)ヒドイ思想(しさう)を抱(いだ)いて居(を)る、是(これ)は絶対(ぜつたい)的(てき)に帰順(きじゆん)の至誠(しせい)なき賊徒(ぞくと)の謂(いひ)であります。此(こ)の者(もの)を打(うち)給(たま)はむとして、非常(ひじやう)にお疲(つか)れになつた、それで腰(こし)の上(あ)げ下(おろ)しもならぬ、退(しりぞ)くに退(しりぞ)けぬと云(い)ふ状態(じやうたい)に、御(お)疲(つか)れ遊(あそ)ばして、一歩(ぽ)も退(ひ)けぬ破目(はめ)に陥(おちい)らせ玉(たま)うたのであります。
 『楯(たた)並(なめて)、伊(い)那(な)佐(さ)の山(やま)の、樹(こ)の間(ま)よも、伊(い)行(ゆき)まもらひ、戦(たたか)へば、我(われ)はや飢(え)ぬ。島津(しまつ)鳥(とり)、うがいが徒(とも)、今(いま)助(す)けに来(こ)ね』
 たたなめてと云(い)ふことは、軍(いくさ)の楯(たて)を並(なら)べてと謂(い)ふ事(こと)であるが、言霊学(ことたまがく)上(じやう)から解釈(かいしやく)すればタタは対照(たいせう)力(りよく)であります。敵(てき)と味方(みかた)とは相(あひ)対峙(たいじ)して、互(たがひ)に鎬(しのぎ)を削(けづ)り合(あ)ふ形(かたち)であります。
 またタタの言霊(ことたま)は、多大(ただい)の勢力(せいりよく)といふ事(こと)にも成(な)る、大軍(たいぐん)を並(なら)べてといふ意義(いぎ)であります。今度(こんど)の二度(ど)目(め)の天(あま)の岩戸(いはと)が開(ひら)けるのも、要(えう)するに厳(いづ)の御魂(みたま)と瑞(みづ)の御魂(みたま)とが、霊的(れいてき)の位置(ゐち)からと、体的(たいてき)の方面(はうめん)からと互(たがひ)に相(あひ)結合(けつがふ)して、大(だい)神業(しんげふ)の成就(じやうじゆ)を来(きた)す事(こと)になつて居(を)ります。
 イナサの山(やま)とはイは治(をさ)まつて無為(むゐ)の言霊(ことたま)、且(か)つ大(だい)金剛(こんがう)力(りき)である。ナは推(お)し鎮(しづ)め神徳(しんとく)を顕(あら)はし、尊厳(そんげん)無比(むひ)の意義(いぎ)である。サは騒(さわ)ぎ乱(みだ)るるの言霊(ことたま)で、淀(よど)み居(を)る探(さが)し居(を)るといふ意義(いぎ)である。則(すなは)ち聖(せい)なる神軍(しんぐん)と暴悪(ばうあく)無道(むだう)の賊軍(ぞくぐん)と戦(たたか)ふと云(い)ふ意義(いぎ)であります。而(しか)してタタ並(な)めてと云(い)ふ意義(いぎ)は、手々(たた)を並(なら)べて、多(おほ)くの軍隊(ぐんたい)が神(かみ)の御前(みまへ)に拍手(はくしゆ)して、戦勝(せんしよう)の祈念(きねん)を凝(こ)らすといふ事(こと)であります。故(ゆゑ)に手々(たた)を並(なら)べて神(かみ)に拍手(はくしゆ)して祈念(きねん)すれば、斯(か)くの如(ごと)く敗戦(はいせん)は致(いた)すまい、それを不図(ふと)忘(わす)れて居(ゐ)たから、吾(われ)を初(はじ)め、一同(どう)の軍兵(みいくさ)が苦戦(くせん)したのであらう。神前(しんぜん)に於(おい)て手々(たた)を並(なら)べて、拍手(はくしゆ)するのは、神国(しんこく)固有(こいう)の教(をしへ)計(ばか)りである。仏教(ぶつけう)者(しや)は祈念(きねん)に際(さい)して、数珠(じゆず)を揉(も)むが手(て)を拍(う)たない。キリスト教(けう)は、天(てん)に向(むか)つて祈願(きぐわん)するが、是(これ)も只(ただ)単(たん)に天(てん)の一方(いつぱう)を指(さ)して祈(いの)る計(ばか)りで、決(けつ)して手(て)を拍(う)たぬ。昔(むかし)からの諺(ことわざ)にも『目(め)の無(な)い千鳥(ちどり)手(て)の鳴(な)る方(はう)へ』と云(い)ふ事(こと)がありますが、今日(こんにち)の世(よ)の中(なか)の如(ごと)く、一寸(いつすん)前(さき)の判(わか)らぬ精神(せいしん)上(じやう)の盲者(めくら)や聾(つんぼ)計(ばか)りでは、モウ一寸(ちよつと)も国(くに)を保(たも)つて行(ゆ)く事(こと)は出来(でき)ぬ。サアとなつた時(とき)には、神(かみ)の大前(おほまへ)に拝伏(はいふく)して、手(て)を拍(う)つて祈(いの)らねば、何(なに)も分(わか)らぬ如(や)うに成(な)つて来(く)るのであります。『島津(しまつ)鳥(とり)、鵜(う)がいが徒(とも)、今(いま)助(す)けに来(こ)ね』との御(ご)勅歌(ちよくか)は、真(まこと)に御国(みくに)を思(おも)うて敬神(けいしん)尊皇(そんわう)報国(はうこく)の至誠(しせい)を有(いう)する、所謂(いはゆる)神(かみ)に選(えら)まれたる処(ところ)の人々(ひとびと)等(ら)よ、此(こ)の時(とき)早(はや)く吾(わが)神軍(しんぐん)を救(すく)ひに来(き)たれと、仰(あふ)せられたのであります。亦(また)島津(しまつ)鳥(とり)と謂(い)ふ意義(いぎ)は、鳥(とり)は暁天(げうてん)を告(つ)ぐる所(ところ)の霊鳥(れいてう)である。神(かみ)の教(をしへ)を克(よ)く守(まも)り、暗黒(あんこく)世界(せかい)を照明(せうめい)し、日(ひ)の出(で)の守護(しゆご)とする事(こと)に而己(のみ)、心身(しんしん)を傾注(けいちゆう)する所(ところ)の、至誠(しせい)の国民(こくみん)と云(い)ふ意義(いぎ)であります。皇道(くわうだう)大本(おほもと)の忠良(ちうりやう)なる信徒(しんと)諸氏(しよし)は、則(すなは)ち島津(しまつ)鳥(とり)で、且(か)つウガイが伴(とも)と云(い)ふべきものであります。そしてウガイの伴(とも)の天職(てんしよく)は、第(だい)一にアナナヒの大道(だいだう)を守(まも)るを以(もつ)て主眼(しゆがん)とする。アナナヒとは、自分(じぶん)の功績(いさをし)は皆(みな)神様(かみさま)や、天皇(てんわう)陛下(へいか)の御(ご)功績(こうせき)として奉(たてまつ)る、純忠(じゆんちう)純良(じゆんりやう)の大道(だいだう)であります。祝詞(のりと)の末尾(まつび)にも鵜(う)自(じ)物(もの)頸(うな)根(ね)突(つき)抜(ぬ)きて、恐(かしこ)み恐(かしこ)み白(まを)すとあるのも、神(かみ)と君(きみ)とに忠良(ちうりやう)なる神子(しんし)と謂(い)ふ事(こと)であります。故(ゆゑ)に吾々(われわれ)は現在(げんざい)の日本(につぽん)国(こく)の世態(せたい)から考(かんが)へて見(み)て、上(かみ)御(ご)一人(にん)の御(おん)為(ため)に、忠誠(ちうせい)の大道(だいだう)を全(まつた)うし以(もつ)て、神恩(しんおん)皇恩(くわうおん)に報(むく)い奉(まつ)るべき時機(じき)に逢遇(ほうぐう)せる事(こと)を忘(わす)れてはならぬのであります。
 畏(おそ)れ多(おほ)い事(こと)でありますが、是(これ)を今日(こんにち)の皇道(くわうだう)大本(おほもと)に譬(たと)へて見(み)ますと、丁度(ちやうど)神武(じんむ)天皇(てんわう)が、御(ご)苦辛(くしん)遊(あそ)ばしたと同様(どうやう)の苦境(くきやう)であります。兄磯城(えしき)弟磯城(おとしき)は盛(さか)んに筆剣(ひつけん)口創(こうさう)を以(もつ)て攻(せ)めて来(く)る。大(だい)自在(じざい)天(てん)の枝(えだ)の守護(しゆご)神(じん)は、随所(ずゐしよ)に圧迫(あつぱく)を加(くは)へる。実(じつ)に四面(めん)楚歌(そか)の裡(うち)に包(つつ)まれ、進退(しんたい)維(これ)谷(きは)まるの現状(げんじやう)でありますが、是(これ)も神様(かみさま)の御(ご)試煉(しれん)と覚悟(かくご)して、勇往(ゆうわう)邁進(まいしん)を続(つづ)け、一歩(ぽ)も後退(こうたい)せずに惟神(かむながら)の大道(だいだう)に依(よ)つて、切(き)り抜(ぬ)け切(き)り祓(はら)ひ弥(いや)進(すす)みに進(すす)みつつあるのである。一方(ぱう)には本宮(ほんぐう)山(やま)に三体(さんたい)の大神(おほかみ)様(さま)の大(だい)神殿(しんでん)を建設(けんせつ)中(ちう)で、非常(ひじやう)の苦心(くしん)中(ちう)にも拘(かか)はらず、外部(ぐわいぶ)からは大敵(たいてき)が、日(ひ)に月(つき)に襲(おそ)うて来(く)る。之(これ)を防(ふせ)ぎ止(と)め以(もつ)て神軍(しんぐん)を進(すす)めむとして、大本(おほもと)の陸海(りくかい)軍(ぐん)とも曰(い)ふべき言論(げんろん)機関(きくわん)の必要(ひつえう)を、強(つよ)く強(つよ)く感(かん)ずると同時(どうじ)に、教(けう)信徒(しんと)諸氏(しよし)の赤誠(せきせい)に愬(うつた)へ、漸(やうや)く新聞(しんぶん)発行(はつかう)の運(はこ)びに立(たち)到(いた)つた。即(すなは)ち手々(たた)並(な)めて、いなさの山(やま)の神(こ)の誠(ま)依(よ)母(も)射(い)靱(ゆき)守(まも)らひ戦(たたか)ひつつ、兵糧(ひやうろう)弾薬(だんやく)の欠乏(けつぼう)に苦(くる)しみ、吾々(われわれ)は殆(ほとん)ど奔命(ほんめい)に疲(つか)れむとして居(を)るのであります。アア神(かみ)に至誠(しせい)至忠(しちう)なる島津(しまつ)鳥(とり)ウガイが友(とも)なる真(み)柱(はしら)信者(しんじや)の、今(いま)一層(そう)わが奉仕(ほうし)する神業(しんげふ)を助(たす)けに来(き)て呉(く)れないかと云(い)ふのは、現今(げんこん)の私(わたくし)の心情(しんじやう)であります。皇道(くわうだう)大本(おほもと)の方(はう)も、新聞(しんぶん)社(しや)の方(はう)も、幸(さいは)ひにして人(ひと)の手(て)は揃(そろ)うた、則(すなは)ちたたなめられました。さうして神(かみ)の誠(まこと)の教(をしへ)のまにまに、社会(しやくわい)の凡(すべ)ての悪魔(あくま)と戦(たたか)つて居(を)るのであります。鵜(う)と云(い)ふものは、一旦(たん)自分(じぶん)の咽(のど)まで呑(の)み込(こ)んだ魚(うを)を、飼主(かひぬし)の為(ため)に悉皆(しつかい)吐(は)き出(だ)して以(もつ)て、主人(しゆじん)に奉仕(ほうし)するものである。斯(かく)の如(ごと)き行(おこな)ひを、神様(かみさま)や国家(こくか)に対(たい)して行(おこな)ふ赤誠(せきせい)の人士(じんし)を、ウガイが徒(とも)と謂(い)ふのであります。皇道(くわうだう)大本(おほもと)はたたなめてイナサの山(やま)の木(こ)の間(ま)よも、いゆき守(まも)らひ戦(たたか)ひつつ、一天(てん)万乗(ばんじやう)の大君(おほぎみ)の為(ため)、日本(につぽん)神国(しんこく)の為(ため)且(か)つは世界(せかい)人類(じんるゐ)救済(きうさい)の為(ため)に、不惜(ふしやく)身命(しんみやう)の活動(くわつどう)を致(いた)して居(を)る。島津(しまつ)鳥(とり)ウガイが伴(とも)であります。故(ゆゑ)に此(こ)の神示(しんじ)の活動(くわつどう)を助(たす)くる人士(じんし)は、即(すなは)ち是(これ)も島津(しまつ)鳥(とり)ウガイが徒(とも)である。アア皇道(くわうだう)の為(ため)に、国家(こくか)の為(ため)に尽(つく)しつつある大本(おほもと)を、此時(このとき)此際(このさい)御(ご)神諭(しんゆ)の御(ご)精神(せいしん)を真解(しんかい)された神人(しんじん)の助(たす)けられむ事(こと)を、岩(いは)に松(まつ)計(ばか)りであります。
   三
 『故(かれ)爾(ここ)に邇芸速日(にぎはやひの)命(みこと)、参(まゐ)赴(き)て天(あま)つ神(かみ)の御子(みこ)に白(まを)さく。天(あま)つ神(かみ)の御子(みこ)、天(あ)降(も)りましぬと聞(きき)つる故(ゆゑ)に追(お)ひて参(まゐ)降(くだり)来(き)つと申(まを)して、即(すなは)ち天津瑞(あまつしるし)を献(たてまつ)り仕(つか)へ奉(まつ)りき。故(かれ)邇芸速日(にぎはやひの)命(みこと)、登(と)美(み)毘(び)古(こ)の妹(いも)登(と)美(み)夜(や)毘(び)売(め)に娶(めあ)ひて生(う)める子(みこ)、宇(う)麻(ま)志(し)麻(ま)遅(ぢ)の命(みこと)、此(こ)は物部(もののべ)連(のむらじ)、穂積(ほづみ)の臣(おみ)、婇(うねめべ)の臣(おみ)の祖(おや)なり』
 天孫(てんそん)邇芸速日(にぎはやひの)命(みこと)は鳥見(とみ)彦(ひこ)の妹(いも)の登美夜(とみや)毘売(びめ)を娶(めと)つて、御(お)二方(ふたかた)御(お)揃(そろ)ひに成(な)つて、中津(なかつ)国(くに)を知召(しろしめ)されて居(を)られたが、今(いま)や天津(あまつ)神(かみ)の御子(みこ)なる天皇(てんわう)が、此(この)大和(やまと)国(のくに)に御(お)出(いで)に成(な)つた事(こと)を知(し)り給(たま)うて、親(みづか)ら御(おん)前(まへ)にお越(こ)しになつて、御(ご)自分(じぶん)も天津(あまつ)神(かみ)の同(おな)じ御(み)裔(すゑ)で在(あ)ると曰(い)ふ証拠(しようこ)の天津(あまつ)瑞(しるし)即(すなは)ち大切(たいせつ)な宝物(はうもつ)を献上(けんじやう)されて全(まつた)く天津(あまつ)神(かみ)の御子(みこ)に帰順(きじゆん)されました。今(いま)までは邇芸速日(にぎはやひの)命(みこと)は、立派(りつぱ)なる天孫(てんそん)で、天下(てんか)統治(とうぢ)の大権(たいけん)を御(お)持(も)ちに成(な)つて居(を)られたなれど、最早(もはや)今度(こんど)の天津(あまつ)神(かみ)の御子(みこ)に帰順(きじゆん)すべき、時節(じせつ)の到来(たうらい)せる事(こと)を、心底(しんてい)より覚悟(かくご)されて、極(きは)めて柔順(じうじゆん)に、凡(すべ)ての物(もの)を御(お)譲(ゆづり)渡(わた)しに成(な)つたのであります。神諭(しんゆ)にも「時節(じせつ)ほど結構(けつこう)なものの恐(おそ)ろしいものは無(な)い、時節(じせつ)には神(かみ)も叶(かな)はぬぞよ。時節(じせつ)を待(ま)てば煎(いり)豆(まめ)にも花(はな)が咲(さ)いて、嬉(うれ)し嬉(うれ)しの果実(み)が生(な)るぞよ」と出(で)て居(を)ります。艮(うしとら)の金神(こんじん)様(さま)も、時(とき)よ時節(じせつ)で三千年(ねん)の長(なが)い年月(としつき)、悪神(あくがみ)祟神(たたりがみ)と、四方(はう)八方(ぱう)から詈(ののし)られ圧迫(あつぱく)されて、艮(うしとら)の方(はう)に隠忍(いんにん)して、神政(しんせい)成就(じやうじゆ)の時節(じせつ)を待(ま)たれたのであります。要(えう)するに、神武(じんむ)天皇(てんわう)が中津(なかつ)国(くに)を平定(へいてい)して、皇位(くわうゐ)に即(つ)かせ給(たま)うたのも時節(じせつ)なら、邇芸速日(にぎはやひの)命(みこと)が、国土(こくど)珍宝(ちんぱう)一切(いつさい)を挙(あ)げて帰順(きじゆん)されたのも時節(じせつ)の力(ちから)であります。然(しか)し艮(うしとら)の金神(こんじん)国常立尊(くにとこたちのみこと)は、神界(しんかい)の表(おもて)に立(た)ちて神々(かみがみ)を統治(とうぢ)する大権(たいけん)を御(お)受(う)けに成(な)つたのでありますが、神武(じんむ)天皇(てんわう)は、邇芸速日(にぎはやひの)命(みこと)から、現界(げんかい)統治(とうぢ)の大権(たいけん)を御(お)受取(うけとり)に成(な)つたのであります。故(ゆゑ)に神界(しんかい)と現界(げんかい)とを離(はな)して考(かんが)へて頂(いただ)かぬと、飛(と)んだ誤解(ごかい)を招(まね)く虞(おそ)れが出来(でき)て参(まゐ)ります。今日(こんにち)神諭(しんゆ)を誤解(ごかい)して皇道(くわうだう)大本(おほもと)を色々(いろいろ)と、批難(ひなん)するものの現(あら)はれたのは、此(こ)の間(かん)の消息(せうそく)を解(かい)し得(え)ざる浅智(せんち)浅学(せんがく)者(しや)の、不明(ふめい)の致(いた)す所(ところ)であります。邇芸速日(にぎはやひの)命(みこと)の御子(みこ)、宇(う)麻(ま)志(し)麻(ま)遅(ぢ)命(のみこと)は、神武(じんむ)天皇(てんわう)に忠勤(ちうきん)を擢(ぬきんで)られ、御(ご)即位(そくゐ)の御(おん)時(とき)には、鎮魂(ちんこん)の祭事(さいじ)に奉仕(ほうし)された方(かた)であります。
   四
 『故(かれ)此(かく)の如(ごと)、荒(あら)ぶる神(かみ)等(たち)を言(こと)向(む)け平和(やは)し、不伏人(まつろはぬもの)等(ども)を退(はらひ)撥(たひら)げたまひて、畝火(うねび)の白梼(かし)原宮(はらのみや)に坐(ま)しまして天下(あめのした)治(しろ)しめしき』
 天皇(てんわう)が種々(しゆじゆ)雑多(ざつた)の御(ご)艱難(かんなん)を遊(あそ)ばされ、諸(もろもろ)の悪神(あらぶるかみ)を言(こと)向(む)け平和(やは)し、畝火(うねび)の橿(かし)原宮(はらのみや)に、辛酉(かのととり)の歳(とし)正月(しやうぐわつ)元日(ぐわんじつ)に、天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)の御位(みくらゐ)に即(つ)かせられました。丁度(ちやうど)来年(らいねん)(大正(たいしやう)十年(ねん))は御(ご)即位(そくゐ)の歳(とし)から四十四回(くわい)目(め)の辛酉(かのととり)の年(とし)であつて、実(じつ)に芽(め)出(で)度(た)き意義(いぎ)深(ふか)き年(とし)でありますから、皆様(みなさま)とともに改心(かいしん)を仕(し)合(あ)うて此(こ)の紀元(きげん)節(せつ)を迎(むか)へ奉(まつ)る如(や)うに、致(いた)し度(た)いのであります。
 『故(かれ)日向(ひむか)に坐(ま)しましし時(とき)、阿多(あた)の小椅君(をばしのきみ)の妹(いも)、名(な)は阿比良(あひら)比売(ひめ)を娶(め)して生(う)みませる子(みこ)、多芸志美美(たぎしみみの)命(みこと)、次(つぎ)に岐須美美(きすみみの)命(みこと)、二柱(ふたはしら)坐(ま)せり』
 阿多(あた)はアデヤカの霊(たま)反(がへ)しであつて、艶麗(えんれい)なる容貌(ようばう)の意義(いぎ)である。小椅(をばし)は帯(をば)しの意義(いぎ)で、妹(いも)は妻(つま)と謂(い)ふ事(こと)である。要(えう)するに立派(りつぱ)な御妃(おきさき)を娶(めと)られた事(こと)で、吾人(ごじん)で言(い)へば妻帯(さいたい)したと云(い)ふ事(こと)であります。
 アの言霊(ことたま)は眼(め)に留(とま)る也(なり)の意義(いぎ)である。又(また)世(よ)の中心(ちうしん)大物(おほもの)主(ぬし)の言霊(ことたま)である。要(えう)するに国津(くにつ)神(かみ)の頭(かしら)の地位(ちゐ)にある人(ひと)で、国色(かほいろ)勝(すぐ)れたる人(ひと)である。
 タの言霊(ことたま)は対照力(たたのちから)也(なり)、身(み)を顕(あら)はし居(を)る也(なり)の意義(いぎ)である。
 阿比良(あひら)比売(ひめ)の言霊(ことたま)は、アは大本(たいほん)初頭(しよとう)也(なり)、ヒは尊厳(そんげん)也(なり)、日(ひ)也(なり)、ラは高皇(たかみ)産霊(むすび)神(のかみ)也(なり)、霊系(れいけい)也(なり)、ヒメは高貴(かうき)なる婦人(ふじん)の名称(めいしよう)也(なり)。以上(いじやう)の言霊(ことたま)解(かい)より考(かんが)へる時(とき)は、実(じつ)に申分(まをしぶん)の無(な)き、立派(りつぱ)な御妃(おきさき)と云(い)ふ事(こと)であります。此(こ)の比売(ひめ)を娶(め)して生(う)みませる御子(みこ)に、多芸志美美(たぎしみみの)命(みこと)、岐須美美(きすみみの)命(みこと)の二皇子(わうじ)があります。此(こ)の多芸志美美(たぎしみみの)命(みこと)は、終(つひ)に謀反(むほん)を企(くはだ)て、異(い)母(ぼ)弟(てい)神沼(かむぬな)河耳(かはみみ)命(のみこと)に、亡(ほろ)ぼされて了(しま)はれました。此(この)事(こと)は後(のち)に詳(くは)しく申(まをし)上(あ)げますから、茲(ここ)は省(はぶ)いておきます。
 『然(しか)れども更(さら)に大(おほ)后(きさき)と為(せ)む美人(をとめ)を求(ま)ぎ玉(たま)ふ時(とき)に、大(おほ)久米(くめ)命(のみこと)の曰(まを)さく、此間(ここ)に神(かみ)の御子(みこ)なりと謂(まを)す媛女(をとめ)有(あ)り、其(そ)を神(かみ)の御子(みこ)なりと謂(まを)す所以(ゆゑん)は、三嶋溝咋(みしまみぞくひ)の女(むすめ)、名(な)は勢夜陀多良(せやだたら)比売(ひめ)、其(その)容姿(みめすがた)麗(よ)かりければ、美和(みわ)の大物主(おほものぬしの)神(かみ)、見(み)感(め)でて、其(そ)の美人(をとめ)の大便所(かはや)に入(い)れる時(とき)に、丹塗矢(にぬりや)に化(な)りて、其(そ)の大便所(かはや)の溝流下(した)より、其(そ)の美人(をとめ)の富登(ほと)を突(つ)きたまひき』
 美和(みわ)の大物主(おほものぬし)神(のかみ)は言霊(ことたま)上(じやう)ミは形体(けいたい)具足(ぐそく)也(なり)、ワは郡類(ぐんるゐ)也(なり)、オは興(おこ)し助(たす)くる也(なり)、ホは恋(こ)ふる也(なり)、モは本元(もと)也(なり)、下(しも)に働(はたら)く也(なり)、ノは野(の)の活用(くわつよう)也(なり)、ヌは能(よ)く鎮(しづま)る也(なり)、シは堅(かた)く締(しま)る也(なり)、以上(いじやう)の活用(くわつよう)に依(よ)りて大物(おほもの)主(ぬし)の神(かみ)は世界(せかい)各国(かくこく)の帝王(ていわう)又(また)は大統領(だいとうりやう)の司宰(しさい)すべき大(だい)帝王(ていわう)の天職(てんしよく)なる事(こと)を知(し)られるのである。
 勢夜陀多良(せやだたら)比売(ひめ)の言霊(ことたま)は、セは世(よ)の働(はたら)き也(なり)、ヤは矢(や)也(なり)、固有(こいう)の大父(たいふ)也(なり)、ダは最強(さいきやう)なる対照力(たたのちから)也(なり)、一(ひ)の元(もと)也(なり)[※「言霊の大要」には、ダの言霊の南東の活用に「名(ひ)の元(もと)也」があり、南の活用に「アの元也」がある。「一(ひ)の元(もと)也」の「一」は、数字の一というよりは、水茎文字のアではないか?]、タは平均(へいきん)力(りよく)也(なり)、足(た)り余(あま)る也(なり)、ラは無量(むりやう)寿(じゆ)の基(もと)也(なり)、循環(じゆんくわん)の神機(しんき)也(なり)、ヒは日(ひ)也(なり)、メは天(あま)の戸(と)也(なり)、世(よ)を見(み)る也(なり)。
 以上(いじやう)の言霊(ことたま)を綜合(そうがふ)する時(とき)は、艮(うしとら)の金神(こんじん)国常立(くにとこたち)尊(のみこと)の御(ご)活動(くわつどう)、及(およ)び御(ご)神諭(しんゆ)の大(だい)精神(せいしん)に適合(てきがふ)し、殆(ほとん)ど皇道(くわうだう)大本(おほもと)の活動(くわつどう)状態(じやうたい)を指(さ)して居(を)るのであります。三輪(みわ)の大物(おほもの)主(ぬし)の神(かみ)なる地主(ちしゆ)唯一(ゆゐいつ)の物質(ぶつしつ)界(かい)の帝王(ていわう)が、主義(しゆぎ)精神(せいしん)実行(じつかう)の真(まこと)に立派(りつぱ)なる事(こと)を、感賞(かんしやう)して娶(めと)らせられたといふ意義(いぎ)であります。
 『美和(みわ)の大物主(おほものぬしの)神(かみ)、見(み)感(め)でて、其(そ)の美人(をとめ)の大便所(かはや)に入(い)れる時(とき)に』
と云(い)ふ事(こと)は、大便所(かはや)は実(じつ)に雪隠(せつちん)と謂(い)つて隠(かく)れたる所(ところ)で、最(もつと)も低(ひく)い所(ところ)である。而(しか)して実(じつ)に醜(みにく)い所(ところ)であるが、其(そ)の蓄積(ちくせき)せる糞尿(ふんねう)は、植物(しよくぶつ)一切(いつさい)の大切(たいせつ)なる肥料(ひれう)となるのである。又(また)大便(だいべん)に蛆虫(うぢむし)が発生(はつせい)して、段々(だんだん)と生長(せいちやう)し羽化(うくわ)して、蠅(はへ)となり立派(りつぱ)な人間(にんげん)の頭(あたま)にも止(と)まつたり、神殿(しんでん)へも自由(じいう)自在(じざい)に飛(と)んで行(ゆ)く様(やう)になるものである。御(ご)神諭(しんゆ)にも『出口(でぐち)直(なほ)は、糞糠(くそかす)に落(おと)して御用(ごよう)が命(さ)してあるぞよ。世間(せけん)から見(み)ればアンナものがと申(まを)せども、先(さき)を見(み)て御(ご)座(ざ)れよ。アンナものがコンナものに成(な)る仕組(しぐみ)が致(いた)してあるぞよ。開(あ)いた口(くち)が閉(ふさ)がらぬぞよ。牛糞(うしくそ)が天下(てんか)を取(と)ると申(まを)す譬(たと)へは、今度(こんど)の事(こと)であるぞよ』と現(あら)はれて居(を)りますが今日(こんにち)の皇道(くわうだう)大本(おほもと)は、実(じつ)に世俗(せぞく)から見(み)れば、実(じつ)に約(つま)らぬ処(ところ)の如(や)うに見(み)え、役員(やくゐん)信者(しんじや)は、皆(みな)今日(こんにち)の鼻高(はなだか)さんの眼(め)からは糞虫(くそむし)に見(み)えるのであります。其(そ)の醜(きた)ない所(ところ)に御(お)這(は)入(い)りに成(な)つて居(を)る、勢夜陀多良(せやだたら)比売(ひめ)なる、真(しん)の力(ちから)ある女神(めがみ)を感賞(かんしやう)して、恋(こ)ひ慕(した)ひ隠(かく)れて、目(め)合(あ)ひし玉(たま)ふ三輪(みわ)の大物主(おほものぬしの)神(かみ)は、現今(げんこん)の世(よ)に当(あ)てはめましたなれば、如何(いか)なる神様(かみさま)でありませう乎(か)。実(じつ)に意味(いみ)深重(しんちよう)な物語(ものがた)りではありませぬ乎(か)。
 『丹塗矢(にぬりや)に化(な)りて、其(そ)の大便所(かはや)の溝流下(した)より、其(そ)の美人(をとめ)の富登(ほと)を突(つ)きたまひき』
 丹塗矢(にぬりや)の言霊(ことたま)、ニは内心(ないしん)慕(した)ひ居(を)る也(なり)、粘(ねばり)付(つ)く也(なり)。日(ひ)の照(てり)込(こ)む也(なり)。ヌは寝(ね)る也(なり)、主(しゆ)の徳(とく)也(なり)、麻柱(あななひ)の府(ふ)也(なり)。リは⦿(ス)の極(きよく)也(なり)、鳥(とり)の形(かたち)也(なり)。ヤは親(おや)の謂(いは)れ也(なり)。即(すなは)ち主(しゆ)師(し)親(しん)の三徳(みわ)の大物主(おほものぬしの)神(かみ)が極徳(きよくとく)を保(たも)ちて、大便所(かはや)の中(なか)迄(まで)も御(お)探(さが)し遊(あそ)ばしたと云(い)ふ言霊(ことたま)であります。
 大便所(かはや)の言霊(ことたま)、カは蒙(かぶ)せ覆(おほ)ふ也(なり)、光(ひか)り輝(かがや)く也(なり)。ワは紋理(あや)の起元(おこり)也(なり)、生(うま)れ初(そ)む也(なり)、親(おや)を省(かへり)みる也(なり)。ヤは地球(ちきう)を親(した)しく包裏(つつみ)居(を)る也(なり)、常世(とこよ)の天(てん)を照(てら)し居(を)る也(なり)、裏面(りめん)の天地(てんち)也(なり)。以上(いじやう)の言霊(ことたま)活用(くわつよう)に依(よ)れば、外醜(ぐわいしう)内美(ないび)なる神界(しんかい)の大(だい)経綸(けいりん)場(ぢやう)たる事(こと)を知(し)らるるのであります。三輪(みわ)の大物主(おほものぬしの)神(かみ)は、丹塗矢(にぬりや)と化(な)り大便所(かはや)を御(お)探(さが)しになる時(とき)は、太古(たいこ)計(ばか)りではありますまい。その亦(また)大便所(かはや)は、何国(いづこ)の山奥(やまおく)に在(あ)るか、谷底(たにそこ)にあるか、各自(めいめい)に霊魂(みたま)を研(みが)いて、三輪(みわ)の大物主(おほものぬしの)神(かみ)の如(や)うに、其(そ)の所在(しよざい)を探(さが)し当(あ)てねば成(な)りませぬ。
   五   ─(三輪大物主神の段御本文略す[※「三輪大物主神の段」とは何を指すのか不明。古事記の本文に沿って言霊解が展開しており、何が省略されているのか不明。])─
 三輪(みわ)の大物主(おほものぬしの)神(かみ)が、大便所(かはや)の下(した)まで苦心(くしん)して、勢夜陀多良(せやだたら)比売(ひめ)を慕(した)つて、御(お)探(さが)し遊(あそ)ばしたと曰(い)ふ事(こと)は、実(じつ)に社会(しやくわい)の整理(せいり)上(じやう)よくよくの事(こと)なのである。之(これ)を現代(げんだい)に照合(せうがふ)して考(かんが)へて見(み)れば、古今(ここん)東西(とうざい)の聖人(せいじん)賢哲(けんてつ)が世(よ)を平(たひら)けく治(をさ)め、人(ひと)の身魂(みたま)を安(やす)んぜむとして、熱誠(ねつせい)を籠(こ)めて唱道(しやうだう)せる宗教(しうけう)や倫理(りんり)道徳(だうとく)説(せつ)や、政治(せいぢ)の方針(はうしん)は之(これ)を反覆(はんぷく)し練習(れんしふ)し来(きた)りしこと数(すう)千年(ねん)の長(ちやう)年月(ねんげつ)を費(つひや)して来(き)ましたが、未(ま)だ以(もつ)て真(しん)個(こ)社会(しやくわい)を平和(へいわ)に進(すす)め、人(ひと)の身魂(みたま)を安全(あんぜん)ならしむる事(こと)は出来(でき)なかつたのであります。宗教(しうけう)も、倫理(りんり)も、政治(せいぢ)も、哲学(てつがく)も、古来(こらい)各(かく)学者(がくしや)輩(はい)の口(くち)に依(よ)り筆(ふで)によりて主張(しゆちやう)宣伝(せんでん)され、各自(かくじ)に学派(がくは)宗派(しうは)党派(たうは)を樹立(じゆりつ)し、以(もつ)て相(あひ)凌轢(りようれき)する天下(てんか)混乱(こんらん)の状態(じやうたい)は、所謂(いはゆる)神武(じんむ)天皇(てんわう)の詔(の)り給(たま)ひし『遂(つひ)に邑(いふ)に君(きみ)有(あ)り、村(むら)に長(をさ)あらしめ、各自(おのおの)彊(さかひ)を分(わか)ち用(もち)ゐ、相(あひ)凌(しの)ぎ轢(きし)ろふ』と幾(いく)許(ばく)の差異(さい)がありませう乎(か)。現代(げんだい)の上流(じやうりう)社会(しやくわい)と自称(じしよう)する体主(たいしゆ)霊従(れいじう)的(てき)人間(にんげん)は美衣(びい)美食(びしよく)美酒(びしゆ)美色(びしき)に耽溺(たんでき)し、大厦(たいか)高楼(かうろう)に起臥(きぐわ)し、尸位(しゐ)素餐(そさん)、閑居(かんきよ)不善(ふぜん)を極(きは)め、盛(さか)んに成金(なりきん)風(ぶり)を発揮(はつき)し利己(りこ)一偏(ぺん)の生活(せいくわつ)を送(おく)るものがあり、一方(ぱう)には営々(えいえい)兀々(こつこつ)として子女(しぢよ)を教養(けうやう)し、重税(ぢゆうぜい)に苦(くる)しみつつ、租税(そぜい)の醸造(じやうざう)機関(きくわん)たる、枢軸(すうぢく)的(てき)所謂(いはゆる)中流(ちうりう)の社会(しやくわい)が在(あ)つて、日夜(にちや)各種(かくしゆ)の思想(しさう)問題(もんだい)に去就(きよしう)を決(けつ)し兼(か)ね、不明(ふめい)不安(ふあん)の生活(せいくわつ)を送(おく)るものがある。一方(ぱう)には生活(せいくわつ)の物資(ぶつし)を得(え)むが為(ため)に、岌々(きうきう)乎(こ)として奔走(ほんそう)し勤労(きんらう)しながら、猶(な)ほ且(か)つ其日(そのひ)の生活(せいくわつ)に家族(かぞく)を苦(くる)しましめ、生命(せいめい)糊口(ここう)の不安(ふあん)に駆(か)られつつ在(あ)る下流(かりう)社会(しやくわい)がある。全体(ぜんたい)上流(じやうりう)だとか、中流(ちうりう)だとか、下流(かりう)だとか、名称(めいしよう)を附(ふ)するも、人類(じんるゐ)として果(はた)して何(なん)の差異(さい)があるであらう乎(か)。人生(じんせい)の目的(もくてき)たるや、決(けつ)して衣食(いしよく)住(ぢゆう)のみの為(ため)に生(うま)れたものではあるまい。禽獣(きんじう)と相(あひ)等(ひと)しく生活(せいくわつ)の物資(ぶつし)を得(う)るため而己(のみ)に生(うま)れ、生活(せいくわつ)の為(ため)のみに奔走(ほんそう)すべきものなるの理由(りいう)は断(だん)じて無(な)いのであります。人生(じんせい)の真(しん)面目(めんぼく)は、天地(てんち)経綸(けいりん)の司宰(しさい)者(しや)として、天下(てんか)国家(こくか)の為(ため)に、各自(かくじ)の分(ぶん)に応(おう)じて活動(くわつどう)すべく、神明(しんめい)の代表(だいへう)者(しや)たる本分(ほんぶん)を尽(つく)すべきもので在(あ)ると思(おも)ふ。然(しか)るに現代(げんだい)人(じん)は人生(じんせい)の本分(ほんぶん)、自己(じこ)の天職(てんしよく)を忘(わす)れて、物資(ぶつし)財力(ざいりよく)政権(せいけん)等(とう)の獲得(くわくとく)を以(もつ)て、人生(じんせい)経綸(けいりん)の本義(ほんぎ)と誤信(ごしん)し、以(もつ)て大(だい)は国際(こくさい)的(てき)の競争(きやうさう)に、中(ちう)は政権(せいけん)の争奪(さうだつ)に、党(たう)を結(むす)び派(は)を競(きそ)ひ、日夜(にちや)盲進(もうしん)的(てき)態度(たいど)を持続(ぢぞく)し、小(せう)は個人(こじん)として利己(りこ)一偏(ぺん)の営利(えいり)に相(あひ)競争(きやうさう)し、各自(かくじ)相(あひ)凌轢(りようれき)して、世(よ)に処(しよ)するの惨状(さんじやう)は、是(こ)れ二千五百八十年(ねん)以前(いぜん)に、神武(じんむ)天皇(てんわう)の詔(の)り玉(たま)ひし『邑(いふ)に君(きみ)有(あ)り村(むら)に長(をさ)あらしめ、各自(おのおの)彊(さかひ)を分(わか)ち用(もち)ゐ、相(あひ)凌(しの)ぎきしろふ』の世態(せたい)と、殆(ほとん)ど酷似(こくじ)して居(を)るではありませぬ乎(か)。アア如何(いか)にして、無道(むだう)無明(むみやう)の現代(げんだい)を救(すく)ふことが出来(でき)ませう乎(か)。如何(いか)なる人(ひと)が混乱(こんらん)累惑(るゐわく)の現代(げんだい)を匡正(きやうせい)し改造(かいざう)するでありませう乎(か)。皇道(くわうだう)大本(おほもと)の出現(しゆつげん)は、果(はた)して現代(げんだい)に於(おい)て、無用(むよう)の長物(ちやうぶつ)たる所以(ゆゑん)を認(みと)める事(こと)が出来(でき)るでありませう乎(か)。
 畏(かしこ)くも明治(めいぢ)天皇(てんわう)は国民(こくみん)教育(けういく)の根本(こんぽん)に関(くわん)する大(だい)勅語(ちよくご)を降(くだ)し給(たま)ひて、
 『斯(コ)ノ道(ミチ)ハ、実(ジツ)ニ我(ワ)カ皇祖(クワウソ)皇宗(クワウソウ)ノ遺訓(ヰクン)ニシテ、子孫(シソン)臣民(シンミン)ノ倶(トモ)ニ遵守(ジュンシュ)スヘキ所(トコロ)、之(コレ)ヲ古今(ココン)ニ通(ツウ)シテ謬(アヤマ)ラス、之(コレ)ヲ中外(チウグワイ)ニ施(ホドコ)シテ悖(モト)ラス、朕(チン)爾(ナンヂ)臣民(シンミン)ト倶(トモ)ニ、拳々(ケンケン)服膺(フクヨウ)シテ、咸(ミナ)其(ソノ)徳(トク)ヲ一(イツ)ニセンコトヲ庶(コヒ)幾(ネガ)フ』
 嗚呼(ああ)日本(につぽん)国(こく)臣民(しんみん)たるもの、誰(たれ)かこの御(ご)聖旨(せいし)を奉戴(ほうたい)し、以(もつ)て国体(こくたい)の精華(せいくわ)を発揮(はつき)し、天壌(てんじやう)無窮(むきう)の皇運(くわううん)を扶翼(ふよく)し奉(たてまつ)り、以(もつ)て祖先(そせん)の遺風(ゐふう)を顕彰(けんしやう)したる者(もの)が、幾人(いくにん)あるであらう乎(か)。又(また)誰(たれ)か、陛下(へいか)の忠良(ちうりやう)なる臣民(しんみん)たるの資格(しかく)を有(いう)するもの、幾人(いくにん)あるであらう乎(か)。六千万の同胞(どうほう)は、上下(じやうげ)の別(べつ)なく滔々(たうたう)として、世界(せかい)の濁流(だくりう)に游泳(いうえい)しつつ私産(しさん)を作(つく)り、虚栄(きよえい)を貪(むさぼ)るに於(おい)て、敢(あへ)て手段(しゆだん)の善悪(ぜんあく)を問(と)はず、偽善(ぎぜん)詐偽(さぎ)不倫(ふりん)等(とう)の体主(たいしゆ)霊従(れいじう)的(てき)行為(かうゐ)が根本(こんぽん)的(てき)に、人生(じんせい)天賦(てんぷ)の徳器(とくき)を破壊(はくわい)するも、更(さら)に少(すこ)しも意(い)に介(かい)せざるの状態(じやうたい)であります。殊(こと)に皇国(くわうこく)に生(うま)れたる学者(がくしや)にして、『邦家(ほうか)之(の)経緯(けいゐ)王化(わうくわ)之(の)鴻基(こうき)焉(なり)』と天武(てんむ)天皇(てんわう)の詔(の)り玉(たま)ひたる、皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)の御(ご)遺訓(ゐくん)なる神典(しんてん)の一大(だい)精神(せいしん)と一大(だい)使命(しめい)を悟(さと)らず、恰(あだか)も西洋(せいやう)印度(いんど)等(とう)の神話(しんわ)と、同(どう)一視(し)して顧(かへり)みざる而己(のみ)ならず、却(かへつ)て軽侮(けいぶ)の眼(まなこ)を以(もつ)て之(これ)を遇(ぐう)するもの在(あ)るやに聞(き)くのであります。斯(か)くの如(ごと)く、最(もつと)も尊重(そんちよう)心服(しんぷく)すべき、斯道(しだう)の大本(たいほん)を忘却(ばうきやく)し且(か)つ軽侮(けいぶ)しつつ、不(ふ)徹底(てつてい)極(きは)まる泰西(たいせい)の迷妄(めいまう)学(がく)に心酔(しんすゐ)して、自己(じこ)天賦(てんぷ)の神霊(しんれい)を累惑(るゐわく)せしめたる盲目(もうもく)学者(がくしや)の輩出(はいしゆつ)するに至(いた)つて、天下(てんか)は益々(ますます)無道(むだう)無明(むみやう)の域(ゐき)も墜転(つゐてん)するは、実(じつ)に遺憾(ゐかん)限(かぎ)り無(な)き次第(しだい)であります。彼等(かれら)の盲目(もうもく)なる学者(がくしや)輩(はい)は、実(じつ)に日本(につぽん)国体(こくたい)の蠧虫(とちう)であつて、又(また)教育(けういく)界(かい)の蠧魚(とぎよ)であります。現代(げんだい)の如(ごと)く秕政(ひせい)その窮極(きうきよく)に達(たつ)し、一日(にち)送(おく)りの政治(せいぢ)や、其場(そのば)限(かぎ)りの教育(けういく)を以(もつ)て、如何(どう)して能(よ)く国体(こくたい)の精華(せいくわ)を発揮(はつき)し奉(たてまつ)る事(こと)が出来(でき)ませう乎(か)。ああ是(こ)れ実(じつ)に三輪(みわ)の大物主(おほものぬしの)神(かみ)が、カハヤの下(した)まで丹塗(にぬり)矢(や)に化(な)つて、勢夜陀多良(せやだたら)比(ひ)女(め)命(のみこと)を、慕(した)ひ探(さが)し玉(たま)うた所以(ゆゑん)ではありますまいか。ああ神聖(しんせい)不可(ふか)犯(はん)なる皇憲(くわうけん)を運用(うんよう)し奉(たてまつ)る資格(しかく)ある政治(せいぢ)家(か)、宗教(しうけう)家(か)、教育(けういく)家(か)は、何時(いつ)の日(ひ)か出現(しゆつげん)するでありませう乎(か)。思(おも)へば現代(げんだい)の政治(せいぢ)教育(けういく)宗教(しうけう)位(ぐらゐ)、無力(むりよく)無(む)定見(ていけん)なるものは有(あ)りますまい。
 『其(そ)の美人(をとめ)の富登(ほと)を突(つ)き給(たま)ひき』
 ホトの言霊(ことたま)は霊地(ほと)であり、秀所(ほと)であり、地(ち)の高天原(たかあまはら)である。亦(ま)た局処(つぼと)である。神宮(しんぐう)坪(つぼ)の内(うち)と謂(い)ふ意義(いぎ)もあります。
 突(つ)き給(たま)ひきと云(い)ふ事(こと)は、肝腎(かんじん)要(かな)めの局所(きよくしよ)を突(つ)き止(と)め、見(み)極(きは)められたことであります。
 ヲトメの言霊(ことたま)を解説(かいせつ)すれば、
 ヲは祭(まつ)り守(まも)らしむる也(なり)、長(をさ)也(なり)、治(をさ)む也(なり)、教(をしへ)也(なり)、緒(を)也(なり)、結(むす)びて一と成(な)る也(なり)。
 トは結(むす)び定(さだ)むる也(なり)、皆(みな)治(をさま)る也(なり)、十(とう)也(なり)、八咫(やあた)に走(はし)る也(なり)。
 メは内部(うち)に勢(いきほひ)を含(ふく)む也(なり)、本性(ほんせい)を写(うつ)し貽(のこ)す也(なり)、親(おや)也(なり)、発芽(はつが)也(なり)、天(あま)の戸(と)也(なり)、世(よ)を見(み)る也(なり)。
 以上(いじやう)の言霊(ことたま)は、天地(てんち)経綸(けいりん)の活用(くわつよう)ある女神(めがみ)の発顕(はつげん)にして、祭政(さいせい)教(けう)一致(ち)の大(だい)道場(だうぢやう)である。即(すなは)ち皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)の御(ご)遺訓(ゐくん)を遵奉(じゆんぽう)し、且(か)つ顕彰(けんしやう)する神示(しんじ)の、聖団(せいだん)のある地(ち)の高天原(たかあまはら)である。
 ホトの言霊(ことたま)を更(さら)に解釈(かいしやく)すれば、ホは上(うへ)に顕(あらは)る也(なり)、活霊(くわつれい)也(なり)、照(てり)込(こ)む也(なり)、火(ほ)の水(みづ)に宿(やど)る也(なり)、日(ひ)の足(たる)也(なり)。
 トは通(とほ)り結(むす)び納(をさめ)る也(なり)、最(もつと)も迅速(じんそく)疾走(しつそう)鋭敏(えいびん)也(なり)。
 則(すなは)ち、厳(いづ)の御魂(みたま)の瑞(みづ)の御魂(みたま)に依宿(いしゆく)し、最(もつと)も迅速(じんそく)に鋭敏(えいびん)に活用(くわつよう)を照(て)らす日(ひ)の御子(みこ)の、足(あし)なる十(たり)の聖処(せいしよ)地(ち)の高天原(たかあまはら)なる事(こと)が伺(うかが)はれるのであります。
 『爾(かれ)其(そ)の美人(をとめ)驚(おどろ)きて、立(たち)走(はし)りいすすぎき』
 をとめは三輪(みわ)の大物主(おほものぬしの)神(かみ)に、局処(きよくしよ)を突(つ)き止(と)められ、非常(ひじやう)に恐懼(きようく)措(お)く処(ところ)を知(し)らず、直(ただち)に立(た)ちて大神(おほかみ)の命(めい)を奉(ほう)じ、四方(はう)に奔走(ほんそう)して敬神(けいしん)勤皇(きんわう)報国(はうこく)の至誠(しせい)の為(ため)に、大々(だいだい)的(てき)活動(くわつどう)を開始(かいし)されたといふ事(こと)であります。
 『いすすぎき』と云(い)ふ概略(がいりやく)な意義(いぎ)は、勇(いさ)み進(すす)み君国(くんこく)の為(ため)に至誠(しせい)至忠(しちう)の大(だい)活動(くわつどう)を為(いた)す事(こと)であります。吾々(われわれ)皇道(くわうだう)大本(おほもと)の信者(しんじや)も、君国(くんこく)の為(た)めに、至誠(しせい)以(もつ)て天地(てんち)を貫(つらぬ)くの大々(だいだい)的(てき)活動(くわつどう)を致(いた)さねば成(な)らぬ時運(じうん)に到達(たうたつ)致(いた)したのであります。
 『乃(かく)て其(そ)の矢(や)を将(もち)来(き)て、床(とこ)の辺(べ)に置(お)きしかば、忽(たちま)ち麗(うる)はしき壮夫(をとこ)になりて、即(たちま)ち其(そ)の美人(をとめ)に娶(みあ)ひて生(う)みませる御子(みこ)、名(な)は富登多々良伊須々岐(ほとたたらいすすぎ)比売(ひめの)命(みこと)』
 そこで其(そ)の矢(や)を将(もち)来(き)て、床(とこ)の辺(べ)に置(お)きしと言(い)ふ意味(いみ)は、改造(かいざう)された三輪(みわ)の大物主(おほものぬし)の化身(けしん)を、最(もつと)も尊(たふと)き座(ざ)に置(お)き奉(たてまつ)つて、将来の大(だい)国家(こくか)の経綸(けいりん)を、勢夜陀多良(せやだたら)比売(ひめ)から一々(いちいち)詳細(しやうさい)に申(まをし)上(あ)げると、大物主(おほものぬしの)神(かみ)は、初(はじ)めて神意(しんい)を覚(さと)り給(たま)ふと同時(どうじ)に、今迄(いままで)の御(ご)煩慮(はんりよ)は忽然(こつぜん)として消(き)え失(う)せ、勇壮(ゆうさう)活溌(くわつぱつ)なる大(だい)丈夫(ぢやうふ)に身魂(みたま)が改造(かいざう)変化(へんくわ)され、将来(しやうらい)に望(のぞみ)を抱(いだ)かれ、楽天(らくてん)、進取(しんしゆ)、清潔(せいけつ)、統一(とういつ)の大(だい)精神(せいしん)を確持(かくぢ)し、美人(をとめ)(瑞霊(ずゐれい))と見(み)合(あ)はし聞(きき)合(あ)はし宣(の)り合(あ)はして、立派(りつぱ)な御子(みこ)を生(う)み玉(たま)うたのであります。
 ミコの言霊(ことたま)を解(かい)すれば、
 ミは玉(たま)に成(な)る也(なり)、⦿(ス)を明(あきら)かに見(み)る也(なり)、真(しん)也(なり)、満(みつ)也(なり)、三(み)也(なり)、形体(けいたい)具足(ぐそく)成就(じやうじゆ)也(なり)。
 コは天津(あまつ)誠(まこと)也(なり)、脳髄(なうずゐ)也(なり)、一切(いつさい)の真元(しんげん)と成(な)る也(なり)、全(まつた)く要(かなま)る也(なり)。
 即(すなは)ち玉(たま)と成(な)る也(なり)は、玉(たま)は天下(てんか)統治(とうぢ)の表象(へうしやう)である。⦿(ス)を明(あきら)かに見(み)る也(なり)は、皇国(くわうこく)の大(だい)使命(しめい)を日神(ひのかみ)月神(つきのかみ)の光(ひかり)に依(よ)りて悟(さと)る事(こと)である。真(しん)也(なり)は至真(ししん)至美(しび)至善(しぜん)の神徳(しんとく)である。満(みつ)也(なり)は光輝(くわうき)六合(りくがふ)に満(み)ち渡(わた)る事(こと)である。三(み)也(なり)は主(しゆ)師(し)親(しん)の三徳(とく)及(およ)び三種(しゆ)の神器(しんき)である。形体(けいたい)具足(ぐそく)成就(じやうじゆ)也(なり)は、君民(くんみん)一致(ち)の神政(しんせい)完了(くわんれう)する事(こと)である。
 天津(あまつ)誠(まこと)也(なり)とは、惟神(かむながら)の大道(だいだう)にして麻柱(あななひ)の究極(きうきよく)である。脳髄(なうずゐ)也(なり)は、万有(ばんいう)一切(さい)を司宰(しさい)する主脳(しゆなう)の意義(いぎ)である。一切(さい)の真元(しんげん)也(なり)とは、政治(せいぢ)宗教(しうけう)教育(けういく)哲学(てつがく)等(とう)一切(さい)の真相(しんさう)本元(ほんげん)を究極(きうきよく)し、且(かつ)指導(しだう)する事(こと)である。全(まつた)く要(かなま)る也(なり)は、全(ぜん)大(だい)宇宙(うちう)を神(かみ)の意志(いし)に依(よ)りて統御(とうぎよ)し要(かな)むる事(こと)である。実(じつ)に三輪(みわ)の大物主(おほものぬしの)神(かみ)と大便所(かはや)に入(い)れる美人(をとめ)と肝胆(かんたん)相(あひ)照(てら)し以(もつ)て宇内(うだい)無比(むひ)のミコを生(う)み給(たま)ふと曰(い)ふ、実(じつ)に結構(けつこう)なる皇宗(くわうそう)の御(ご)遺訓(ゐくん)であります。
 『名(な)は富登多々良伊須々岐(ほとたたらいすすぎ)比売(ひめの)命(みこと)、亦(また)の名(な)は比売(ひめ)多々良伊須気余理(たたらいすけより)比売(ひめ)と謂(まを)す』
 (是(こ)は其(そ)の富登(ほと)と云(い)ふ事(こと)を悪(にく)みて、後(あと)に改(あらた)めつる御名(みな)なり)
 『故(かれ)是(これ)を以(もつ)て、神(かみ)の御子(みこ)とは謂(まを)すなりとまをしき』
 名の言霊(ことたま)は真空之全体(あまのはらのかたち)也(なり)。日本(につぽん)の名(な)は実(じつ)の極(きよく)也(なり)、決(けつ)して名(な)は実(じつ)の符牒(ふてう)、賓(ひん)にあらず、日本(につぽん)人(じん)の声(こゑ)は有機(いうき)物(ぶつ)也(なり)、外国(ぐわいこく)人(じん)の声(こゑ)は無機(むき)物(ぶつ)也(なり)、符牒(ふてう)也(なり)。はは花美(はなやか)也(なり)、延(の)び開(ひら)く言霊(ことたま)也(なり)
 ホは太陽(たいやう)の明(めい)也(なり)、上(うへ)に顕(あらは)る也(なり)。
 トは十(とう)也(なり)、治(をさま)る也(なり)。
 タは常(つね)に治(をさま)り静(しづま)る也(なり)。
 タは身(み)を顕(あらは)し居(を)る也(なり)。
 ラは極(きよく)乎(こ)として間断(かんだん)無(な)き也(なり)。
 イ[※ア行イ]は治而無為(をさまつてなすなき)也(なり)。
 スは集中(しふちう)也(なり)、真中(まなか)真心(まごころ)也(なり)。
 スは垣(かきり)無(な)く無為(すみきる)也(なり)。[※「垣(かきり)」は底本通り。「限(かぎり)」の誤字か? 天祥地瑞(第74巻総説)ではスの言霊に「出入の息限り無く澄みきり」という活用がある。。]
 ギは天津(あまつ)御祖(みおや)の真(しん)也(なり)。
 ヒは大慈(だいじ)大悲(だいひ)の極(きはみ)也(なり)。
 メは地球(あ)を含(はら)む物(もの)の天(てん)と云(い)ふ也(なり)。
 ミは産霊(むすび)の形(かたち)を顕(あらは)す也(なり)。
 コは極(こ)微(ご)点(こ)也(なり)。
 トは一切(さい)を能(よ)く結(むす)び定(さだ)め治(をさ)むる也(なり)。
 右(みぎ)のホトタタライススギヒメノミコトの十五言霊(ことたま)の意義(いぎ)を解(かい)すれば、直霊(なほひ)の御霊(みたま)の光(ひか)り、太陽(たいやう)の如(ごと)くに明(あきら)かに照(て)り渡(わた)り、雲(くも)の上(うへ)に伊(い)都(づ)能(の)売(め)と顕(あら)はれて、十善(ぜん)具足(ぐそく)の神政(しんせい)を成(じやう)じ、永遠(えいゑん)無窮(むきう)の天下(てんか)は治(をさ)まりて静(しづ)かなり、神人(しんじん)として其(その)身(み)を蒼生(さうせい)の上(うへ)に顕現(けんげん)し、極(きよく)乎(こ)として間断(たえま)無(な)く、不言(ふげん)にして治(をさ)まり、無為(むゐ)にして化(くわ)し、一切(さい)の真中(しんちう)真心(しんしん)として、徳望(とくばう)一身(しん)に集中(しふちう)し、隔(へだて)も無(な)く平等(びやうどう)に澄(すみ)切(き)り、天津(あまつ)誠(まこと)の真元(しんげん)を持(ぢ)し、以(もつ)て大慈(だいじ)大悲(だいひ)の極点(きよくてん)、五(み)六(ろ)七(く)の仁政(じんせい)を施(し)き、世界(せかい)を統(とう)一して物質(ぶつしつ)界(かい)の亡者(まうじや)を天国(てんごく)に救(すく)ひ、生成(せいせい)化育(くわいく)の大道(だいだう)を発揚(はつやう)し、天来(てんらい)天賦(てんぷ)の極(こ)微(ご)点(こ)を体現(たいげん)し、宇宙(うちう)万有(ばんいう)を能(よ)く結(むす)び治(をさ)むるの神業(しんげふ)を謂(まを)すのであります。五(み)六(ろ)七(く)の神(かみ)の御代(みよ)の現象(げんしやう)は、実(じつ)にホトタタライススギヒメノミコトと現(あら)はれるのであります。皇道(くわうだう)大本(おほもと)の神教(しんけう)は、即(すなは)ちこの女神(めがみ)を招来(せうらい)せむとするのであります。
 亦(また)の名(な)はヒメタタライスケヨリヒメと謂(まを)す。(是(こ)は其(そ)の富登(ほと)と云(い)ふ事(こと)を悪(にく)みて後(のち)に改(あらた)めつる御名(みな)なり)とある意義(いぎ)は、富登(ほと)は霊地(れいち)にして、地(ち)の高天原(たかあまはら)である。然(しか)るに地(ち)の高天原(たかあまはら)は、世界(せかい)人類(じんるゐ)を教(をし)ゆる所(ところ)にして、政治(せいぢ)の中府(ちうふ)にあらず、故(ゆゑ)にヒメ即(すなは)ち霊(れい)天(てん)最高(さいかう)の、天(てん)の霊府(れいふ)と改(あらた)められたるを、富登(ほと)と謂(まを)すことを悪(にく)みてと、言霊(ことたま)の上(うへ)から示(しめ)されたのであります。
 亦(ま)たイスケヨリヒメのイスヒメは、前(まへ)に述(の)べた通(とほ)りの活用(くわつよう)でありますが、ケヨリと改(あらた)まつたのは、一段(だん)と御(ご)神業(しんげふ)の発展(はつてん)したる意味(いみ)であります、即(すなは)ちケは朝日(あさひ)東(ひがし)に輝(かがや)き渡(わた)る、日(ひ)出(いづ)る国(くに)の国徳(こくとく)にして、後嗣(こうし)再生(さいせい)の神徳(しんとく)であります。ヨは天(てん)火(くわ)水(すゐ)地(ち)を調和(てうわ)し、至善(しぜん)至美(しび)の極徳(きよくとく)を以(もつ)て、天(あめ)の下(した)四方(よも)の国(くに)に法(のり)つたふる神力(しんりき)を具(そな)へ、以(もつ)て万物(ばんぶつ)を統御(とうぎよ)し、天壌(てんじやう)無窮(むきう)に極治(きよくち)極徳(きよくとく)を施(ほどこ)し給(たま)ふと曰(い)ふ、神(かみ)の経綸(けいりん)を体現(たいげん)する真人(しんじん)の意(い)であります。アア現代(げんだい)は世界(せかい)の各国(かくこく)、皆(みな)物質(ぶつしつ)的(てき)にも精神(せいしん)的(てき)にも、内乱(ないらん)続発(ぞくはつ)し且(か)つ又(また)戦争(せんさう)(物質(ぶつしつ)精神(せいしん)共(とも))の益々(ますます)激烈(げきれつ)なる、此(こ)の無辺(むへん)無明(むみやう)の世(よ)を救(すく)ひ、治(をさ)め祓(はら)ひ清(きよ)め玉(たま)ふ比売(ひめ)神(がみ)は、今(いま)何処(いづこ)に出現(しゆつげん)せむとしつつあるやを、誠心(せいしん)誠意(せいい)天下(てんか)の為(ため)に、研究(けんきう)すべき時代(じだい)であらうと思(おも)ひます。
(大正九・一〇・一一東京確信会席上講演録 大正九・一一・一一号神霊界)
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