精神が頭脳を中枢として全身を統御してゐると同様、世界統御の中枢は世界の頭脳であらねばなりませぬ。建国の初めより日本は特に神国と称せられ、万世一系天壌無窮の皇位を奉戴し、天立君主立憲政治の国体を成してゐることは、蓋し当然といはねばなりませぬ。
それで、天皇は皇道を以て世界を統御すべき御天職を負はせ給ふのであるから、皇祖天照大神の天壌無窮の御神勅と共に、世界的主、師、親の三大徳を享有し居給ふのでありまして、三種の神器は実に此の三大徳の表象であるのであります。即ち
八咫神鏡は世界の師たる御徳を表象したもので、御本質は言霊であります。コトバは道であり神であります。それで神鏡は皇祖大神の御心であります。日本神典は神鏡の映発でありますから、言霊によらねば真解は出来ないのであります。
八尺勾玉は真善美愛を意味し、一切の親たるべき御徳の表象でありまして、天皇の玉体が勾玉の御本体であらせられます。
草那芸神剣は世界統御の大権即ち主たる御徳の表象でありまして、日本国土が神剣の本体であります。
日本の神社には祭祀の形式として璽鏡剣が祭つてあることは周知の事実でありますが、人類も亦各自小なる形而上の神器を享けて生れて居るのであります。しかし、皇位継承の神器は、我皇室以外には絶無であることは無論であります。