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四 大本四大主義

インフォメーション
題名:四 大本四大主義 著者:出口王仁三郎
ページ:62
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-05-06 14:44:11 文字数:4111 OBC :B122200c22
 大本四大(しだい)主義は実践躬行の心得でありまして、真神(しんしん)に絶対帰依して四大綱領の中に安住し、四大主義によつて行動することが、天界の不文律であると神示されてゐるのであります。
 
  清潔主義………心身修祓の大道
  統一主義………上下(しやうか)一致の大道
  楽天主義………天地惟神の大道
  進展主義………社会改善の大道
 
 前にも述べた如く、日本は(むかし)から皇道が不文律に行はれ、ここに優秀なる国民性が涵養されたのでありますから日本民族が神に対する感情は最も深く正しく、四大綱領に於ても(まつり)(をしへ)とは万国無比であり、四大主義も(また)驚くべき程度に於て行はれて来たのであります。以下此の事実を挙げて対照的に述べることと致します。
 
清潔主義………心身修祓の大道
 
 清潔主義とは身も魂も常に清浄潔白すべく(つと)むることであります。清潔とは神を対照として身の(あか)や心の(よご)れを祓ひ清むることであります。身の垢は湯水などで清めるのであるが、心の汚れは神の光(真)と熱(愛)によるの外に清める方法はないのであります。
 新陳代謝は天地の自然現象であつて、清潔の大法則であります。即ち日月の光熱や雨風などによつて大気や土地は絶えず清潔にされてゐますが、宇宙意志の発現として之を祓戸神(はらひどがみ)のはたらきと云ふのであります。小宇宙たる人間の肉体も同様のはたらきの下に、呼吸により血行により又排泄によつて新鮮の養分を採り入れると同時に、陳旧の汚物を排除してゐるのでありますが、霊体不可分であるから心も亦同様のはたらきの下に清潔が行はれるのであります。湯上りにはサッパリした気分になり、善い事をした時には愉快になるのは常に経験するところであります。
 それで清潔主義は神を対照として一身一家の小潔斎から一地方一国の中潔斎に及ぼすことが、世界宇宙の大潔斎に()することとなるのであります。人が天地経綸の司宰者である以上、此の(くらゐ)の覚悟を()つても決して誇大妄想ではありませぬ。
 日本人は定評ある如く、体的には世界第一の清潔家でありまして、外人から見れば日本人はむしろ潔癖家であります。
 日本人は精神的にも亦世界一の清潔家でありまして、(いにしへ)から大祓(おほはらひ)なる神事(しんじ)が毎年国家的に行はれて来たのであり、祓ひ玉へ清め玉への言霊が簡明に清潔主義を立証し、詩人は(もと)(これ)神洲清潔の民と讃美してゐます。
 
統一主義………上下一致の大道
 
 統一主義は上下(しやうか)一致の大道であります。上下一致といふことは決して無差別平等を意味したものではないのであります。
 すべて物には中心があつて全体を統一してゐます。統一してゐるから調和がとれ、完全の存在を続けるのであります。全体を構成して居る個々の部分は、それぞれはたらきが(ことな)つて居るから一々差別階級があるのでありますが、中心に統一さるる上に於ては、全部が一致して中心に帰向(きかう)して居るのであります。それで統一主義は又中心帰向(きかう)主義となるのであbます。
 統一主義は真理のあらはれであるから、日月星辰の如き極大世界に於ても、極小世界に於ける細胞や電子などの如きも、それぞれ中心に統一され、更に更に大なる中心に統一されて居るのであつて各星座も電子も究極は宇宙意志即ち真神に統一されて居るのであります。
 まして天地経綸の司宰者たるべき人類は、真神に帰向すべきは勿論でありますが、一面に於て、上下一致してそれぞれの国家に帰向し、家族は一致して家長に帰向する等、秩序を経てこそ初めて真の統一和合が成立するのであります。只此の際どこまでも一貫した肝要事は統一する人も統一さるる人々も必ず真神に帰向する心を以てすることであります。
 世界の中心国に(うま)れた日本人は、前に皇道と日本、皇道と天皇、皇道と日本人と題して述べた意義に於て、皇室中心帰向主義に居り愛善の心を以て全人類に接することの必然たるべきを痛感すると同時に、世界の現状が各国(とも)日本を焦点として行動するやうになつた意義深きことに気づかるるのであります。昔から統一主義が日本に行はれた事実を調べて見ますと、
 日本国民は秩序的、統一的思想に富んで居て、上下(しやうか)君臣等の階級的信念が極めて牢固であること。
 日本の国民道徳は敬神崇祖の信念より出発して居ること。
 日本の国民道徳は世界無比の家族主義を成就して居ること。
 日本人は皇室中心帰向主義に於て、活躍する時その全能力が発揮さるること。
 日本人は政権や内訌(ないこう)のために争うてゐても、対外関係等、国家の大事に際しては直ちに挙国一致に出づること。
 などが主なる事実であります。国運発展に伴ひ益々(ますます)多事多端となりつつある今日であるから、より以上統一主義を完うすることに努めねばなりませぬ。
 
楽天主義………天地惟神の大道
 
 楽天主義とは陽気な心で(たのし)んで(くら)すこと、刹那々々に最善を選んで行動する主義であります。過去のことを(いたづ)らに(くや)過越(すぎこし)苦労と、(わか)りもしない未来について無用の心配をする取越(とりこし)苦労をしない主義であります。
 どうしたら斯うした楽天主義になれるかと云へば、一切を神にお任せすることによつてのみ此の境地に入ることが出来るのであります。元来此の世の中は言霊の(あま)()る国、言霊の(さちは)ふ国、言霊の助くる国といつて、喜べば喜びごとが出来(しゆつたい)し悲しめば悲しいことを招来(せうらい)するやうに造られて居るのであります。それで持つて(うま)れた愛善の神性を助長して笑ひの(かど)を開き喜びの道をつくり、万事を善い方へ見直し(きき)直し(のり)直すのが惟神の道であります。であるから楽天主義は神に絶対信仰しなくては出来得ないのであります。普通見るところの楽天家や呑気者や享楽主義、刹那主義などとは根本から相違して居るのであります。
 大本が『天国は昇り易く地獄は堕ち難し』と唱へて徹底した楽天主義であることは、他の(をしへ)に比して特異な点の一つであります。此の世を苦界(くかい)と呪ひ、穢土(ゑど)とけなし、罪悪とか懺悔とかくどくどしく説いてゐては、人心を恐喝し神性を萎縮さして何時(いつ)までも地獄(さう)を脱することは出来ないのであります。
 日本人は昔から快活的、現世的感情の持主でありまして、中古以降外教(ぐわいけう)が次ぎ次ぎに輪入されたに(かか)はらず、左程破壊されずに今日に到つたのであります。
 
進展主義………社会改善の大道
 
 進展主義は積極的な進歩発展の主義であります。自然現象の活動を見ても分るやうに、宇宙間には(がう)も逆転退歩と云ふことが無い。生成化育、進歩発展は神の御心であります。それで、人は神の御心に神(なら)うて国家の発展、社会の進歩のために間断なく邁進することが必要であります。
 現代は積極的活動のためには、一にも(かね)、二にも(かね)であると云ふことになつて居ますが、大本では一、度胸、二、度胸、三、度胸、四、人物、五、(かね)と称へてゐます。此の度胸は恩頼(みたまのふゆ)と云つて神格の流入のみにより、正しい大きい度胸が得らるるのであります。草木(さうもく)が光明に向つた方の枝葉が繁茂してゐるのと同様、人は神に向ふことによつて加護をいただくのであります。そして此の方針で万事を進展的に()れば、たとヘ一時失敗したやうであつても、やがてそれが幾倍の景気を以て好転して来るものであります。
 日本人は惟神に、発展的、膨脹的の性格を()つてゐます。神々の御神業や歴代陛下の御事績は勿論(これ)に伴ふ(わが)祖先達の奉仕ぶりは(ただ)発展膨脹あるのみでありました。日本が今日の地位に(のぼ)つたのは、一つは斯うした進展主義の結果であります。昔のローマ人、今の独逸人も(また)発展的、膨脹的性格の持主でありました。従つて一時(ローマ王政は此の時(すで)に亡んで居た)は、世界を統一するものは日本人か独逸人であると云はれた程でありましたが、彼等には統一思想が不足してゐた上に独逸は蹉跌(さてつ)「蹉跌」とは、失敗すること。してしまつたから、今は日本人が世界から嘱目(しよくもく)(まと)となつてゐるのであります。
☓   ☓   ☓   ☓
 以上概略でありましたが、大本教義の主要点を述べ終りました。これを要するに、皇道大本の信条は、この12ヶ条の信条は昭和10年4月発行『皇道大本大要』収録の13ヶ条の信条と比較すると、13ヶ条の第8条と第9条が合併して、12ヶ条の第8条になっている(この第8条は文言がおかしい)。
 第一、我等は天之御中主大神が、一霊四魂、三元八力の大元霊にして無限絶対、無始無終に宇宙万有を創造し給ふ、全一大祖神に(まし)ますことを信奉するのであります。
 第二、我等は天照皇大神が、全一大祖神の極徳を顕現せられ、(あまね)六合(りくがふ)に照臨し給ふ、至尊至貴の大神に坐ますことを信奉するのであります。
 第三、我等は皇孫(すめみまの)(みこと)が天照皇大神の御神勅に拠り、豊葦原の中津国に天壌無窮の宝祚(はうそ)を樹立し給ひ世界統一の基礎を確立し給へることを信奉するのであります。
 第四、我等は皇上陛下が、万世一系の皇統を継承せられ、惟神に(しゆ)()(しん)の三徳を(そな)へて、世界を知ろし()さるる至尊至貴の現人神に(まし)ますことを信奉するのであります。
 第五、我等は丹波国綾部本宮(ほんぐう)が、金甌(きんおう)無欠の皇道を世界に宣揚する、神定の大本霊場たることを信奉するのであります。
 第六、我等は国祖大国常立尊が天照皇大神の神旨(しんし)を奉戴して、世の立替、立直しを遂行し宇内の安寧秩序を確立し給ふ、現界神界の(だい)守神(しゆしん)(まし)ますこと信奉するのであります。
 第七、我等は豊雲野尊が、国祖の大神業を継承し、至仁至愛の全徳を発揮し給ふ、更生主神(しゆしん)(まし)ますこと信奉するのであります。
 第八、我等は国祖大国常立尊が開祖の手を通して至純至粋の神諭を降し、天地惟神の大道を啓示し給ひ、私は(わたくし)は」は底本通り。余分な文字である可能性が高い。国祖の神示されたる神人(しんじん)愛と、世界平和を実現するの使命あることを信奉するのであります。
 第九、我等は皇道大本神諭の垂示(すゐじ)に依り、敬神、尊皇、報国の実行を期するは、皇国臣民たるものの天職たることを信奉するのであります。
 第十、我等は各自の肉体が神の容器にして天地経綸の(しよう)に当るべきものなれば、常に霊体一致の天則に従ひ、以て神国の成就を期すべき使命あることを信奉するのであります。
 第十一、我等は天地の祖神を奉斎し、感謝祈願の誠を尽して心身の邪気を払拭し、天賦の真心に(かへ)り神業に奉仕する時は、尊き神格に(みた)されて、生きては地上の真人(しんじん)となり死しては天上の天人として永遠の生命を享受し得らるるものたることを信奉するのであります。
 第十二、我等は各地の産土神と、各家の祖霊及び各人に賦与せられたる守護神との保護指導によりて、心身の健全を保有し、又祈願の透徹を期し得ることを信奉するのであります。
(終)
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