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樹下所見

インフォメーション
題名:[6-1-6] 樹下所見 著者:出口王仁三郎
ページ:343 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B195303c607
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]『瑞祥新聞』大正14年11月
 天恩郷内万寿苑の大銀杏の下を、午後の二時ごろ、瑞月は竹杖をつきながら逍遥し、四方山の風景にあこがれていた。たちまち脚下にピーと虫の羽音がした。ふと見れば蟷螂の雄と雌とが重なり合つて、さもむつまじ気に、まさに結婚生活の序幕が開かれていたのである。雌はいつたん本能の満足をとげてしまうと、たちまち雄の手足をはらばらに食いつくしてしまつた。
 ああ、惨酷なことをやるものだなあ、これでは雄の恋をとげようとするには命がけだ。概して雄は体格も小さく、したがつて力も弱い。本能遂行の結果、ことさら身体がふなふなに衰弱している。力の強い体格の大きい雌のために、みるみる食い殺されてしまつた。雌のやつどうするかと見ていると、またもや羽音をしきりにさせて、他の雄を誘惑しはじめた。どこともなく飛んできた一匹の雄は、雌の背にばつと飛びのり、本能を満足させてぐたりと弱つてしまつた。雌はまたもや雄を前のごとく食いほじめた。
 かくしていく匹かの雄を食つてしまい、ついには黒い糸のような、足纒虫を尻から吐き出し、その虫のぴんぴん跳ねまわるのを見ておどろいて逃げてしまつた。じつに彼ら動物の社会は悲惨なもので、優勝劣敗、弱肉強食の修羅場を平気でたどつている。瑞月はこの実見によつて、暫時ぼうぜんたらざるをえなかつた。
 しかし現代の世相を考えてみると、けつして蟷螂の雌のみにかぎつたことではない。人種と人種の争い、国家と国家との争い、民族と民族との争い、団体と団体との争い、個人と個人との争い、そしてなかには共食いをする。最愛なるべき夫を食う妻君もあり、妻君を食う夫もあり、親は子を食い、子は親を食い、朋友を食う。利己心、自己愛のためには、蟷螂にもひとしき人間社会の惨状である。
 ああ、いかにせばかかる惨酷な鬼畜の社会を、天国浄土に復活することができようか。教育家も、宗教家も、政治家も、すべてがみな蟷螂の雌である。至善至愛の救世主いでずんは、この暗黒無明の天下をいかにせんやと、長大歎息をもたらす折りしも、かたわらの雑草の茂みからギイーチヨツと舌打ちの声が聞こえてきた。
(「瑞祥新聞」 大正14年11月)
   
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