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「われよし」への警鐘

インフォメーション
題名:「われよし」への警鐘 著者:大本七十年史編纂会・編集
ページ:203 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B195401c1543
 このような社会の動きについて、筆先には「日本の国もとは神の分け身魂をこのように曇らして、内地雑居などを致して此結構な国を外国人に自由にさして神はくやしきぞ。天地の御神様は大変な御気障りざぞよ」(明治33・旧2・20)とのべられており、「外国人に自由にしられたのは、日本の大将に位がなくなりたんざぞ」(同33・旧8・6)とか、あるいは「生き神とも言われる御方が洋服着て靴はきて、うろつくようなことにこの結構な国を致してこの神悔しきぞよ」(同33・旧10・19)などと、のべられている。
 日本社会の現実の諸問題について、筆先が多数だされるようになったのは、一九〇〇(明治三三)年頃からであり、当時の筆先では、日本を「此小さい国」とよび、神が守らなければ「一ころ」だとし、また「一旦は日本の危いとこまで行くぞよ」と警告したものが多かった。
 同年旧五月二三日の筆先には、「今度の戦い大戦いぞ。この戦いで神表われるぞよ」と示されているが、筆先においては、一九〇〇年の北清事変も、やはり「この小さい国」日本の対外的危機の切迫としてのべられ、国家意識の自覚が深くよびかけられていた。
 北清事変は、当時の信者から、立替え立直しのはじまりとしてうけとられた形跡もあるが、事変が終結した八月五日には、「世界の混雑で今では治まりた様なが、なかなか治まりたのではないぞよ……こんな仕組のしてある事が、ちょっとの戦いでは治まらんぞよ」とのべられていて、将来の紛争が予言されている。
 二大教祖の提携がなされた一九〇〇(明治三三)年前後のころは、国民にたいして、対外的危機感があおられ、国家主義と排外主義の思想が一段と強まった時期であった。筆先は、こうした時代の動向を鋭く反映し、近代思想史上においても、独自の位置と意義を保持するものであったといえよう。
 筆先は、近代社会の形成過程で、その犠牲となってゆく民衆の立場にたって、立替え立直しを叫び、資本家・地主・官僚・政治指導者に改心を鋭く迫っている。それとともに、精神的には、自分の利害のためには他人の犠牲を顧みないという利己的精神を、「われよし」としてきびしくいましめ、そうした「つよいものがち」は「外国のやり方」であって、日本魂に反するものとであるとした。明治二〇年代の時代思潮であった国粋主義─ナショナリズムの大部分が、西欧の近代思想や伝統的儒仏思想を折衷していたのにたいして、筆先は、あらゆる折衷と妥協を排したきびしい「神国思想」の立場に立っていた。
 筆先によれば、国祖が艮の金神の隅におしこめられて悪神の世になったがゆえに、「われよしの強いものがちの世」で、けがれた「けものの世」となっており、「外国人にばかされて、尻の毛まで抜かれている」神のない暗がりの世となったのである。だから、立替え立直して、まことの神が表に現われ、「真の神の世」にするととかれるのである。
 近代社会の形成期に、その犠牲となって没落してゆく民衆の立場に立つ思想家は、多くの場合、復古主義と農本主義をとなえている。幕末から明治にかけての「神代復古」という言葉の内容も、明治政府がいうところの王政復古のスローガンとは全く異なった意味をもって、民衆の解放の要求を表現していた。すでに大塩の乱にさいして、「神代復古」の要求がみられたが、幕末の「ええじゃないか」騒動にみられる素朴な民衆の「世直し」への要求は、開祖の筆先において、当時最高の到達点を表現したものみなされよう。
 筆先のとく「艮の金神出現の神世」の主張は、明治二〇年代以降の国粋主義的諸思想とも、政府のとなえる国家主義とも、あきらかに異なるものであった。しかし、この時期の筆先は、すでにのべたように、日本は弱小国で、まさに外国に侵略されようとしていると強調し、日本を守るために、神国の意識に目覚めるように呼びかけられてもいる。すなわち「こんど戦い始まりたらば、一旦は日本がかなわんようになるぞよ」、「このなりで、ほかいておいたら、十年先になりたら日本の国はさっぱり外国へとられて仕舞うぞよ」(明治34・旧2・24)と、日本の運命にたいして、かなり具体的に時節を示唆し、だからこそ、神が表に現われて、世の中を救わねばならぬとも強調されたのである。筆先においては、資本主義の発展と結びついた諸害悪を排除してゆく問題を、日本の国家的危機と使命とに結びつけられたところもあったから、その内容について、国家主義と交錯する内容をもつものとして、一般的にうけとられもするようになるのである。
〔写真〕
○金明霊学会の役員・信者 p203
   
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