問 昭和二年五月二十七日大本に於ては開窟奉賽祭を執行したりや。
答 致しました。
問 右祭典の意義如何。
答 王仁三郎が大審院で免訴になり有難い嬉しいと謂ふ御礼の意味で祭を催したのであります。
問 右奉賽祭には之より大々的に大本は発展仕様と謂ふ様な意味なかりしや。
答 其の様な意味はありませぬでした。
問 出口王仁三郎は五十六歳七ケ月に達したときはみろく菩薩として此の世に下生しみろく神政成就の為現界的活動を為すべき事を予言し居りしや。
答 予言して居りました現界的活動は意味の取様によつて違ひますが、大本では王仁三郎はみろくの神の民として教を宣伝して居るのであり、五六七はみろくに因んだ芽出度い節に達せられるので芽出度い意義深い日に当る訳です。
裁判長は、
被告人出口王仁三郎に対する証拠品中、
証第九十三号大正八年の分大正八年八月十五日神霊界第八頁
証第五百七十九号大正九年の分大正九年一月一日神霊界第十八頁
証第三千六百五十八号霊界物語第一巻第十頁
を読み聞け且展示し、
問 右予言は之等の神霊界霊界物語等に掲載しあるや。
答 掲載してあります。
問 右予言に王仁三郎より聞きたるや。
答 王仁三郎より直接聞いて居りませぬが神霊界の記事を見て知りました。
問 昭和三年二月上旬よりみろく大祭の準備を為し居りしや。
答 致して居りました。
問 昭和三年三月二日夜綾部町本宮の教主殿に被告人並出口元男、出口遥、出口伊佐男、井上留五郎、高木鉄男、岩田久太郎、御田村竜吉、湯川貫一、四方平蔵、梅田信之、中野岩太、湯浅斉治郎、出口慶太郎、桜井同吉、栗原七蔵の十六名は出口王仁三郎より招集を受け王仁三郎より同月三日愈みろく菩薩として諸面諸菩薩を率ゐ此の世に下生しみろく神政成就の為現界的活動を為すこととなりたる旨諸面諸菩薩は右十六名及西村昂三の十七名なる旨王仁三郎及右十七名は従来の役職を返上し同月三日一日間無役と為るべき旨を告げられしや。
答 王仁三郎より大体其の様な話はありましたが、現界的活動の様な言葉はなく草鞋履きて働くことになつたとの話はありました。
問 草鞋履きて働くとの意味如何。
答 其の説明は出口王仁三郎より聞いて居りませぬが今迄は大本の宣伝と言はず凡てを浅野和三郎が切廻して居て王仁三郎は御簾の中に納まつて居て王仁三郎の意思が余り出て居なかつたが浅野が居無くなり王仁三郎も免訴になつたので之迄の様に御簾の中に納まつて居らず、神の使として自分が陣頭に立つて神教伝達の為活動する意味で申したのだらうと思つて居ります。
問 其の席上には出口伊佐男、井上留五郎は出席し居りしや。
答 出口元男、出口伊佐男は出席して居なかつたと思ひますが井上留五郎は出席して居たか如何か判つきり覚へませぬ。
問 王仁三郎の其の話を一同承諾したるや。
答 反対なく一同承諾致しました。
問 夫れより引続き総務会議を開催したるや。
答 王仁三郎が一同に前述の話をしてから栗原七蔵を総務に任命すると発表しました総務を任命するに付ては内規で総務会議で決定する事になつて居たのですが、王仁三郎が左様謂ふ事を発表したので引続き総務会議を開きました。
問 其の議題は。
答 諸役奉還と栗原七蔵の総務就任とを決議したのであります。
裁判長は、
被告人出口王仁三郎に対する証拠品中、
証第三千五百四十二号総務会議記録昭和三年三月二日欄を読み聞け且展示し、
問 右決議事項は之なるや。
答 左様であります、其の様な事を決議したのであります。
問 昭和三年三月三日みろく大祭を執行したるや。
答 執行しました。
問 右大祭の状況は此の通りなるや。
此の時裁判長は、
被告人出口王仁三郎に対する証拠品中、
証第四千二百十五号真如能光昭和三年三月五日号及三月十五日号のみろく大祭の記事の部分を読み聞け且展示したり。
答 御示しの真如の光に掲載されて居る通りでありました、尚みろく大祭の状況に付ては相被告人出口伊佐男が当公判廷で申した通りで普通の祭と異り祭主の無い極簡単な祭でありました。
問 王仁三郎及スミ其の他至誠殿に昇殿したる者は王仁三郎と共にみろく神政成就の為本格的活動を為すべき事を心の中で誓つた様な事なきや。
答 各自が神様の意志に添ふ様にとは御祈りしましたが、本格的活動を心の中で譬つたと謂ふ様な事はありませぬ。
問 被告人は予審に於ては本格的活動を為す事となつた御礼を神に述べみろく神政成就の為捨身活動を誓ひし旨斯様に述べ居るが如何。
此の時裁判長は、
被告人東尾吉三郎に対する予審第十八回訊問調書第一問答記録第八百七十八丁以下を読み聞けたり。
答 神様の思召に添ふ様に丈けは祈りましたが御訊ねの如き事を誓つた様な事はありませぬ。
問 出口王仁三郎は作歌を朗詠したるや。
答 万世の常世の暗もあけはなれ みろく三会の暁きよしと歌を朗詠しました。
問 右の歌意如何。
答 今迄は大正十年不敬事件の為大本としては非常に暗に閉されて居たが、夫れも免訴の判決ありし為霽れみろく神政成就の為働かせて戴く様になつた清々しい気持を歌にされたものであります。
問 現在の世の中は暗黒だつたがみろくの世になり光明の世の中が来ると謂ふ様な意味は無いか。
答 其の様な意味もあります。
問 神饌物の下渡しありたりや。
答 ありました。
問 其の意義如何。
答 神饌物の下渡しは大祭毎にして居りみろく大祭にも神饌物の下渡あり出口家の者は大根一本と頭芋一個宛私等昇殿者一同は頭芋一個宛貰ひましたが別に深い意味は無く只部門の頭になる様にと軽い意味で貰つたのであります。
問 右大祭終了後被告人等昇殿者が教主殿に居る王仁三郎に御礼に行きたる時、王仁三郎より何か挨拶ありしや。
答 王仁三郎より御苦労だつたと丈け申した丈であります。
問 其の時王仁三郎よりみろく菩薩として下生したる意義及十六神将の事に付説明ありしや。
答 王仁三郎より私等至聖殿昇殿者を十六神将に擬へたのだから右昇殿者は之からは王仁三郎の脇立となつて働いて呉れとの話はありましたが、下生の意義及十六神将の話はありませぬでした、私は十六神将とは仏教から来たもので部門の頭の事だと思つて居ります、下生の意義も仏教に釈迦は入滅後五十六億七千万年に達したるときはみろく菩薩として再現し一切の衆生を済度するとあり王仁三郎は此のみろく菩薩として働くのだと思つて居りました。
問 三月三日一日間無役となりたる意義如何。
答 王仁三郎が精神的に地上に誕生し我々が赤子になつたのでありますから気分を一新する意味で無役になつたのであります。
問 右昇殿者は出口王仁三郎と共に右みろく大祭によりみろく神政成就を目的とする結社を組織し本格的活動を為す事に為りたるに非ずや。
答 全然其の様な事はありませぬ。
問 被告人は予審に於ては無役の意義十六神将、神饌物下渡王仁三郎の朗詠したる作歌の意味結社組織の顛末等に付き詳細斯様に供述し居るか如何。
此の時裁判長は、
被告人東尾吉三郎に対する予審第十八回訊問調書第一問答を読み聞けたり。
答 其の様な事は全然私の意志に反する事であります。
裁判長は、
被告人出口王仁三郎に対する証拠品中、
証第百四十四号瑞祥新聞昭和三年三月十一日号第一頁を読み聞け且展示し、
問 右記事中には「大本は今迄のやうに善男善女を集めて単に教を説くだけの宗教ではなくして積極的に世界を立替立直す団体なのである」とあり、皇道大本はみろく大祭により宗教類似の団体が政治団体に変りし様に見へるが如何。
答 一般に宗教と考へて居るのは真の宗教でなく皇道大本は真の宗教で国家を基本として皇道に基く立替立直の神意を伝達して行く団体だとの意味であります。此の様な文句がある為に皇道大本は誤解されるのだと思つて居ります。
問 皇道大本は昭和三年三月三日以後目覚しき発展を為したるに非ずや。
答 無論発展はしましたが、夫れは昭和神聖会や昭和青年会、昭和坤生会等が創設せられ支部分所も数は増しましたが、支部分所は株分けをした様なもので実質的には発展して居りませぬ。
問 昭和三年三月三日以後、昭和十年十二月上旬迄の皇道大本の組織及役職員の氏名皇道大本の総本部及本部各課の担当事務並支部分所の使命人類愛善会其の他皇道大本の外廓団体の創立時期及目的大正十年以後昭和十年十二月迄の皇道大本の概況昭和十年十二月現在の皇道大本の幹部の氏名等は此の通り相違なきや。
此の時裁判長は、
被告人東尾吉三郎に対する予審第十二回訊問調書末尾添付の第一表乃至第九表同第十三回訊問調書末尾添付の第十表同第十九回訊問調書末尾添付の第十一表を読み聞け且展示したり。
答 第六表の本部統理が出口伊佐男となつて居りますが、之は出口元男の誤りです其の他は全部其の通り相違ありませぬ。
問 皇道大本の機関紙並其の目的に付被告人は予審に於て詳細斯様に供述し居るが如何。
此の時裁判長は、
被告人東尾吉三郎に対する予審第十三回訊問調書第三問答を読み聞けたり。
答 其の通り相違ありませぬ。
問 相被告人出口伊佐男は皇道大本の機関紙の配布部数に付予審に於て詳細斯様に供述し居るが如何。
此の時裁判長は、
被告人出口伊佐男に対する予審第三十三回訊問調書第五問答を読み聞けたり。
答 御読み聞けの通り相違ありませぬ。
問 曩に展示したる第九表の外に更始会、大日本武道宣揚会、明光社、ヱスペラント普及会、ローマ字普及会等の皇道大本の外廓団体にあらずや。
答 夫れ等の外廓団体があります、之の外廓団体の創立の日時目的等は相被告人出口王仁三郎が当公判廷で述べた通り相違ありませぬ。
問 被告人は昭和三年三月三日みろく大祭後大本大宣伝使、大本総務、大本瑞祥会長、大本総務部主事、大本本部主事、皇道大本総本部主事、皇道大本本部統理補、天恩郷内事課長、本部地方宣伝課長、本部庶務課次長等の役職に就任したるや。
答 御尋ねの各役職に就任し、各役職に応ずる活動を致しました。
問 被告人は昭和三年三月三日以後昭和十年十二月上旬迄の間に綾部町及亀岡町の大本に於て出口伊佐男、井上留五郎、高木鉄男等と共に最高幹部会議及総務会議を数回開催して大本の組織竝活動方針を協議決定し之を実践に移したる事ありや。
答 事実其の通り相違ありませぬ。
問 右最高幹部会議及総務会議等の協議手続及其の協議事項を実行に移す手続は如何。
答 相被告人出口伊佐男が先日当公判廷で申し上げた通り相違ありませぬ。
問 之等の手続並会議の内容に付被告人は予審に於ては斯様に供述し居るが如何。
此の時裁判長は、
被告人東尾吉三郎に対する予審第二十回訊問調書第四問答を読み聞けたり。
答 御読み聞けの通り相違ありませぬ。
問 右決定事項が分所支部等に伝達する手続如何。
答 相被告人出口伊佐男が当公判廷で述べた通り相違ありませぬ。
問 被告人は天恩郷大祥殿に於て数十回修業者に対し大本の主義及主張に付講話を為し教義の宣伝普及を為し信者の獲得に努むる等大本の拡大強化を図りたる事ありや。
答 其の通り相違ありませぬ、尚詳細は予審で申し上げた通りであります。
問 被告人は予審に於て斯様に述べ居るが如何。
此の時裁判長は、
被告人東尾吉三郎に対する予審第二十一回訊問調書第一問答を読み聞けたり。
答 其の通り相違ありません。