霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章 親子(おやこ)奇遇(きぐう)〔七一七〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第23巻 如意宝珠 戌の巻 篇:第2篇 恩愛の涙 よみ(新仮名遣い):おんあいのなみだ
章:第5章 親子奇遇 よみ(新仮名遣い):おやこきぐう 通し章番号:717
口述日:1922(大正11)年06月10日(旧05月15日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年4月19日
概要: 舞台:木山の里 あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
秋彦と駒彦の宣伝使は、日高山の山奥に滝があると聞き、荒行をなそうとやってきた。滝の側には竜神の祠があり、社の周りには、立派な実をつけた柿の木が生えている。これは竜神の柿といわれていた。
二人は社の前で鎮魂をしていたが、うまそうな匂いに、鎮魂が終わると柿をむしって食った。すると社が鳴動して怒鳴りつけられ、二人は驚いて元来た道を逃げて行った。
夜が明けると、谷川で衣を洗う白髪異様の婆がいた。見ると、婆の頭からべっこうのような角が二本生えている。二人は谷を通らなければならないので、用心しながら近づいて婆に声をかけた。
婆は驚いて二人を見ると、いきなり二人を泥棒呼ばわりし始めた。秋彦が憤慨すると、婆は先日、バラモン教の宣伝使だという二人連れが泊り込んだが、夜中に強盗を働き、一人娘を殺して金品を奪っていったのだ、と答えた。
そしていきなり娘の敵、と二人に飛びかかろうとする。駒彦は、自分たちは三五教の宣伝使だ、と言い返し、鬼婆の報いとして自分の子を取られたのだろう、と諭した。
駒彦が、自分は元の名を馬という紀の国生まれの者だ、と言うと、婆は何か心当たりがあるものらしく、態度を変えて自分の家へ来てくれと二人に頼んだ。婆の角は、泥棒を脅して寄せ付けないように被っていただけであった。
秋彦は合点がゆかず、婆の家に入らず表で警護をしている。家の中では爺がいて、前のようなことがあるから旅人は泊めないと言うが、婆は紀の国出身で息子と同じ名前だというから連れて来た、と答えた。
爺が駒彦に生まれのことを尋ねると、駒彦は小さい頃に天狗にさらわれたが、自分が持っていた守り袋に常、久という字があり、自分の名前は馬楠と書いてあったのだ、と明かした。
その話で、駒彦は爺・常楠と婆・お久の息子であることがわかった。三人は涙にむせぶ。家の外で話を聞いていた秋彦も、入ってきて駒彦が両親に対面できたことを喜び、感謝の祝詞を唱えた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-06-25 18:28:58 OBC :rm2305
愛善世界社版:79頁 八幡書店版:第4輯 522頁 修補版: 校定版:81頁 普及版:36頁 初版: ページ備考:
001三五教(あななひけう)宣伝使(せんでんし)
002秋彦(あきひこ)駒彦(こまひこ)両人(りやうにん)
003言依別(ことよりわけ)御言(みこと)もて
004(あめ)真浦(まうら)宣伝使(せんでんし)
005(その)心力(しんりよく)(ため)さむと
006(ひと)()(たうげ)山麓(さんろく)
007姿(すがた)やつし(ゆき)(そら)
008(ここ)三人(みたり)宇都山(うづやま)
009武志(たけし)(みや)社務所(ながとこ)
010(しば)(やす)らひ神司(かむづかさ)
011松鷹彦(まつたかひこ)(めぐ)()
012秋彦(あきひこ)駒彦(こまひこ)両人(りやうにん)
013(あめ)真浦(まうら)深雪(みゆき)()
014(きし)(うへ)より突落(つきおと)
015(ひがし)()して(すす)()
016(かみ)(めぐみ)近江路(あふみぢ)
017比叡山(ひえいざん)(おろし)()(なが)
018大津(おほつ)伏見(ふしみ)()()えて
019小舟(こぶね)用意(しつら)(よど)(かは)
020川幅(かははば)さへも枚方(ひらかた)
021(うら)漸々(やうやう)(ふね)(とど)
022浪速(なには)(さと)(みぎ)()
023(さかひ)岸和田(きしわだ)佐野(さの)深日(ふけい)
024()(かは)(わた)和歌山(わかやま)
025何時(いつ)しか()ぎて日高川(ひだかがは)
026やうやう川辺(かはべ)()きにけり。
027 ()(やうや)くに()れて()た。028旬日(じゆんじつ)(あめ)(かは)濁水(だくすゐ)(みなぎ)り、029渡舟(わたしぶね)()(よし)もない。030二人(ふたり)()むを()(あと)引返(ひきかへ)し、031日高山(ひだかやま)山奥(やまおく)(たき)ありと()き、032(しば)川水(かはみづ)()(まで)荒行(あらぎやう)をなさむと、033(つき)(ひかり)(ちから)に、034山奥(やまおく)(ふか)(すす)()る。035(たき)(ほとり)には(ちひ)さき(ほこら)があつて、036竜神(りうじん)(まつ)られてある。037(この)(やしろ)周辺(まはり)には不思議(ふしぎ)にも立派(りつぱ)(かき)()が、038(えだ)もたわわにぶら(さが)つて()る。039(ひと)()らねば(からす)()らない。040竜神(りうじん)(もつと)寵愛(ちやうあい)(かき)(とな)へられて()る。041二人(ふたり)夜中(よなか)(ひと)足跡(あしあと)()ぎすまされた(みち)辿(たど)り、042(やうや)(たき)(そば)()いた。043手早(てばや)衣類(いるゐ)()()て、044滝水(たきみづ)(からだ)(きよ)め、045祝詞(のりと)奏上(そうじやう)(をは)つて、046(やしろ)(まへ)端坐(たんざ)し、047鎮魂(ちんこん)姿勢(しせい)()つた。048たわむ(ばか)りの(かき)(えだ)折柄(をりから)強風(きやうふう)(あふ)られて二人(ふたり)(からだ)()でて()る。049二人(ふたり)美味(うま)さうな(にほ)ひに、050鎮魂(ちんこん)(をは)り、051てんでにむしつて(あく)まで()つた。052(たちま)社殿(しやでん)鳴動(めいどう)(はじ)めた。053(その)(こゑ)時々(じじ)刻々(こくこく)強大(きやうだい)となり地響(ぢひび)きがし()した。
054秋彦(あきひこ)『ヤアどうやら地震(ぢしん)らしいぞ』
055駒彦(こまひこ)『ナアニ、056地震(ぢしん)ではない。057(あま)(はげ)しき鳴動(めいどう)地響(ぢひび)きがして()るのだ。058それに(つい)ても我々(われわれ)(この)(かき)()つて()ふが(はや)いか、059(この)社殿(しやでん)鳴動(めいどう)(はじ)めたぢやないか。060(かみ)(さま)(をし)んで御座(ござ)るのではあるまいかなア』
061秋彦(あきひこ)『ナニこれ(だけ)沢山(たくさん)(かき)062(いつ)つや(とを)()つた(ところ)で、063吾々(われわれ)でさへも(をし)まないのだから、064()して(かみ)(さま)人間(にんげん)(よろこ)んで()ふのを、065()立腹(りつぷく)なさる道理(だうり)がない。066人間(にんげん)()(ため)出来(でき)()るのだ。067そんな(こと)()るまい』
068 社殿(しやでん)はますます鳴動(めいどう)(はげ)しくなり、069(なん)とも()れぬ(いや)らしき(こゑ)呶鳴(どな)りつけられる(やう)()がして、070()らず()らずに二人(ふたり)怖気(おぢけ)づき、071惟神(かむながら)(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』と(とな)(なが)ら、072元来(もとき)(みち)()けつ(まろ)びつ()げて()く。073()(やうや)()(はな)れた。074谷川(たにがは)(きよ)(みづ)(ころも)(あら)白髪(はくはつ)異様(いやう)(ばば)がある。
075秋彦(あきひこ)駒彦(こまひこ)さま、076(むか)ふを()よ。077()よつたぜ』
078駒彦(こまひこ)『ヤア本当(ほんたう)に、079怪体(けたい)(やつ)()るぢやないか。080(なに)洗濯(せんたく)をして()るやうだ。081(この)山奥(やまおく)人家(じんか)()いのに、082あんな(とし)()つた老婆(ばばあ)洗濯(せんたく)して()るとは、083チツと合点(がつてん)()かぬ、084此奴(こいつ)何者(なにもの)かの化物(ばけもの)かもしれないぞ。085用心(ようじん)せなくてはなろまい』
086秋彦(あきひこ)(たに)(たに)とに(はさ)まつた一筋路(ひとすぢみち)(ところ)()るのだから、087どうしても(とほ)らぬ(わけ)にも()かず、088(おも)()つて()つて()ようかなア』
089駒彦(こまひこ)(いづ)()かねばならぬ道程(だうてい)だが、090マア一寸(ちよつと)(かんが)へて()(こと)にせう。091(つよ)()くか、092(よわ)()くか、093それから(ひと)()めて()かうぢやないか』
094秋彦(あきひこ)()(かく)臨機(りんき)応変(おうへん)095(その)(とき)都合(つがふ)にしよう』
096薄気味(うすきみ)(わる)く、097(あゆ)みもはかばかしからず、098(いや)(さう)一歩(いつぽ)々々(いつぽ)(すす)んで()く。099()れば(ばば)(あたま)白髪(しらが)から鼈甲(べつかふ)(やう)(つの)(まへ)(はう)へニユーツと(まが)つて二本(にほん)100高低(たかひく)なしに行儀(ぎやうぎ)よく(はち)()逆様(さかさま)にした(やう)()えて()る。
101秋彦(あきひこ)『オイ駒彦(こまひこ)102此奴(こいつ)(よわ)()けば()()まれる。103(つよ)()けば(おこ)つてかぶりつくかも()れない。104()(かく)滑稽(こつけい)(ばば)アの(あご)()いて(とほ)(こと)にしようかい。105それに(つい)ては秋彦(あきひこ)106駒彦(こまひこ)では面白(おもしろ)くない。107(もと)馬公(うまこう)108鹿公(しかこう)に、109()だけ還元(くわんげん)して掛合(かけあ)つて()よう』
110駒彦(こまひこ)『それが()からう』
111小声(こごゑ)()(なが)ら、112(ばば)間近(まぢか)近寄(ちかよ)つて()た。113(ばば)(つんぼ)()えて、114二人(ふたり)足音(あしおと)()()かぬものの(ごと)く、115一生(いつしやう)懸命(けんめい)()()いた(きぬ)(あら)うて()る。
116秋彦(あきひこ)『モシモシお()アさま……コレお()アさま』
117(あと)一声(ひとこゑ)(ちから)をこめて(たか)呶鳴(どな)つた。118()アさんは一生(いつしやう)懸命(けんめい)見向(みむ)きもせず、119(あら)うて()る。
120秋彦(あきひこ)『ハハア此奴(こいつ)(つんぼ)だ。121(しか)随分(ずゐぶん)(いや)らしい(ばば)だ。122彼処(あこ)(わた)らねば(むか)うへ()(こと)出来(でき)(こま)つた(こと)だなア。123(しばら)(あと)引返(ひきかへ)し、124(ばば)アが洗濯(せんたく)()まして(かへ)るまで()つことにせうかい』
125駒彦(こまひこ)『イヤもう一歩(ひとあし)(あと)(かへ)(こと)出来(でき)ない。126あれ(だけ)鳴動(めいどう)しられ、127(いや)らしい(こゑ)呶鳴(どな)られては、128(たま)つたものぢやないからな』
129秋彦(あきひこ)『それだと()うて(すす)(わけ)にも()かず、130進退(しんたい)(きは)まるぢやないか』
131駒彦(こまひこ)『そこが宣伝使(せんでんし)だ。132(かみ)(さま)のお(ちから)突破(とつぱ)するのだ。133鬼婆(おにばば)()はれた(ところ)(かま)はぬぢやないか』
134秋彦(あきひこ)『こんな(やつ)()はれて(たま)るものか。135(みち)(ため)生命(いのち)()てるのは(くる)しうないが、136鬼婆(おにばば)餌食(ゑじき)になつちや宣伝使(せんでんし)駄目(だめ)だ。137(つんぼ)(さいは)ひ、138ソツと背後(うしろ)から()つて、139(ばば)()つこかし、140(その)()駆歩(かけあし)(すす)まうぢやないか』
141駒彦(こまひこ)『オウさうだ。142たかが()れた(ばば)アの一人(ひとり)143此方(こちら)二人(ふたり)荒男(あらをとこ)だ。144(しか)(なが)騙討(だましうち)面白(おもしろ)くない。145(ばば)アに(ことわ)つて(とほ)らして(もら)はう。146万一(まんいち)(とほ)さぬと()ひよつたら、147(その)(とき)こそ我々(われわれ)死物狂(しにものぐる)ひだ』
148()(なが)ら、149(ばば)アの(せま)谷川(たにがは)(ふさ)がつて()側近(そばちか)()り、150(うつむ)いて()(こし)(こは)さうに()(なが)ら、
151駒彦(こまひこ)『コレコレお()アさま、152此処(ここ)(とほ)して(くだ)さい』
153(ゆす)つて()た。154()アさまは(おどろ)いて二人(ふたり)(かほ)()ちまもり、
155(ばば)(お久)『ヤアお(まへ)はそんな(ふう)をして、156山賊(さんぞく)(はたら)いて()るのか。157(この)(ばば)はお(まへ)()かけの(とほ)何一(なにひと)()つて()ないぞ』
158駒彦(こまひこ)『オイ(ばば)ア、159(まへ)(みみ)(きこ)えぬのか』
160(みみ)(はた)(くち)()せ、161(ちから)一杯(いつぱい)呶鳴(どな)りつけた。162()アさんはビツクリして、
163(ばば)(お久)『エヽやかましいがな。164(つんぼ)(なん)ぞの(やう)に、165そんな(おほ)きな(こゑ)(みみ)のはたで()ふものぢやない。166鼓膜(こまく)(やぶ)れて(しま)うぢやないか』
167駒彦(こまひこ)鬼婆(おにばば)ア、168(まへ)(みみ)(きこ)えるのか』
169(ばば)(お久)(きこ)えるとも、170(みみ)()いものならイザ()らず、171(この)(とほ)(ふた)つの(みみ)があるぢやないか。172(きこ)えぬ(みみ)なら、173(たれ)がアタ邪魔(じやま)になる、174(かほ)両側(りやうがは)にひつつけて()くものかい。175(わけ)(わか)らぬ泥棒(どろばう)ぢやなア』
176秋彦(あきひこ)()れは()しからぬ。177我々(われわれ)泥棒(どろばう)とは(なん)(こと)だ』
178(ばば)(お久)『それでも蓑笠(みのかさ)()たり金剛杖(こんごうづゑ)()いとる(やつ)(みんな)泥棒(どろばう)だよ。179(この)(あひだ)もバラモン(けう)宣伝使(せんでんし)ぢやとか()つて、180老爺(ぢい)(ばば)アと(むすめ)三人(さんにん)()れの(ところ)へ、181二人(ふたり)(やつ)(とま)()み、182(よる)夜中(よなか)見済(みす)まして、183(この)(ばば)アや(おやぢ)どのを(はしら)にひつ(くく)り、184一人(ひとり)(むすめ)調裁坊(てうさいばう)(いた)し、185年寄(としよ)りの()めた(かね)をスツクリふんだくり、186終局(しまひのはて)にや(むすめ)嬲殺(なぶりごろ)しにして(かへ)りやがつた。187大方(おほかた)(まへ)其奴(そいつ)()同類(どうるゐ)だらう。188あんまり胸糞(むねくそ)(わる)いので、189(まへ)(たち)二人(ふたり)がコソコソ(ばなし)をやつて()つたが()かぬ()りをして()つたのだ。190モウ()うなる(うへ)讎敵(かたき)片割(かたわ)れだ。191皺腕(しわうで)(つづ)(かぎ)格闘(かくとう)して喉笛(のどぶえ)(ひと)つも()()らねば()かぬ。192サアどうだ』
193秋彦(あきひこ)『これはこれは()しからぬ(こと)仰有(おつしや)る。194(しか)しお(まへ)さまは(あたま)(つの)()やして()るからは、195(ひと)()(くら)日高山(ひだかやま)鬼婆(おにばば)だらう』
196(ばば)(お久)『きまつた(こと)だ。197鬼婆(おにばば)だから(つの)()えとるのぢや。198サア其処(そこ)平太(へた)れ。199(この)(ばば)荒料理(あられうり)をして(むすめ)(かたき)()つてやらう』
200駒彦(こまひこ)『コラ(ばば)201(なに)(ぬか)しやがるのだ。202(おれ)三五教(あななひけう)馬公(うまこう)()宣伝使(せんでんし)だぞ。203泥棒(どろばう)なんて……馬鹿(ばか)にするな。204さうして貴様(きさま)(むすめ)なればヤツパリ鬼娘(おにむすめ)だらう。205日頃(ひごろ)(ひと)(くら)(むく)いで(わが)()()られたのだらう。206鬼子(きし)母神(ぼじん)()(やつ)は、207(せん)(にん)()()(くせ)に、208(ひと)()()つて(くら)ひよつた(やつ)だが、209(ある)(とき)(かみ)(さま)から、210(せん)(にん)(なか)一人(ひとり)()(かく)されて、211(あさ)から(ばん)まで()(とほ)し、212それから…わしは(せん)(にん)()がある(なか)にタツタ一人(ひとり)(うしな)つても()(だけ)(かな)しいのだ、213()して人間(にんげん)(さん)(にん)()(にん)214(おほ)うて(じふ)(にん)(くらゐ)()一人(ひとり)()られたら(かな)しからうと()つて、215改心(かいしん)しよつて立派(りつぱ)(ほとけ)になつたと()(こと)だが、216貴様(きさま)()()られて(かな)しい(こと)がわかれば、217()れから人間(にんげん)()であらうが、218(おや)であらうが、219(けつ)して()(くら)うてはならぬぞ』
220(ばば)(お久)『ホヽヽヽヽ、221わしを鬼婆(おにばば)()ふのか、222そしてお(まへ)三五教(あななひけう)宣伝使(せんでんし)ぢやなア、223宣伝使(せんでんし)なら、224鬼婆(おにばば)普通(あたりまへ)(ばば)アか(わか)りさうなものぢやないか』
225駒彦(こまひこ)『それでも(あたま)(つの)()えてる(やつ)(おに)ぢやないか。226(おれ)()()えても、227(もと)(うま)さんと()つて、228()(くに)(うま)れ、229様子(やうす)あつて(みやこ)()で、230立派(りつぱ)(うち)召使(めしつか)はれ、231追々(おひおひ)出世(しゆつせ)し、232(いま)()しも()されもせぬ宣伝使(せんでんし)(さま)ぢや。233どうして見損(みそこな)ひをするものかい。234そんな有耶(うや)無耶(むや)(こと)()つて、235(おれ)誤魔化(ごまくわ)さうと(おも)つても駄目(だめ)だぞ』
236(ばば)(お久)『ナニツ、237(まへ)()(くに)(うま)れ……(みやこ)奉公(ほうこう)()つて()つたと……それは(めう)(こと)()くものだ。238さうしてお(まへ)()(うま)ぢやないか』
239駒彦(こまひこ)『さうぢや、240(うま)()つたのぢや。241それが如何(どう)したと()ふのだい』
242(ばば)(お久)一寸(ちよつと)此方(こちら)心当(こころあた)りがあるから、243(ばば)(うち)まで()(もら)へまいかな』
244秋彦(あきひこ)『オイオイ駒彦(こまひこ)245しつかりせよ。246計略(けいりやく)(かか)るぞよ』
247(ばば)(お久)(うたが)ひなさるな。248()イと()アと二人(ふたり)(ぐら)しだ。249一人(ひとり)(あに)(をさな)(とき)天狗(てんぐ)にさらはれて、250何処(どこ)かへ()れて()かれたきり(いま)(かへ)つて()ず、251一人(ひとり)妹娘(いもうとむすめ)泥棒(どろばう)二三(にさん)日前(にちぜん)生命(いのち)()られ、252爺婆(ぢぢばば)二人(ふたり)面白(おもしろ)からぬ月日(つきひ)(おく)つて()るのだ。253(ちひ)さい(うち)だけれど、254滅多(めつた)()はうとも、255()まうとも()はぬ。256(たづ)ねたい(こと)()るから()(くだ)され』
257 駒彦(こまひこ)双手(もろて)()(くび)(かたむ)け、258(ばば)アの(かほ)熟々(つくづく)(なが)めて()る。
259駒彦(こまひこ)『オイ(ばば)ア、260(その)(つの)何時(いつ)から()えたのかい』
261(ばば)(お久)『オホヽヽヽ、262あまり泥棒(どろばう)()()よるので、263用心(ようじん)(ため)鹿(しか)(つの)(あたま)にひつ()けて(おに)()せて()るのだ。264それ(この)(とほ)り……』
265無雑作(むざふさ)二本(にほん)(つの)(ひき)むしつて()せる。
266秋彦(あきひこ)『アハヽヽヽ、267ヤア()れで一寸(ちよつと)安心(あんしん)だ。268さうするとヤツパリ鬼婆(おにばば)ではなかつたらしいな。269コレコレ()アさま、270(まへ)のお(たく)何処(どこ)だ』
271(ばば)(お久)『そこへニユツと()()()(おほ)きな(いは)を、272クルツと(まは)ると、273炭焼(すみやき)小屋(ごや)(やう)(いへ)がある。274そこが(わし)住家(すみか)だ。275(この)(むら)七八軒(しちはつけん)(ところ)だが、276近所(きんじよ)()くと()つても(いち)()(くらゐ)()かなならぬのだから不便(ふべん)なものだ。277サアどうぞ(ばば)(うち)まで()(くだ)さい』
278駒彦(こまひこ)(なに)()もあれ、279()アさま、280()いて(まゐ)りませう』
281 (ばば)はニコニコし(なが)(さき)()(かへ)つて()く。282駒彦(こまひこ)(なに)(こころ)(あた)るものの(ごと)(くび)(しき)りに左右(さいう)にかたげ(なが)()いて()く。283あとより秋彦(あきひこ)不審(ふしん)(さう)二人(ふたり)姿(すがた)看守(みまも)りつつ、284二三間(にさんげん)(おく)れて、285(いや)(さう)(すす)んで()く。286(やま)(はな)にヌツと突出(つきで)(いは)(ふもと)(まは)はると、287七八間(しちはちけん)(むか)うにかなり(おほ)きな草葺(くさぶき)(いへ)()つて()る。288()アさまは駒彦(こまひこ)(むか)ひ、
289(ばば)(お久)『あれが(わし)(いへ)だ。290どうぞ今晩(こんばん)はゆつくり(とま)つて()(くだ)されや』
291 秋彦(あきひこ)は『なんだ、292合点(がつてん)がゆかぬ(こと)だなア』と(つぶや)きつつ、293不安(ふあん)(ねん)()られ、294()()んで細路(ほそみち)佇立(てゐりつ)して()る。295()アさまは(なかば)(やぶ)れた()をガラリと(ひら)き、
296(ばば)(お久)『サアサアお(わか)(しう)297這入(はい)つて(くだ)さい』
298駒彦(こまひこ)『ハイ有難(ありがた)う』
299(うしろ)()(かへ)()れば、300四五間(しごけん)あとに秋彦(あきひこ)()()思案(しあん)らしく(たたず)んで()る。
301駒彦(こまひこ)『オイ秋彦(あきひこ)302(はや)()ぬか。303(なに)して()るのだ』
304秋彦(あきひこ)(おれ)(そと)から警固(けいご)して()るから、305貴様(きさま)用心(ようじん)して(なか)這入(はい)れ。306釣天井(つりてんじやう)でも()つてバサンバサンとやられちや大変(たいへん)だから、307よく()()けて這入(はい)れ。308(おれ)はサア(こと)だと(おも)つたら、309(すぐ)()()んで讎敵(かたき)()つてやるから……マア予備(よび)として、310(おれ)(そと)()つて()る』
311駒彦(こまひこ)『そんなら(よろ)しう(たの)む』
312(しきゐ)(また)屋内(をくない)姿(すがた)(かく)した。313()イさまは()(うと)いと()え、314ヨボヨボし(なが)(おく)()から(あら)はれ、
315(おやぢ)(常楠)『アー(ばば)か、316よう(かへ)つて()れた。317どうも(さび)しくて(こま)つて()つた。318あまり(かへ)りが(おそ)いので、319(また)もや泥棒(どろばう)出会(でつくわ)したのではなからうかと、320()()でなかつた。321(しか)しお(まへ)背後(うしろ)(たれ)()いて()()るぢやないか。322ウツカリした(もの)引張(ひつぱ)つて()ると、323(また)(この)(あひだ)(やう)()()はされるぞ。324性懲(しやうこ)りもない、325(みち)()人間(にんげん)(つか)まへて、326善根(ぜんこん)だの、327宿(やど)をしてあげようのと()ふものだから、328あんな(こと)(おこ)るのだ。329モウ今日(けふ)は、330(まへ)(なん)()つても(わし)承知(しようち)をせぬ。331……どこの(かた)()らぬがトツトと(かへ)つて(くだ)され』
332(ばば)(お久)(おやぢ)さま、333一寸(ちよつと)(この)(ひと)合点(がつてん)のいかぬ(こと)があるので()れて(かへ)つたのぢや。334(わし)だつてモウ()りてるから、335滅多(めつた)(やつ)()れて(かへ)りはせぬ。336(この)(ひと)(うま)とか()(をとこ)ださうな、337(せがれ)()(うま)だから、338(なん)とはなしに(こひ)しくなつて()れて(かへ)つたのぢや。339ヒヨツとしたら、340子供(こども)(とき)天狗(てんぐ)(さら)はれた(うま)ぢやなからうかと、341(こころ)(せい)(おも)はれてならないから……』
342(おやぢ)(常楠)『さう()くと(なん)だか(こひ)しい(やう)()がする。343コレコレ(うま)さまとやら、344(あし)をしもうて(あが)つて(くだ)さい』
345駒彦(こまひこ)『ハイ有難(ありがた)御座(ござ)います。346(わたし)一人者(ひとりもの)御座(ござ)います。347(なん)だか(この)()アさまが(こひ)しくなつて(まゐ)りました』
348()()(あし)をしもうて座敷(ざしき)にあがる。349秋彦(あきひこ)はコハゴハ(なが)門口(かどぐち)までやつて()て、350様子(やうす)(かんが)へて()る。
351(おやぢ)(常楠)『お(まへ)(うま)さまと()ふさうだが、352一体(いつたい)何処(どこ)(うま)れだ』
353駒彦(こまひこ)『ハイ(わたし)(あま)(ちひ)さい(とき)で、354しつかりは記憶(きおく)しませぬが、355(なん)でも日高川(ひだかがは)(ほとり)だつた(やう)(かす)かに(おぼ)えて()ります。356(しか)(なが)らそれも(ゆめ)だか(うつつ)だか(わか)らないのです。357天狗(てんぐ)にさらはれて山城(やましろ)(くに)紫野(むらさきの)大木(たいぼく)(うへ)引掛(ひつか)けられて()つたのを、358そこの酋長(しうちやう)(みと)めて(たす)けて(くだ)され、359それから其処(そこ)(いへ)()となつて(そだ)つて()(もの)御座(ござ)います』
360(おやぢ)(常楠)『わしは常楠(つねくす)()(もの)だ。361さうして(ばば)アはお(ひさ)()(もの)だが、362両親(りやうしん)()(おぼ)えて()るかい』
363駒彦(こまひこ)何分(なにぶん)子供(こども)(こと)(わか)りませぬが、364()主人(しゆじん)(さま)のお言葉(ことば)には、365(わたし)(まも)(ぶくろ)に、366(つね)とか(ひさ)とか()(しるし)があり、367(わたし)()馬楠(うまくす)()いてあつたさうで、368主人(しゆじん)馬公(うまこう)馬公(うまこう)仰有(おつしや)つたのだと()いて()ります』
369(おやぢ)(常楠)『ナニ、370(つね)(ひさ)371馬楠(うまくす)()いてあつたか。372そんならお(まへ)(わたし)(せがれ)ぢや。373ようマア無事(ぶじ)()つて(くだ)さつた』
374両人(りやうにん)取付(とりつ)いて()きくづれる。
375駒彦(こまひこ)『あゝ(なん)だかさう()くと、376()両親(りやうしん)(やう)にも(おも)ひますが、377しかし(わたし)(からだ)には(ひと)つの特徴(とくちやう)があります。378それは御存(ごぞん)じですか』
379(おやぢ)(常楠)特徴(とくちやう)()ふのは、380(まへ)(ちひ)さい(とき)から睾丸(きんたま)(ひと)よりは(すぐ)れて(おほ)きかつた。381睾丸(かうぐわん)ヘルニヤとか()病気(びやうき)ださうで、382大変(たいへん)吾々(われわれ)両親(りやうしん)心配(しんぱい)をして()つたのだ。383(まへ)384睾丸(きんたま)はどうだな』
385駒彦(こまひこ)『ハイ(あふ)せの(ごと)(ひと)一倍(いちばい)(おほ)きいのです。386松姫館(まつひめやかた)大金(たいきん)だと()はれて引張(ひつぱ)られた(とき)には随分(ずゐぶん)(こま)りました。387そこまで(はなし)()へば(まつた)くあなたは()両親(りやうしん)間違(まちがひ)ありますまい。388あゝよう無事(ぶじ)()(くだ)さつた』
389駒彦(こまひこ)もホロリと(なみだ)(なが)す。390(ひさ)は、
391(ひさ)『せめて二三(にさん)日前(にちまへ)にお(まへ)(かへ)つて()れたなら、392(いもうと)のお(かる)もあんな()()うのではなかつたぢやらうに……あゝ残念(ざんねん)(こと)をした。393(まへ)行方(ゆくへ)(さが)したさ、394(わか)いうちに夫婦(ふうふ)(かは)(がは)()(くに)一面(いちめん)(ある)いて()たが、395どうしても行方(ゆくへ)()れず、396()(とし)()つては(ある)(こと)出来(でき)ぬので、397(ひと)さへ()れば(わが)()(とま)つて(もら)ひ、398(なに)かの手懸(てがか)りもがなと、399善根宿(ぜんこんやど)をして()つたのだ。400さうした(ところ)がエライ泥棒(どろばう)()めて、401(いもうと)生命(いのち)()られて(しま)うたのぢや。402あゝ可哀相(かはいさう)に……(いもうと)(いき)()つたら(こひ)しい(あにい)()はれたと()うて、403どれ(ほど)(よろこ)(こと)であらう。404アーア、405ア』
406(ばば)アは()(しづ)む。407常楠爺(つねくすぢ)イも、408駒彦(こまひこ)(とも)(なみだ)()れ、409(はな)(すす)つて()る。410秋彦(あきひこ)はこれを()くより(はし)()り、
411秋彦(あきひこ)『ヤア駒彦(こまひこ)412芽出度(めでた)う。413(まへ)何時(いつ)両親(りやうしん)()ひたい()ひたいと()つて()つたが、414(おも)はぬ(ところ)親子(おやこ)対面(たいめん)出来(でき)た。415これも(まつた)大神(おほかみ)(さま)のお(めぐ)みだ。416(まへ)ばかりか、417(おれ)(うれ)しい。418アヽ(かみ)(さま)有難(ありがた)御座(ござ)います』
419涙声(なみだごゑ)になつて、420両手(りやうて)(あは)せ、421ちぎれちぎれに(むせ)(なが)ら、422感謝(かんしや)祝詞(のりと)奏上(そうじやう)する。423屋根(やね)には熊野烏(くまのがらす)(むれ)七八羽(しちはちは)424松魚木(かつをぎ)()まつて(こゑ)()らして(かな)しげに『カワイカワイ』と()()てる。425天井(てんじやう)(ねずみ)()(ごゑ)『チウチウチウ孝行(かうかう)々々(かうかう)』と(きこ)()たる。
426大正一一・六・一〇 旧五・一五 松村真澄録)
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