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霊界物語
如意宝珠(第13~24巻)
第23巻(戌の巻)
序文
総説
第1篇 南海の山
第1章 玉の露
第2章 副守囁
第3章 松上の苦悶
第4章 長高説
第2篇 恩愛の涙
第5章 親子奇遇
第6章 神異
第7章 知らぬが仏
第8章 縺れ髪
第3篇 有耶無耶
第9章 高姫騒
第10章 家宅侵入
第11章 難破船
第12章 家島探
第13章 捨小舟
第14章 籠抜
第4篇 混線状態
第15章 婆と婆
第16章 蜈蚣の涙
第17章 黄竜姫
第18章 波濤万里
霊の礎(八)
余白歌
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(
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霊界物語
>
如意宝珠(第13~24巻)
>
第23巻(戌の巻)
> 第2篇 恩愛の涙 > 第5章 親子奇遇
<<< 長高説
(B)
(N)
神異 >>>
第五章
親子
(
おやこ
)
奇遇
(
きぐう
)
〔七一七〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第23巻 如意宝珠 戌の巻
篇:
第2篇 恩愛の涙
よみ(新仮名遣い):
おんあいのなみだ
章:
第5章 親子奇遇
よみ(新仮名遣い):
おやこきぐう
通し章番号:
717
口述日:
1922(大正11)年06月10日(旧05月15日)
口述場所:
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1923(大正12)年4月19日
概要:
舞台:
木山の里
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
秋彦と駒彦の宣伝使は、日高山の山奥に滝があると聞き、荒行をなそうとやってきた。滝の側には竜神の祠があり、社の周りには、立派な実をつけた柿の木が生えている。これは竜神の柿といわれていた。
二人は社の前で鎮魂をしていたが、うまそうな匂いに、鎮魂が終わると柿をむしって食った。すると社が鳴動して怒鳴りつけられ、二人は驚いて元来た道を逃げて行った。
夜が明けると、谷川で衣を洗う白髪異様の婆がいた。見ると、婆の頭からべっこうのような角が二本生えている。二人は谷を通らなければならないので、用心しながら近づいて婆に声をかけた。
婆は驚いて二人を見ると、いきなり二人を泥棒呼ばわりし始めた。秋彦が憤慨すると、婆は先日、バラモン教の宣伝使だという二人連れが泊り込んだが、夜中に強盗を働き、一人娘を殺して金品を奪っていったのだ、と答えた。
そしていきなり娘の敵、と二人に飛びかかろうとする。駒彦は、自分たちは三五教の宣伝使だ、と言い返し、鬼婆の報いとして自分の子を取られたのだろう、と諭した。
駒彦が、自分は元の名を馬という紀の国生まれの者だ、と言うと、婆は何か心当たりがあるものらしく、態度を変えて自分の家へ来てくれと二人に頼んだ。婆の角は、泥棒を脅して寄せ付けないように被っていただけであった。
秋彦は合点がゆかず、婆の家に入らず表で警護をしている。家の中では爺がいて、前のようなことがあるから旅人は泊めないと言うが、婆は紀の国出身で息子と同じ名前だというから連れて来た、と答えた。
爺が駒彦に生まれのことを尋ねると、駒彦は小さい頃に天狗にさらわれたが、自分が持っていた守り袋に常、久という字があり、自分の名前は馬楠と書いてあったのだ、と明かした。
その話で、駒彦は爺・常楠と婆・お久の息子であることがわかった。三人は涙にむせぶ。家の外で話を聞いていた秋彦も、入ってきて駒彦が両親に対面できたことを喜び、感謝の祝詞を唱えた。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2021-06-25 18:28:58
OBC :
rm2305
愛善世界社版:
79頁
八幡書店版:
第4輯 522頁
修補版:
校定版:
81頁
普及版:
36頁
初版:
ページ備考:
001
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
002
秋彦
(
あきひこ
)
駒彦
(
こまひこ
)
両人
(
りやうにん
)
は
003
言依別
(
ことよりわけ
)
の
御言
(
みこと
)
もて
004
天
(
あめ
)
の
真浦
(
まうら
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
005
其
(
その
)
心力
(
しんりよく
)
を
試
(
ため
)
さむと
006
人
(
ひと
)
の
尾
(
を
)
峠
(
たうげ
)
の
山麓
(
さんろく
)
に
007
姿
(
すがた
)
を
やつし
て
雪
(
ゆき
)
の
空
(
そら
)
008
茲
(
ここ
)
に
三人
(
みたり
)
は
宇都山
(
うづやま
)
の
009
武志
(
たけし
)
の
宮
(
みや
)
の
社務所
(
ながとこ
)
に
010
暫
(
しば
)
し
休
(
やす
)
らひ
神司
(
かむづかさ
)
011
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
に
巡
(
めぐ
)
り
会
(
あ
)
ひ
012
秋彦
(
あきひこ
)
駒彦
(
こまひこ
)
両人
(
りやうにん
)
は
013
天
(
あめ
)
の
真浦
(
まうら
)
を
深雪
(
みゆき
)
降
(
ふ
)
る
014
岸
(
きし
)
の
上
(
うへ
)
より
突落
(
つきおと
)
し
015
東
(
ひがし
)
を
指
(
さ
)
して
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く
016
神
(
かみ
)
の
恵
(
めぐみ
)
に
近江路
(
あふみぢ
)
や
017
比叡山
(
ひえいざん
)
颪
(
おろし
)
を
浴
(
あ
)
び
乍
(
なが
)
ら
018
大津
(
おほつ
)
伏見
(
ふしみ
)
を
乗
(
の
)
り
越
(
こ
)
えて
019
小舟
(
こぶね
)
を
用意
(
しつら
)
ひ
淀
(
よど
)
の
川
(
かは
)
020
川幅
(
かははば
)
さへも
枚方
(
ひらかた
)
の
021
浦
(
うら
)
に
漸々
(
やうやう
)
舟
(
ふね
)
止
(
とど
)
め
022
浪速
(
なには
)
の
里
(
さと
)
を
右
(
みぎ
)
に
見
(
み
)
て
023
堺
(
さかひ
)
岸和田
(
きしわだ
)
佐野
(
さの
)
深日
(
ふけい
)
024
紀
(
き
)
の
川
(
かは
)
渡
(
わた
)
り
和歌山
(
わかやま
)
を
025
何時
(
いつ
)
しか
過
(
す
)
ぎて
日高川
(
ひだかがは
)
026
やうやう
川辺
(
かはべ
)
に
着
(
つ
)
きにけり。
027
日
(
ひ
)
は
漸
(
やうや
)
くに
暮
(
く
)
れて
来
(
き
)
た。
028
旬日
(
じゆんじつ
)
の
雨
(
あめ
)
に
川
(
かは
)
は
濁水
(
だくすゐ
)
漲
(
みなぎ
)
り、
029
渡舟
(
わたしぶね
)
を
出
(
だ
)
す
由
(
よし
)
もない。
030
二人
(
ふたり
)
は
已
(
や
)
むを
得
(
え
)
ず
後
(
あと
)
へ
引返
(
ひきかへ
)
し、
031
日高山
(
ひだかやま
)
の
山奥
(
やまおく
)
に
滝
(
たき
)
ありと
聞
(
き
)
き、
032
暫
(
しば
)
し
川水
(
かはみづ
)
の
減
(
ひ
)
く
迄
(
まで
)
荒行
(
あらぎやう
)
をなさむと、
033
月
(
つき
)
の
光
(
ひかり
)
を
力
(
ちから
)
に、
034
山奥
(
やまおく
)
深
(
ふか
)
く
進
(
すす
)
み
入
(
い
)
る。
035
滝
(
たき
)
の
辺
(
ほとり
)
には
小
(
ちひ
)
さき
祠
(
ほこら
)
があつて、
036
竜神
(
りうじん
)
が
祀
(
まつ
)
られてある。
037
此
(
この
)
社
(
やしろ
)
の
周辺
(
まはり
)
には
不思議
(
ふしぎ
)
にも
立派
(
りつぱ
)
な
柿
(
かき
)
の
実
(
み
)
が、
038
枝
(
えだ
)
もたわわにぶら
下
(
さが
)
つて
居
(
ゐ
)
る。
039
人
(
ひと
)
も
取
(
と
)
らねば
烏
(
からす
)
も
取
(
と
)
らない。
040
竜神
(
りうじん
)
の
最
(
もつと
)
も
寵愛
(
ちやうあい
)
の
柿
(
かき
)
と
称
(
とな
)
へられて
居
(
を
)
る。
041
二人
(
ふたり
)
は
夜中
(
よなか
)
に
人
(
ひと
)
の
足跡
(
あしあと
)
に
研
(
と
)
ぎすまされた
路
(
みち
)
を
辿
(
たど
)
り、
042
漸
(
やうや
)
く
滝
(
たき
)
の
傍
(
そば
)
に
着
(
つ
)
いた。
043
手早
(
てばや
)
く
衣類
(
いるゐ
)
を
脱
(
ぬ
)
ぎ
棄
(
す
)
て、
044
滝水
(
たきみづ
)
に
体
(
からだ
)
を
清
(
きよ
)
め、
045
祝詞
(
のりと
)
を
奏上
(
そうじやう
)
し
終
(
をは
)
つて、
046
社
(
やしろ
)
の
前
(
まへ
)
に
端坐
(
たんざ
)
し、
047
鎮魂
(
ちんこん
)
の
姿勢
(
しせい
)
を
執
(
と
)
つた。
048
たわむ
許
(
ばか
)
りの
柿
(
かき
)
の
枝
(
えだ
)
は
折柄
(
をりから
)
の
強風
(
きやうふう
)
に
煽
(
あふ
)
られて
二人
(
ふたり
)
の
体
(
からだ
)
を
撫
(
な
)
でて
居
(
ゐ
)
る。
049
二人
(
ふたり
)
は
美味
(
うま
)
さうな
匂
(
にほ
)
ひに、
050
鎮魂
(
ちんこん
)
を
終
(
をは
)
り、
051
てんでにむしつて
飽
(
あく
)
まで
食
(
く
)
つた。
052
忽
(
たちま
)
ち
社殿
(
しやでん
)
は
鳴動
(
めいどう
)
し
始
(
はじ
)
めた。
053
其
(
その
)
声
(
こゑ
)
は
時々
(
じじ
)
刻々
(
こくこく
)
に
強大
(
きやうだい
)
となり
地響
(
ぢひび
)
きがし
出
(
だ
)
した。
054
秋彦
(
あきひこ
)
『ヤアどうやら
地震
(
ぢしん
)
らしいぞ』
055
駒彦
(
こまひこ
)
『ナアニ、
056
地震
(
ぢしん
)
ではない。
057
余
(
あま
)
り
烈
(
はげ
)
しき
鳴動
(
めいどう
)
で
地響
(
ぢひび
)
きがして
居
(
ゐ
)
るのだ。
058
それに
就
(
つい
)
ても
我々
(
われわれ
)
が
此
(
この
)
柿
(
かき
)
を
取
(
と
)
つて
食
(
く
)
ふが
早
(
はや
)
いか、
059
此
(
この
)
社殿
(
しやでん
)
が
鳴動
(
めいどう
)
し
始
(
はじ
)
めたぢやないか。
060
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
は
惜
(
をし
)
んで
御座
(
ござ
)
るのではあるまいかなア』
061
秋彦
(
あきひこ
)
『ナニこれ
丈
(
だけ
)
沢山
(
たくさん
)
の
柿
(
かき
)
、
062
五
(
いつ
)
つや
十
(
とを
)
食
(
く
)
つた
所
(
ところ
)
で、
063
吾々
(
われわれ
)
でさへも
惜
(
をし
)
まないのだから、
064
況
(
ま
)
して
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
は
人間
(
にんげん
)
が
喜
(
よろこ
)
んで
食
(
く
)
ふのを、
065
御
(
ご
)
立腹
(
りつぷく
)
なさる
道理
(
だうり
)
がない。
066
人間
(
にんげん
)
が
食
(
く
)
ふ
為
(
ため
)
に
出来
(
でき
)
て
居
(
ゐ
)
るのだ。
067
そんな
事
(
こと
)
は
有
(
あ
)
るまい』
068
社殿
(
しやでん
)
はますます
鳴動
(
めいどう
)
烈
(
はげ
)
しくなり、
069
何
(
なん
)
とも
知
(
し
)
れぬ
厭
(
いや
)
らしき
声
(
こゑ
)
で
呶鳴
(
どな
)
りつけられる
様
(
やう
)
な
気
(
き
)
がして、
070
知
(
し
)
らず
知
(
し
)
らずに
二人
(
ふたり
)
は
怖気
(
おぢけ
)
づき、
071
『
惟神
(
かむながら
)
霊
(
たま
)
幸倍
(
ちはへ
)
坐世
(
ませ
)
』と
称
(
とな
)
へ
乍
(
なが
)
ら、
072
元来
(
もとき
)
し
路
(
みち
)
を
倒
(
こ
)
けつ
転
(
まろ
)
びつ
逃
(
に
)
げて
行
(
ゆ
)
く。
073
夜
(
よ
)
は
漸
(
やうや
)
く
明
(
あ
)
け
放
(
はな
)
れた。
074
谷川
(
たにがは
)
の
清
(
きよ
)
き
水
(
みづ
)
に
衣
(
ころも
)
を
洗
(
あら
)
ふ
白髪
(
はくはつ
)
異様
(
いやう
)
の
婆
(
ばば
)
がある。
075
秋彦
(
あきひこ
)
『
駒彦
(
こまひこ
)
さま、
076
向
(
むか
)
ふを
見
(
み
)
よ。
077
出
(
で
)
よつたぜ』
078
駒彦
(
こまひこ
)
『ヤア
本当
(
ほんたう
)
に、
079
怪体
(
けたい
)
な
奴
(
やつ
)
が
居
(
を
)
るぢやないか。
080
何
(
なに
)
か
洗濯
(
せんたく
)
をして
居
(
を
)
るやうだ。
081
此
(
この
)
山奥
(
やまおく
)
に
人家
(
じんか
)
も
無
(
な
)
いのに、
082
あんな
年
(
とし
)
の
老
(
よ
)
つた
老婆
(
ばばあ
)
が
洗濯
(
せんたく
)
して
居
(
ゐ
)
るとは、
083
チツと
合点
(
がつてん
)
が
行
(
ゆ
)
かぬ、
084
此奴
(
こいつ
)
ア
何者
(
なにもの
)
かの
化物
(
ばけもの
)
かもしれないぞ。
085
用心
(
ようじん
)
せなくてはなろまい』
086
秋彦
(
あきひこ
)
『
谷
(
たに
)
と
谷
(
たに
)
とに
挟
(
はさ
)
まつた
一筋路
(
ひとすぢみち
)
の
所
(
ところ
)
に
居
(
ゐ
)
るのだから、
087
どうしても
通
(
とほ
)
らぬ
訳
(
わけ
)
にも
行
(
ゆ
)
かず、
088
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
つて
行
(
い
)
つて
見
(
み
)
ようかなア』
089
駒彦
(
こまひこ
)
『
何
(
いづ
)
れ
行
(
ゆ
)
かねばならぬ
道程
(
だうてい
)
だが、
090
マア
一寸
(
ちよつと
)
考
(
かんが
)
へて
行
(
ゆ
)
く
事
(
こと
)
にせう。
091
強
(
つよ
)
く
行
(
ゆ
)
くか、
092
弱
(
よわ
)
く
行
(
ゆ
)
くか、
093
それから
一
(
ひと
)
つ
定
(
き
)
めて
行
(
ゆ
)
かうぢやないか』
094
秋彦
(
あきひこ
)
『
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
臨機
(
りんき
)
応変
(
おうへん
)
、
095
其
(
その
)
時
(
とき
)
の
都合
(
つがふ
)
にしよう』
096
と
薄気味
(
うすきみ
)
悪
(
わる
)
く、
097
歩
(
あゆ
)
みもはかばかしからず、
098
厭
(
いや
)
相
(
さう
)
に
一歩
(
いつぽ
)
々々
(
いつぽ
)
進
(
すす
)
んで
行
(
ゆ
)
く。
099
見
(
み
)
れば
婆
(
ばば
)
の
頭
(
あたま
)
の
白髪
(
しらが
)
から
鼈甲
(
べつかふ
)
の
様
(
やう
)
な
角
(
つの
)
が
前
(
まへ
)
の
方
(
はう
)
へニユーツと
曲
(
まが
)
つて
二本
(
にほん
)
、
100
高低
(
たかひく
)
なしに
行儀
(
ぎやうぎ
)
よく
八
(
はち
)
の
字
(
じ
)
を
逆様
(
さかさま
)
にした
様
(
やう
)
に
生
(
は
)
えて
居
(
ゐ
)
る。
101
秋彦
(
あきひこ
)
『オイ
駒彦
(
こまひこ
)
、
102
此奴
(
こいつ
)
ア
弱
(
よわ
)
く
行
(
ゆ
)
けば
付
(
つ
)
け
込
(
こ
)
まれる。
103
強
(
つよ
)
く
行
(
ゆ
)
けば
怒
(
おこ
)
つてかぶりつくかも
知
(
し
)
れない。
104
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
滑稽
(
こつけい
)
で
婆
(
ばば
)
アの
腮
(
あご
)
を
解
(
と
)
いて
通
(
とほ
)
る
事
(
こと
)
にしようかい。
105
それに
就
(
つい
)
ては
秋彦
(
あきひこ
)
、
106
駒彦
(
こまひこ
)
では
面白
(
おもしろ
)
くない。
107
元
(
もと
)
の
馬公
(
うまこう
)
、
108
鹿公
(
しかこう
)
に、
109
名
(
な
)
だけ
還元
(
くわんげん
)
して
掛合
(
かけあ
)
つて
見
(
み
)
よう』
110
駒彦
(
こまひこ
)
『それが
宜
(
よ
)
からう』
111
と
小声
(
こごゑ
)
に
言
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
112
婆
(
ばば
)
の
間近
(
まぢか
)
に
近寄
(
ちかよ
)
つて
来
(
き
)
た。
113
婆
(
ばば
)
は
聾
(
つんぼ
)
と
見
(
み
)
えて、
114
二人
(
ふたり
)
の
足音
(
あしおと
)
に
気
(
き
)
が
付
(
つ
)
かぬものの
如
(
ごと
)
く、
115
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
血
(
ち
)
の
付
(
つ
)
いた
衣
(
きぬ
)
を
洗
(
あら
)
うて
居
(
ゐ
)
る。
116
秋彦
(
あきひこ
)
『モシモシお
婆
(
ば
)
アさま……コレお
婆
(
ば
)
アさま』
117
と
後
(
あと
)
の
一声
(
ひとこゑ
)
に
力
(
ちから
)
をこめて
高
(
たか
)
く
呶鳴
(
どな
)
つた。
118
婆
(
ば
)
アさんは
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
見向
(
みむ
)
きもせず、
119
洗
(
あら
)
うて
居
(
ゐ
)
る。
120
秋彦
(
あきひこ
)
『ハハア
此奴
(
こいつ
)
ア
聾
(
つんぼ
)
だ。
121
併
(
しか
)
し
随分
(
ずゐぶん
)
厭
(
いや
)
らしい
婆
(
ばば
)
だ。
122
彼処
(
あこ
)
を
渡
(
わた
)
らねば
向
(
むか
)
うへ
行
(
ゆ
)
く
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ず
困
(
こま
)
つた
事
(
こと
)
だなア。
123
暫
(
しばら
)
く
後
(
あと
)
へ
引返
(
ひきかへ
)
し、
124
婆
(
ばば
)
アが
洗濯
(
せんたく
)
を
済
(
す
)
まして
帰
(
かへ
)
るまで
待
(
ま
)
つことにせうかい』
125
駒彦
(
こまひこ
)
『イヤもう
一歩
(
ひとあし
)
も
後
(
あと
)
へ
帰
(
かへ
)
る
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ない。
126
あれ
丈
(
だけ
)
鳴動
(
めいどう
)
しられ、
127
厭
(
いや
)
らしい
声
(
こゑ
)
で
呶鳴
(
どな
)
られては、
128
堪
(
たま
)
つたものぢやないからな』
129
秋彦
(
あきひこ
)
『それだと
云
(
い
)
うて
進
(
すす
)
む
訳
(
わけ
)
にも
行
(
ゆ
)
かず、
130
進退
(
しんたい
)
谷
(
きは
)
まるぢやないか』
131
駒彦
(
こまひこ
)
『そこが
宣伝使
(
せんでんし
)
だ。
132
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
のお
力
(
ちから
)
で
突破
(
とつぱ
)
するのだ。
133
鬼婆
(
おにばば
)
に
喰
(
く
)
はれた
所
(
ところ
)
で
構
(
かま
)
はぬぢやないか』
134
秋彦
(
あきひこ
)
『こんな
奴
(
やつ
)
に
食
(
く
)
はれて
堪
(
たま
)
るものか。
135
お
道
(
みち
)
の
為
(
ため
)
に
生命
(
いのち
)
を
棄
(
す
)
てるのは
苦
(
くる
)
しうないが、
136
鬼婆
(
おにばば
)
の
餌食
(
ゑじき
)
になつちや
宣伝使
(
せんでんし
)
も
駄目
(
だめ
)
だ。
137
聾
(
つんぼ
)
を
幸
(
さいは
)
ひ、
138
ソツと
背後
(
うしろ
)
から
往
(
い
)
つて、
139
婆
(
ばば
)
を
突
(
つ
)
つこかし、
140
其
(
その
)
間
(
ま
)
に
駆歩
(
かけあし
)
で
進
(
すす
)
まうぢやないか』
141
駒彦
(
こまひこ
)
『オウさうだ。
142
たかが
知
(
し
)
れた
婆
(
ばば
)
アの
一人
(
ひとり
)
、
143
此方
(
こちら
)
は
二人
(
ふたり
)
の
荒男
(
あらをとこ
)
だ。
144
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
騙討
(
だましうち
)
は
面白
(
おもしろ
)
くない。
145
婆
(
ばば
)
アに
断
(
ことわ
)
つて
通
(
とほ
)
らして
貰
(
もら
)
はう。
146
万一
(
まんいち
)
通
(
とほ
)
さぬと
言
(
い
)
ひよつたら、
147
其
(
その
)
時
(
とき
)
こそ
我々
(
われわれ
)
は
死物狂
(
しにものぐる
)
ひだ』
148
と
言
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
149
婆
(
ばば
)
アの
狭
(
せま
)
い
谷川
(
たにがは
)
に
塞
(
ふさ
)
がつて
居
(
ゐ
)
る
側近
(
そばちか
)
く
寄
(
よ
)
り、
150
俯
(
うつむ
)
いて
居
(
ゐ
)
る
腰
(
こし
)
を
恐
(
こは
)
さうに
押
(
お
)
し
乍
(
なが
)
ら、
151
駒彦
(
こまひこ
)
『コレコレお
婆
(
ば
)
アさま、
152
此処
(
ここ
)
を
通
(
とほ
)
して
下
(
くだ
)
さい』
153
と
揺
(
ゆす
)
つて
見
(
み
)
た。
154
婆
(
ば
)
アさまは
驚
(
おどろ
)
いて
二人
(
ふたり
)
の
顔
(
かほ
)
を
打
(
う
)
ちまもり、
155
婆
(
ばば
)
(お久)
『ヤアお
前
(
まへ
)
はそんな
風
(
ふう
)
をして、
156
山賊
(
さんぞく
)
を
働
(
はたら
)
いて
居
(
ゐ
)
るのか。
157
此
(
この
)
婆
(
ばば
)
はお
前
(
まへ
)
の
見
(
み
)
かけの
通
(
とほ
)
り
何一
(
なにひと
)
つ
持
(
も
)
つて
居
(
ゐ
)
ないぞ』
158
駒彦
(
こまひこ
)
『オイ
婆
(
ばば
)
ア、
159
お
前
(
まへ
)
は
耳
(
みみ
)
が
聞
(
きこ
)
えぬのか』
160
と
耳
(
みみ
)
の
辺
(
はた
)
へ
口
(
くち
)
を
寄
(
よ
)
せ、
161
力
(
ちから
)
一杯
(
いつぱい
)
呶鳴
(
どな
)
りつけた。
162
婆
(
ば
)
アさんはビツクリして、
163
婆
(
ばば
)
(お久)
『エヽやかましいがな。
164
聾
(
つんぼ
)
か
何
(
なん
)
ぞの
様
(
やう
)
に、
165
そんな
大
(
おほ
)
きな
声
(
こゑ
)
で
耳
(
みみ
)
のはたで
云
(
い
)
ふものぢやない。
166
鼓膜
(
こまく
)
が
破
(
やぶ
)
れて
了
(
しま
)
うぢやないか』
167
駒彦
(
こまひこ
)
『
鬼婆
(
おにばば
)
ア、
168
お
前
(
まへ
)
耳
(
みみ
)
が
聞
(
きこ
)
えるのか』
169
婆
(
ばば
)
(お久)
『
聞
(
きこ
)
えるとも、
170
耳
(
みみ
)
の
無
(
な
)
いものならイザ
知
(
し
)
らず、
171
此
(
この
)
通
(
とほ
)
り
二
(
ふた
)
つの
耳
(
みみ
)
があるぢやないか。
172
聞
(
きこ
)
えぬ
耳
(
みみ
)
なら、
173
誰
(
たれ
)
がアタ
邪魔
(
じやま
)
になる、
174
顔
(
かほ
)
の
両側
(
りやうがは
)
にひつつけて
置
(
お
)
くものかい。
175
訳
(
わけ
)
の
分
(
わか
)
らぬ
泥棒
(
どろばう
)
ぢやなア』
176
秋彦
(
あきひこ
)
『
是
(
こ
)
れは
怪
(
け
)
しからぬ。
177
我々
(
われわれ
)
を
泥棒
(
どろばう
)
とは
何
(
なん
)
の
事
(
こと
)
だ』
178
婆
(
ばば
)
(お久)
『それでも
蓑笠
(
みのかさ
)
を
着
(
き
)
たり
金剛杖
(
こんごうづゑ
)
を
突
(
つ
)
いとる
奴
(
やつ
)
は
皆
(
みんな
)
泥棒
(
どろばう
)
だよ。
179
此
(
この
)
間
(
あひだ
)
もバラモン
教
(
けう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
ぢやとか
云
(
い
)
つて、
180
老爺
(
ぢい
)
と
婆
(
ばば
)
アと
娘
(
むすめ
)
と
三人
(
さんにん
)
連
(
づ
)
れの
所
(
ところ
)
へ、
181
二人
(
ふたり
)
の
奴
(
やつ
)
が
泊
(
とま
)
り
込
(
こ
)
み、
182
夜
(
よる
)
の
夜中
(
よなか
)
を
見済
(
みす
)
まして、
183
此
(
この
)
婆
(
ばば
)
アや
爺
(
おやぢ
)
どのを
柱
(
はしら
)
にひつ
括
(
くく
)
り、
184
一人
(
ひとり
)
の
娘
(
むすめ
)
を
調裁坊
(
てうさいばう
)
に
致
(
いた
)
し、
185
年寄
(
としよ
)
りの
蓄
(
た
)
めた
金
(
かね
)
をスツクリふんだくり、
186
終局
(
しまひのはて
)
にや
娘
(
むすめ
)
を
嬲殺
(
なぶりごろ
)
しにして
帰
(
かへ
)
りやがつた。
187
大方
(
おほかた
)
お
前
(
まへ
)
も
其奴
(
そいつ
)
等
(
ら
)
の
同類
(
どうるゐ
)
だらう。
188
あんまり
胸糞
(
むねくそ
)
が
悪
(
わる
)
いので、
189
お
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
二人
(
ふたり
)
がコソコソ
話
(
ばなし
)
をやつて
居
(
を
)
つたが
聞
(
き
)
かぬ
振
(
ふ
)
りをして
居
(
を
)
つたのだ。
190
モウ
斯
(
こ
)
うなる
上
(
うへ
)
は
讎敵
(
かたき
)
の
片割
(
かたわ
)
れだ。
191
皺腕
(
しわうで
)
の
続
(
つづ
)
く
限
(
かぎ
)
り
格闘
(
かくとう
)
して
喉笛
(
のどぶえ
)
の
一
(
ひと
)
つも
喰
(
く
)
ひ
切
(
き
)
らねば
置
(
お
)
かぬ。
192
サアどうだ』
193
秋彦
(
あきひこ
)
『これはこれは
怪
(
け
)
しからぬ
事
(
こと
)
を
仰有
(
おつしや
)
る。
194
併
(
しか
)
しお
前
(
まへ
)
さまは
頭
(
あたま
)
に
角
(
つの
)
を
生
(
は
)
やして
居
(
ゐ
)
るからは、
195
人
(
ひと
)
を
取
(
と
)
り
喰
(
くら
)
ふ
日高山
(
ひだかやま
)
の
鬼婆
(
おにばば
)
だらう』
196
婆
(
ばば
)
(お久)
『きまつた
事
(
こと
)
だ。
197
鬼婆
(
おにばば
)
だから
角
(
つの
)
が
生
(
は
)
えとるのぢや。
198
サア
其処
(
そこ
)
へ
平太
(
へた
)
れ。
199
此
(
この
)
婆
(
ばば
)
が
荒料理
(
あられうり
)
をして
娘
(
むすめ
)
の
仇
(
かたき
)
を
討
(
う
)
つてやらう』
200
駒彦
(
こまひこ
)
『コラ
婆
(
ばば
)
、
201
何
(
なに
)
を
吐
(
ぬか
)
しやがるのだ。
202
俺
(
おれ
)
は
三五教
(
あななひけう
)
の
馬公
(
うまこう
)
と
云
(
い
)
ふ
宣伝使
(
せんでんし
)
だぞ。
203
泥棒
(
どろばう
)
なんて……
馬鹿
(
ばか
)
にするな。
204
さうして
貴様
(
きさま
)
の
娘
(
むすめ
)
なればヤツパリ
鬼娘
(
おにむすめ
)
だらう。
205
日頃
(
ひごろ
)
人
(
ひと
)
を
喰
(
くら
)
ふ
酬
(
むく
)
いで
吾
(
わが
)
子
(
こ
)
を
取
(
と
)
られたのだらう。
206
鬼子
(
きし
)
母神
(
ぼじん
)
と
云
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
は、
207
千
(
せん
)
人
(
にん
)
の
子
(
こ
)
が
有
(
あ
)
る
癖
(
くせ
)
に、
208
人
(
ひと
)
の
子
(
こ
)
を
奪
(
と
)
つて
喰
(
くら
)
ひよつた
奴
(
やつ
)
だが、
209
或
(
ある
)
時
(
とき
)
に
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
から、
210
千
(
せん
)
人
(
にん
)
の
中
(
なか
)
の
一人
(
ひとり
)
の
子
(
こ
)
を
隠
(
かく
)
されて、
211
朝
(
あさ
)
から
晩
(
ばん
)
まで
泣
(
な
)
き
通
(
とほ
)
し、
212
それから…わしは
千
(
せん
)
人
(
にん
)
も
子
(
こ
)
がある
中
(
なか
)
にタツタ
一人
(
ひとり
)
失
(
うしな
)
つても
是
(
こ
)
れ
丈
(
だけ
)
悲
(
かな
)
しいのだ、
213
況
(
ま
)
して
人間
(
にんげん
)
は
三
(
さん
)
人
(
にん
)
や
五
(
ご
)
人
(
にん
)
、
214
多
(
おほ
)
うて
十
(
じふ
)
人
(
にん
)
位
(
くらゐ
)
の
子
(
こ
)
を
一人
(
ひとり
)
取
(
と
)
られたら
悲
(
かな
)
しからうと
云
(
い
)
つて、
215
改心
(
かいしん
)
しよつて
立派
(
りつぱ
)
な
仏
(
ほとけ
)
になつたと
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
だが、
216
貴様
(
きさま
)
も
子
(
こ
)
を
取
(
と
)
られて
悲
(
かな
)
しい
事
(
こと
)
がわかれば、
217
是
(
こ
)
れから
人間
(
にんげん
)
の
子
(
こ
)
であらうが、
218
親
(
おや
)
であらうが、
219
決
(
けつ
)
して
取
(
と
)
り
喰
(
くら
)
うてはならぬぞ』
220
婆
(
ばば
)
(お久)
『ホヽヽヽヽ、
221
わしを
鬼婆
(
おにばば
)
と
云
(
い
)
ふのか、
222
そしてお
前
(
まへ
)
は
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
ぢやなア、
223
宣伝使
(
せんでんし
)
なら、
224
鬼婆
(
おにばば
)
か
普通
(
あたりまへ
)
の
婆
(
ばば
)
アか
分
(
わか
)
りさうなものぢやないか』
225
駒彦
(
こまひこ
)
『それでも
頭
(
あたま
)
に
角
(
つの
)
の
生
(
は
)
えてる
奴
(
やつ
)
は
鬼
(
おに
)
ぢやないか。
226
俺
(
おれ
)
は
斯
(
こ
)
う
見
(
み
)
えても、
227
元
(
もと
)
は
馬
(
うま
)
さんと
云
(
い
)
つて、
228
紀
(
き
)
の
国
(
くに
)
の
生
(
うま
)
れ、
229
様子
(
やうす
)
あつて
都
(
みやこ
)
へ
出
(
い
)
で、
230
立派
(
りつぱ
)
な
宅
(
うち
)
に
召使
(
めしつか
)
はれ、
231
追々
(
おひおひ
)
出世
(
しゆつせ
)
し、
232
今
(
いま
)
は
押
(
お
)
しも
押
(
お
)
されもせぬ
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
ぢや。
233
どうして
見損
(
みそこな
)
ひをするものかい。
234
そんな
有耶
(
うや
)
無耶
(
むや
)
の
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
つて、
235
俺
(
おれ
)
を
誤魔化
(
ごまくわ
)
さうと
思
(
おも
)
つても
駄目
(
だめ
)
だぞ』
236
婆
(
ばば
)
(お久)
『ナニツ、
237
お
前
(
まへ
)
は
紀
(
き
)
の
国
(
くに
)
の
生
(
うま
)
れ……
都
(
みやこ
)
へ
奉公
(
ほうこう
)
に
行
(
い
)
つて
居
(
を
)
つたと……それは
妙
(
めう
)
な
事
(
こと
)
を
聞
(
き
)
くものだ。
238
さうしてお
前
(
まへ
)
の
名
(
な
)
は
馬
(
うま
)
ぢやないか』
239
駒彦
(
こまひこ
)
『さうぢや、
240
馬
(
うま
)
と
云
(
い
)
つたのぢや。
241
それが
如何
(
どう
)
したと
云
(
い
)
ふのだい』
242
婆
(
ばば
)
(お久)
『
一寸
(
ちよつと
)
此方
(
こちら
)
に
心当
(
こころあた
)
りがあるから、
243
婆
(
ばば
)
の
宅
(
うち
)
まで
来
(
き
)
て
貰
(
もら
)
へまいかな』
244
秋彦
(
あきひこ
)
『オイオイ
駒彦
(
こまひこ
)
、
245
しつかりせよ。
246
計略
(
けいりやく
)
に
懸
(
かか
)
るぞよ』
247
婆
(
ばば
)
(お久)
『
疑
(
うたが
)
ひなさるな。
248
爺
(
ぢ
)
イと
婆
(
ば
)
アと
二人
(
ふたり
)
暮
(
ぐら
)
しだ。
249
一人
(
ひとり
)
の
兄
(
あに
)
は
幼
(
をさな
)
い
時
(
とき
)
に
天狗
(
てんぐ
)
にさらはれて、
250
何処
(
どこ
)
かへ
連
(
つ
)
れて
行
(
ゆ
)
かれたきり
今
(
いま
)
に
帰
(
かへ
)
つて
来
(
こ
)
ず、
251
一人
(
ひとり
)
の
妹娘
(
いもうとむすめ
)
は
泥棒
(
どろばう
)
に
二三
(
にさん
)
日前
(
にちぜん
)
生命
(
いのち
)
を
奪
(
と
)
られ、
252
爺婆
(
ぢぢばば
)
二人
(
ふたり
)
が
面白
(
おもしろ
)
からぬ
月日
(
つきひ
)
を
送
(
おく
)
つて
居
(
ゐ
)
るのだ。
253
小
(
ちひ
)
さい
宅
(
うち
)
だけれど、
254
滅多
(
めつた
)
に
食
(
く
)
はうとも、
255
呑
(
の
)
まうとも
云
(
い
)
はぬ。
256
尋
(
たづ
)
ねたい
事
(
こと
)
が
有
(
あ
)
るから
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
され』
257
駒彦
(
こまひこ
)
は
双手
(
もろて
)
を
組
(
く
)
み
首
(
くび
)
を
傾
(
かたむ
)
け、
258
婆
(
ばば
)
アの
顔
(
かほ
)
を
熟々
(
つくづく
)
と
眺
(
なが
)
めて
居
(
ゐ
)
る。
259
駒彦
(
こまひこ
)
『オイ
婆
(
ばば
)
ア、
260
其
(
その
)
角
(
つの
)
は
何時
(
いつ
)
から
生
(
は
)
えたのかい』
261
婆
(
ばば
)
(お久)
『オホヽヽヽ、
262
あまり
泥棒
(
どろばう
)
が
出
(
で
)
て
来
(
き
)
よるので、
263
用心
(
ようじん
)
の
為
(
ため
)
に
鹿
(
しか
)
の
角
(
つの
)
を
頭
(
あたま
)
にひつ
付
(
つ
)
けて
鬼
(
おに
)
に
見
(
み
)
せて
居
(
を
)
るのだ。
264
それ
此
(
この
)
通
(
とほ
)
り……』
265
と
無雑作
(
むざふさ
)
に
二本
(
にほん
)
の
角
(
つの
)
を
引
(
ひき
)
むし
つて
見
(
み
)
せる。
266
秋彦
(
あきひこ
)
『アハヽヽヽ、
267
ヤア
是
(
こ
)
れで
一寸
(
ちよつと
)
は
安心
(
あんしん
)
だ。
268
さうするとヤツパリ
鬼婆
(
おにばば
)
ではなかつたらしいな。
269
コレコレ
婆
(
ば
)
アさま、
270
お
前
(
まへ
)
のお
宅
(
たく
)
は
何処
(
どこ
)
だ』
271
婆
(
ばば
)
(お久)
『そこへニユツと
突
(
つ
)
き
出
(
で
)
て
居
(
を
)
る
大
(
おほ
)
きな
岩
(
いは
)
を、
272
クルツと
廻
(
まは
)
ると、
273
炭焼
(
すみやき
)
小屋
(
ごや
)
の
様
(
やう
)
な
家
(
いへ
)
がある。
274
そこが
妾
(
わし
)
の
住家
(
すみか
)
だ。
275
此
(
この
)
村
(
むら
)
は
七八軒
(
しちはつけん
)
の
所
(
ところ
)
だが、
276
近所
(
きんじよ
)
へ
行
(
ゆ
)
くと
云
(
い
)
つても
一
(
いち
)
里
(
り
)
位
(
くらゐ
)
行
(
ゆ
)
かなならぬのだから
不便
(
ふべん
)
なものだ。
277
サアどうぞ
婆
(
ばば
)
の
宅
(
うち
)
まで
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さい』
278
駒彦
(
こまひこ
)
『
何
(
なに
)
は
兎
(
と
)
もあれ、
279
お
婆
(
ば
)
アさま、
280
従
(
つ
)
いて
参
(
まゐ
)
りませう』
281
婆
(
ばば
)
はニコニコし
乍
(
なが
)
ら
先
(
さき
)
に
立
(
た
)
ち
帰
(
かへ
)
つて
行
(
ゆ
)
く。
282
駒彦
(
こまひこ
)
は
何
(
なに
)
か
心
(
こころ
)
に
当
(
あた
)
るものの
如
(
ごと
)
く
首
(
くび
)
を
頻
(
しき
)
りに
左右
(
さいう
)
にかたげ
乍
(
なが
)
ら
従
(
つ
)
いて
行
(
ゆ
)
く。
283
あとより
秋彦
(
あきひこ
)
は
不審
(
ふしん
)
相
(
さう
)
に
二人
(
ふたり
)
の
姿
(
すがた
)
を
看守
(
みまも
)
りつつ、
284
二三間
(
にさんげん
)
遅
(
おく
)
れて、
285
厭
(
いや
)
相
(
さう
)
に
進
(
すす
)
んで
行
(
ゆ
)
く。
286
山
(
やま
)
の
鼻
(
はな
)
にヌツと
突出
(
つきで
)
た
岩
(
いは
)
の
麓
(
ふもと
)
を
廻
(
まは
)
はると、
287
七八間
(
しちはちけん
)
向
(
むか
)
うにかなり
大
(
おほ
)
きな
草葺
(
くさぶき
)
の
家
(
いへ
)
が
建
(
た
)
つて
居
(
ゐ
)
る。
288
婆
(
ば
)
アさまは
駒彦
(
こまひこ
)
に
向
(
むか
)
ひ、
289
婆
(
ばば
)
(お久)
『あれが
妾
(
わし
)
の
家
(
いへ
)
だ。
290
どうぞ
今晩
(
こんばん
)
はゆつくり
泊
(
とま
)
つて
往
(
い
)
て
下
(
くだ
)
されや』
291
秋彦
(
あきひこ
)
は『なんだ、
292
合点
(
がつてん
)
がゆかぬ
事
(
こと
)
だなア』と
呟
(
つぶや
)
きつつ、
293
不安
(
ふあん
)
の
念
(
ねん
)
に
駆
(
か
)
られ、
294
手
(
て
)
を
組
(
く
)
んで
細路
(
ほそみち
)
に
佇立
(
てゐりつ
)
して
居
(
ゐ
)
る。
295
婆
(
ば
)
アさまは
半
(
なかば
)
破
(
やぶ
)
れた
戸
(
と
)
をガラリと
開
(
ひら
)
き、
296
婆
(
ばば
)
(お久)
『サアサアお
若
(
わか
)
い
衆
(
しう
)
、
297
這入
(
はい
)
つて
下
(
くだ
)
さい』
298
駒彦
(
こまひこ
)
『ハイ
有難
(
ありがた
)
う』
299
と
後
(
うしろ
)
を
振
(
ふ
)
り
返
(
かへ
)
り
見
(
み
)
れば、
300
四五間
(
しごけん
)
あとに
秋彦
(
あきひこ
)
は
手
(
て
)
を
組
(
く
)
み
思案
(
しあん
)
らしく
佇
(
たたず
)
んで
居
(
を
)
る。
301
駒彦
(
こまひこ
)
『オイ
秋彦
(
あきひこ
)
、
302
早
(
はや
)
う
来
(
こ
)
ぬか。
303
何
(
なに
)
して
居
(
を
)
るのだ』
304
秋彦
(
あきひこ
)
『
俺
(
おれ
)
は
外
(
そと
)
から
警固
(
けいご
)
して
居
(
ゐ
)
るから、
305
貴様
(
きさま
)
用心
(
ようじん
)
して
中
(
なか
)
に
這入
(
はい
)
れ。
306
釣天井
(
つりてんじやう
)
でも
有
(
あ
)
つて
バサン
バサンとやられちや
大変
(
たいへん
)
だから、
307
よく
気
(
き
)
を
付
(
つ
)
けて
這入
(
はい
)
れ。
308
俺
(
おれ
)
はサア
事
(
こと
)
だと
思
(
おも
)
つたら、
309
直
(
すぐ
)
に
飛
(
と
)
び
込
(
こ
)
んで
讎敵
(
かたき
)
を
討
(
う
)
つてやるから……マア
予備
(
よび
)
として、
310
俺
(
おれ
)
は
外
(
そと
)
に
待
(
ま
)
つて
居
(
を
)
る』
311
駒彦
(
こまひこ
)
『そんなら
宜
(
よろ
)
しう
頼
(
たの
)
む』
312
と
閾
(
しきゐ
)
を
跨
(
また
)
げ
屋内
(
をくない
)
に
姿
(
すがた
)
を
隠
(
かく
)
した。
313
爺
(
ぢ
)
イさまは
目
(
め
)
も
疎
(
うと
)
いと
見
(
み
)
え、
314
ヨボヨボし
乍
(
なが
)
ら
奥
(
おく
)
の
間
(
ま
)
から
現
(
あら
)
はれ、
315
爺
(
おやぢ
)
(常楠)
『アー
婆
(
ばば
)
か、
316
よう
帰
(
かへ
)
つて
呉
(
く
)
れた。
317
どうも
寂
(
さび
)
しくて
困
(
こま
)
つて
居
(
を
)
つた。
318
あまり
帰
(
かへ
)
りが
遅
(
おそ
)
いので、
319
又
(
また
)
もや
泥棒
(
どろばう
)
に
出会
(
でつくわ
)
したのではなからうかと、
320
気
(
き
)
が
気
(
き
)
でなかつた。
321
併
(
しか
)
しお
前
(
まへ
)
の
背後
(
うしろ
)
に
誰
(
たれ
)
か
従
(
つ
)
いて
来
(
き
)
て
居
(
を
)
るぢやないか。
322
ウツカリした
者
(
もの
)
を
引張
(
ひつぱ
)
つて
来
(
く
)
ると、
323
又
(
また
)
此
(
この
)
間
(
あひだ
)
の
様
(
やう
)
な
目
(
め
)
に
会
(
あ
)
はされるぞ。
324
性懲
(
しやうこ
)
りもない、
325
道
(
みち
)
行
(
ゆ
)
く
人間
(
にんげん
)
を
掴
(
つか
)
まへて、
326
善根
(
ぜんこん
)
だの、
327
宿
(
やど
)
をしてあげようのと
云
(
い
)
ふものだから、
328
あんな
事
(
こと
)
が
起
(
おこ
)
るのだ。
329
モウ
今日
(
けふ
)
は、
330
お
前
(
まへ
)
が
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても
私
(
わし
)
が
承知
(
しようち
)
をせぬ。
331
……どこの
方
(
かた
)
か
知
(
し
)
らぬがトツトと
帰
(
かへ
)
つて
下
(
くだ
)
され』
332
婆
(
ばば
)
(お久)
『
爺
(
おやぢ
)
さま、
333
一寸
(
ちよつと
)
此
(
この
)
人
(
ひと
)
は
合点
(
がつてん
)
のいかぬ
事
(
こと
)
があるので
連
(
つ
)
れて
帰
(
かへ
)
つたのぢや。
334
妾
(
わし
)
だつてモウ
懲
(
こ
)
りてるから、
335
滅多
(
めつた
)
な
奴
(
やつ
)
を
連
(
つ
)
れて
帰
(
かへ
)
りはせぬ。
336
此
(
この
)
人
(
ひと
)
は
馬
(
うま
)
とか
云
(
い
)
ふ
男
(
をとこ
)
ださうな、
337
伜
(
せがれ
)
の
名
(
な
)
も
馬
(
うま
)
だから、
338
何
(
なん
)
とはなしに
恋
(
こひ
)
しくなつて
連
(
つ
)
れて
帰
(
かへ
)
つたのぢや。
339
ヒヨツとしたら、
340
子供
(
こども
)
の
時
(
とき
)
に
天狗
(
てんぐ
)
に
浚
(
さら
)
はれた
馬
(
うま
)
ぢやなからうかと、
341
心
(
こころ
)
の
故
(
せい
)
か
思
(
おも
)
はれてならないから……』
342
爺
(
おやぢ
)
(常楠)
『さう
聞
(
き
)
くと
何
(
なん
)
だか
恋
(
こひ
)
しい
様
(
やう
)
な
気
(
き
)
がする。
343
コレコレ
馬
(
うま
)
さまとやら、
344
足
(
あし
)
をしもうて
上
(
あが
)
つて
下
(
くだ
)
さい』
345
駒彦
(
こまひこ
)
『ハイ
有難
(
ありがた
)
う
御座
(
ござ
)
います。
346
私
(
わたし
)
も
一人者
(
ひとりもの
)
で
御座
(
ござ
)
います。
347
何
(
なん
)
だか
此
(
この
)
お
婆
(
ば
)
アさまが
恋
(
こひ
)
しくなつて
参
(
まゐ
)
りました』
348
と
云
(
い
)
ひ
云
(
い
)
ひ
足
(
あし
)
をしもうて
座敷
(
ざしき
)
にあがる。
349
秋彦
(
あきひこ
)
はコハゴハ
乍
(
なが
)
ら
門口
(
かどぐち
)
までやつて
来
(
き
)
て、
350
様子
(
やうす
)
を
考
(
かんが
)
へて
居
(
ゐ
)
る。
351
爺
(
おやぢ
)
(常楠)
『お
前
(
まへ
)
は
馬
(
うま
)
さまと
云
(
い
)
ふさうだが、
352
一体
(
いつたい
)
何処
(
どこ
)
の
生
(
うま
)
れだ』
353
駒彦
(
こまひこ
)
『ハイ
私
(
わたし
)
は
余
(
あま
)
り
小
(
ちひ
)
さい
時
(
とき
)
で、
354
しつかりは
記憶
(
きおく
)
しませぬが、
355
何
(
なん
)
でも
日高川
(
ひだかがは
)
の
畔
(
ほとり
)
だつた
様
(
やう
)
に
幽
(
かす
)
かに
覚
(
おぼ
)
えて
居
(
を
)
ります。
356
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
らそれも
夢
(
ゆめ
)
だか
現
(
うつつ
)
だか
分
(
わか
)
らないのです。
357
天狗
(
てんぐ
)
にさらはれて
山城
(
やましろ
)
の
国
(
くに
)
の
紫野
(
むらさきの
)
の
大木
(
たいぼく
)
の
上
(
うへ
)
に
引掛
(
ひつか
)
けられて
居
(
を
)
つたのを、
358
そこの
酋長
(
しうちやう
)
が
認
(
みと
)
めて
助
(
たす
)
けて
下
(
くだ
)
され、
359
それから
其処
(
そこ
)
の
家
(
いへ
)
の
子
(
こ
)
となつて
育
(
そだ
)
つて
来
(
き
)
た
者
(
もの
)
で
御座
(
ござ
)
います』
360
爺
(
おやぢ
)
(常楠)
『わしは
常楠
(
つねくす
)
と
云
(
い
)
ふ
者
(
もの
)
だ。
361
さうして
婆
(
ばば
)
アはお
久
(
ひさ
)
と
云
(
い
)
ふ
者
(
もの
)
だが、
362
両親
(
りやうしん
)
の
名
(
な
)
は
覚
(
おぼ
)
えて
居
(
を
)
るかい』
363
駒彦
(
こまひこ
)
『
何分
(
なにぶん
)
子供
(
こども
)
の
事
(
こと
)
で
分
(
わか
)
りませぬが、
364
御
(
ご
)
主人
(
しゆじん
)
様
(
さま
)
のお
言葉
(
ことば
)
には、
365
私
(
わたし
)
の
守
(
まも
)
り
袋
(
ぶくろ
)
に、
366
常
(
つね
)
とか
久
(
ひさ
)
とか
云
(
い
)
ふ
印
(
しるし
)
があり、
367
私
(
わたし
)
の
名
(
な
)
は
馬楠
(
うまくす
)
と
書
(
か
)
いてあつたさうで、
368
主人
(
しゆじん
)
は
馬公
(
うまこう
)
馬公
(
うまこう
)
と
仰有
(
おつしや
)
つたのだと
聞
(
き
)
いて
居
(
を
)
ります』
369
爺
(
おやぢ
)
(常楠)
『ナニ、
370
常
(
つね
)
に
久
(
ひさ
)
、
371
馬楠
(
うまくす
)
と
書
(
か
)
いてあつたか。
372
そんならお
前
(
まへ
)
は
私
(
わたし
)
の
伜
(
せがれ
)
ぢや。
373
ようマア
無事
(
ぶじ
)
で
居
(
を
)
つて
下
(
くだ
)
さつた』
374
と
両人
(
りやうにん
)
は
取付
(
とりつ
)
いて
泣
(
な
)
きくづれる。
375
駒彦
(
こまひこ
)
『あゝ
何
(
なん
)
だかさう
聞
(
き
)
くと、
376
御
(
ご
)
両親
(
りやうしん
)
の
様
(
やう
)
にも
思
(
おも
)
ひますが、
377
しかし
私
(
わたし
)
の
体
(
からだ
)
には
一
(
ひと
)
つの
特徴
(
とくちやう
)
があります。
378
それは
御存
(
ごぞん
)
じですか』
379
爺
(
おやぢ
)
(常楠)
『
特徴
(
とくちやう
)
と
云
(
い
)
ふのは、
380
お
前
(
まへ
)
は
小
(
ちひ
)
さい
時
(
とき
)
から
睾丸
(
きんたま
)
が
人
(
ひと
)
よりは
優
(
すぐ
)
れて
大
(
おほ
)
きかつた。
381
睾丸
(
かうぐわん
)
ヘルニヤとか
云
(
い
)
ふ
病気
(
びやうき
)
ださうで、
382
大変
(
たいへん
)
に
吾々
(
われわれ
)
両親
(
りやうしん
)
は
心配
(
しんぱい
)
をして
居
(
を
)
つたのだ。
383
お
前
(
まへ
)
、
384
睾丸
(
きんたま
)
はどうだな』
385
駒彦
(
こまひこ
)
『ハイ
仰
(
あふ
)
せの
如
(
ごと
)
く
人
(
ひと
)
一倍
(
いちばい
)
大
(
おほ
)
きいのです。
386
松姫館
(
まつひめやかた
)
で
大金
(
たいきん
)
だと
言
(
い
)
はれて
引張
(
ひつぱ
)
られた
時
(
とき
)
には
随分
(
ずゐぶん
)
困
(
こま
)
りました。
387
そこまで
話
(
はなし
)
が
合
(
あ
)
へば
全
(
まつた
)
くあなたは
御
(
ご
)
両親
(
りやうしん
)
に
間違
(
まちがひ
)
ありますまい。
388
あゝよう
無事
(
ぶじ
)
で
居
(
ゐ
)
て
下
(
くだ
)
さつた』
389
と
駒彦
(
こまひこ
)
もホロリと
涙
(
なみだ
)
を
流
(
なが
)
す。
390
お
久
(
ひさ
)
は、
391
お
久
(
ひさ
)
『せめて
二三
(
にさん
)
日前
(
にちまへ
)
にお
前
(
まへ
)
が
帰
(
かへ
)
つて
呉
(
く
)
れたなら、
392
妹
(
いもうと
)
のお
軽
(
かる
)
もあんな
目
(
め
)
に
会
(
あ
)
うのではなかつたぢやらうに……あゝ
残念
(
ざんねん
)
な
事
(
こと
)
をした。
393
お
前
(
まへ
)
の
行方
(
ゆくへ
)
を
探
(
さが
)
したさ、
394
若
(
わか
)
いうちに
夫婦
(
ふうふ
)
が
交
(
かは
)
る
交
(
がは
)
る
紀
(
き
)
の
国
(
くに
)
一面
(
いちめん
)
を
歩
(
ある
)
いて
見
(
み
)
たが、
395
どうしても
行方
(
ゆくへ
)
が
知
(
し
)
れず、
396
斯
(
こ
)
う
年
(
とし
)
が
寄
(
よ
)
つては
歩
(
ある
)
く
事
(
こと
)
も
出来
(
でき
)
ぬので、
397
人
(
ひと
)
さへ
見
(
み
)
れば
吾
(
わが
)
家
(
や
)
に
泊
(
とま
)
つて
貰
(
もら
)
ひ、
398
何
(
なに
)
かの
手懸
(
てがか
)
りもがなと、
399
善根宿
(
ぜんこんやど
)
をして
居
(
を
)
つたのだ。
400
さうした
所
(
ところ
)
がエライ
泥棒
(
どろばう
)
を
泊
(
と
)
めて、
401
妹
(
いもうと
)
の
生命
(
いのち
)
を
取
(
と
)
られて
了
(
しま
)
うたのぢや。
402
あゝ
可哀相
(
かはいさう
)
に……
妹
(
いもうと
)
が
生
(
いき
)
て
居
(
を
)
つたら
恋
(
こひ
)
しい
兄
(
あにい
)
に
会
(
あ
)
はれたと
言
(
い
)
うて、
403
どれ
程
(
ほど
)
喜
(
よろこ
)
ぶ
事
(
こと
)
であらう。
404
アーア、
405
ア』
406
と
婆
(
ばば
)
アは
泣
(
な
)
き
沈
(
しづ
)
む。
407
常楠爺
(
つねくすぢ
)
イも、
408
駒彦
(
こまひこ
)
も
共
(
とも
)
に
涙
(
なみだ
)
に
暮
(
く
)
れ、
409
鼻
(
はな
)
を
啜
(
すす
)
つて
居
(
ゐ
)
る。
410
秋彦
(
あきひこ
)
はこれを
聞
(
き
)
くより
走
(
はし
)
り
入
(
い
)
り、
411
秋彦
(
あきひこ
)
『ヤア
駒彦
(
こまひこ
)
、
412
お
芽出度
(
めでた
)
う。
413
お
前
(
まへ
)
が
何時
(
いつ
)
も
両親
(
りやうしん
)
に
会
(
あ
)
ひたい
会
(
あ
)
ひたいと
云
(
い
)
つて
居
(
を
)
つたが、
414
思
(
おも
)
はぬ
所
(
ところ
)
で
親子
(
おやこ
)
の
対面
(
たいめん
)
が
出来
(
でき
)
た。
415
これも
全
(
まつた
)
く
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
のお
恵
(
めぐ
)
みだ。
416
お
前
(
まへ
)
ばかりか、
417
俺
(
おれ
)
も
嬉
(
うれ
)
しい。
418
アヽ
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
有難
(
ありがた
)
う
御座
(
ござ
)
います』
419
と
涙声
(
なみだごゑ
)
になつて、
420
両手
(
りやうて
)
を
合
(
あは
)
せ、
421
ちぎれちぎれに
咽
(
むせ
)
び
乍
(
なが
)
ら、
422
感謝
(
かんしや
)
の
祝詞
(
のりと
)
を
奏上
(
そうじやう
)
する。
423
屋根
(
やね
)
には
熊野烏
(
くまのがらす
)
の
群
(
むれ
)
七八羽
(
しちはちは
)
、
424
松魚木
(
かつをぎ
)
に
止
(
と
)
まつて
声
(
こゑ
)
を
嗄
(
か
)
らして
悲
(
かな
)
しげに『カワイカワイ』と
啼
(
な
)
き
立
(
た
)
てる。
425
天井
(
てんじやう
)
に
鼠
(
ねずみ
)
の
鳴
(
な
)
き
声
(
ごゑ
)
『チウチウチウ
孝行
(
かうかう
)
々々
(
かうかう
)
』と
聞
(
きこ
)
え
来
(
き
)
たる。
426
(
大正一一・六・一〇
旧五・一五
松村真澄
録)
Δこのページの一番上に戻るΔ
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(B)
(N)
神異 >>>
霊界物語
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【第5章 親子奇遇|第23巻|如意宝珠|霊界物語|/rm2305】
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