霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第六章 神異(しんい)〔七一八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第23巻 如意宝珠 戌の巻 篇:第2篇 恩愛の涙 よみ(新仮名遣い):おんあいのなみだ
章:第6章 神異 よみ(新仮名遣い):しんい 通し章番号:718
口述日:1922(大正11)年06月11日(旧05月16日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年4月19日
概要: 舞台:木山の里 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
駒彦と秋彦は、常楠の家に三日間逗留していた。三日目の朝に、村人が、宣伝使が泊まっていないかと訪ねて来た。
聞くと、二人の宣伝使が竜神の柿を食ったため、竜神から酋長に二人を捕らえて人見御供にするように、との命令が下ったとのことだった。
竜神に不調法があると村を荒らされるとのことで、常楠は自分が身代わりとなろう、と言う。それを聞いた駒彦は、柿を取ったくらいで村を荒らすのはてっきり邪神だろうから自分たちが退治しようと言い、秋彦も賛成する。
常楠は、竜神は八岐大蛇の一の子分だというからとうてい敵わないだろう、と嘆き悲しむ。駒彦と秋彦は、酋長の捕り手が来るのを待っていた。
酋長の木山彦が捕り手を連れて現れた。木山彦は竜神の二人の運命に遺憾の意を表する。駒彦と秋彦は酋長の心中を察して、進んで人身御供を申し出た。
常楠は木山彦に、駒彦は長い間探し求めていた自分の息子であることを明かした。木山彦はそれを聞いて同情の意を表し、そして自分にも鹿という子があったが幼い頃に神隠しに遭ってそれ以来行方不明なのだ、とふと漏らした。秋彦はそれを聞いてはっと思い当たる。
駒彦と秋彦は用意された白装束に着替えると唐びつに自ら入り、竜神の宮に運ばれていった。常楠夫婦は嘆き悲しみつつそれを見送り、自分の家に帰ると、押入れの中から駒彦と秋彦が現れた。
驚いている常楠夫婦に、駒彦は、大神様への祈願を凝らしたところ、白狐明神が現れ、身代わりとなって邪神退治に行ってくれたのだ、と明かした。四人はここを立ち去って隠れることとし、常楠は家に火をかけた。一行は日高川沿いに向かっていった。
一方、二人を竜神の人身御供に供した木山彦は、家に帰ると妻の木山姫に今日のことを話し出した。木山彦も、逃げた村人の償いとして二人の娘を竜神の人身御供に取られ、男子は幼い頃に神隠しに遭っていた。
木山彦は、竜神の人身御供に差し出した秋彦が、自分の息子の鹿であることを見抜いており、そのことを木山姫に明かした。そして夫婦は自分たちの運命に泣き崩れていた。
そこへ小頭の助公が急ぎ走ってきて、二人の宣伝使が竜神を打ち負かして谷川へ投げ込んで退治したことを報告した。宣伝使の二人は、助公にこのことを酋長に報告し、今後は人身御供の必要がないことを告げるように、と言い残してたちまちどこかへ姿を隠してしまったという。
酋長はこれを聞いて喜んだ。助公は、宣伝使が落としたものとして古い守り袋を差し出した。それを改めた木山姫は、確かに自分たちの息子の鹿のものだと認めた。木山彦は木山姫と共に、熊野にお礼参り出発した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-06-26 18:55:24 文字数:6739 OBC :rm2306
愛善世界社版:95頁 八幡書店版:第4輯 528頁 修補版: 校定版:98頁 普及版:43頁 初版: ページ備考:
001胸(むね)の思(おも)ひも秋彦(あきひこ)や
002心(こころ)も勇(いさ)む駒彦(こまひこ)は
003親子(おやこ)不思議(ふしぎ)の対面(たいめん)に
004互(たがひ)に心(こころ)も解(と)け合(あ)ひつ
005一夜(ひとよ)々々(ひとよ)と日(ひ)を送(おく)る。
006 ここへ来(き)てから三日目(みつかめ)の朝(あさ)、007一人(ひとり)の男(をとこ)、008門(もん)の戸(と)をガラリと開(あ)け、009ノソノソと入(い)り来(きた)り、
010男(をとこ)『常楠(つねくす)の爺(ぢい)さま、011お前(まへ)の内(うち)に旅人(たびびと)が泊(とま)つては居(を)りませぬかな』
012常楠(つねくす)『アヽ誰(たれ)かと思(おも)へば助公(すけこう)か、013何用(なによう)あつて朝(あさ)早(はや)うからお出(い)でになつたのだ』
014助(すけ)『別(べつ)に用(よう)と云(い)つてはないのだが、015よくお前(まへ)の宅(うち)に旅人(たびびと)が泊(とま)るから、016事(こと)に依(よ)つたらお尋(たづ)ねしたい事(こと)があり、017御(お)願(ねがひ)もしたいと思(おも)つて尋(たづ)ねに来(き)たのだよ。018二三(にさん)日前(にちまへ)から二人(ふたり)のお客(きやく)が来(き)て居(ゐ)る筈(はず)だが……』
019常楠(つねくす)『お前(まへ)の云(い)ふ通(とほ)り宣伝使(せんでんし)が二人(ふたり)泊(とま)つて御座(ござ)るのぢや、020どんな用(よう)があるのだい』
021助(すけ)『アヽ一寸(ちよつと)した事(こと)が………、022一先(ひとま)づ内(うち)へ帰(かへ)つて、023着物(きもの)でも着替(きがへ)て、024改(あらた)めて来(く)る事(こと)にせう。025こんな風(ふう)では失礼(しつれい)だからな』
026と云(い)ふより早(はや)く踵(きびす)を返(かへ)し立(た)ち去(さ)らうとする。027常楠(つねくす)は無理(むり)に呼(よ)び止(と)め、
028常楠(つねくす)『アヽコレコレ、029お前(まへ)の内(うち)へ帰(かへ)らうと云(い)つても随分(ずゐぶん)遠(とほ)い道程(みちのり)だ。030そんなむつかしい方(かた)だないから、031御(お)尋(たづ)ねする事(こと)があれば、032其(その)儘(まま)尋(たづ)ねて帰(かへ)つたがよからう』
033助(すけ)『別(べつ)に頼(たの)む事(こと)はないが、034一(ひと)つ訊問(じんもん)すべき訳(わけ)があるのだ。035此(この)間(あひだ)の晩(ばん)にここへ泊(とま)つて居(ゐ)る二人(ふたり)の男(をとこ)が、036竜神(りうじん)の宮(みや)の柿(かき)を盗(ぬす)んで食(く)つたと云(い)ふ事(こと)だ。037酋長(しうちやう)さまのお耳(みみ)に神(かみ)様(さま)からチヤンと御(お)知(し)らせがあつて調査(しらべ)に来(き)たのだから、038爺(ぢ)イさま、039其(その)二人(ふたり)を取逃(とりにが)さぬ様(やう)にして置(お)きなさい。040万々一(まんまんいち)取逃(とりにが)しでもしようものなら、041二人(ふたり)の代(かは)りにお前(まへ)達(たち)夫婦(ふうふ)が生命(いのち)を取(と)られねばなろまい。042つい其(その)付近(てまへ)迄(まで)酋長(しうちやう)さまが数多(あまた)の手下(てした)を引(ひ)きつれ召捕(めしとり)に見(み)えて居(ゐ)るのだ。043つまり俺(わし)の来(き)たのは、044実(じつ)の所(とこ)を言(い)へば偵察(ていさつ)に来(き)たのだよ。045モウつい此処(ここ)へ見(み)えるだらうから………俺(わし)は帰(かへ)つて酋長(しうちやう)に……不在(るす)ではなかつた……とか、046不在(るす)だつたとか云(い)ふ積(つも)りだから、047そこはお前(まへ)の心(こころ)に何々(なになに)したがよからう。048余(あま)り可哀相(かはいさう)だからなア。049グヅグヅして居(ゐ)るとモウつい見(み)えるかも知(し)れぬ。050………アヽ此処(ここ)は裏口(うらぐち)があり、051木(き)の茂(しげ)みもあり、052風景(ふうけい)の佳(よ)い所(ところ)だなア』
053と今(いま)の内(うち)に逃(に)げよと云(い)はぬ許(ばか)りの口吻(こうふん)を漏(も)らし、054スタスタと帰(かへ)つて行(ゆ)く。
055 常楠(つねくす)は驚(おどろ)いて奥(おく)に入(い)り、
056常楠(つねくす)『お久(ひさ)に馬(うま)、057一寸(ちよつと)ここへ来(き)て呉(く)れ、058大変(たいへん)な事(こと)が起(おこ)つて来(き)た。059秋彦(あきひこ)さまに馬(うま)は竜神(りうじん)の宮様(みやさま)の柿(かき)をむしつて食(く)やせぬかな』
060駒彦(こまひこ)『宮(みや)の前(まへ)に神(かみ)様(さま)を拝(をが)んで居(を)ると、061美味(うま)さうな柿(かき)が風(かぜ)に揺(ゆ)られて、062顔(かほ)のふちへ触(さは)つて来(き)たものだから、063二人(ふたり)が取(と)つて食(く)ひました。064随分(ずゐぶん)味(あぢ)の佳(よ)い柿(かき)でしたよ。065なア秋彦(あきひこ)、066美味(うま)かつたなア』
067お久(ひさ)『それは又(また)何(なん)とした不調法(ぶてうはふ)をして呉(く)れたのだ。068そんな事(こと)をしようものなら此(この)村(むら)は荒(あ)れて荒(あ)れて難儀(なんぎ)をせなくてはならぬ。069それで酋長(しうちやう)さまが厳(きび)しく御(ご)禁制(はつと)になつて居(を)るのぢや、070何時(いつ)でもあの柿(かき)を取(と)つた者(もの)があると直(すぐ)に、071酋長(しうちやう)の耳(みみ)の側(はた)へ竜神(りうじん)さまが告(つ)げに行(ゆ)かつしやるので、072皆(みんな)荒(あ)れが恐(こは)さに柿(かき)をとつた人間(にんげん)を早速(さつそく)人身(ひとみ)御供(ごく)に上(あ)げる事(こと)になつて居(ゐ)るのだが………アーア折角(せつかく)親子(おやこ)対面(たいめん)して嬉(うれ)しいと思(おも)へば、073又(また)憂目(うきめ)を見(み)るのか、074お軽(かる)には四五(しご)日前(にちぜん)に別(わか)れ、075又(また)兄(あに)の馬(うま)に死別(しにわか)れるとは、076何(なん)とした因果(いんぐわ)な吾々(われわれ)夫婦(ふうふ)であらう』
077と泣(な)き伏(ふ)しける。
078常楠(つねくす)『この場(ば)に及(およ)んで、079泣(な)いても悔(くや)んでも、080最早(もはや)後(あと)へは戻(もど)らない。081何事(なにごと)も前生(ぜんしやう)の因縁(いんねん)ぢやと諦(あきら)めて、082吾々(われわれ)老夫婦(らうふうふ)が身代(みがは)りになつて行(い)かう。083サア早(はや)く、084馬(うま)に秋彦(あきひこ)の宣伝使(せんでんし)様(さま)、085あなたは未(ま)だ行先(ゆくさき)が長(なが)い、086是(こ)れから世(よ)の中(なか)の為(ため)に尽(つく)さねばならぬから、087どうぞ裏口(うらぐち)から一時(いつとき)も早(はや)く逃出(にげだ)して下(くだ)され。088二人(ふたり)を逃(に)がした罪(つみ)は老人(としより)夫婦(ふうふ)が引受(ひきう)けるから………アーア折角(せつかく)久(ひさ)し振(ぶ)りで忰(せがれ)に会(あ)うたと思(おも)へば、089モウ別(わか)れねばならぬか』
090と流石(さすが)気丈(きぢやう)な常楠(つねくす)も男泣(をとこな)きに泣(な)き立(た)てる。
091駒彦(こまひこ)『御(ご)両親(りやうしん)様(さま)、092御(ご)心配(しんぱい)には及(およ)びませぬ。093柿(かき)の五(いつ)つや十(とを)取(と)つたと云(い)つて、094村中(むらぢう)荒(あ)れると云(い)ふ様(やう)な分(わか)らずやの神(かみ)なれば、095てつきり邪神(じやしん)でせう。096善悪(ぜんあく)の立替(たてかへ)をなさる……我々(われわれ)は神々(かみがみ)を背中(せなか)に負(お)うて歩(ある)いて居(を)る宣伝使(せんでんし)だから、097一(ひと)つ其(その)竜神(りうじん)を往生(わうじやう)さして、098此(この)村(むら)の害(がい)を除(のぞ)く事(こと)にしませう。099決(けつ)して決(けつ)して御(ご)心配(しんぱい)下(くだ)さいますな』
100秋彦(あきひこ)『吾々(われわれ)はよい研究(けんきう)材料(ざいれう)を得(え)たのだ。101ヤア面白(おもしろ)うなつて来(き)た。102日高川(ひだかがは)が川止(かはど)めになつたのも全(まつた)く神(かみ)様(さま)の御(ご)摂理(せつり)であつたらしい。103其(その)お蔭(かげ)で竜神(りうじん)を言向(ことむ)け和(やは)し、104此(この)附近(ふきん)の土地(とち)を安楽(あんらく)にしてやる様(やう)にするのは、105吾々(われわれ)宣伝使(せんでんし)の好(この)んで為(な)さねばならぬ神業(しんげふ)だ。106サア駒彦(こまひこ)さん、107行(ゆ)きませうか』
108常楠(つねくす)『コレコレ両人(りやうにん)、109お前(まへ)達(たち)は年(とし)が若(わか)いから、110そんな無茶(むちや)な事(こと)を言(い)ふが、111昔(むかし)から八岐(やまた)の大蛇(をろち)の一(いち)の眷属(けんぞく)ぢやと云(い)うて、112大変(たいへん)な強(つよ)い竜神(りうじん)さまが、113あの滝(たき)には鎮(しづ)まつて御座(ござ)るのだから、114必(かなら)ず必(かなら)ずそんな処(とこ)へ行(い)つてはなりませぬ。115サア早(はや)く此(この)裏口(うらぐち)から逃(に)げて帰(かへ)つて下(くだ)され。116あとは老人(としより)夫婦(ふうふ)が身代(みがは)りになるから………アーア是(こ)れが吾(わが)子(こ)の見納(みをさ)めか』
117と又(また)泣(な)き沈(しづ)む。118お久(ひさ)も目(め)を腫(は)らし涙(なみだ)に暮(く)れて顔(かほ)さへえあげず、119畳(たたみ)に喰(く)ひ付(つ)いて、120肩(かた)で息(いき)をして居(ゐ)る。
121秋彦(あきひこ)『吾々(われわれ)二人(ふたり)が老人(としより)夫婦(ふうふ)を見棄(みす)てて立去(たちさ)る訳(わけ)にはどうしてもゆかない。122どうだ一層(いつそう)の事(こと)、123一人(ひとり)づつ背(せな)に負(お)ぶつて、124此(この)山伝(やまづた)ひに安全(あんぜん)地帯(ちたい)まで逃(に)げる事(こと)にしようか。125なア駒彦(こまひこ)、126それより上分別(じやうふんべつ)はあるまい』
127駒彦(こまひこ)『吾々(われわれ)は敵(てき)を見(み)て退去(たいきよ)するのは、128何(なん)ともなしに心(こころ)が済(す)まぬ。129斯(こ)う云(い)ふ時(とき)にこそ言霊(ことたま)の威力(ゐりよく)を以(もつ)て如何(いか)なる強敵(きやうてき)も言向(ことむ)け和(やは)すのが吾々(われわれ)の職責(しよくせき)ではないか』
130秋彦(あきひこ)『あゝそれもさうだ。131そんなら捕手(とりて)の来(く)るまで此処(ここ)に待(ま)つことにしよう』
132 斯(か)く話(はな)す折(をり)しも門(かど)の外(そと)俄(にはか)に騒(さわ)がしく、133数多(あまた)の人(ひと)の足音(あしおと)刻々(こくこく)に近寄(ちかよ)り来(きた)る。134酋長(しうちやう)の木山彦(きやまひこ)は十数(じふすう)人(にん)の従者(ともびと)を伴(ともな)ひ物(もの)をも言(い)はず表戸(おもてど)を引開(ひきあ)け、135ドヤドヤと入来(いりきた)り、
136木山彦(きやまひこ)『ヤア常楠(つねくす)夫婦(ふうふ)、137汝(なんぢ)が宅(たく)には竜神(りうじん)の宮(みや)の柿(かき)を盗(ぬす)み食(く)つたる二人(ふたり)の宣伝使(せんでんし)が匿(かく)まひありと聞(き)く。138サア速(すみやか)に両人(りやうにん)を此(この)場(ば)に引摺(ひきず)り出(いだ)し、139手渡(てわた)しせよ』
140と厳(おごそ)かに言(い)ひ渡(わた)し、141家(いへ)の周囲(しうゐ)に手下(てした)を間配(まくば)つて逃(に)がすまじと厳重(げんぢう)に構(かま)へて居(ゐ)る。142常楠(つねくす)夫婦(ふうふ)は答(こた)ふる言葉(ことば)もなく『ハイ』と言(い)つた限(き)り、143俯(うつ)むいて涙(なみだ)の目(め)をしばたたいて居(ゐ)る。144奥(おく)の一間(ひとま)より秋彦(あきひこ)、145駒彦(こまひこ)の両人(りやうにん)は躍(をど)り出(い)で、
146秋彦(あきひこ)『ヤア木山彦(きやまひこ)の酋長(しうちやう)とやら、147お役目(やくめ)御(ご)苦労(くらう)で御座(ござ)る。148如何(いか)にも吾々(われわれ)は竜神(りうじん)の宮(みや)の柿(かき)を腹一杯(はらいつぱい)取(と)つて喰(くら)つた者(もの)で御座(ござ)る、149如何(どう)すると仰有(おつしや)るのですか』
150木山彦(きやまひこ)『昔(むかし)から竜神(りうじん)の宮(みや)の柿(かき)を取喰(とりくら)ふ者(もの)ある時(とき)は、151竜神(りうじん)の祟(たた)りに依(よ)つて、152日高山(ひだかやま)一帯(いつたい)の地方(ちはう)は大洪水(だいこうずゐ)、153大風(おほかぜ)、154大地震(だいぢしん)の天災(てんさい)地変(ちへん)が起(おこ)つて来(く)るのだ。155一昨夜(いつさくや)も吾(わが)耳許(みみもと)に竜神(りうじん)現(あら)はれ、156駒彦(こまひこ)、157秋彦(あきひこ)と云(い)ふ二人(ふたり)の男(をとこ)、158柿(かき)を取喰(とりくら)ひ、159今(いま)常楠(つねくす)の家(いへ)に逗留(とうりう)し居(を)ると御(お)知(し)らせになつた。160可哀相(かはいさう)だが汝(なんぢ)等(ら)二人(ふたり)を、161今晩(こんばん)は人身(ひとみ)御供(ごく)にあげ、162お詫(わび)を致(いた)さねばならぬ。163これも此(この)村(むら)の昔(むかし)からの掟(おきて)だから、164観念(かんねん)して吾々(われわれ)の申(まを)す通(とほ)り、165神妙(しんめう)に人身(ひとみ)御供(ごく)にあがるがよからう』
166と声(こゑ)も曇(くも)らせ乍(なが)ら、167稍(やや)俯(うつ)むき同情(どうじやう)の思(おも)ひに暮(く)れて居(ゐ)る。168駒彦(こまひこ)、169秋彦(あきひこ)は木山彦(きやまひこ)の心(こころ)を察(さつ)し、
170駒彦(こまひこ)『ハイ有難(ありがた)う。171どうぞ私(わたくし)を人身(ひとみ)御供(ごく)にやつて下(くだ)さい。172今度(こんど)は悪業(いたづら)をなす竜神(りうじん)をスツカリ改心(かいしん)させ、173柿(かき)の木(き)を根元(ねもと)より掘起(ほりおこ)し、174竜神(りうじん)の宮(みや)を叩(たた)き壊(こは)し、175向後(かうご)の害(がい)を除(のぞ)きませう。176サアサアどうぞ早(はや)く吾々(われわれ)両人(りやうにん)を引張(ひつぱ)つて往(い)つて下(くだ)さい』
177木山彦(きやまひこ)『早速(さつそく)の御(ご)承知(しようち)、178吾々(われわれ)満足(まんぞく)に思(おも)ふ。179が併(しか)し宮(みや)を潰(つぶ)し木(き)を伐(き)るなどとの暴言(ばうげん)は止(や)めて貰(もら)はねばならぬ』
180 常楠(つねくす)涙(なみだ)の顔(かほ)を上(あ)げ、
181常楠(つねくす)『モシ酋長(しうちやう)さま、182実(じつ)の所(ところ)此(この)男(をとこ)は三(さん)才(さい)の時(とき)に天狗(てんぐ)に攫(さら)はれて、183行方(ゆくへ)の分(わか)らなかつた馬楠(うまくす)で御座(ござ)います。184二三(にさん)日(にち)以前(いぜん)にフトした事(こと)から、185親子(おやこ)巡(めぐ)り会(あ)ひ、186喜(よろこ)ぶ間(ま)もなく斯(こ)んな悲(かな)しい事(こと)になりました。187妹(いもうと)のお軽(かる)は賊(ぞく)に殺(ころ)され、188二人(ふたり)の子供(こども)は老夫婦(らうふうふ)を後(あと)に残(のこ)して、189冥土(めいど)の旅立(たびだち)を致(いた)さねばならぬ破目(はめ)になつたのも、190私(わたくし)の深(ふか)き前生(ぜんしやう)の罪(つみ)がめぐつて来(き)たので御座(ござ)いませう。191御(ご)推量(すゐりやう)下(くだ)さいませ』
192と涙(なみだ)を拭(ぬぐ)ひ俯(うつむ)く。193お久(ひさ)は身(み)を慄(ふる)はせ泣(な)く計(ばか)りであつた。194木山彦(きやまひこ)も悲歎(ひたん)の涙(なみだ)に暮(く)れ乍(なが)ら、
195木山彦(きやまひこ)『アヽ彼(あ)の馬楠(うまくす)と云(い)ふ子(こ)は此人(これ)だつたのか、196実(じつ)にお歎(なげ)きの程(ほど)お察(さつ)し申(まを)します。197併(しか)し乍(なが)らお前(まへ)の子(こ)も天狗(てんぐ)に浚(さら)はれたが、198仮令(たとへ)三日(みつか)でも、199親子(おやこ)の対面(たいめん)が出来(でき)て別(わか)れるのだからまだしもだ。200吾々(われわれ)は恰度(ちやうど)お前(まへ)の伜(せがれ)と同(おな)じ様(やう)な年輩(ねんぱい)で鹿(しか)と云(い)ふ子(こ)があつた。201それが何者(なにもの)に浚(さら)はれたか今(いま)に行方(ゆくへ)は知(し)れず、202比叡山(ひえいざん)を立出(たちいで)てそれより大和(やまと)、203河内(かはち)、204紀(き)の国(くに)と所在(ありか)を探(さが)し、205漸(や)う漸(や)う此処(ここ)で観念(かんねん)の臍(ほぞ)を固(かた)め、206最早(もはや)死(し)んだものと諦(あきら)め、207村人(むらびと)に選(えら)まれて酋長(しうちやう)になつたのだが、208お前(まへ)が伜(せがれ)に面会(めんくわい)した喜(よろこ)びを思(おも)ふに付(つ)けて、209私(わし)も何(なん)だか失(うしな)うた子供(こども)の事(こと)を思(おも)ひ出(だ)し悲(かな)しうなつて来(き)た。210アヽ仕方(しかた)がない。211何事(なにごと)も運命(うんめい)だ。212サア二人(ふたり)の方(かた)、213気(き)の毒(どく)乍(なが)らチヤンと用意(ようい)が出来(でき)て有(あ)る。214此(この)唐櫃(からひつ)に這入(はい)つて下(くだ)さい』
215 秋彦(あきひこ)は木山彦(きやまひこ)の言葉(ことば)、216鋭(するど)く耳(みみ)に入(い)り腕(うで)を組(く)み呆然(ばうぜん)として居(ゐ)る。217常楠(つねくす)夫婦(ふうふ)は声(こゑ)を限(かぎ)りに泣(な)き叫(さけ)ぶ。218木山彦(きやまひこ)は涙(なみだ)を隠(かく)し、219声(こゑ)を荒(あら)らげ、
220木山彦(きやまひこ)『時(とき)遅(おく)れては一大事(いちだいじ)サア早(はや)く早(はや)く』
221と迫(せ)き立(た)てる。222駒彦(こまひこ)、223秋彦(あきひこ)は直(すぐ)に唐櫃(からひつ)の中(なか)に飛(と)び込(こ)まうとするを、224木山彦(きやまひこ)は押止(おしとど)め、
225木山彦(きやまひこ)『アヽお二人(ふたり)さま、226一寸(ちよつと)待(ま)つて下(くだ)さい。227ここに白装束(しろしやうぞく)が持(も)つて来(き)てある。228お前(まへ)さまの着物(きもの)をスツクリ脱(ぬ)ぎ捨(す)て、229此(こ)れと着換(きかへ)て往(い)て貰(もら)ひたい』
230 二人(ふたり)は『あゝ久(ひさ)し振(ぶ)りで新(あたら)しき御(お)仕着(しき)せを頂戴(ちやうだい)致(いた)します。231……サア是(こ)れから千騎(せんき)一騎(いつき)の活動(くわつどう)だ』と心(こころ)に喜(よろこ)び乍(なが)ら唐櫃(からひつ)の中(なか)に這入(はい)つて了(しま)つた。232木山彦(きやまひこ)は『助公(すけこう)々々(すけこう)』と呼(よ)び立(た)てる。233言下(げんか)に助公(すけこう)始(はじ)め十数(じふすう)人(にん)の男(をとこ)はバラバラと集(あつ)まり来(きた)り、234唐櫃(からひつ)の戸(と)を固(かた)く締(し)め、235七五三(しめ)縄(なは)を以(もつ)て縛(しば)り付(つ)け、236大勢(おほぜい)に担(かつ)がせ、237此(この)家(や)を立出(たちい)でんとする時(とき)、238老夫婦(らうふうふ)は慌(あわて)て門口(かどぐち)へ送(おく)り出(い)で、239其(その)儘(まま)そこに昏倒(こんたふ)して了(しま)つた。240木山彦(きやまひこ)は二三(にさん)の男(をとこ)を後(あと)に残(のこ)し、241老夫婦(らうふうふ)の看護(かいはう)をさせ、242漸(やうや)く息(いき)を吹(ふ)き返(かへ)さしめた。243酋長(しうちやう)は老人(らうじん)夫婦(ふうふ)を労(いたは)り慰(なぐさ)め、244悠々(いういう)として家路(いへぢ)に帰(かへ)つた。
245 一方(いつぱう)二台(にだい)の唐櫃(からひつ)は竜神(りうじん)の宮(みや)指(さ)して、246人夫(にんぷ)の唄(うた)の声(こゑ)と共(とも)に遠(とほ)ざかり行(ゆ)く。247老人(らうじん)夫婦(ふうふ)は互(たがひ)にしがみつき悲歎(ひたん)の涙(なみだ)遣(や)る瀬(せ)なく、248身(み)を悶(もだ)え居(を)る時(とき)しも、249押入(おしい)れの中(なか)よりムクムクと現(あら)はれ出(いで)たる駒彦(こまひこ)、250秋彦(あきひこ)の二人(ふたり)、251老夫婦(らうふうふ)の背(せな)を撫(な)で、
252駒彦(こまひこ)『モシモシ馬(うま)で御座(ござ)います。253……秋彦(あきひこ)で御座(ござ)います。254御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さい。255コレ此(この)通(とほ)り無事(ぶじ)に居(を)ります』
256と聞(き)いて夫婦(ふうふ)は二度(にど)ビツクリ、257夢(ゆめ)か現(うつつ)か幻(まぼろし)かと二人(ふたり)の顔(かほ)を看(み)まもり、258暫(しば)しは言葉(ことば)もえ出(いだ)さず呆(あき)れて居(ゐ)る。259稍(やや)あつて常楠(つねくす)は、
260常楠(つねくす)『ハテ不思議(ふしぎ)な事(こと)もあるものだなア。261如何(どう)して此処(ここ)へお前(まへ)達(たち)は帰(かへ)つて来(き)たのか。262又(また)もや追手(おつて)が迫(せま)つて来(き)はせぬか。263サア早(はや)く何(なん)とかせねばなるまい』
264と嬉(うれ)しさ恐(こは)さに身(み)をもがく。
265駒彦(こまひこ)『御(ご)両親(りやうしん)さま、266御(お)案(あん)じ下(くだ)さいますな。267只今(ただいま)大神(おほかみ)様(さま)へお願(ねがひ)致(いた)しました所(ところ)、268高倉(たかくら)、269旭(あさひ)の明神(みやうじん)現(あら)はれ、270身代(みがは)りになつて行(い)つて呉(く)れられました。271モウ大丈夫(だいぢやうぶ)です。272併(しか)し乍(なが)らここに居(を)つては一大事(いちだいじ)、273サア今(いま)の内(うち)に我々(われわれ)四人(よつたり)、274手(て)に手(て)を取(と)りて日高川(ひだかがは)を渡(わた)り、275熊野(くまの)方面(はうめん)指(さ)して参(まゐ)りませう。276必(かなら)ず御(ご)心配(しんぱい)は要(い)りませぬ。277吾々(われわれ)は神(かみ)様(さま)と二人(ふたり)連(づ)れ、278滅多(めつた)な事(こと)はないから、279一(いち)時(じ)も早(はや)く此処(ここ)を立去(たちさ)る事(こと)に致(いた)しませう』
280 老夫婦(らうふうふ)は雀躍(こをど)りし、281一(いち)も二(に)もなく二人(ふたり)の言葉(ことば)に賛意(さんい)を表(へう)し匆々(さうさう)此(この)家(や)に火(ひ)をかけ、282急(いそ)いで日高川(ひだかがは)の岸辺(きしべ)を指(さ)して進(すす)み行(ゆ)く。
283○
284 木山彦(きやまひこ)は二三(にさん)の従者(じゆうしや)と共(とも)に我(わが)館(やかた)に立帰(たちかへ)り、285ものをも言(い)はず奥(おく)の一間(ひとま)に入(い)りて、286双手(もろて)を組(く)み溜息(ためいき)をつき、287思案(しあん)に暮(く)れて居(ゐ)る。288此(この)場(ば)に茶(ちや)を汲(く)んで現(あら)はれた妻(つま)の木山姫(きやまひめ)は、289夫(をつと)の普通(ただ)ならぬ顔(かほ)に不審(ふしん)を起(おこ)し、290恐(おそ)る恐(おそ)る両手(りやうて)を突(つ)き、
291木山姫(きやまひめ)『今日(けふ)に限(かぎ)つて心配(しんぱい)さうなあなたの御(お)顔(かほ)、292何(なに)か又(また)大事(だいじ)が突発(とつぱつ)致(いた)しましたか』
293と尋(たづ)ねる。294木山彦(きやまひこ)は妻(つま)の言葉(ことば)の耳(みみ)に入(い)らざるが如(ごと)く、295黙然(もくねん)として俯(うつ)むき、296両眼(りやうがん)よりは紅涙(こうるゐ)滴々(てきてき)として滴(したた)るのであつた。297木山姫(きやまひめ)は合点(がてん)行(ゆ)かず、298側近(そばちか)く寄(よ)り添(そ)ひ、
299木山姫(きやまひめ)『モシ吾(わが)夫様(つまさま)、300何(なに)か御(ご)心配(しんぱい)な事(こと)が出来(でき)ましたか』
301と云(い)ふ声(こゑ)に始(はじ)めて気(き)がつき、
302木山彦(きやまひこ)『アヽ木山姫(きやまひめ)か』
303木山姫(きやまひめ)『今日(けふ)に限(かぎ)つてハツキリせぬあなたの御(おん)顔(かほ)、304どうぞ包(つつ)み隠(かく)さず仰有(おつしや)つて下(くだ)さりませ』
305木山彦(きやまひこ)『アーア人間(にんげん)位(くらゐ)果敢(はか)ないものは無(な)い。306私(わし)も三(さん)人(にん)の子供(こども)があつたが二人(ふたり)迄(まで)、307村(むら)の者(もの)が竜神(りうじん)の宮(みや)の柿(かき)を取(と)り、308何処(どこ)かへ遁走(とんそう)したので、309其(その)身代(みがは)りに二人(ふたり)の娘(むすめ)は奪(と)られ、310一人(ひとり)の伜(せがれ)は何者(なにもの)に攫(さら)はれたか、311幼少(えうせう)の時(とき)より行方(ゆくへ)知(し)れず、312斯(こ)うして二人(ふたり)が日高(ひだか)の庄(しやう)の酋長(しうちやう)と仰(あふ)がれ、313老(おい)の余生(よせい)を送(おく)つては居(を)るものの、314思(おも)へば思(おも)へば寂(さび)しい事(こと)だ』
315と又(また)俯向(うつむ)く。
316木山姫(きやまひめ)『今日(けふ)に限(かぎ)つた事(こと)では御座(ござ)いませぬ。317どうぞ過去(すぎさ)つた事(こと)は思(おも)ひ出(だ)さずに、318ハンナリとして暮(くら)して下(くだ)さいませ。319妾(わたし)も女(をんな)の身(み)乍(なが)ら既(すで)に諦(あきら)めて居(を)ります』
320木山彦(きやまひこ)『若(も)しも紛失(ふんしつ)致(いた)した伜(せがれ)の鹿公(しかこう)が此(この)世(よ)に居(を)つたら、321お前(まへ)は如何(どう)思(おも)ふか』
322木山姫(きやまひめ)『お尋(たづ)ねまでもなく、323そんな嬉(うれ)しい事(こと)は御座(ござ)いませぬ。324して又(また)伜(せがれ)の行方(ゆくへ)が貴方(あなた)にお分(わか)りになつたのですか』
325木山彦(きやまひこ)『イヤ分(わか)つたでもなし、326分(わか)らぬでもなし。327……アーア実(じつ)に残念(ざんねん)な事(こと)ぢや。328会(あ)はぬがマシであつたワイ』
329木山姫(きやまひめ)『エヽ何(なん)と仰(あふ)せられます。330会(あ)はぬがマシ…………とは心得(こころえ)ぬお言葉(ことば)。331あなたは伜(せがれ)にお会(あ)ひになつたのでせう。332なぜ如何(どう)とかして連(つ)れて帰(かへ)つては下(くだ)されませぬ』
333木山彦(きやまひこ)『連(つ)れて帰(かへ)りたいは山々(やまやま)なれど、334儘(まま)にならぬは浮世(うきよ)の慣(なら)ひだ。335あの常楠(つねくす)の老夫婦(らうふうふ)も一人(ひとり)の娘(むすめ)を賊(ぞく)に殺(ころ)され、336永(なが)らく分(わか)らなかつた伜(せがれ)に遇(あ)うたと思(おも)へば、337竜神(りうじん)の宮(みや)の人身(ひとみ)御供(ごく)にあげられ、338言(い)ふに謂(い)はれぬ悲歎(ひたん)の涙(なみだ)に暮(く)れて居(ゐ)た。339アヽ可哀相(かはいさう)だ。340他人(ひと)の事(こと)かと思(おも)へば吾(わが)身(み)の事(こと)だ。341日頃(ひごろ)心(こころ)にかけて慕(した)うて居(を)つた伜(せがれ)の鹿公(しかこう)も………アヽモウ言(い)ふまい言(い)ふまい』
342と又(また)もや俯向(うつむ)き吐息(といき)をつく。
343木山姫(きやまひめ)『それはそれは常楠(つねくす)の老夫婦(らうふうふ)も可愛相(かあいさう)な事(こと)をしましたなア。344併(しか)し伜(せがれ)の鹿(しか)にお会(あ)ひになつた様(やう)な貴方(あなた)のお言葉(ことば)、345それは一体(いつたい)如何(どう)なつたので御座(ござ)います』
346木山彦(きやまひこ)『モウ仕方(しかた)がない。347驚(おどろ)いて呉(く)れな実(じつ)は鹿公(しかこう)に会(あ)うて来(き)た。348名乗(なのり)もならず、349暗々(やみやみ)と常楠(つねくす)の伜(せがれ)と共(とも)に人身(ひとみ)御供(ごく)にやつて了(しま)うた』
350と耐(こ)ばり切(き)つたる悲(かな)しさの堤(つつみ)も切(き)れて、351大声(おほごゑ)に男泣(をとこな)きに泣(な)き立(た)てた。352木山姫(きやまひめ)もハツと驚(おどろ)き共(とも)に涙(なみだ)に正体(しやうたい)なく身(み)を揺(ゆす)つて泣(な)き倒(たふ)れる。353斯(かか)る所(ところ)へ息急(いきせ)き切(き)つて走(はし)つて来(き)た小頭(こがしら)の助公(すけこう)は、
354助公(すけこう)『申上(まをしあ)げます。355唯今(ただいま)竜神(りうじん)の宮(みや)へ二人(ふたり)の人身(ひとみ)御供(ごく)を持(も)つて参(まゐ)りますと、356神殿(しんでん)俄(にはか)に鳴動(めいどう)致(いた)し、357中(なか)より白髪(はくはつ)異様(いやう)の恐(おそ)ろしき神(かみ)が現(あら)はれ、358唐櫃(からひつ)の戸(と)を叩(たた)き破(わ)りました途端(とたん)に、359二人(ふたり)の宣伝使(せんでんし)は躍(をど)り出(い)で、360白髪(はくはつ)異様(いやう)の神(かみ)を相手(あひて)に組(く)んづ崩(くづ)れつ大格闘(だいかくとう)をやつて居(を)りましたが、361遂(つひ)には宣伝使(せんでんし)の力(ちから)が勝(すぐ)れて居(を)つたと見(み)え、362神(かみ)さまは二(ふた)つに引(ひ)き裂(さ)かれて、363谷川(たにがは)へドツと許(ばか)りに投(な)げ込(こ)まれ、364川水(かはみづ)は忽(たちま)ち血(ち)の川(かは)となつて了(しま)ひました。365吾々(われわれ)共(ども)は大地(だいち)に平太張(へたば)り恐々(こはごは)此(この)活劇(くわつげき)を見(み)て居(を)りました所(ところ)、366二人(ふたり)の宣伝使(せんでんし)は吾々(われわれ)に向(むか)ひ……最早(もはや)竜神(りうじん)の宮(みや)の悪神(あくがみ)は退治(たいぢ)致(いた)したれば、367今後(こんご)は決(けつ)して人身(ひとみ)御供(ごく)などを請求(せいきう)する気遣(きづか)ひはない。368又(また)今後(こんご)は柿(かき)の実(み)は汝(なんぢ)等(ら)勝手(かつて)に取(と)つて食(く)つて差支(さしつかへ)ない………と仰(あふ)せられ、369且(かつ)私(わたし)を特(とく)に近(ちか)くお召(め)しなされ………一(いち)時(じ)も早(はや)く此(この)事(こと)を木山彦(きやまひこ)の酋長(しうちやう)に伝達(でんたつ)せよ………との厳命(げんめい)で御座(ござ)りました。370ハツと驚(おどろ)き承知(しようち)の旨(むね)を答(こた)へますると、371二人(ふたり)の宣伝使(せんでんし)は谷川(たにがは)伝(づた)ひに猿(ましら)の如(ごと)く何(いづ)れへか姿(すがた)を隠(かく)されました、372最早(もはや)今後(こんご)は人身(ひとみ)御供(ごく)の憂(うれ)へも御座(ござ)りませぬから、373御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さりませ』
374と詳細(しやうさい)に物語(ものがた)るを聞(き)いた木山彦(きやまひこ)は立(た)ち上(あが)り、
375木山彦(きやまひこ)『ナニ竜神(りうじん)の宮(みや)の神(かみ)様(さま)を退治(たいぢ)致(いた)したと……さうして其(その)宣伝使(せんでんし)の行方(ゆくへ)は分(わか)らぬか』
376助公(すけこう)『ハイ余(あま)り御(お)足(あし)が早(はや)いので、377追(お)つ付(つ)いておたづね申(まを)す事(こと)も出来(でき)ずどこへお出(いで)になつたか皆目(かいもく)見当(けんたう)が付(つ)きませぬ。378已(や)むを得(え)ず帰路(きろ)に就(つ)けば常楠(つねくす)の家(いへ)はドンドンと燃(も)えて居(を)ります。379あゝ可愛相(かあいさう)に老人(としより)夫婦(ふうふ)は助(たす)けてやりたいと思(おも)ひ、380探(さが)して見(み)ても影(かげ)も形(かたち)もなく、381大方(おほかた)自(みずか)ら火(ひ)を放(はな)ちて、382夫婦(ふうふ)が焼(や)け死(じ)にでもしたので御座(ござ)いませう。383実(じつ)に可愛相(かあいさう)な事(こと)を致(いた)しました』
384木山彦(きやまひこ)『それは御(ご)苦労(くらう)であつた。385さぞ村人(むらびと)も喜(よろこ)ぶ事(こと)であらう。386併(しか)し乍(なが)ら二人(ふたり)の宣伝使(せんでんし)は何(なに)か落(おと)して行(ゆ)かれなかつたか』
387と問(と)はれて助公(すけこう)は、
388助公(すけこう)『ハイ斯様(かやう)な物(もの)が落(お)ちて居(を)りました』
389と守袋(まもりぶくろ)を懐(ふところ)から取出(とりだ)し手(て)に渡(わた)せば、390木山彦(きやまひこ)は、
391木山彦(きやまひこ)『コリヤ木山姫(きやまひめ)、392此(この)守袋(まもりぶくろ)はお前(まへ)覚(おぼ)えがないか』
393と木山姫(きやまひめ)の前(まへ)に突出(つきだ)せば、394木山姫(きやまひめ)は、
395木山姫(きやまひめ)『一寸(ちよつと)見(み)せて下(くだ)さいませ』
396と手(て)に取(と)り上(あ)げ、397裏表(うらおもて)を打(うち)かへし眺(なが)めて、
398木山姫(きやまひめ)『あゝ確(たし)かに覚(おぼ)えが御座(ござ)います。399余(あま)り古(ふる)びて居(を)りますので、400ハツキリは分(わか)りませぬが守袋(まもりぶくろ)の底(そこ)に○(まる)に十(じふ)の字(じ)を印(しる)して置(お)きましたが、401未(いま)だにウツスリと残(のこ)つて居(を)ります。402これは全(まつた)く伜(せがれ)の守袋(まもりぶくろ)に間違(まちがひ)は御座(ござ)いませぬ』
403木山彦(きやまひこ)『それならば確(たし)かに伜(せがれ)に間違(まちが)ひない。404兎(うさぎ)の様(やう)な尖(とが)つた耳(みみ)で時時(ときどき)耳(みみ)を動(うご)かせる所(ところ)、405鼻(はな)の先(さき)の尖(とが)つた所(ところ)はお前(まへ)に生写(いきうつし)、406アヽ偉(えら)い者(もの)だなア。407よう伜(せがれ)助(たす)かつて呉(く)れた。408常楠(つねくす)の伜(せがれ)もそれでは無事(ぶじ)だつたか。409あゝ有難(ありがた)い、410全(まつた)く熊野(くまの)の神(かみ)様(さま)の御(ご)守護(しゆご)だ。411サア女房(にようばう)、412吾々(われわれ)も此(この)館(やかた)を暫(しばら)く明(あ)けて熊野(くまの)へ夫婦(ふうふ)連(づ)れ、413御(お)礼(れい)参(まゐ)りをしようではないか。414又(また)神(かみ)様(さま)の御(お)引合(ひきあは)せで伜(せがれ)に遇(あ)へるかも知(し)れぬ、415善(ぜん)は急(いそ)げだ、416早(はや)く用意(ようい)をせよ』
417木山姫(きやまひめ)『先(ま)づ先(ま)づジツクリと気(き)を落(お)ち着(つ)けて下(くだ)さりませ。418急(せ)いては事(こと)を仕損(しそん)ずると云(い)ふ諺(ことわざ)もありますから……』
419 木山彦(きやまひこ)は周章(あわて)て、
420木山彦『お前(まへ)厭(いや)なら来(こ)なくてもよい、421サア助公(すけこう)、422随伴(とも)の用意(ようい)だ』
423助公(すけこう)『ハイ畏(かしこ)まりました、424直様(すぐさま)用意(ようい)に取掛(とりかか)りませう』
425木山姫(きやまひめ)『左様(さやう)なれば妾(わたし)も一緒(いつしよ)にお伴(とも)指(さ)して下(くだ)さいませ。426併(しか)し留守(るす)は如何(どう)したら宜(よろ)しいか』
427木山彦(きやまひこ)『留守(るす)も何(なに)も要(い)つたものか。428家財(かざい)よりも何(なに)よりも、429大切(たいせつ)な宝(たから)は吾(わが)子(こ)よりないのだ。430子(こ)に会(あ)へさへすれば、431財産(ざいさん)も何(なに)も要(い)るものか。432如何(どう)なろと構(かま)はぬ。433サア早(はや)く往(ゆ)かう』
434 助公(すけこう)は家(いへ)の戸締(とじま)り万端(ばんたん)に気(き)を付(つ)け、435夫婦(ふうふ)の後(あと)に随(したが)ひ、436熊野(くまの)を指(さ)して出(いで)て行(ゆ)く。
437(大正一一・六・一一 旧五・一六 松村真澄録)
438(昭和一〇・六・五 旧五・五 王仁校正)
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