霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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上谷修行場

インフォメーション
題名:03 上谷修行場 著者:出口和明
ページ:98 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B138906c03
0001 福島寅之助は、0002金光教八木支部長の船井郡刑部村(現八木町字刑部)の土田雄弘(三十歳)を綾部まで案内しながら、0003複雑な心境であった。0004足立正信変節の噂に、0005土田は上級教会である京都島原教会長・杉田政治郎と協議の上、0006足立説得の使命を帯びて来たのだ。
0007 金光教によって産後の妻久の狂乱を治されて以来、0008熱心な信者となった寅之助は、0009自分たち夫婦が介在して上田喜三郎を綾部へやったばかりに、0010義母直を擁して金光教に弓を引く結果となったことを憂えていた。
0011 東から来る人が筆先通りに直にかかる艮の金神を世に出すのは、0012長年にわたる寅之助夫妻の念願であった。0013しかしそれが信ずる金光教を根こそぎくつがえすことになろうなど、0014思っても見なかったのだ。0015誠実で正直一途の寅之助は困惑した。0016ともあれ、0017信者の立場から、0018金光教会を立て直すべく土田と同行した。
0019 東四辻の金光教会は障子が開け放たれ、0020恰幅の良い足立が、0021文机に向かって熱心に読書していた。0022これまで見たこともない真剣な姿であった。
0023 土田が声をかけた。
0024「足立はん、0025なに読んどるのや」
0026 足立は顔を上げて訪問者を見た。0027訪問の意図はすぐ察したろうに、0028動ぜぬ目の色であった。0029机上に直の直筆の筆先が置かれているのを見て、0030寅之助は胸が熱くなった。0031ここにも筆先を読み解こうとする人がいる。
0032 広前で三人は鼎座になった。0033土田雄弘は磊落げにあぐらをかく。
0034「金光教を辞めて、0035全員が金明会たらいう怪しげな宗教に寝返ったそうやんか。0036綾部の広前を預かる大事な責任者が情けない、0037何ちゅうこっちゃいな。0038杉田先生がごっつう怒っとっちゃったで。0039わしとしてもだまってはおれんさけ、0040ともかく様子を見にきたんじゃ。0041せっかく今まで金光教で苦労しながら、0042この場に及んで敵に兜を脱ぐなんて、0043足立さん、0044どうかしとってやないかい」
0045「この頃、0046改めてお直さんの筆先を拝読しておる。0047三十年頃の筆先には『金光教は元金神であるぞよ。0048手を引き合うて行かねばならぬ広間であるぞよ』と出とるのや。0049しかしわしらは、0050お直さんの霊力を利用するばかりで、0051艮の金神を表に出そうという気はさらさらなかった。0052艮の金神が何者かを理解しようとさえせんかった。0053だから福知山の青木さんや前任の奥村さん、0054そしてわしに対しても、0055厳しい戒飭の筆先がしばしば出とる。0056おもろないさけ反発するばかりで、0057わしらは筆先なぞ、0058てんから軽蔑しとったんや」
0059「あたり前やないか。0060わしらは金光教の信者であってお直はんの信者やない。0061なに寝ぼけたこと言うたはる」と土田が語調を強める。
0062「まあ聞いてくれ。0063近頃の筆先には『金光殿の教えは結構なれど、0064布教師が慢心いたして、0065金光殿の教え守りておる者はないゆえ、0066金光殿は気の毒ざ』とある。0067『天理・金光・黒住・妙霊、0068皆この大望があるゆえに神から先に出したのであれども、0069後の布教師は神の心がわからんからみな教会に致してしもうて、0070神の思惑は一つも立たず、0071口糊の種に神を致して……』というお叱りさえ出とる。0072実際、0073どの教団にしても、0074立教当時の感激も情熱もなく、0075布教師たちは神を松魚節にして安逸な生活をむさぼっとるのが実情やないか。0076わしはもう、0077金光教には教祖の御精神は生きとらんと思う」
0078 金明会の趣旨とその教えの深遠霊妙さを説き、0079出口直と上田喜三郎の人柄について率直に足立は語った。
0080 寅之助はつねづね足立の人柄に信頼できぬ感を抱いていたが、0081彼の告白はどうやら本物らしいと思った。0082傲岸な足立を旬日にして変えさせた上田喜三郎は、0083やはり直の力になる選ばれた人であろうか。
0084「わしが言うても分からんやろ。0085ともかく土田さんも福島さんも、0086せっかくここまで来てくれはったんや。0087いっぺんじかに上田先生にぶつかってみないな。0088それから改めて、0089あんたらの忠告を聞かしてもらおやないか」
0090 足立は誠意を面に現わしてすすめた。
0091 三人は、0092金明会の神前の次の間で、0093上田喜三郎と対面した。0094喜三郎は虚心に迎え、0095問われるままに霊界の消息や幽斎の方法などについて語った。0096金光教では聞いたこともない話ばかりで、0097寅之助には新鮮な驚きであった。
0098 話半ばに駕篭がかつぎこまれ、0099つきそいに助けられて病人が下りる。0100十数年間胃腸病に悩む大原の人。0101喜三郎は神前に祈願をこめ、0102病人に向って、0103
0104「悪神、0105立ち去れ」
0106 ただ一喝した。0107と、0108たちまち鉛色した病人の顔色が明るみ、0109「何年ぶりかで爽快な気分や」と、0110つきそい人たちの危惧をよそに歩いて帰った。
0111 続いてまた駕篭が着き、0112少年が抱きかかえられてきた。0113天田郡川合村字台頭の片山卯之助の長男長右衛門(十五歳)で、0114急に足腰立たぬ病魔に冒されたという。0115彼もまた、0116喜三郎の祈願によって目前で立ち上がった。0117病人やその家族は感嘆のあまり涙を流したが、0118喜三郎はじめ見守る信者たちは、0119そうした霊験は当然といった表情だ。
0120 少年が家族に手を引かれて、0121うれしげに歩み去るのを茫然と眺めていた寅之助は、0122急にのけぞって唸り出した。0123土田はとみると、0124半眼に伏せたまなざしを空に放って、0125恍惚の状態ではないか。
0126「おい、0127しっかりせんかい、0128どうしちゃったんや……おい」
0129 足立は、0130あきれて双方をゆさぶった。
0131 鎮魂の姿勢になった喜三郎が、0132それぞれに気合をかける。0133寅之助が、0134かっと上気した顔で、0135不思議そうにあたりをみまわした。
0136「一体、0137わしはどうなったんやろ。0138誰かにつかまれて、0139宙に釣り上げられた気がしたが……」
0140「わしもじゃ。0141目の前が暗うなったと思とったら、0142きらっきらっと光の玉が見え出した。0143それも一つ、0144二つ、0145三つ、0146ぐるぐるまわって、0147しまいに一つにぶつかる。0148気合の声が聞こえたとたん、0149光は飛んでいってしもうた。0150夢でもないし、0151あんたらがそこにいるのもちゃんと知っとるんやで。0152あれは一体、0153どんな現象やろなあ」
0154 土田まで、0155名残り惜しげに言う。
0156 喜三郎は笑った。
0157「どうも、0158この広前は霊気がきつすぎるのう。0159福島さんは、0160神憑りの初期の発動です。0161審神者をおいてそういう状態に導くのは有形の感合法やが、0162あなたの場合は、0163霊に感じて無形の感合法に入ろうとしたのや。0164土田さんは天眼通の一端を修得しなはった。0165お二人とも、0166霊感者としては、0167かなりの素質を持ったはるわい」
0168 寅之助は、0169この瞬間に霊学の虜になった。0170喜三郎について鎮魂帰神の法を習得したいと熱望した。
0171 土田もまた、0172霊魂の実在をはっきり証明し得る金明会こそ生きた宗教だとの確信から、0173「八木に帰ったら、0174金光教の信者たちを説得して金明会の運動を展開したい。0175御指導を乞う」と申し出た。
0176 ミイラ取りが嬉々としてミイラになった。0177しかし足立は、0178逆に浮かぬ顔をするのだった。
0179 金明会の信者たちは、0180喜三郎によって霊学の目を開かれた。0181現に福島寅之助にしてからが、0182神霊界ヘの憧憬のあまり、0183八木で待つ妻久のことも忘れ、0184そのまま綾部に住みついてしまった。
0185 喜三郎がこれまで園部を中心に組織していた霊学会の存在が改めて認識され、0186金明会とは別に、0187霊学を研究するための霊学会が設立された。
0188 修行場は転々として移っている。0189中村竹吉の家から東四辻の金光教の広前に。0190が、0191ここは綾部の警察署に隣接し、0192撃剣の稽古の音が鎮魂のさまたげとなる。
0193 喜三郎は神界に伺い、0194神がかりして詠む。
0195   大稜威高千穂山の鷹栖へ
0196 導く神は猿田彦神
0197 この歌を得て、0198直ちに鷹栖の四方平蔵方へ。0199二、0200三日後、0201さらに同地の信者四方祐助方ヘ移転した。0202修行者二十余人が一時に発動すると、0203たちまち床の根太が歪み出す始末。0204祐助(六十歳)の長男勇市(二十七歳)がどうなることかと心痛のあまり、0205ひそかに綾部警察署へ退去方を訴え出た。
0206 喜三郎は小松林命によってこれを前知し、0207
0208   神がかり雲の上谷輝きて
0209 動かぬ君の御代を照らさむ
0210の神歌のままに、0211上谷(現綾部市下八田町)の四方菊右衛門方に修行者を連れて移動した。0212八月十九日である。
0213 上谷は、0214本宮の金明会から約一里半東北の山峡にある寒村だ。0215上谷一の資産家、0216四方菊右衛門の広大な邸が、0217食事と宿泊に当てがわれた。
0218 四方菊右衛門の家から更に三丁ほど細い急坂を登った谷間に、0219不動尊を祀った不動の滝があった。0220大きな一枚岩から落下する水しぶきは、0221さながら瀑布となって轟き、0222深山幽谷に身を置く心地がする。0223滝壼のまわりは十五坪ほどの湿地帯で、0224小さな篭堂があり(現存せず)、0225傍に「弘化三年七月」と刻んだ御神灯、0226多羅葉の大木が篭堂をおおっている。
0227 修行者は福島寅之助・四方平蔵・四方祐助・四方熊蔵・四方春蔵・四方甚之丞・四方純・大槻とう・塩見せい・中村きく・田中つや・四方ひさ・野崎篤三郎・西村まき子・西村こまつ・黒田清・四方安蔵・四方藤太郎・中村竹吉ら二十余人。0228この絶好の地不動の滝の禊場を得て奮い立った。
0229 滝から二百メートル上方の厄神神社(祭神・武内宿禰命)の御堂が鎮魂帰神の修行場となった。0230御堂の土間に荒菰を敷き、0231一日八回の荒修行である。0232白衣に緋の袴をはき、0233黒髪を背に流した女たち。0234滝しぶきを全身に浴びて、0235一心不乱に祈る若い裸像の群れ。0236まさに神話の世界がこの上谷に現出した。
0237 短時日に予想外の成果をみた修行者たちは、0238今までの金光教にはない神霊との交流に、0239この世の中を驚異の目をみはって見直す思いであった。0240ここまで指導した喜三郎の霊力にも心服していた。
0241 初期の頃の喜三郎は、0242催眠術風な手法も用いたようだ。0243たとえば白飯を茶碗に盛って、0244「それ、0245松茸飯や」と暗示を与えてやる。0246「うまい、0247うまい」とさもうまそうに喜んで食う者も、0248「実は唐辛飯やぞ」と言い直すと、0249とたんに頼ばった飯を吐き出し、0250身震いして口をそそぎに川へ走る。0251また畳に線を引き「みな、0252ここまで来てみい」と手招く。0253何気なくその線に達すると、0254物に突き当たったようにひっくりかえり、0255何故かそれ以上は進めない。
0256 金光教信者の中へ乗りこんできて、0257金明会を新たに組織し、0258引きずっていくためには、0259強く霊学を打ち出すこともやむを得なかった。0260しかし霊学に熱中するあまりにひき起こす弊害も覚悟せねばならぬ。0261その兆しは早かった。
0262 福島寅之助は、0263金明会広前の車井戸に手をかけた。0264藍色の空には星が残り、0265明け方の露は夢幻の静寂の底から湧き立ってくる。0266目ざめの小鳥が水音に驚いて羽ばたいた。
0267 鍛えぬいたたくましい筋肉が寒気をはねのけ、0268水を砕き散らす。0269好きで好きでたまらぬ筆先の一句が、0270寅之助の口をついて出た。0271二度、0272三度、0273浴びる水音に負けぬ大声で、0274腹の底から叫んだ。
0275 ――だんごにいたそうと、0276四角にいたそうと、0277三角にいたそうと、0278世界を自由にいたす神であるぞよ。
0279 艮の金神のこの雄々しくも力強い雄叫びが寝静まる山々を踏み轟かして、0280全大宇宙に広がっていく気がする。0281その轟きの只中に立って、0282寅之助は目を宙にすえた。0283艮……うしとら……うし、0284とら……何かが、0285寅之助の喉にひっかかった。
0286 慶応元年、0287寅之助生まる。0288わしは丑年生まれの寅之助。0289つまりは丑・寅、0290艮やんけ。0291はて、0292教祖はんは何年生まれか。0293天保七年の申年、0294上田喜三郎は明治四年の未年、0295なんじぇい、0296二人合わせてやっと坤。
0297 胸のつかえをぐっと飲みこむと、0298胸から腹へ焼きつくような痛みが走った。0299中村竹吉が口ぐせにとなえている筆先の一節が、0300耳元で大きく鳴った。
0301 ――昔には、0302この身魂は夫婦でありたぞよ。0303今は親子となりて、0304夫婦の御用いたさすぞよ。
0305 艮の金神と坤の金神の身魂が夫婦、0306今は親子。0307それはそのはずや。0308みい、0309出口直の三女久の夫はわしや。0310現実にわしは直と親子。0311ぶるると寅之助は激しく身震いした。0312全身を襲ってくる寒気に歯をくいしばる。0313大きくでんぐり返った。0314と耐えていた痛みが腹からのどヘ逆流し、0315噴き上がる。0316逆立ちのまま天をにらんで、0317寅之助は叫んだ。
0318「変わる、0319変わる、0320世が変わる。0321上が下になり下が上になるぞよ。0322恐ろしや、0323天地がひっくり返るぞよ」
0324 水行でぬれた裸をそのままに広前に上がりこみ、0325提灯を口にくわえてのし歩き、0326そっくり返る。
0327「この世はまっ暗闇であるぞよ。0328一寸先も見えん暗がりの世であるぞよ」
0329 位田(現綾部市位田町)の村上房之助(二十歳)はかねてから艮の金神嫌いで悪口を言い廻っていたが、0330幽斎修行の噂を聞きつけ、0331上谷の様子を探りにきた。0332とたんに寅之助が発動、0333げんこを固めてなぐりつけ、0334吹っとびかける村上の腰帯つかんで軽々と持ち上げる。
0335「この方は丑寅の金神じゃぞよ。0336村上は神を悪しざまにそしった大悪人ゆえ、0337金神が成敗してくれん」
0338 村上は震え上がった。0339地に投げとばされるや、0340一回転して庭に這いつくばり、0341頭を泥にすりつけ、0342涙を流してわびた。
0343 その衝撃がよほど強かったか、0344村上は半狂乱になり、0345
0346「わしは金神さんに背いた罰でなぐられたんや。0347どつかれたんや。0348ほり投げられたんや。0349そやさかいいよいよ改心して、0350お詫びのために歩いてます。0351どうぞあんたはん、0352金明会にお詣りしなはれ」
0353 あちこちに伝えて廻る。0354それが逆効果になり、0355
0356「金神さんは愚夫愚婦をおどして金を巻き上げるために村上を廻らしている」と悪評を買う。
0357 その村上が妹を連れて上谷に来た。0358上谷の異様な霊気が作用してか、0359妹はたちまち猫の霊に感応する。0360猫そのままの素振りをしながら、0361兄房之助が猫を殺して由良川に投げたと訴えた。0362村上は蒼ざめがくがく震えながら、0363事実を認めて妹の前にひれ伏す。0364喜三郎の一喝で妹はたちまち平常に復した。
0365 霊威を畏れた村上は、0366仕事も投げ出して、0367いっそう金明会について触れ廻る。0368それを聞いて興味を持った以久田村館(現綾部市豊里町)の村社の神官福林安之助(三十六歳)が村上と訪ねてきて、0369共に幽斎修行に加わった。0370福林は温厚篤実な男で、0371妻初野との間に三男一女がある。
0372 京都島原教会長の杉田政次郎は金鉱山に手を出して失敗、0373詐欺罪で三年の刑を受け、0374教職を罷免された。0375この事件は、0376杉田に師事していただけに、0377金光教八木支部長の土田雄弘にはショックだった。0378金光教信仰の基盤が崩壊する思いだ。0379かてて加えて綾部で得た霊的体験が忘れられず、0380再綾を決意する。
0381 綾部へ行くと、0382喜三郎は上谷だと聞かされ、0383足立正信を誘って上谷修行場を訪れた。0384土田と足立は、0385上谷で、0386今まで想像もしていなかった憑霊現象を実地に目撃した。
0387 福島寅之助のように「天と地がひっくり返る」と素裸のままでんぐり返ったり、0388自分の蝙蝠傘を一間の中央に飾り「丑寅の金神のお荷物じゃぞよ」と威張ってみせる狂態もあったが、0389多くの修行者が神人感合の域に達し始めていた。0390筆紙を持って世界、0391日本の将来を予告したり、0392天眼通・天耳通・宿命通などの神術に上達する者もいた。0393中でも不思議なのは、0394西村まき子の場合であった。
0395 西村まき子は山家村西原(現綾部市西原町)の西村善太郎次女。0396明治十五(一八八二)年生まれの十八歳。0397俗にいう白痴だが、0398神がかりになると平素の言動が一変し、0399神代における大気津姫の如く、0400耳から粟粒、0401鼻から小豆、0402秀処から麦種などを次々と取り出した。
0403 まき子は大正六(一九一七)年に三十六歳で志賀郷(現綾部市志賀郷町)の田中某家に入籍して一児をもうけ、0404昭和四十二(一九六五)年に八十四歳で没した。
0405 金光教では知り得なかった霊学の実地を見聞した土田はいっそう金明会に傾斜したが、0406足立はかえって正邪真偽の判別に苦しむ模様であった。
0407 二人が立ち去った後、0408喜三郎に無形の神感法で猿田彦神がかかり、0409力強く一同に神歌をもってさとす。
0410   神がかり雲の上谷かがやかせ
0411 動かぬ君が御代を守らむ
0412   われこそは猿田彦の神地の上に
0413 天国樹つる導きなさん
0414   来るべき世を救わんと大神の
0415 命かしこみわれは下れり
0416   曲神の伊猛り狂ふ今の世は
0417 この修行場の如しとさとれ
0418   今の世の人の心は悉く
0419 邪神の器となりているなり
0420   人間の形はすれど魂は
0421 鬼と大蛇の容れものと知れ
0422   福島にかかりし霊は曲津神
0423 世を乱さんとたくらみいるなり
0424   世の泥をあらひ清むる瑞魂
0425 上田の体を宿とし現はる
0426   この後は百の荒神よりて来む
0427 乱れたる世のさま示さむと
0428   正信は神の教えを疑へり
0429 改めざれば身をほろぼさむ
0430   雄弘は必ず中途に変はるべし
0431 自己愛強き身魂なりせば
0432   正神と邪神の区別を明らめて
0433 三千年の経綸に仕えよ
0434   いざさらばわれは高天に帰るべし
0435 審神者なるもの心ゆるすな
0436 上谷の修行場の根城である四方菊右衛門の長男春蔵は数え年十八。0437怜悧な上に眉目秀れた美少年として瞠目されていた。
0438 喜三郎に弟子入りし上谷の修行に加わるや、0439春蔵の精進はめざましく、0440弟子の中でも群を抜いて目立った。0441的確な予言と筆紙による筆先風の予告をし、0442神術もめきめき熟達した。
0443 喜三郎は彼の才能を愛して特に言霊学を伝授、0444春蔵はわずかの間に鳥の音声まで解するようになった。0445枝にさえずる雀の夫婦、0446親子らの会話を聞き判けて、0447数時間のちの天候の異変など知らせたりした。
0448 いきおい信者たちの間では、0449四方春蔵の人気が高くなった。0450その筆先をありがたがり、0451すぐれた霊能力をもてはやした。0452坊ちゃん育ちの若い春蔵の心が次第に高ぶり、0453自己陶酔におちいるのも無理なかった。
0454 喜三郎は固く戒める。
0455「よいか春蔵、0456修行者にとって何が恐ろしいというて、0457慢心ぐらいこわいものはないのや。0458味のよい果実ほど虫が好く。0459美しい大輪の花には害虫が寄りやすいものやろ。0460妖魅というのは食えぬ奴で、0461悪人や世間から信用のない者にはめったに憑らん。0462正直者・善良な者ほど、0463邪神が選って憑りたがるのじゃ。0464一分の隙でもあれば入りこもうとつけ狙っている。0465今のお前がそれやぞ。0466自分の心を省み、0467審神して、0468慢心させようとする邪神の働きを見破らなあかんぞ」
0469 初めのうちは素直に頷いて聞き入る春蔵だったが、0470それもいつかうるさがり、0471喜三郎を避けるようになった。
0472「弟子のわしの方がうもうなったさかい、0473先生がいかめがっ(ねたむ)とってじゃわい」と、0474春蔵は放言しているとか。
0475 気のいいばかりの四方祐助は、0476せっせと喜三郎に頼まれもせぬ情報を運んでくる。
0477「先生、0478知っとってですかい。0479春蔵はんがなんでも弟の敬蔵はんに跡目を譲りたい言うて、0480がいに(非常に)がんばっとるげな」
0481「欲のない男やのう」
0482 祐助老人は、0483ぐっと声をおとした。
0484「はいな、0485そのことやで。0486それにはわけがござるわな。0487親父の菊右衛門は次男やったがええ、0488兄の伊左衛門に子がないさかい、0489早うに隠居しちゃって、0490弟に四方家の跡を相続させたんじゃそうな。0491春蔵はその長男じゃさかい、0492黙ってても上谷一の財産がころがり込む。0493ところがその宝よりか、0494まだぐんと値打ちのある娘はんに御執心ですんや。0495長男では、0496なんせ婿入りでけんさかい」
0497「はあ、0498なるほど」
0499 不得要領の顔でいる喜三郎に、0500老人はもう一膝すすめた。
0501「しっかりしとくれなはれや、0502先生。0503春蔵はんのお目当ては、0504お澄さんですわな。0505相当の財産をもって出口家の婿養子になりたいいうて、0506教祖はんに申し込んどってんやげな。0507春蔵はんとなら年頃もぴったりじゃ。0508お澄はんと並べたら、0509まるで内裏雛やとみんな騒いどってやで」
0510「なるほど」
0511 同じことばをくり返す喜三郎の面に、0512変化はない。
0513「春蔵はんばかりやおヘんで。0514足立先生も、0515教祖はんの後継ぎを狙っとる。0516中村竹吉はんも、0517出口家の娘婿になりたがっとるげな」
0518「中村はんには、0519嫁のお菊はんがあるやないか」
0520「一度、0521ちゃんと正式に離婚したのに、0522また戻ってきとるんやな。0523戻ってくると便利なさかいずるずる同棲してござるが、0524籍には入っとりまへん。0525この三人が邪魔になるのは、0526上田先生、0527あんたやで」
0528 高熊山以来、0529二度目の内妻琴とも別れて女を断ち、0530神のみ心のままにわが身をゆだねる喜三郎であった。0531今さら色と欲に呆けて争う気などない。0532「ふーん、0533そうけ」と鼻毛を抜いては吹きとばす。0534手応えのない喜三郎をもてあまして、0535老人は話題を転じた。
0536「まあ、0537それはそうとして、0538足立先生は霊学について大いに疑問を持っとってじゃと。0539土田はんや福島はんは先生の霊術を見てころっと参っちゃったが、0540足立先生は反対に、0541狐狸の仕業か魔法の一種やろ言うとってですで。0542『正法に不思議なしというが、0543金明会の教理は誠の神の御心から出とらんもんや』と言いふらしとってやでよ。0544中村竹吉はんも足立はんの説には賛成しとる。0545のんびりしとらんと、0546ちっとは気をつけなあきまへんで」
0547 祐助老人の心痛は、0548とうから喜三郎の見抜くところであった。
0549 澄をめぐる足立・春蔵・中村らの野心家ばかりでなく、0550審神者の喜三郎をてこずらせるのは、0551頑固一徹無類の正直者の福島寅之助である。0552寅之助にかかってくるのは暴れものの荒神ばかりで、0553彼はむしろそれを得意に思っていた。
0554 神がかりはいわば第二人格の現出である。0555善神がかかれば秀れた第二人格をつくり、0556その人本来の第一人格をも培って向上させる。0557それが鎮魂帰神の効用であるが、0558逆に邪霊がかかれば第一人格を悪い方へ陥れる。0559憑霊の正邪を見判け、0560邪を退け叱咤善導、0561正神の器とするためには、0562審神者たるもの一刻の油断も許されなかった。
0563 九月二日、0564喜三郎は所用があって上谷を下り、0565金明会に立ち寄った。0566四方平蔵が一人広前で参拝者の相手をしていた。0567久しぶりに直に会い、0568修行の様子などを語っていた折から、0569喜三郎あての電報が届いた。
0570「ソボキトク、0571スグカエレ」
0572 喜三郎は、0573電報をにぎりしめたまま、0574うなだれた。0575家族のうちでただ一人、0576喜三郎を知る祖母宇能。0577宇能がいなかったなら、0578今日の喜三郎はあり得まい。0579その深い恩恵に報いる法もなく、0580祖母を逝かしては……。
0581 しかし上谷の修行場は、0582何日も放置できる状態ではなかった。0583もし審神者の留守を幸い邪霊に襲来されては、0584誰が抵抗できよう。0585今までの苦心が仇となる。0586穴太での苦い覚えもあった。0587心乱れる喜三郎に代わって、0588直は瞑目し、0589神に伺う様子だった。
0590「お祖母さんは、0591どうやら命に別条はござへん。0592それでも上田家の長男じゃさかい、0593帰らいではすまんでなあ」
0594「八十六歳やさけ、0595病みついては立ち直るのもしんどおっしゃろ。0596他人さんの病気はだいぶおかげもろうたが、0597いざ肉親となるとどうも自信がありまヘんわい」
0598 直の頬が厳しく引き締まり、0599峻烈なまなざしが喜三郎に向った。
0600「病は病人の誠心が治すものですで。0601病魔がそこら一面にはびこって、0602隙をねろうては人を苦しめよる。0603神を知らぬ者は、0604毒にはなっても薬にもならぬ物にたんと金を使うて、0605長生きできる体をわやにしてござる。0606わたしは、0607病人が誠心になって神にすがるように、0608お祈りするだけです。0609病人の誠心が神さまに通じるように、0610ただそれだけ取次がせてもらうのやで」
0611 喜三郎は羞じて顔も上げ得なかった。0612直に言われるまでもなく、0613理念では分かっていながら、0614初めて岩森八重の歯痛を治した時のあの初心、0615それをいつの間にか忘れていた。0616自信がないなど、0617知らず知らず己れの力で病を治すような錯覚におちいっていた。
0618 己れの慢心を棚に上げ、0619春蔵たちを責めてどうなろう。0620修行者たちに邪霊が憑依し出したのも、0621己れの心に弛緩があったからではないか。0622直は面をやわらげて、0623静かに言った。
0624「留守中、0625上谷はごたつくようじゃが、0626四、0627五日で帰ってきなはったら、0628どうにか鎮まりますそうな。0629すぐに行ってあげなはれ。0630目に見える病ぐらいは治れども、0631世の人々の心の底まで治すには、0632艮の金神さまでも骨が折れますでなあ」
0633 最後の言葉には、0634深く苦悩する直の実感がこもっていた。
0635 喜三郎は立ち上がった。
0636「ほな、0637行ってきますで。0638祖母のお取次ぎさしてもろたら、0639すぐ帰って来ますさけ」
0640 外に出ると、0641「こんにちわー」と若々しい声がはねとんできた。0642背中いっぱい柴を負うて、0643今、0644山から戻った澄だ。0645額の汗をはねのけた手を、0646男の子のように振っている。0647その赤だすきからこぼれる二の腕の清らかな白さ。
0648「おう」と手を振りかえしただけで、0649喜三郎の足はそっけなく歩み去る。0650四方春蔵や中村竹吉が出口家入婿に血道をあげるのも、0651もとは信仰からとはいえ、0652この澄の天心な美しさ、0653生地のまま弾む魅力あってのこと。0654無理もないわいと喜三郎は思った。
0655 上谷の修行場に寄り、0656しばらくの不在を告げ、0657その間の審神者を四方藤太郎に依頼した。0658沈着で信頼おける人物とみたのだ。
0659「ええか、0660わしのおらん間に綾部から誰が迎えにきても、0661絶対に行かすことはならんで。0662未熟な修行者が行場を離れて気がゆるんだ時を狙って、0663悪霊がつく」
0664「四方平蔵はんが呼びに来ちゃってもですかいな」
0665「たとえ教祖さんの命令でもや。0666特に四方春蔵、0667塩見せい、0668黒田清の三人は霊が浮いとるさけ、0669綾部に行かすことは許さん」
0670 喜三郎の厳命に驚いて、0671藤太郎はその旨を誓った。
0672 翌九月三日、0673深い朝霧に没した上谷を発ち、0674十四里の山野を歩き続けて、0675昼下がりには曽我部村穴太の郷里に入る。0676産土神社に祈願をこらし、0677わが家の軒下にたたずむと、0678悲哀の情が胸を押しつぶしてくる。0679縁先にそっとまわった。0680縫物をしている母にまつわり、0681末の妹君(八歳)が何やらだだをこねている様子。
0682「あ、0683お兄ちゃん、0684かえってきた」
0685 飛びついてくる小さい妹を抱き上げ、0686髪を撫でた。
0687「後で角の店で飴玉でも買うちゃるさけのう、0688ちょっとの間、0689表で遊んでこいや」
0690 君は目を丸くし、0691わーいと歓声を上げてとび出していった。
0692 奥の間をのぞいた。0693涼しい風の入る座敷に敷かれたうすい夜具から、0694寝ている祖母の白髪頭が見えている。
0695「お祖母さん、0696どうや」
0697 小声で訊く喜三郎へ、0698母は縫物を脇へ押しやり、0699嬉しげに言った。
0700「今日は涼しいせいか、0701いつになく元気でなあ、0702さっきも庭の若松の枝ぶりをほめてなはったくらいえ」
0703「そうか、0704そら具合ええ。0705起こさんといてや。0706自然に目がさめるまで待っとろ」
0707 ほっとして喜三郎は草鞋を脱ぎ、0708井戸端で疲れた足を洗う。0709祖母の枕元をさけて、0710母は喜三郎を引き寄せ、0711祖母の病状から家庭内のこまごました出来ごとまで堰を切ったように話し出した。
0712 由松が相変わらず博奕をやめぬこと。0713夏の頃、0714出稼ぎに行くと出ていったまま、0715どこにいるやら音沙汰もないこと。0716年季が明けて帰ってきた幸吉が野良ヘ出ているが、0717自分は祖母の看病に手をとられて百姓仕事もできず、0718心細いこと。0719奥条の鍛冶屋西田元吉に嫁入った雪(十八歳)も、0720病身の姑をかかえて暮らしが楽でない事情まで、0721喜三郎に聞かしても仕方のないことをかきくどく。
0722 耳の遠い祖母の看病や博奕狂いの由松に痛めつけられた後家暮らしが、0723母をこんなにやつれさせ、0724ぐちっぽく変えてしまったのか。
0725 安らかな寝息を立てていた祖母が、0726ふいにもがき、0727うめきを上げた。0728うなされているらしい。
0729 母と喜三郎が左右の手をとって静かに起こし、0730背中を撫でさする。0731宇能はようやく気づき、0732ぜいぜいと息をついた。0733額も手足も冷汗に濡れ、0734痛々しくも痩せ衰え果てたその姿には、0735お歯黒を塗った姿を世祢に見せ、0736嫡男であるべき喜三郎を綾部へ発たせてくれた、0737あの毅然とした面影はない。
0738 喜三郎の瞳に涙があふれた。
0739「喜三ですで、0740お母さん」
0741 耳元に口をつけ、0742世祢が叫んだ。
0743「ああ、0744喜三、0745なんで帰ってきたのや」
0746「電報が来たんや。0747お祖母さんの容態が悪いいうて」
0748「情けない、0749わしの病ぐらいで」
0750 切れ切れの息の下から、0751咎めるように宇能が言う。
0752「ほんまに思ったより元気そうや……」
0753 言いつつ、0754喜三郎は涙を押えた。
0755 宇能はしわがれ声をふるわせて語る。
0756「いま、0757不思議な夢を見てなあ。0758お世祢もよう聞きなはれ。0759上田家の御先祖さまが長い刀をひき抜いて、0760喜三を切り殺そうとなさる。0761喜三は必死に逃げ廻っとるのや。0762わたしは、0763御先祖さまに泣いて許しを乞うた。0764すると御先祖さまが言わはるには、0765『喜三郎は仮に上田家に生まれたもの。0766この者の重い使命は汝も知っとるはずや。0767神の使として一身を世のため人のために捧げるべく、0768わしらも喜三郎を昼夜に守護いたしておる。0769それをもかえりみず、0770祖母の病気ごときに心を乱し、0771神界の御用を捨ててのめのめ帰るとは何事。0772その程度の覚悟なら、0773選ばれし者のつとめを果たしきれまい。0774神界ヘ対して申しわけが立たぬから、0775いっそわしの手で切り捨てたがましじゃ』と……」
0776「殺生な。0777たまに故郷に帰ったぐらいで切り殺されたらわやや」
0778「それでわたしが刀を押えて、0779喜三に代わって必死でお詫びしとったら、0780不意に揺り起こされてしもうたのや」
0781「また、0782母さん、0783阿呆らし夢や」
0784 世祢は、0785相手にもならずに宇能を寝かそうとする。0786その腕を、0787激しく宇能がはじいた。
0788「たとえ夢じゃというても、0789御先祖さまのお言葉を聞いた上はなおざりにできぬ。0790喜三が帰ってきたのが第一気に入らぬわな。0791わたしはもう老先短い身の上、0792今死んだとて悔いはない。0793喜三はまだ血気盛り、0794片刻も無益な時を過ごすやない。0795わたしが死のうと生きようと、0796かまわずにいさぎようお道のために尽くしなされ。0797それが何よりの御先祖さまヘの孝養じゃ。0798さあ、0799邪魔が入らぬうちに綾部に行きな」
0800「おおきに、0801お祖母さん。0802ほな、0803湯漬けを一杯よばれて行くさけ」
0804 喜三郎は台所で勝手に湯漬けをかきこみ座敷に戻ると、0805母の姿はなかった。0806うつらうつら眠っている祖母に一心こめて鎮魂し、0807心で別れを告げて門口に出かかる。0808世祢が治郎松と本家のお政後家を連れて走ってきた。0809已んぬるかな。0810せめて二、0811三分早く立ち去ればうまくこの場をぬけだせたものをと、0812唇を噛みしめる。
0813「やい、0814喜三公、0815とうとうつかまえたぞ。0816お前、0817綾部へ行っとったんやてのう」
0818 頬を赤くし、0819とびはねんばかりの足どりで駆け寄るなり、0820治郎松は胸ぐらつかんで押しもどす。
0821「留守中、0822家の者がお世話になりまして……」
0823 仕方なく、0824喜三郎は言った。
0825「そらぞらしい。0826そんな挨拶、0827聞きともないわい。0828お前が消えてしもてからだいぶんになるけど、0829便り一ぺんするでなし、0830へえ、0831生きていたんかいな。0832こんな年寄りや母親を見捨てて、0833なんぼ百姓がしんどいかて、0834勝手気ままに蝗みたいにそこらを跳び歩くなんて、0835あまり物が分からなすぎるやないか」
0836 母が治郎松などと謀って綾部から引き戻すためにキトクの偽電報をうったのだと、0837喜三郎は悟った。0838とすると厄介なことになる。0839からみつく鳥黐から羽を逃れようと、0840喜三郎も躍起になった。
0841「好きで家を出とるのやない。0842お道のため、0843お国のために……」
0844「ほい、0845二言目にはそれそれ、0846小癪にさわることぬかすのう。0847極道息子という奴は、0848三文の獅子舞いみたいに口ばかりごついわい。0849お国のために家を出るのなら、0850なぜお上から日給もらわぬ。0851お国のためになるような、0852へん、0853言うてすまんが偉い人間ならやで、0854あた恥ずかしい乞食の真似して、0855そこらあたりをうろつくけい」
0856「乞食の真似などしとらんわい。0857出口直いう教祖はんの元で、0858金明会ちゅう……」
0859「へん、0860知らんと思て、0861でたらめぬかすな。0862悪事千里いうてなあ、0863綾部のことなら、0864ちゃーんと治郎松さまの耳まで聞こえとるわい。0865お直婆さんいうたら、0866晩げになると『こんこんやちきちの空豆ホーイホイ』いうて、0867チンチン鉦叩きながらうろつき廻っとる気違い婆やないけ。0868へえ」
0869 お政後家もまくしたてる。
0870「おまけに屑買い婆やてなあ。0871紙屑買いばかりしてたさけ、0872教祖になったら紙屑を作る側にならなあかんいうて、0873筆先たらいう紙屑仰山作っとるそうやんかいさ。0874ほんまに情けない。0875昔、0876神童たらいわれた喜三公のなれの果てが、0877空豆ホイホイやなんて、0878阿呆らしゅて涙も出んわいさ。0879この在所には百三十も家があるが、0880みな仏教信者や。0881それが何をとぼけてお前だけが神信心せんなんのえ。0882もったいなくも花山天皇さまが御信心遊ばした西国二十一番の札所、0883穴太寺の聖観音菩薩の膝元に生まれて、0884ありがたい結構な観音さんを拝まんと、0885流行神に呆けてどうえ。0886おかげで株内のわしらまで肩身の狭い思いせんなんのも、0887みんな喜三公、0888お前のためやんか」
0889 自分の言葉に興奮し、0890ぶるぶる震えて、0891涙鼻をすすり上げるお政後家。
0892 それにしても直に対する噂が幾峠を越えて穴太にとどくまで、0893どこでどう屈折してか、0894なんと珍妙にも変わるものよ。0895帰神当時、0896直が全霊を傾けて世の立替え立直しを叫んだのも、0897縁なき衆生には所詮「こんこんやちきちの空豆ホーイホイ」に過ぎぬのだ。
0898 喜三郎は苦笑し、0899やわらかく言った。
0900「わしのことはなんと笑おうとかまわんが、0901教祖はんはそんなお人やない。0902わしの知る限りでは、0903あれ以上神さまに全身全霊捧げてはる人はおらんのや。0904一点の私心もない清らかなお人やで。0905どない言わはったかて、0906わしは神さまの道を捨てることはでけん。0907どうぞ十年、0908いや、0909せめて二、0910三年の間、0911ひまをおっけ。0912綾部で幽斎修行場を開いとるさけ、0913一日も手抜きがでけんとこを帰ってきたんや、0914今度だけは見逃してんか。0915母さん、0916頼むわ」
0917 治郎松は煤けた天井を仰ぎ、0918鼻の先で嗤った。
0919「なんと、0920うまいことぬかすのう。0921こう申すとすまんが、0922わいらに修行さしてもらうの、0923教えてもらうのちゅう餓鬼が、0924この世界にあるのけ。0925ははーん」
0926 お政後家は治郎松の言葉について何度も合点し、0927
0928「ええか、0929喜三公。0930自分の食うだけなら狸や犬でもするえ。0931猫や犬なら、0932飼うてくれた家の恩はよう覚えとるで。0933お前は何やいさ。0934二十八年も飼うてもろた大切な親の家を忘れて、0935気違い婆にくっつきたいなら、0936もううちらは知らんえさ。0937けどお前はこの家の惣領やさけ、0938なんぼなんでも家を守らんならんやろ。0939出ていくなら、0940せめて金だけでも送ってきな」
0941「わし、0942金儲けに綾部に行っとるんやない。0943すまんが、0944金は送れんわい」
0945 治郎松がわめいた。
0946「よう言わしてもらわんわ。0947そんな台詞が世間に通用すると思うのけ。0948お宇能はんかて、0949いつ死ぬやら知れん身やど。0950その時の用意をせんならん。0951なんぼ金がないいうても、0952金なんとか会の会長いうとるぐらいや、0953十円や二十円ぐらいは巾着に入っとるやろ。0954すっくりここに置いていきさらせ」
0955「それが……なんぼもないのや」
0956 お政後家が、0957両手をつき出した。
0958「ええから出してみよし」
0959 言われるままに巾着を逆さに振ると、0960一銭銅貨が畳の上にパラパラ。0961うつむいて聞いていた世祢が、0962たまりかねてしゃくり上げた。
0963「喜三郎、0964頼むさかい、0965もうどこヘも行かんといて。0966惣領のお前が家におらんと、0967心淋しゅうて夜も眠れんのやで。0968知らぬ所で苦労するなら、0969なぜここでしてくれん。0970お前と一緒なら、0971どんな苦労もするさかい……」
0972 母の涙に気がくじけそうになる。0973国学者の家に生まれ、0974維新の動乱も志士たちの思潮も若いうちに身につけてきた祖母と違って、0975即物的な考え方しかできぬ母が哀れでならぬ。
0976 世のため人のために心を砕く息子より、0977傍にいてやさしい言葉の一つもかけてくれ、0978一家の口すぎのために鍬を振るう息子であってさえくれればと願う母。
0979 親の雪隠に糞をたれる――それがきびしい家族制度に縛りつけられた当時の農家の長男の掟であった。
0980 弟の幸吉が野良から帰ってきた。0981由松とちがって、0982幸吉は自分から望んで兄に幽斎修行の参加を乞うたぐらいで、0983神信心は好きであった。0984幸吉は、0985訥々と兄のために弁護してくれた。0986その夜は結論が出ぬままに暮れた。
0987 翌朝早くから株内や親戚の者が集まって、0988また同じことをむしかえし、0989喜三郎の綾部行きをはばんだ。0990こうして三日間、0991むなしく穴太に引きとめられる。
0992 ようやく許しが出たのは、0993病床にある祖母宇能が「今度だけは老人の頼みじゃ。0994喜三の言うことを聞いてやっとくれ」とがんばり通したのと、0995弟幸吉の「わしが百姓仕事に精出して兄さんの分も働くさけ、0996兄さんに神さんの道、0997進ましたげとくれやす」という誠意が通ったためである。
0998 その代わり、0999幸吉が綾部まで同行し、1000喜三郎の綾部生活を調べて報告するという、1001条件付きであった。1002彼らは着のみ着のまま無一文に近い喜三郎を見て、1003乞食でもしているのではないかと、1004まだ疑っていた。
1005 四日目の朝、1006幸吉を連れて家を出ると、1007治郎松が息せき切って追って来た。
1008「肝腎のことを忘れとった。1009お前は人の病気を治すそうなが、1010肉親の祖母さんの病気はよう治せんのけ。1011へん、1012人間には寿命があると言い逃れたいやろ。1013ほんなら、1014葬式の用意もせんなんさけ、1015いつ頃死ぬかぐらいはわかるやろ。1016これぐらいのことわからいで、1017天眼通やの、1018人を助けるやの、1019教えるのと大法螺ふいても、1020この治郎松さまが承知せんわい。1021さあ、1022綾部へ行くなら、1023ちゃっと答えてから行ってもらおけい」
1024 とっさに喜三郎は答えた。
1025「お祖母さんの病気は三日後に全快や。1026そして命は八十八まで大丈夫」
1027 苦しまぎれに、1028出まかせに言い逃れた予言であった。1029むろん治郎松はこけて笑った。
1030「この年寄りの死病が三日ののちに全快やて。1031フフーン、1032おまけにあと二年も生きのびてかいな。1033へえー」
1034 しかし現に三日後、1035宇能は床払いし、1036八十八まで天寿を全うする。
1037   這うて出て
1038 はねるみみずや雲の峰
1039 虎口を逃れ出て空を仰いだ喜三郎の心は、1040大きくはねていた。1041ついでに一休禅師や穴太寺の観音が化身となって読んだという狂歌など、1042兄弟で朗らかに歌い合った。
1043   穴を出て穴に出るまで穴の世話
1044 穴恐ろしい穴の世の中
1045   故郷は穴太の少し上小口
1046 ただ茫々と生えしくさむら
1047 九月六日夕、1048上田喜三郎・幸吉兄弟を迎えた上谷の空気は冷えていた。
1049 審神者代理を命じておいた四方藤太郎が、1050こわばった表情でうつむいている。
1051「四方春蔵・黒田清・塩見せいの三人の姿が見えんが、1052どうしたんや」
1053 異変を感じて、1054喜三郎が訊いた。
1055「へい、1056一昨日の夕方、1057教祖さまがじきじきお一人でござって、1058神さまの御命令ゆえ、1059春蔵・清・せいの三人を綾部へ連れ帰ると言うちゃったんですわな」
1060「それでどうした……」
1061 喜三郎の鋭い眼光に押されまいとして、1062藤太郎は肩を怒らせる。
1063「どうしたって……どうもできやしまへんがな。1064なんせ教祖さまの……神さまの御命令ですさかい、1065会長はんの言葉、1066忘れとったわけやござへんけれど……」
1067 藤太郎は身震いした。1068「たとえ教祖が来てもや」と念を押し、1069三人を名ざして気付けておいた喜三郎の慧眼が、1070今更ながら恐ろしかった。
1071「頼みがいのない男や」
1072 喜三郎は破裂しそうな癇癪玉を押えて言った。
1073 四方平蔵が口を出す。
1074「会長はんのお留守中、1075三人にどーらい神憑りがおましたんや。1076お筆先で『御三体の大神さまが地へ降る』とありましたやろ。1077それですがな。1078春蔵さんにはバンコ大神、1079お清はんには素盞嗚尊さま、1080せいはんには……大自在天やったかいな、1081何でも天地創造からのとてつもない神々さまがかかっちゃったいうことですで」
1082「審神者は何しておった」
1083 藤太郎は抗うように面を上げた。
1084「憑っちゃったんは天の大神さまじゃでよ。1085なに、1086審神など……わし如きが……」
1087 一瞬閉じた喜三郎の瞼の裏に、1088高熊山で見せられた神界での厳しい葛藤の幾場面が閃いた。1089諾冊二尊御降臨以前の神代のありさまであった。
1090 喜三郎の霊眼には、1091過去・現在・未来が一度に鏡にかけた如く、1092並列的に映じていた。1093「霊界で目撃したことは、1094時間空間を超越して、1095おそかれ早かれ、1096必ず現界に移ってくる」との神示が、1097あまりにも確かに喜三郎の身に迫って来る。
1098 否応なくその神劇の渦中にのめりこんで行く自分を自覚しつつ、1099喜三郎は言った。
1100「誰か綾部まで行ってこい。1101三人を今夜中に連れもどして来てくれ……甚之丞」
1102 四方甚之丞は、1103あとずさりして首を振った。1104誰もが、1105疑惑の眼で喜三郎を見つめている。1106ややあって、1107四方平蔵がなだめるように言った。
1108「会長はんがどない言うちゃったかて、1109教祖さまのお言葉もあることやし、1110御三体の大神さまのかかってなはるお三人さまを今夜中に呼び寄せるなんて、1111そんな途方もないことができますかいな」
1112「何がお三人さまじゃ。1113正神なら審神者を愛しなさる。1114審神者の留守を狙うて入りこむ真似なぞ、1115何でなさろうやい。1116あいつらには妖魔がかかっとるのや。1117明日の朝まで綾部に置いといてみい。1118荒れ狂うて手がつけられんようになる。1119町人を巻きぞえにして、1120警察沙汰にもなりかねん。1121お前らがいやなら、1122わしが行ってくるわい」
1123 穴太より帰りついたばかりの泥まみれの草鞋を、1124喜三郎は憤然と履き直していた。1125世間から隔離された上谷に置く限り、1126邪神の感染は修行者だけにとどまろうし、1127それならば審神者として、1128鎮定する自信がある。1129三人を連れ去った直に、1130何の思惑があるのか。
1131 七、1132八人の修行者が追いせまって、1133喜三郎と幸吉を取り囲んだ。1134誰もが青ざめて、1135真剣な目ばかりぎらつかせている。
1136「あきまヘん。1137小松林命はんに綾部へ行ってもろたら、1138神さんのお仕組みの邪魔になるげな。1139教祖さまからのお許しがあるまで、1140絶対にここ動かさしまへんで」
1141 平蔵は、1142体ごとぶつかるようにして喜三郎の胸ぐらをとらえた。1143暮色になずむあたりは、1144もはや平蔵の視力を奪っているのだろう。1145にぎりしめる指先に、1146一途な力がこもっていた。
1147 喜三郎は、1148照れたように幸吉に笑いかけた。
1149「幸やん、1150こらどうにもならん。1151邪神どもがうようよおるわい。1152しばらくここにいて、1153審神者の勉強でもせいや」