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第四章 エスペラント語及びローマ字について

インフォメーション
題名:第四章 エスペラント語及びローマ字について 著者:井上留五郎
ページ:83 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B116500c04
 神様のお道は、善言美詞(みやび)神嘉言(かむよごと)をもって神々をなごめ、人々を言向(ことむ)(やわ)すことが第一であることは申すまでもありませぬ。言語は心の表れであり花であるから、身魂の向上と相伴うて善くなるのは無論でありますが、一方(つと)めて善言美詞(ぜんげんびし)を使い、陰口、悪口(あっこう)等を戒むるよう心がけねばなりませぬ。さて世界統一(道義的)、神人和合の大御神業についてドコまでもその(もと)となり、また末を全うするに必要なるものは人心の統一であって、そしてその人心の統一は先ず言語の共通的理解が第一の条件となるのであります。この点に向かってエスペラント語は実に理想的、共通的の中立言語でありまして、詳しく言えば今度の御経綸のためにあらかじめ準備されたる統一用語であります。この言語の完成は今より約四十年前、大本の開祖様神がかりの少し前に出来上がったのでありまして、独り言語を学ぶだけではなく、エスペラント主義として「世界人類はみな神の子であり同胞である」との博愛和親の精神を根拠とし、世界永久平和を希望としているのであります。従って僅々(きんきん)四十年足らずの間に国際語として、今や全世界に使用さるることとなり、またエスペランチストとして大本を訪問さるる人々がみな大本の教義に共鳴一致さるるのも決して偶然ではないのであります。
 つまるところこの言語一つを知っておれば世界の何れの人とでも意志を通ずることが出来るわけであるから、非常に便利であります。ことに世界数多の新進宗教的団体と提携の暁には最も必要であるから、大本信者はなるべくこのエスペラントの学修をしておかねばならぬのであります。これらの団体については後に詳述しますが、何れもエスペラントを研究しているとのことであります。聖師様より「今より十年もすればこれを知らざるものは人後(じんご)他人よりも遅れた立場とうい意味に落つるから、あまりゆっくりも出来ぬ。ソロソロ急いで貰わねばならぬ云々」(大正十二年七月五六七殿において)とのご注意がありました。
 またローマ字の方は、一日も早く学修して貰いたいとのことであります。ご存じの通り時節に適切な御神諭が神の国に掲載してありますが、これがローマ字で出来ております。
 世界的眼孔を開いて御神諭を考えてみますと、かくローマ字エスペラント等いよいよイロハの勉強を始めねばならぬ時となったのであります。イロハは日本のイロハ四十八文字とのみ狭義に解してはなりませぬ。御神諭にいわゆるイロハ四十八文字ということには深き内義が含まれているのでありますが、それは別問題として、世界的に最も広く使用されているイロハはいうまでもなくローマ字でありまして、文明国の全部がこれを使用している点と文字の数がただ十九である点など、統一上たいそう都合よく出来ております。その上誰にでも容易(たやす)く学修が出来るものであるから、早く研究して貰いたいとの聖師様のお言葉であります。しかし世界統一の暁における公用文字、公用言語は別問題であります。
 エスペラントなど外国語をやると言霊が濁る、との誤解があってはならぬからと、左の通りご注意がありました。
「面倒な説明はぬきにして、多くの通弁人通弁とは通訳のことについて考えてみてもよく判る。外人同様に外国語に熟達せる通弁人も、日本人同志の対話となると、本来の円満精朗なる日本語に復するのである。道具を使用したために言霊が濁るという道理はないのであるから、安心して研究して貰いたい。ただ何もかも抛棄してエスペラント一点張りとなるのは道具に使わるるのであるから、この点だけ注意すればよい」
 また聖師様は、外国語に素養底本では素要なき人々の記憶に便ならしめんため、エスペラントをお聴きになってから三ヶ月になるかならぬのに、三千六百に達するエス語を一々和歌にて訳されエス和作歌辞典として刊行されておりますが、一語一首であって、しかもエス語と訳語とを共に三十一文字(みそひともじ)中に読み込んであるのと、それがわずか十五日間にて出来上がったこととを考えてみると、無論人間業ではなく、そこに深きご神慮のあることを察せらるるのであります。
 去る十二年十二月、五六七会における聖師様のご講話は本項に直接関係がありますから、かいつまんでお取次致します。これは神の国大正十三年新年号に、「宗教不要の理想へ」と題して掲げてあるから、ご再読を希望致します。
「(前略)エスペラント、バハイ教、支那の宗教と、もの喰い上手のワニが第二の大本事件を惹き起こすかも知れぬと言っている。
 しかしながら大本は世界的のものであって、神は万有を愛するのが主意であるから、固すぎて孤立する事は駄目である。日本は世界に孤立し、大本は日本から孤立している現状である。この点は大本が悪いのである。(くら)がりにいるからである。大きな目が開けていないからである。時代に捨てられては醒める頃には世に遅れてしもうて、せっかく醒めても世の中の役に立たぬことになってしまうのである。吾々はこれを憂えて根本から変改の必要を感じているのである。エスペラント語やローマ字を始めるのも、この精神にほかならないのである。この事は決して神意にも反いてはいないのであって、百説紛々としてまとまらぬより実地を見せるに限ると決心して、誰にも相談せずに断行したわけである。横暴のようにもあるが、神意の然らしむるところと喜んでいる次第である。神意に反いていないと信ずるから、ローマ字やエスペラントを奨励して、世界的に進んで行かねばならぬのであります。先ずローマ字やエス語を知り余力をもって日本人全般に押し拡げ、やがて世界各国にこの運動を及ぼしたいと覚悟しているのである。今年は準備時代であるが将来全集や著作集では「将来」ではなく「来年」になっているは学校を起こし、支那、朝鮮、欧米まで逆輸入をせねばならぬのである。学校の資金等の事についても色々考えているが、神意だから大丈夫と思っている。この後どんな事になるか使命は後にならねば解らぬから、いかなる事があっても心配して()めないように願います。……中略……事件以来、狂乱的状態から一変してやや天の岩戸が開けるような心地がしだして来たが、これも時節の力で()くなって来たので誠に結構なことである。今後世界を愛し、人類を愛し、万有を愛する事を忘れてはならぬ。善言美詞をもって世界を言向和す事が最も大切である。神の前のみでなく人の前でも同様に善言美詞を用いねばならぬのである。神に救われんとして、かえって神に反くことが少くないから、決して他人を排したり批難したりするものでない。祝詞のことばが真の善言美詞であって、実は今の日本語も外国語を輸入した言葉が大部分であるから、中途半端の日本語は決して善い事はないのであって、外国語を排するならば、現今の日本語も同様の意味で外国語として排斥せねばならぬわけになってしまう。こんなわけでローマ字やエス語を学んで、早く五大洲に共通の言語を開くのが必要なことであるから、宗教はミロクの世になれば無用のものであって、宗教が世界から全廃される時が来なければ駄目なのである。主義精神が第一であって、大本であろうと何であろうと、名は少しも必要ではないのである。今までより広い大きい考えで世を導く精神にならねばならぬ。大本は大本の大本でもなく、また世界の大本でもなく、神様の大本、三千世界の大本であることを取違いしてはならない。因縁あって聖地に集まった者は、世の人に先んじて特別に善行をせねばならぬのであるが、今はかえってこれに反している。女の人には(こと)(にく)み、恨み、妬みなどがあって善くない点がすくなくないから、絶対に慎まねばならぬ。かかる次第で神は元は一つの神に統一されているのであるから、別々に争うベきはずのものでない。すべての争い、(にく)み、妬みを()めて、善言美詞をもって言向け和さねばならぬから、世界を言向くる世界共通語のエス語を第一に研究せねばならぬ。ローマ字もまた真の善言美詞の日本語を保存して行く上に、大なる必要があるのである。総じて前述の世界愛、万有愛の神の愛に押し拡げて大きな精神になって貰わねばならぬのであります」
 当時聖師様は、エス語ローマ字講習のことは今より四年前から神様より承っていたのであるが、大本の情勢は本年即ち大正十二年までその運びをすることが出来なかったのである、と仰せられました。また云うまでもなく善言美詞は巧言令色と異なり、必ず愛に発し、愛は世界愛、万有愛の精神でなくてはならないのであるから、第三章のご伝訓(でんくん)の如く吾々はぜひとも、神心の涵養に努めねばならぬのであります。

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