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後姿

インフォメーション
題名：後姿 著者：出口王仁三郎
ページ：289
概要： 備考： タグ： データ凡例： データ最終更新日：2024-10-30 20:57:00 OBC ：B119300c067
二十五六歳の頃
野上(のが)がりの青草(あをくさ)刈らんと山にゆきて彼女に逢ひぬ谷川(たにがは)の辺(べ)に
話すべきことは山ほどありながら口篭(くちご)もるかな故(ゆゑ)は知らねど
谷川(たにがは)の水を鎌にていぢりつつ彼女も吾(われ)もうつむき向(むか)へり
盗み目に彼女の面(おも)をながむれば色紅(くれない)に染まりてあるも
瀬(せ)をはやみ岩にせかるる谷川(たにがは)の百人一首の歌身(み)にせまる
この歌をひそびそよみつ何ゆゑか彼女の前に声ふるふなり
彼(か)の女(をんな)つと立ちあがり篭(かご)を背に負ひたる刹那(せつな)人(ひと)ごゑきこゆる
人声(ひとごゑ)の近づくままによく見ればあはれ彼女の叔父にてありけり
このやうなところに二人何してる早くかへれと叔父の高声(たかごゑ)
彼(か)のをんなハイと答へて篭(かご)を負ひかへる後姿(うしろで)何か淋しき
彼(か)の女しほしほかへる後姿(うしろで)を見おくるわれは胸さわぎすも
あきらめし女なれどもゆくりなく今日(けふ)逢ひしより再び胸燃(も)ゆ
人なきを幸ひわれと吾(わ)がこころ大馬鹿者よと呶鳴りてもみし
○
石垣の崩(くづ)るる如くガラガラと木の茂みよりわらひごゑわく
谷川辺(たにがはべ)に吾(われ)呆然とたたずめば草刈りの友(とも)四五人あらはる
馬鹿野郎あんなすべたがどこがよい見捨ててしまへと草刈(くさかり)の友いふ
梟鳥(ふくろう)の夜食(やしよく)にはづれし心地して体裁(ていさい)わるくわれ黙(もだ)しゐぬ
この日より噂ますます高まりて肌(はだ)に知られぬ濡衣(ぬれぎぬ)きにけり
○
朝夕(あさゆふ)に牛乳(ちち)の配達おこたらず昼は野山(のやま)に草を刈りたり
一寸(いつすん)に足らぬ芝草(しばぐさ)刈る夏のあつさに汗はたきとながるる
石ころに鎌すべらして中指の先をしたたか欠(か)きとりにけり
中指の尖端(せんたん)鎌にむしられて草刈るわざを是非なくやすむ
○
浄瑠璃(じやうるり)の夜半(よは)に逢ひたる中村のをみな訪(と)ひ来(き)ぬ夏の夕暮
背は高く身体(からだ)は肥えて色白く夕(ゆふ)べのわが目に麗(うるは)しかりけり
今日からは炊事裁縫(さいほう)手伝うと女房気どりて彼女は言ひけり
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