おほかたの人のこころは冷却し熱情あせたる綾部の初冬
ぐらぐらと降り来る雪の坂路をわけつつ本宮山に登れり
本宮の山にすまへる改森は柴など焚きて吾をねぎらふ
改森は渋茶をくみて火を焚きつ山の話をまたもはじめぬ
一日も早くこの山買ひくれと欲ぼけ親爺しきりにすすむる
この山は結構なれど綾部にはをらぬつもりと吾言ひはなつ
改森の親爺おどろき上田さん居らねば大本つぶれるといふ
役員の日日の反対にたへきれず是非に帰るといひ放ちたり
改森は言葉をつくし何処までも辛抱せよとすすめて止まず
ぐらぐらと降りつむ雪に道ふさぎ帰る由なくこの家に泊る
わが姿みえぬに役員おどろきて雪の山野をさがしまはれり
夜の明くるころ役員は本宮の神山に吾をたづね来れり
役員の四方平蔵いろいろとなだむる言葉に山を下りし
この冬は降りつむ雪にとざされて心ならずも綾部にとどまる
惟神誠の神の道知らぬ人の知り顔するは寂しき
あやまれる信仰持ちて惟神道に合へりと思へる愚人等
大神の道踏みしより満四年吾は愚人に苦しめられつつ
いろいろと醜の曲津にあやつられ三十四年ははや暮れにけり
『浪の音』終