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一本の桐の木と蝉

インフォメーション
題名:一本の桐の木と蝉 著者:出口澄子
ページ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B124900c39
001 こうして明け暮れを達磨(だるま)のように面壁(めんぺき)して、002(おも)うこともなく未決監房に馴れ染めようとした何日目、003私の(ひとみ)に、004一本の(きり)の木がうつり初めました。
005 それは、006かつて丹波の山野(さんや)に眺めたような、007すくすくと伸びた樹の姿ではありませんが、008監房のかたい庭の一隅(ひとすみ)に、009年々秋には枝をきられながらいたいたしく生きている一本の桐でありました。010しかしその時の私には──今、011この同じ地の上で、012常に冒と目を合わせて生きているたった一つの生き物──という懐かしい──私とお前──というような仲間を得た喜びを感じました。013ことに単調なコンクリート(いろ)四面(しめん)の小さな窓枠の間から、014青いものが見られるということは、015私の心の中からあるものを甦らせてくれるのでした。
016──とにかく心の慰めといったら、017この一本の桐の木だけで、018その木の緑の色を見るということは、019夏の日の旅人が、020清水の湧きいでる泉を見つけて走りよる時の喜びのようなものです。
021 世間におれば、022山も見られる、023川の流れに立つこともできる、024吹く風にそよぐ野草(やそう)(みち)を行こうと自由自在であります。025しかし未決監(みけつかん)というようなところに入れられると、026自分の自由意志のきかぬことは想像(おもい)の他であります。027そんな時、028この一本の桐が、029どれだけ私の心を慰めてくれたか分かりません。
030 私は毎日々々桐と話をしていました。031秋になると──桐一葉(ひとは)落ちて天下の秋を知る──という言葉のように、032大きな桐の一葉(ひとは)が風もないのに落ちるのをじっと見つめることができます。033裸木(はだかぎ)になるころは冬の枝の美しさや樹膚(きはだ)が目に染みてきます。034春になると角芽(つのめ)を吹き、035やわらかい葉が一日一日のびて、036葉の姿ができ、037形が大きく進むにつれて、038緑の色が濃くなり、039夏には、040こもごも葉を重ねて茂り合います。041こうして毎年々々(まいねんまいねん)春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)が過ぎ幾度(いくたび)か、042この感傷を繰り返したのです。043私は春になると桐の木にいいました。
044「昨年の秋、045お前の葉が散ってゆくのを見たとき、046来年は、047再びお前の新しい葉をつけて()を吸っている顔を見ることは出来ぬであろうと想っていたが、048また今年の春のお前の晴れ姿を見ることが出きてのう……」と自分の生きていることをしみじみと話しました。049夏の初めのある日、050この桐の木にも(せみ)が鳴き出していました。051幼い声の蝉が桐の木の(みき)にとまって鳴いているとシィーンとした空気がただよい、052その中で桐が自分の大きな呼吸(いき)づかいをこらしながら、053幼い蝉をとまらせているように思えていじらしく、054また自分の何十倍もある樹の幹にとまって、055無心に()いている蝉をみていると、056私も(ひと)(こころ)になって、057呼吸(いき)をしずめて聞き入り、058万物が愛し合って生きているいい知れんなぐさめを感じ喜びにひたったものであります。
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