新緑の萌ゆる五月の夕暮を園部の城址小麦山にのぼる
千年の苔むす杉の大木は空を封じて月光とほらず
小麦山夜半に修業をせむものと園部のやかたを立出でし吾
小麦山その頂上にわれたてば木の間をもるる十五夜の月
十五夜の月を仰ぎて吾れも亦かく清かれと祈りけるかも
澄みきらふ月にあこがる折もあれかそけく聞ゆる時鳥の声
時鳥声聞きにつつ思ひけり三千年の神の辛苦を
三千年をとざしきりたるいはやどを開かむとして啼くか時鳥
十五夜の月は天神山の上高くのぼりて木かげはくらし
火の玉
頂上にさむしろ敷きて端座すればわが目に見ゆる青き火の玉
火の玉は提燈の如くぶらぶらと地上を低く動き出したり
何となく気味悪けれど火の玉のゆく後辺をうかがひゆけり
小麦山中腹に下れば火の玉は音をもたてずパツと消えたり
火の玉の消えたるあとの淋しさはくびすぢもとまで寒くなりけり
小麦山裾を伝ひて宮の淵のみぎはにやうやう下りつきたり
宮の淵に浮べる月の清しさをしばし佇み見てゐたりけり
折もあれ先に消えたる火の玉は半丁ばかり上の淵に沈めり
水死者
小夜更けをザンブとたてる水煙月にかがよひ物凄かりき
家に帰り寝るにも寢られず只一人園部大橋の上に月見つ
ややしばしありて提燈五つ六つ先の淵辺にゆらぎ初めたり
村肝の心おちゐずおばしまによりて様子をうかがひ居たり
提燈の火は町人の持てるなりき大病人の家出を探せる
町人は上の淵の面に舟浮けて騒げる声の悲しく淋し