(一)
出口聖師は「世界一家の地上天国」建設を目指して五十年来、あらゆる迫害と弾圧とを排して奮闘して来られたのである。
全人類の幸福と恒久の平和とは、世界が一つの神、一つの主権に依って治められる時がこなければ絶対に不可能であることは、出口聖師の一貫した大精神であった。
爾来五十年大本の全信徒はその大目標を目指して不断の努力を続けて来たのである。
さらに出口王仁三郎聖師は、三十数年前既に、具体的に解説し、世界平和への大道を明快卒直に喝破強調されているのである。
即ち戦争なき世界恒久平和確立への絶対条件は、世界のあらゆる有形無形の障壁を撤廃する事である。そこで有形的障害の最大なるものは、
一、対外的戦備(警察的武備は別)
一、国家的領土の閉鎖
であり、無形の障壁の最大なるものは、
一、国家及び人種間の敵愾心
一、宗教団体相互間の敵愾心
である。そうしてこの世界的の有形の大障壁を除く為には、先ず無形の障壁から取除いて掛らねばならない。
かく主張力説する聖師はその具体的実践運動として、大正十四年正月中国北京において世界宗教連合会を提唱設立したのである。
この世界宗教連合会の目的は、世界平和を阻碍する無形なる大障壁の一つである宗教団体相互間の敵愾心を除去するためであった。
続いて聖師は大正十四年六月人類愛善会を日本亀岡に創立し自ら総裁となって世界的な大運動を展開したのである。創立趣意書に曰く、
「本会は人類愛善の大義を発揚し、全人類の親睦融和を来し永遠に幸福と歓喜とに充てる光明世界を実現する為め最善の力を尽さんことを期するものである。
抑も人類は本来兄弟同胞であり、一心同体である。此の本義に立帰らんとする事は、万人霊性深奥の要求であり、又人類最高の理想である。
然るに近年世態急転して世道日に暗く、人心日に荒びてその帰趨真に憂うべく惧るべきものがあるかくの如くして進まんには、世界の前途は思い知らるるのである。
されば吾等はこの際躍進して或は人種、或は宗教等あらゆる障壁を超越して人類愛善の大義にめざめこの厄難より脱し、さらに進んで、地上永遠の光明世界を建設しなければならぬ。是れ実に本会が茲に設立せられたる所以である』
大正十四年六月九日
以上、人類愛善会の目的とする処は創立趣意書によって明白な如く、世界平和を阻害する無形の大障壁の中の一つである国民及び人種間の敵愾心を除去し、全人類の大和合を図らんとする超民族的世界一家の大運動であったのだ。
かくの如く出口聖師は世界に卒先して、世界宗教連合会を設立し、人類愛善会を創立して、世界恒久平和への精神的無形の大障碍である各民族、各人種、各宗教間の敵愾心を除去する為に献身的な運動を展開されたのであるが無理解な日本政府当局は出口聖師の真精神を曲解して無法極まる大弾圧を加えたのであった。そうして日本人も全人類もともに悲惨な第二次世界大戦の惨劇を招いて今日の如き大不幸に陥ったのである。
時は流れる、出口聖師が世界宗教連合会と人類愛善会とを設立して人類の危機を叫び世界平和を唱導してから二十有余年、未だ各国、各民族間の敵愾心と各宗教団体との派閥対立は解消しない。
世界が現状の儘で進んで行くならば第三次世界大戦は必至である。もしそういう事になったとすれば原子兵器の大量に生産される今日、全人類の蒙むる惨害は想像以上であり、凄惨言語に絶する生地獄が地球の上に実現するであろう。
この秋この際吾々は、出口聖師終生の大悲願であった人類救済世界平和実現の為に人類愛善の大旆をかかげて奮然起たねばならぬ。
弾圧による十有余年の空白時代を清算し猛然起って聖師在天の神霊に答えるべき秋である。録々神前に座して自己救済の祈願に没頭し、一身一家の安全をのみ事として全人類の同時救済に起たざる者は小乗的利己主義者である。
吾々は全世界の同志団体と広く結び相たずさえて世界恒久平和への大運動を展開すべきである。世世界大同を理想とする道院紅卍会も人類救済の聖雄出でよと待望するバハイズムの運動も、さらに人種宗教を超越して大和を叫ぶMRAの運動も共に人類愛善運動の一種と見るべきであろう。
世界各地には尚多くの目的を同じうする団体や同志が神霊に感じて起つであろうし又起っている事であろう。吾々は之等一切の同志団体と広く深く結ばねばならない。国家的、人種的、宗教的、反感と障壁を突破して人類愛善の旗の下に。
さてしからば、世界の平和を阻害する無形の障壁即ち各民族人種宗教団体等相互間の対立反感を除去する宗教運動や精神運動のみで人類恒久の大平和が実現するであろうか。
出口聖師はそれのみでは駄目だと主張する。
無形の障壁を撤廃する運動を展開すると同時に、吾々は百尺干頭千歩を進めて有形の障壁をも併せて同時に撤廃する運動をも行わねばならぬ事を力説する。そうしてその有形なる障壁の最大なるものは『対外的戦備即ち侵略の為に各国の有する軍備であり、国家的領土の閉鎖即ち土地、資源等の国家主義的独占壟断である。
故に戦争を地上から絶滅する為には世界の各国家が侵略の手段として備えている軍備を撤廃する事であると同時に一部の民族が占有している土地資源等を全人類の共有財産として世界的に開放する事である』と。出口聖師が三十余年前に力説主張した事は今日、連邦主義者の実践運動として世界各地から起って来たのである。
「世界各地に世界の立直を行う団体が神や仏の名によって出現することは出口聖師の教え示すところであるが、吾々は今さらの如く神諭の的確さに驚歎せざるを得ないのである。蓋し、出口聖師の言葉は主神の御声であり、全人類に賜った救世の大警告である。唯り大本信徒のみの私すべき占有財産ではない。世界一切の人々は等しく神の子であり神の生宮である。天地を創造された独一真神の絶対愛は三万や五万の既成大本信者のみ偏愛される理由はない。出口聖師の大精神を具体的実践に移しつつある世界各地の連邦主義者は神を離れて神につき、道を離れて道を行じつつある世界平和実現の為の経綸に仕える神の使徒ではないか。
吾々はこれらの人々や団体とも大目的を同じうする同志として固く手を握り相協力しつつ倶に共に進まねばならないのである。
(二)
二十数年前の人類愛善運動は戦争絶滅の為に無形の障壁を撤廃する世界的運動であった。有形の障壁撤廃運動を起す処迄は未だ世界的機運が熟していなかったのである。併し人類一家の声が人種、民族を超越して世界の各地から湧き起り始めた今日、人類愛善会は無形の障壁撤廃運動と共に有形の障壁撤廃運動をも併せて力強く主張すべきである。
連邦主義者の戦争絶滅運動は法治主義に立脚する世界連邦国家建設運動であり、出口聖師のいわゆる有形の障壁撤廃運動の一種である。
MRAの運動は、国家、民族宗教等を超越した人類一家の精神的融和運動であり聖師のいわゆる無形の障壁撤廃運動の一種と見るべきであろう。以上の如く世界平和の大目的を同じうしながら、しかも方法論において全く相反した主張の起るのは西欧哲学における物心二元論の矛盾から起る誤謬であると思う。大本の神観からすれば物心二面の現像働きは大元霊から出発する楯の両面に過ぎない。大元霊はものでもなく心でもない正に物心分離以前の実在である。しかも時空を超越した宇宙創造の始源即ち独一真神である。
私は此処で大本神観の講釈を長々とやろうとは思わない。信者の人は既に百も承知であり、未信者の人は進んで研究されれば分明する事である。要は戦争なく闘争なき地上永遠の平和世界は、単なる精神運動だけでも、単なる制度組織の改革運動だけでも実現するものではなく、この両者は同時一元的にしかもより高次の霊的宇宙観世界観から出発せねばならぬという事を出口聖師の教に従って強調断言するものである。
要するに人類平和の問題は、世界の政治の問題であり経済の問題であり哲学の問題であり宗教の問題である。総じて全人類の宇宙観、世界観、人生観の問題に帰着する。世界の人々が唯心論と唯物論で相争い、有神か無神かで分裂し、精々物心一如の生命論位でお茶を濁している間は真正な世界平和はこないであろう。
全人類が幾千年に亘る個我信仰(個人利己主義)と民族信仰(民族利己主義)とを超克して、宇宙創造の独一真神に帰一し、万物一体人類同胞の大局に立って誤りなき個人の自由と民族の自由とを発見する時に神の声を聴き、神の道を大地の上に行ぜんとする万聖の大集会は起り、戦争なく闘争なき地上天国は実現するのであろう。
一切の運動はそこに至る迄の道程である。さあれ世界の歴史は統一に向って急速に動きつつある。
全人類は戦争と革命とに費す自殺的エネルギーを人類の幸福と文化の向上に注入すべく、力をあわせて世紀の大進軍を開始せねばならない。戦争か?平和か?絶滅か?繁栄か?人類の運命を決する者は人類自らである!!
のびちぢみ心の船のままぞかし 神の経綸は人にありせば(出口聖師作歌)
世界政府運動と出口王仁三郎
昭和二十四年十二月一日 印刷
昭和二十四年十二月八日 発行 【非売品】
京都府南桑田郡亀岡町南古世九二
編輯兼発行人 泉田武
京都市東山区一橋宮ノ内町七
印刷所 愛善苑中外印刷部
京都府南桑田郡亀岡町天恩郷
発行所 人類愛善会
(振替京都八二二九番)