霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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2-6

インフォメーション
題名:2-6 著者:出口王仁三郎
ページ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-11-01 03:15:00 OBC :B113800c15
 三五の明月(めいげつ)晶然(せうぜん)として万界を照らし星光(せいこう)(かすか)なるの夜半(よは)、二人の姉妹(おとどい)は今宵こそ母上の出獄せむと仰せられたる吉日(よきひ)なり、有明(ありあけ)の月を相図(あいづ)出獄(いづる)との御言(おことば)なれど外部(そとも)より応援(たすけ)する(もの)無くば婦女(おみな)の一人如何(いかん)ともするに(よし)なけんと小供心(こどもごころ)に深くも決心の(ほぞ)を固め(たがい)に時の到るを心(ひそ)かに待ち居たりしに、(かれ)大槻(おほつき)両女(ふたり)(かか)(くわだ)てありとは神ならぬ身の知る(よし)無ければ、両女(ふたり)(かわ)(がわ)る肩を打たせ足を(もま)せながら心地()げに熟眠したり。天の与へと両女(ふたり)は甲斐甲斐しく足音忍ばせ素足(はだし)のまま走り、(もと)にありし出刃包丁二丁と古鎌(ふるがま)一丁を探り出し裏口より忍び(いで)たりしが、南西町(みなみにしまち)を東へ上本町(かみほんまち)(きた)る際、恐ろしき狂犬(かみいぬ)に吠え(たて)られ一歩も進み得ず途方に暮れ居たりしに天の恵みか偶然か、横筋(よこすぢ)より黒き男の影見えて犬を追ひ()(みち)(ひら)きて両女(ふたり)を安く(かよ)はせたりしが、両女(ふたり)は地獄で神に逢へるが如く喜び勇みて(たちま)我家(わがいへ)門口(かどぐち)差掛(さしかか)りたり。(しか)るに戸前(とまへ)固くして()る事(あた)はず、我家(わがいへ)なれば誰に(はばか)ることや()らむ、戸を破らむと、姉お竜(ことば)(いもと)お澄も賛し庖丁を以て戸をこぢ()け直ちに開祖の獄前(ごくぜん)に忍び寄りしが、嬉しさと恐さ一時(いちじ)に発して(いもと)(ここ)に気絶したりぬ。姉は只々(ただただ)狼狽(ろうばい)為す所を知らず(ただ)呆然として泣く(ばか)りなり。開祖は()悲劇(ありさま)眼前(まのあたり)に眺めて可愛さの余り思はず逆上せむと給ひしが、今が大事(だいじ)の時なりと(われ)(わが)心を励まし給ひ、姉に(むか)つて水を汲み(きた)らせ面部に吹き付けしめたるに(いもと)(よう)やく正気に復せり。姉は思はず嬉し(なき)に泣くばかりなり。
 月は皎々(こうこう)として天空(てんくう)(かか)り昼を(あざむ)(ばか)りなれども屋内は(かへつ)て暗さを増すものと思慮したる姉は蝋燭(ろうそく)とマッチを持出(もちいで)()たりて開祖に細き穴より(あい)渡したるに、子供(なが)らも細かき処にまで心付きしと(せう)し給ひつつ直ちに点火し玉へば、親子の面影は歴然(ありあり)として()る事を得たりしが、開祖は(たちま)両女(ふたり)の痩せ衰えたるを見て不便(ふびん)さ身に迫り、アア(なんぢ)()()れ大槻の(そば)()る事ならば飲食の(たび)にも嘸々(さぞさぞ)気兼(きがね)なしつらん、(つら)からん其の痩せ()けし(さま)は何事ぞ、と流石(さすが)強気の女丈夫(ぢよぜうぶ)も思はず声を曇らせ玉へば両女(ふたり)は答へて()へる(よう)、必らず必らず心痛(しんつう)なし玉はるな。大槻の伯父(おぢ)さんは(ごく)親切にして世話して呉れます。この痩せたるは(かん)(やまひ)(おこ)りし故ぞ。最早(もはや)(やまひ)両女(ふたり)とも全快したれば日ならず元の如くに肥満すべし、と開祖に(つら)き思ひを(なさ)せまじと事実を隠す不便(ふびん)(いた)はしさ、身も世もあられぬ()き思ひ、心の底に泣く泣くも八千(はちせん)八声(やこゑ)郭公(ほととぎす)、血を吐く(ばか)りの悲惨さを無心の月は皎々(こうこう)明々(めいめい)、この一家の活劇を見下(かんか)するにぞありける。
 両女(ふたり)不図(ふと)顔を上げ獄柱(ろうばしら)際間(すきまへ)より御顔(おんかほ)を熟視すれば四十余日の入獄に飲食絶たれしこととて身体(しんたい)骨立(こつりつ)(ほと)んど現世(このよ)の人とも思はれぬ程に()たく(かわ)らせ給へば、此の御姿(みすがた)は何事ぞ。御悼(おんいた)はしや(なさけ)なや、せめて兄上(あにうへ)なりと(まし)まさば(かか)憂目(うきめ)見給(みたま)はざらんものを、と声を放ちて泣き伏しぬ。
 此時(このとき)開祖は如何(いかが)思召(おぼしめ)されけん、()の大神より賜はりし神剣(しんけん)取出(とりだ)末子(ばつし)純子(すみこ)通常は「純」ではなく「澄」と表記するが本書のように「純」と表記されている文献もある。に授けて、(この)神剣こそは先夜(せんや)大神より不思議に賜はりし神宝(みたから)(なり)。今改めて(なんぢ)に預け置かむ。(そもそも)この神剣は汝が母の意志を継ぎて本教(ほんきやう)に仕ふる時の肝要の()なり。母が肌身に着け居らむには、(あるい)汚贖(をどく)汚すこと、汚れることを意味する「汚瀆(おとく)」(新字体だと「汚涜」)の誤字か?の恐れあり、此御剣(みつるぎ)を母の記念(かたみ)と思ひて大切に保護し(まつ)れ、また姉の(りよう)(ぢよ)は母の従来(これまで)(いと)みし金竜餅(きんりようもち)を売りて世を渡るべし、(われ)()りては(かへ)つて汝等の苦悩を(まさ)む、親は無くても()は育つといふ、此世は神の世界なり、神明(かみ)に預け(まつ)らん二人の身体(からだ)、と()ひつつ涙に呉れ給へば、二女(ふたり)は其の御言葉(おことば)何処(どこ)やらに()に落ちぬ(ふし)ありと小供(こども)(ごころ)にも不安の念慮(ねんりよ)制し難く、何故(なにゆゑ)ならば(かか)る悲しき(こと)(のた)まふか、其理由(わけ)聞かまほし、頼みも(ちから)も無き二人の姉妹(きようだい)、ただ母上のみが杖柱(つえばしら)何卒(どうぞ)思ひ(とど)まつて給はれ、と紅葉(もみぢ)の如き手を(あわ)せ拝む心の意地らしさ、思ひやられて憐れなり。
 開祖の決心動かすべくもあらず、(たちま)立上(たちあが)りて腰に(まと)ひし細帯(ほそをび)を解き手早く(はり)打懸(うちか)け玉へば二人は吃驚(びつくり)仰天、(ほと)んど方行(ほうこう)に迷ひ、()やせん(かく)詮術(せんすべ)も泣きつ(とど)めつつ狂気の如く周章(あわて)(まわ)れど獄柱(ごくちう)に隔てられたる(かご)(とり)。押せども引けども動かばこそ、姉は柱に()底本では「擧」(挙の旧字体)だが「攀」の誤字であろう。(のぼ)(のぼ)りては落ち(おち)ては(のぼ)(とど)むる(よし)もないじやくり、折柄(をりから)開祖に神懸(かんがかり)あり戒め教へ覚し給はく、(ゐまし)は何に血迷ひしか、()た何に狼狽(うろたへ)たるか、心を鎮めて自省せよ、人には持身(ぢしん)の責任あり、(わが)心の(まま)に処決せんとするは神祇(しんぎ)に対して不忠不義たるべし、斯道(しどう)の為には(あく)までも神勅を遵奉せざるべからず、(ゐまし)小心(せうしん)にも死して現場(このば)の苦痛を(のが)れむとするは実に薄志弱行の()なり、(いま)だ一つの社会に(こう)をも(たて)暗々(やみやみ)帰幽せば、()れ神界に対し(まつ)りて此上(このうへ)の大罪は無し、(かつ)(また)死後幼女(ふたり)の困苦薄命(はくめい)を熟慮せざる()、と(みづか)ら開祖の(くち)を通じて厳訓し給ひしかば、開祖は夢の醒めたるが如く釈然として悟り、アア(わらわ)(あやま)ちたり、小心なる女心(おんなごころ)一筋(ひとすぢ)に思ひ(つめ)ては気も狂乱せし()(すべ)無き事に神慮(みこころ)(わづら)はし(まつ)り、可憐(かれん)幼女(ようぢよ)の心を苦しめたることの愚かさよ、と自ら神直日(かむなほひ)大直日(おおなほひ)に見直し聞直し給へば、両女(ふたり)(あだか)も枯木に花の咲けるが如く天を仰ぎ地に伏底本では「附」。して(よろこ)び拝む其様(そのさま)筆紙(ひつし)言語(げんご)の知る(よし)もなかりき。
母子(をやこ)破獄(はごく)(くわ)だつ
 開祖は運命を天に任せ給へば獄中生活の苦痛をも少しも意に介し給はざれども今()のあたり二女子(ふたり)の可憐なる姿を熟視し玉ひては子を思ふ親の心の矢も楯も堪まらず遂に(ごく)を破りて母子(おやこ)三人(みたり)八木村(やぎむら)の福島家へ逃げ行かむと決意され直ちに開祖は内より古鎌(ふるがま)を以て、二女(ふたり)は外より古庖刀(ふるぼうてう)を以て切破(きりやぶ)らんとすれども、疲れ(はて)たる開祖に力無き幼女の事とて堅牢なる獄舎の如何(いかん)ともするに(よし)なく、神明(しんめい)(たす)けたまへと声を忍ばせ泣きつつも、大槻の追手(おつて)(きた)らざるかと()はさ悲しさ一時(いちじ)に発し手足震るひて一入(ひとしほ)困難するのみ。()れど(こぼ)でど少女(をとめ)の身の非力、容易に目的を達すること(あた)はざりしも母を救はむとの(こう)の一念や貫徹しけむ。
 (ようや)く一尺(ばか)りの空孔(あな)の明きたれば(これ)ぞ全く神の(たすけ)と喜び勇み、今や開祖の(くぐ)(いで)んとなし玉へる折しも、大槻は二女(ふたり)(わが)家に影無きに(うち)驚き、血相変えて韋駄天(ゐだてん)(ばし)りに馳来(はせきた)り、(この)(てい)を見るや否や開祖を力任せに土足のまま蹴り込み、(そと)より固く戸を閉ぢ乍ら両女(ふたり)眼下(がんか)に睨み付け怒声(どせい)張上(はりあ)げ言葉も荒々しく、(なんぢ)()二人子供の分際として(われ)一言(いちごん)(こたへ)も無く鎌や庖丁の如き刃物を持出(もちい)で無断に夜中(やちう)遁走(とんそう)するのみ()殊更(ことさら)(かか)全狂乱(まるきちがい)を勝手に逃がさんとする図太き小女郎(こめろう)の謀計、小供(こども)なりとて中々油断は成難(なりがた)し、弥々(いよいよ)明日(あす)より摂州へ奉公に遣はさむ、母子(をやこ)の別れと(たがい)()く顔を覚え置く()し、狂母(はは)は到底全快覚束(おぼつか)なし、死後は()が好き(よう)取扱(とりあつか)ふ、心残さずサア(きた)れ、と泣叫(なきさけ)二女(ふたり)を無理に引立(ひきたて)て帰り行く。四鳥(してう)の別れ釣魚(てうぎよ)の悲しみ衷別離苦の真情は無心の月も感じけん。
 (にわか)一天(いつてん)搔き曇り雨さへ(まぢ)りて物凌(ものすご)き光景に酒呑(しゆてん)童子(どうじ)異名(あだな)(とつ)たる強欲非道の大槻も(しば)し思案に暮れ居たりしが、開祖は獄中より言葉静かに大槻に(むか)ひ、鹿造(しかぞう)(しば)らく待たれよ、(わらは)は決して狂人(きちがい)にあらず、天下公共の為に神命を奉じて皇道の大本(だいほん)を宣伝せんと欲する而己(のみ)。世俗は幽玄微妙の神理を解する能力無ければ(わらは)言行(げんこう)奇怪視(きくわいし)(あやま)つて狂人(きちがい)(へん)するなり。今夜(こよい)(さいわひ)に出獄するとも(すこし)世人(よびと)に迷惑を(かく)る事(だんじ)じて無し、安心せよ、と御言(みこと)も半ばに大槻は、エエ八釜(やかま)()狂婆(きちがい)()、神の為()の為など申す言葉が気に喰はぬ、()れが全狂人(まるきちがい)と云ふものなり、弥々(いよいよ)(もつ)て出獄は許されず、()れど狂人(きちがい)とは(いへ)幾分(いくぶん)かは(わが)(ことば)聞分(ききわ)くるならん、心(しづ)めて(よつ)く聞くべし、今日(こんにち)この大槻の家の苦境を如何(いか)に見るか、妻の(よね)出口直の長女。昨年来(さくねんらい)大狂乱(おほきちがい)一時(ひととき)目放(めはな)しならぬ厄介者、(かて)て加へて狂母(はは)までも看護せねばならぬ()が困難、其上(そのうへ)二人の幼女(こども)まで親族の因果で面倒(なが)らも養はねばならぬ、厄介(ばか)り重なりて最早(もはや)(わが)(いへ)も破産の悲運に会ふは()のあたりなり、総領の竹造(たけぞう)は今に行方不明なり、弟の清吉(せいきち)は入営の身、二女(にぢよ)のお(こと)三女(さんぢよ)のお(ひさ)は相当に生活(くら)し乍らも母子(おやこ)の窮状を余所(よそ)看過(みすご)す薄情もの、今に一円の金も贈らばこそ、揃ひも揃ひし結構な()を持ちし因果()さんの全狂人(まるきちがい)、その中に(われ)一人は実に馬鹿らしき苦労、縁の下の力持(ちからもち)もどこで()の鹿造が立行(たちゆ)くと思ふぞ。(せめ)ては狂婆(ばさん)なりと一日も早く死んで(くれ)なば今日(けふ)の苦心の幾部分なりとも(のが)れんものを、エエ死下手(しにべた)のクソ(ばば)と、さも憎らし()(ののし)りつつ、坊主憎けりや袈裟まで憎ひと理不尽にも二女(ふたり)を力任せに(こぶし)を固めて打撲する痛ましさ。人の皮()る鬼畜とは(かか)無情漢(むぜうかん)をや謂ふならむ()三五(さんご)底本では「参五」。玉兎(ぎよくと)再び天に西渡(かたむき)国家(こくか)興々(ここう)(かけ)は鳴く。
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