詩歌
長髪
出口瑞月(王仁)
緑こき葉末の露を身にうけてとくとくとすするその白き露
若桧葉かげの枝にかけたる小鳥の巣白き卵がひかりてゐる
椎の木の繁みにのぼる月の顔ゆふかぜたちて梢が撫でる
長髪を風に吹かせて街ゆけば犬の仔驚き吠えたりわれに
五月の窓を吹き入る朝風に吾が長髪のほつれはすずしい
長髪を風に靡かせ道ゆけばアナーキストとあやまられたり
創作
粟津晴嵐(王仁)
黄金のなみうつごとく見ゆるかな南桑原野のうれむぎばたけ
とこなげの山の谷間に夕陽落ちて保津の川音高く聞ゆる
いさり火の影くらくして小雲川に鮎捕る人の舟かすかなり
見渡せば大枝の坂はかすみつつとこなげ山に陽の沈みゆく
谷水の音きよくして虎杖のながく延びたるこのはざま径
八雲立ついづもの宮の清庭にもゆるがごとく躑躅花咲く
みづみづし御垣のうちの大王松君が千歳を寿ぎて立てり
天然の岩積みあげてつくりたる苔生す灯篭にむかし偲ばゆ
与謝の海吹き来る潮風浴びながら高くたちたる竜灯の松
成相のやまにあまぐも立ちこめて天の橋立小雨降りつつ
あま雲はあまつ日かげをおしつつみ風肌さむし天の橋立
天も地もしづかに暮るるこの夕べ浜辺のやどに月見草咲く
水甕
石山秋月(王仁)
宮津湾しづかに暮れて艪の音も浪のまにまに高くなりゆく
たそがれて沖合とほく見渡せば海もみ空もひとつ色なる
竜灯の松の老樹のふかみどり与謝の海面染めて立ちけり
ひさかたの天の橋立空高くわたり来て啼け山ほととぎす
栲綱のしらなみわけて入りきたる船路やすけし天の橋立
吾妹
五月雨
三井晩鐘(王仁)
五月雨の雲まく軒にちらちらと灯かげかすみて牛の声あり
さつき空雨雲ひくう山すそをさまよひながら雨はれにけり
天渡る月の夜ごろも過ぎゆきてさみだるる山に啼く時鳥
夕けぶりしめるが如く重たげに軒端をはひて空さみだるる
海士の子がたく藻の煙うちしめり波もしづかにさみだるる海
アララギ
玉川清風(王仁)
朝日山川ぎり高く立ちこめてふもとの里に朝日刺すなり
昨日まで陽炎立ちし野の辺には雨ふりいでてあたりくらく見ゆ
現代文芸
保津渓流(王仁)
何処やらに締りのないのを感ずる悩みなき自分が作つた歌に
一度は死なねばならぬ人生と覚悟しながらも惜しい命だ
御形
静夜
比良暮雪(王仁)
神饌所棟にかかりし満月のみるみるうちに天にのぼりゆく
せせらぎの音を聞きつつ高殿にねむる夕べの静なるかな
小夜更けの窓辺によりて歌かけばあるかなきかの蚊の声悲し
雪胴の下で歌かくこのゆふべ吾がえり首に羽虫落ちくる
しなびたる庭の植木の小夜ふかく月の下びによみがへり居り
自然
みちのく
瀬田橋影(王仁)
岩木山雲立ち篭めし津軽野やあした涼しく風わたるなり
名にし負ふ津軽の富士の岩木山津軽野にきて仰ぎみにけり
うしとらの空に群れ立つ白雲や津軽広野を風のふくなり
山かげは遠にかすみて浪の秀のたちつづくのみ海のひろしも
午経なば雨降るらむか雨雲の空を掩ひていよよひろごる
新創作
百姓だ
大井清流(王仁)
減税も失業防止も俺達を胡麻化す為のお題目だよ
一日も早く俺達労働者の世界にしなくちや殺されて了ふよ
ウエストミンスターふかしながらに工場監督が俺の朝日を贅沢だといやがるのだ
働けば働くにつけ損をする算盤勘定の合はぬ百姓だ
燃ゆる如き炎熱の日を稲の田に糞小便を撒いて麦飯も易々喰へぬ百姓だ
小学校を出るや荷車曳かされた名残りの腕が六十の今になつても痛むのだ
ど貧乏ど百姓の伜と地主等に呼びずてにされた昔を思ふ
伝説や金箔等に飾られた既成宗教を蹴つて俺は自然の道をゆくのみだ
アーメンと憐れつぽい声をしぼつて教会で牧師が偽善の寝言いつてる
俺達の生活に資する力なき宗教なんか葬つて了へ
八合
鶴山より亀山へ
矢走帰帆(王仁)
前になり後になりて十六夜の月吾が汽車を見送りてあり
おほぞらのそこひも知らぬ雲の波十六夜丸の月舟わたる
汽車の旅朝の景色はことさらに新に生るるすがしさをもつ
右左窓の外にも吾が乗れる汽車の室あり夜の汽車あはれ
一文字に流るる霧の帯の上につんもりと浮く胡麻の高山
このあたり山郭公の名どころと聞けど河鹿の声のみぞする