詩歌
不況
出口瑞月(王仁)
餓じい腹をかかへて秋の夜を寝る蟋蟀の音は腹のどん底にこたへる
寝ながらに月かげが見えるあばら家の淋しいくらしだ螽蟖が鳴いてゐる
不景気風吹きまくつてゐる今年の秋は庭の萩など見る気にならず
破窓に茘枝の蔓が絡みついて黄色い瓜がぶらさがつてる秋だ
曼珠沙華が赤々と咲いてゐる田の畔! 憂鬱な百姓の顔をみろ
皮の堅い小さいかさぶたのやうな茄子が葉末に覗いてる野の秋
つきくさ
秋草
唐崎霞松(王仁)
野分に吹きまくられて刈萱のしどろもどろになびく夕暮
西北の風や吹きけむ刈萱のしどろにふすよこの朝ぼらけ
八重葎しげるまがきにうち靡く萱の葉末を風わたるなる
立ちのぼるきりの下草踏みゆけばむらさき匂ふ桔梗の花
白萩のはなのつゆの玉はらはらと散らす夕べの風の冷たき
八千草の花野の秋のすがしさよ露のゆふべは月の冴えつつ
短歌月刊
秋日静居
瀬田橋影(王仁)
朝ときにピアノの音の起りたり光照殿の奥深きあたりに
銀杏の実はあるとしもなき秋風にゆられて落ちつ音たてにけり
木犀の花咲き揃ひわが住める庭面は秋のふかみゆくなり
何となく眠たき今日の窓あけて眺むる野路に小雨降りしく
秋雨のしと降る庭に苔むしてこの手洗鉢のさびのふかかり
庭石の窪みに雨のふりたまりかげを宿して月のさやけさ
汽車の音とどろきすぎて目には見えね丹波の朝の霧の深きに
大空の雲切れぎれにただよひてゆふべはさむし雀啼き寄る
銀杏の実は今か色つきて秋の田の稲と匂ひをきそへるらしも
大空に雲ふさがりてさむけきに百舌鳥の声ばかり高く聞え来
あけび
秋草
堅田落雁(王仁)
大輪の朝顔のはな文つくゑに鉢なり持て来見てをたのしむ
秋立ちし山路さやけき桔梗のむらさきの花色ににほへり
日並べてつづく旱に庭萩のいくばくならず咲きてしなへぬ
おし並べて秋は朝夕たのしけれ春たね蒔きし七草のはな
みそぎして帰る夕べの土堤の上に宵待草の咲きつづきたり
夏の田に稲の草とるたをやめのたもと涼しく夕風のふく
千町田に草ぬく男いつしかに稲のしげみにみえずなりにし
三伏の暑さもおぢず賤の女が田にくさをとる姿雄々しき
心の花
月光
井出玉川(王仁)
仰ぎみる月中天にかがやきてわがかげ短く庭に這ひ居り
月高くみ空に冴えて青訓の喇叭のおとも更けわたりつつ
わがかげもかくろひにけり天心にこりて動かぬ月の光に
中空に月はよどみてわが庭の松の木かげも狭くなりつつ
夜あらしは松にふけども大空の月たかだかとあをぐもの空
創作
十和田百景の内
粟津晴嵐(王仁)
くれなゐの梢あちこち湖の面にうつりて清しき八雲岬かな
小波のしづかに寄する三室岬岩にしげれる樹々のさやけさ
八郎の大蛇が血糊の記念てふ五色岩ケ根に浪のただよふ
はるばると山河越えて十和田湖の深きしづもりに身を浸す今日
ちはやふる神の斧もてけづりたる千丈幕のすがたゆゆしき
秋の陽のにぶき浴びたる神代浦わが遊ぶこの船とどめたき
波の穂のよりて成れるか剣岬の岩はさながら剣に似たる
苔のむす千引の岩に根を占めて生ひ茂りたる千本松かな
業平の岩としきけばむらさきの衣をまとへるごとくさやけし
湖のおも赤岩の浦に蝋燭岩浮きたるすがたおもしろきかな
波鼓ときじく打ちて鼓ケ浦もみぢ映えたるうつくしきあき
権現岬まはれば俄に波凪ぎて湖吹く風もひたととまりぬ
都市と芸術
帝展出品拒絶に就て
出口王仁三郎
美術家の苦心を知らぬ化石らが杓子定木をふりまはしつつ
半年の汗にうまれし美術品虚空にまよふあきさかりかな
名ばかりの規則を楯に化石等が振る乱棒に辛棒出来ずも
稲みのる美術の秋にこれはまた思ひもよらぬ高あらしかな
十月号都市と芸術を見て陶物に関する知識を得たりけり
都市と芸術かかる尊き雑誌ありと知らずにゐたる迂闊さを悔ゆ
水甕
秋雨
石山秋月(王仁)
やれ窓の障子ぬらして忙しげに風にのりゆく秋の夜の雨
秋雨の窓打ちすさぶ真夜中をこゑきれぎれに蟋蟀のなく
風はやみ空には雲のはしりつつ軒にななめに秋の雨降る
木々の風騒ぐとみれば間もあらず音たてて降る夕つ秋雨
愛宕山かきくらしつつ降る雨のはれゆくあとにすがし秋の陽
蒼穹
秋月
十和田勝景(王仁)
ひさかたのみ空の月は神つ代の姿をいまにかへずありけむ
四ツ辻の地蔵の頭に霜はげてかがやきわたる冬の夜の月
秋の夜の更くる惜しみて思ふどち露草の上に月かげを見る
高台の銀杏にかかる月光をめでつつ秋の夜をふかしをり
村肝の心の雲もはれにけり秋の夜かがやく月をしみれば
ゆきくれて通ふ山路を昼のごと照してのぼる秋の夜の月
雨はれの大堰の流れ濁れども浮べる月のかげはさやけし
吾妹
秋雨
三井晩鐘(王仁)
山めぐる雲のあなたに青空に高くのぞきて降る時雨かな
ひとしきり風にざわめく銀杏葉に露をのこして時雨はれたり
高雄山まだ染めはてぬもみぢ葉をちりもはてよと降る時雨かな
足引の山の尾上に小夜ふけて鹿の音さむく時雨ふるなり
わが庭の虫の音わぶる如くなりうちつづきたる秋雨の音に
香蘭
北海道の旅
三国一峰(王仁)
大蕗やドングイしげる山路を駒に鞭打ちのぼるあやふさ
みはるかすかぎりは麦や馬鈴薯の畑ばかりなりニセコアン村
羊蹄の山のすがたの全体を清くすずしく今日みつるかも
平原に風そよぎつつ田の面の作物に照る日かげの清しさ
空たかく晴れわたりたりここや見る羊蹄山は遠く低しも
暑き日も樹蔭すずしく風立ちてしのぎよきかも胆振平原
アララギ
初夏
玉川清風(王仁)
夕焼の空あざやかに池の面にうつらふ雲の夏めきてみゆ
蛙なく田中に立てる藁の家の軒をふさぎて桐のはな咲く
潮音
月
嵐山桜楓(王仁)
昨日より遅く出づると知りながら月待つ夜半のもどかしきかな
三日の月ふりさけ見れば若き日の恋人の眉しのばるるかな
おきつどり鴨着島に船出してなみのあなたの二日月見し
白萩の花に月かげさしそひて庭の面いまだ暮れあへぬかな
ささやけき雲ぎれにさへかくれゆくデリケートなる三日月のかげ
現代文芸
三等室
保津渓流(王仁)
小さくなつて二等室を抜けてゆけば乗客専務が目に角たてる
三等室にうづくまつてる吾が肱を引つかけ黙つて車掌が通る
御形
真葛の花
比良暮雪(王仁)
しろじろと葛のうら葉を吹きとほす風ひややかに夕べわびしき
山路ゆけば葛の葉風のさやさやに耳にひびきて秋は深しも
賤ケ家のかきのま葛ののびのびて高きこずゑに紫のはな
真葛の花見わかずなりし夕暮の空につめたき新月のかげ
むらさきの真葛の花を手折らむと分けゆく足に蔓まとひけり
自然
月
瀬田橋影(王仁)
大空に月澄みきりてこの夕べを雨降りしとは思へざりけり
太鼓の音近く聞ゆる夕べの丘に立ちてし見れば月はさえたり
松の根に腰うちかけて愛宕山の尾上にさゆる月にみあかず
わが征矢の通りつるかも嬉し野の草の露ちる松かげに立ち
今朝見れば黄菊白菊窓の辺に雨降る庭にさゆれてにほふ
あすの日は雨降るらむか大空の月のおもてをつつむ雨暈
大空は清し冴えけりベランダをゆすりて渡る風の寒しも
八合
土地を買ふ
矢走帰帆(王仁)
隣接の一万二千坪の土地買ひし夕べ月あびてそこら廻りみる
二十万円出さねば売らぬといひし土地六万円にて渡しけるかな
不景気の風におびえて土地の値段急転直下三分一の値
買ひとりし土地を見まはればあかあかと稲荷の祠立てる静けさ
三方に濠をめぐらす旧城趾わが住む館のながめよろしも
山陰の咽喉丹波の亀山をたちてのぼらむかあづまの都へ
月によし花にまたよき花明山の秋の神苑に虫の音清しも
夜も昼もこの花明山のひろ庭に鳴く虫の音の殊にすがしも
一点の雲きれもなき仲秋の月のゆふべにみそのをめぐる
健啖家の牛飲馬食会に入り一等賞をとりしわかき日
露
天城山木々のしぐれの露たりてこだまにひびく浄蓮の滝
虫
冴えわたる鈴虫の音をいつくしみ月下の草の露をみだせり
ポトナム
立秋
宮城野萩(王仁)
あかあかと咲き乱れたる庭のべの百日紅のかげになく馬追
銀杏の大樹のうれに蝉しぐれひねもすありてあつき立秋
生れ出でし子の命長かれ幸あれと姓名を選む一とき二とき
けたたましき子の泣声が耳に入り思はず椽にかけあがりたり
貧しけれどわが世をつがむ相続者生れし今日の嬉しさ忘れじ
連山のいただき遠くかすみつつ南湖公園のもみぢ葉赤し
常春
秋
琵琶湖月(王仁)
有明の月は地上におちにけむ葉ずゑの露の光りそめつつ
来し友となかばも語らぬ短夜の月傾きて明けはなれけり
朝霧の四方をこめたる丹波路は汽車の音のみ聞え来るかな
丹波路は霧のをぐらく包めども鳥の声に明けはなれけり
月はまだ西山の上にありながらはや朝明けの雲流れたり
いなのめの空ほんのりとあからみて草の葉に見る露のかがよふ
鵲の啼くあかつきに起き出でて見ればあかしも柿の梢は
みづがき
米沢の旅
静波春水(王仁)
苔むせる石灯篭の幾本かたてるさにはのおものしづけさ
松桧落葉松樅のあをあをと立てる庭辺のいともさやけし
愛宕山木立あをあをしげりつつ夕日に映ゆる米沢に来つ
やり水の音もしづかにきこえつつ風ひとつなき夕暮の庭
酸漿のふくろあかあか池の辺に生ひて水の面にかげを落しぬ
庭隅の形の梢に百舌鳥一羽とび来て夕べを淋しげになく
月の庭たちまち暗く曇りきてやがて時雨はふり出でにけり
この夜らを御池の鯉も勇めるか跳ね飛ぶ音の高くきこゆる
雨蛙落葉松の枝に鳴きそめて空にたちまち雲のただよふ
雨いたるしるしにあらむ汽笛の音ことさら高く響きわたるも
高天
夜の海
愛宕山樵(王仁)
夕暮の門司の浜辺にたたずみて春帆楼をふりかへり見る
点々と浮く漁火も浜辺より眺むる目には一文字の火の橋
大空の星の光りと海原の漁火とをくらべて上見つ下見つ
何国の大船なるか闇の海にひとかたまりの電灯ながるる
五千噸の石炭一と日に焚くといふ八幡製鉄所の煙の空かな
いくすぢとなくどす黒い煙突が紅蓮の舌を吐いてる夕暮
煙突の先より出づる火の舌を佇み見れば地獄の絵を思ふ
雲仙嶽たかくかすみて有明の不知火の海に夕日落ちゆく
筑紫潟波間におち行く夕日かげは赤く大きく波を照せり
玄海の水面たかまりいさり船浮けつ沈めつをどる夕波
ぬはり
台湾風景
山紫水明(王仁)
淡水渓つつみに添ひたる水溜に水牛あまた泥浴なしをり
生蕃のきたなきやどのおもてぐち首の彫物かず掲げあり
水牛の背に白鷺や台湾のからすとまりてあそぶ野辺かな
いと広き畑のあちこちしろじろと土人の伏せ墓横たはる見ゆ
猩々木木瓜のあまた生ひたてる善化の駅は風さへすずし
山羌の声暗の林にきこえつつ温泉の夜はしづかに更けゆく
コンロンやクロトン竜舌猩々木茂る関子嶺に白頭鵠の啼く
白頭鵠の啼く声聞けばさながらに春のはじめの心地こそすれ
ひこばえ
わが庭に
円山応響(王仁)
萩の枝のうねりうねりてわが庭に咲きこぼれつつ鳴く虫や何
畔路にあかあかたてる曼珠沙華の花も月照る夜半の淋しさ
いろいろに咲き乱れたるコスモスの白き花のみ月にかがよふ
風もなきこの月の夜に漣のたつとし思へば五位鷺浮ける
壱岐の島芦辺の港乗り出でてわが目路かすむ対馬のあたりか
おほぞら
秋景
萩村虫声(王仁)
大愛宕の尾根につづける並山の山の峡より雲わきたつも
おちたぎち保津の谷間の瀬をはやみ泡立ち流る秋の水かも
底知れぬ千鳥ケ淵のくらくして覗きのぞけば目路の凄きも
春ははな秋はもみぢの嵐山の峰のなかをの大悲閣かな
谷いくつわたりわたりて松山にあせかきしはての茸三本
一つ家の軒につられてあかあかと秋陽に柿がかがやいて居り
巻煙草くゆらす部屋に茶と白と紫の煙わけ立ちのぼるも
わが庭の萩むらさむく時雨して地にこぼれたるむらさきの花
風吹けばポトリポトリと音立てて落つる栗の実庭にをどるも
鳥人
南船北島
玉出島守(王仁)
日並べて世をうしとらの旅衣ほころびにけり衣川の館
さくくしろ五十鈴の宮の神杜に月冴えわたる秋のゆふぐれ
梨葡萄桜桃みのる山形のあき野のたびのすがしきろかも
白楊樹落葉松のこずゑさへさゆらぎもせぬ夕べのしづけさ
白雪ののこる羽前の月山にかがやく月をわれあふぎけり
二階から目薬をさすとふうがちごと既成宗教にかなふ諺
ふるさとの空なつかしみ西の方仰ぐみ空に十二夜月照る
むしあつき夏の旅路もすぎさりて秋風そよぐ米沢のまち
梵貝
孫子を見て
若柳桜樹(王仁)
六十になつたこの夏孫が出来て遂々爺さんといふ名になつた
昨年は不思議な年よ三人も孫達が出来てうれしいさびしい
何時までも若い心でゐたものを孫達が出来て爺さんの気がする
まだ若い私の妻を孫達が婆あさんと呼んでゐるのが少し焦れつたい
三人の伜が一度に子を産んで父さん顔してすましこんでる
黒んぼをおつけなされと妻いへど面倒くささに白髪のままゐる
覇王樹
台湾にて
和知淡水(王仁)
一まいるみなみは熱帯圏内と聞くからあつしふゆの嘉義街
徒歩すれば家々の軒に亭仔脚ありて陽を蔽ふ街の涼しさ
東南のそらを仰げば新高山いただきとほく雪に映えたり
こんもりとコバルト色に阿里山は嘉義の東に聳えてしづけし
稲刈りしあとのみづ田を灰色の水牛ゆるゆるすけるのどけさ
うばたまの小さき鳥ただ一羽水牛の背に虫ついばみてをり
丈たかき砂糖黍の木あちこちにしげれる畑に土人立ち居り