詩歌
追憶の歌
出口瑞月(王仁)
汗臭い肌を里川で洗ひ浴衣に着替へて夜遊びをした昔が恋しい
土百姓生れの臭い野郎だつたがまだ他に臭い所を知つてゐた
夜から夜へ働いてもろくに麦飯も喰へない水呑百姓の伜だつた
エロチツクな女の前には極めて弱い自分だつた何時も啞になつて了ふんだ
今日も解雇されてすごすご帰つた青ざめた友の顔をみろ
解雇手当だと云つて呉れたる目腐れ金つくづく見れば涙がにじむ
土を食ふわけにもゆかず電車道に転がつて見たが命が惜しい
左の眼が時々かすむのも未決監の名残りと思へばむかつ腹が立つ
祈り且つ働けと刑務所の庭の草むしりゐる
つきくさ
秋雨
唐崎霞松(王仁)
秋雨のふる庭の面に鳴く虫の声ととのひて空たそがるる
ひそやかに夕べははやく来りけりもみぢ葉にのこる夕映の色
おち積る桐の枯葉をうつ雨のひびきに秋の夕べとなりぬ
芭蕉葉に音たてて降る秋雨の声きく夕べふるさと偲ばゆ
長月の月光見えつかくれつつしぐるる庭にこほろぎのなく
短歌月刊
肉を燃す焔
大井青竜(王仁)
炎熱の田に絞つた汗の花が稲田に咲いてるが年貢を考へると肝にさわらあ
見ろあの会社の太い煙突からもやもや昇る黒煙は汗と油の燃える焔だ
看守長の尖つた刺す様な声に俺達ア目を見合はして顎をしやくつて膝を直した
骨と皮になるまで絞つた汗の実のこの米さへ大方地主の蔵へ入るんだ
浅間山の噴煙の様に燃えて四方に飛ぶその飛沫がどうなるか知るまい
雨が降つてもなほしてくれないでこの家主俺達を金魚と間違へて居やがらあ
彼奴ら蘭鋳の様な腹をしてステツキを握り俺達の働くのを見てそり返りやがつた
鈴虫松虫が気楽相に鳴いてゐやがるひもじい俺達にはうるさいばつかりだ
労働歌を唄つても睨まれる世の中だみんな黙つて考へろ考へるのは自由だ
終日の労働を慰する一合の酒にも国税を負はされてゐる俺達だ
あけび
夕陽
堅田落雁(王仁)
出羽富士の名にし負ふ山の鳥海の頂き高し雲の上に見ゆ
山峡の大沼の水面ひかりつつ見のさぶしもよ白鳥の浮く
青草を背に積みてゆく母馬の後へにつきて仔馬はしり行く
田の畔に草刈る老母ふたりゐて笠に燻しが吊りてありけり
夕つ日影海のには面をにほはせて砂丘の松のきはやかに見ゆ
池の辺の松の葉がくり合歓の花かそけき風にふるひて咲けり
青田の面さわたる風も陸奥はあなしみじみし秋来しがごと
山の面に夕陽かげろひいわし雲しらじらとうきて空をおほへり
男鹿半島たかく聳ゆる寒風の根呂はなつかし夕霞して
夕つ陽は日本海に落ちて見の限り黄昏の靄ひろがり行くも
心の花
追懐
井出玉川(王仁)
何一つ目ざましき事もやらぬくせに法螺ばかりふく満洲ごろ哉
日の本の恥をばさらし名を汚す満洲浪人の豚のごと肥えたる
刑場のつゆと消えなむ瞬間をわが官憲にすくはれにけり
戦に破れ命をすくはれて日本にかへるは恥かしかりけり
創作
粟津晴嵐(王仁)
不具者ばかりの哀れな信者の姿見て気の毒になり避暑やめて帰る
まれに逢ふ七夕星のそれならで及びもつかぬ恋もするかな
日を数へわが待ち恋ひし七夕の夕べの庭は華やかなりけり
かささぎの橋にも似たる天の河渡る術なき恋もするかな
都市と芸術
204号を見て
出口王仁三郎
竹内栖鳳氏の静物に
真魚と菜の配置塩梅筆剣の切れ味うまし鉈豆の鞘
山元春学氏の保津川に
山元の流れもきよき保津川の岩根にたてる釣人すがしも
両岸の岩根をあらふ激流の水音きこゆるおもひこそすれ
西邨五雲氏の猫に
たはむるる雌雄の猫の仔海越えて独逸人までも咽喉鳴らせたり
宮田渓仙氏の飛瀑奔鹿に
小男鹿の勢ひつよく瀑の瀬を横渡りするいさましさかな
竹内逸三氏帰朝を祝して
三年のながき月日を欧洲に学びて無事にかへりし君はも
欧洲に君が学びし芸術のひかりは皇国の天地をてらさむ
文芸にひいでたまひし君こそは錦上さらに花そへまさむ
君が手にかなづる欧洲の音楽は四方の国々なり渡るらむ
水甕
七夕後朝
石山秋月(王仁)
別れては又逢ふまでを玉の緒の露のいのちを懸けて待つ星
七夕の星逢ふ夜は明け初めてわかれのそらに霧立ちのぼる
天の河あしたのそらにかげあせて妻おくり舟つつむ朝霧
七夕のあかぬあしたのわかれをば惜しむなみだの露おく朝庭
本意なしや天の戸明くる朝ぼらけあかぬ別れを惜しまるるかな
たまさかに逢ふ夜は思ひ打明くる程なく惜しく別れけるかな
暁のつゆ踏むさへもすずしけれたまに逢ふ夜の君と語りて
浅芽
いろづきし浅芽がうへにおく露の冷たき夕べ雁鳴きわたる
蒼穹
十和田勝景(王仁)
夕ぐれの窓吹く風のつめたさに樺太の冬偲ばるるかな
秋風のすさぶ夕べに町を行く駒のいななきいとも寂しき
大空の月をあふぎて涙せしむかしの吾が身しのばるるかな
雪つもる狭き夜道をいくたびも往きかひしたる昔なつかし
霜おきし野辺も厭はず通ひたる昔のわれははなやかなりけり
池の辺の松の木かげに人待ちし昔偲べばほほゑみのわく
そのかみの華やかなりし歌詠むも気づかはれけり今日の吾が身は
真夜中に山坂いくつ越えながら通ひし思へば心わかやぐ
池の面に小波立ちて砕けたる月に歎きし夜半もありけり
真夜中に月冴えわたる里川を二人渡りしすがた目に見ゆ
吾妹
秋
三井晩鐘(王仁)
照る月の青葉にひかり添へながら風にのり行く俄雨かな
雀飛ぶ秋田の稲の穂のなみに鳴子さわたる秋のゆふかぜ
板の屋根包みて茂る葡萄蔓の青き葉の上に秋の陽は照る
吹き過ぎしかぜの尾上に絶え果てて白樺の森しろく光れり
香蘭
三国一峰(王仁)
稚内のみなとをたちて樺太の野辺の千草にあこがれにけり
拍手のおともすがしく樺太の宮居の杜にひびきわたりぬ
手宮なる古代文字の面眺めつつ思ひを遠く神代に走らす
近文のアイヌの家を訪れてわかきメノコと言問ひにけり
平原に農家の点々立つさまは海に漁船の浮くごとく見ゆ
アララギ
七夕
玉川清風(王仁)
七夕のそらわたりゆくしら雲は天の羽衣しのばするかな
潮音
嵐山桜楓(王仁)
ひさかたの月照る空に隈なくて啼き渡りゆく初雁のこゑ
なつかしと聞く間に過ぎて大空の月をかすむる初雁のこゑ
子守唄うたふ声する夕まぐれ眺めて居ればわたるかりがね
渡りゆく初かりがねぞ聞ゆなるたゆたふ霧のふかき大空
秋立ちていく日も経ねど大空の月になくなり宮城野の雁
現代文芸
保津渓流(王仁)
阿諛諂佞の友は追々昇級する正直一方に働く俺は首にされた
雨はるる植田のくろに蓑しきて塩加減よきにぎり飯喰ふ
五月雨にぬれつつ植うる早苗田の秋のみのりは吾がものならず
御形
梟の声
比良暮雪(王仁)
人ごころ日々につめたき人の世に恋のみはやや昔のままに
千秋苑樹の間透して洩るる灯を門辺に立ちて見入る人あり
はしけやし子に笑顔して今日の日のいのちの無事をひとり感謝す
電灯の下ひそやかにもの書ける夜更けさびしき梟のこゑ
自然
蝦夷ケ島
瀬田橋影(王仁)
もろ木々は緑と茂りもろ草の花さきさかる蝦夷の夏かも
北の果蝦夷国原も夏なれば汗拭き絶えぬ今日のひねもす
見るものを見の珍らしみ聞くものを聞き珍らしみ蝦夷の旅ゆく
一とせの春夏秋のもろ花のいま咲く蝦夷に海越えて来ぬ
砂吹くや蒙古の野ゆく思ひして白樺の森を見さけ見つげり
山脈のやまのみねみね雲おほひ羊蹄山の今日は見えずも
巨き樹はみな伐り伐られ植ゑし木の若木が茂る胆振国原
落葉松のこずゑにここだも雀子の群れて囀る朝ほがらなり(本目名)
アカシヤのはり枝茂りて路の辺のあをあをと涼し本目名の里
笠にして冠るもあまる蕗の葉の大きが茂り野の路を狭めり
これの世にかひなく生ふるドングイの荒地覆ひ繁む山の道ゆけり
朝風のすがし吹きいる窓の辺に昨日の日記を時得てペンとる
むくつけき里人なれやおのもおのも吾が湯に入るを覗きては行く
窓近くペンとる朝を三箇山の峰ゆ吹く風そよそよとすずし
板をもて壁とはりたる家造りをいぶかし見ればここのならはし
逸り馬の牝馬にのりて蝦夷の国仁勢古安へと急ぐ旅しぬ
たたなはる夕焼空の雲の映え色くさぐさに光りうるはし
もうもうと濃霧立ちこむ中にして胆振広野の今朝狭く見ゆ
橄欖
台湾旅行
室戸岬月(王仁)
七星山峰よりおろす夜あらしにつれて吾が宿雨となりけり
草山の高地はあめにきらへども台北市中はほこり暑しも
今宵また屁にこまるらむ莢豆を鉢に一ぱいたひらげし吾(ゆで豆を食ひて)
屁の種と思へど莢豆芳しくいくら食つても喰ひあかぬかな
獅子頭の山よりおろす山風は晴天ながらいともはげしき
白頭鵠の涼しくなくに眼さむれば居間の障子に朝日さし居り
八合
天ぷら
矢走帰帆(王仁)
持ち手さへよければ天ぷら時計でも純金と見ゆる世の中淋し
いつの間にか篭の斑鳩逃げ出して庭の老松に平気で啼いてる
エロチツクなセキセイインコが終日をキツスしてゐる吾が窓の外に
九官鳥のやうな男が頼まれて売地の風景いつも褒めてる
山の神の出尻はと胸ふくろの目獅子鼻わに口も家の宝だ
もう古い言葉なれども源助と云はれりやあんまり気分がよくない
昨日までかがんだ腰が当選の今日は鷹揚にそりかへつて居る
ケーブルカーの出来た夕べに愛宕山に登つて見たる月の高さよ