短歌月刊
パン買ふ銭
大井青竜(王仁)
高尾の紅葉が秋風にチラチラ散つてゆく様に俺達の懐にも不景気風が吹きすさぶよ
軽い財布を懐にして勧商場へ這入つてみたが俺達の手が出せるのはパンばかりだ
パン代に財布をはたいてゐると向側の棚から京人形が笑つてゐやがつた
俺達の様なつまらない家にでも月末になると掛取さんが一杯つまつてくれるよ
壁の破れ穴から隣を覗くとそれでも八公め嬶とパンをちぎりあつて楽しさうだよ
煎餅蒲団を朝質屋へ運んで夕刻うけ出して来る俺達だ、雨よ降つてくれるな
汗と脂を絞つて揚句が質屋と家主の奉公たあよく出来てゐる
乞食だつたボロを纏つてゐたんでは一銭だつて貰へないと云ふ世の中を笑へるか
常盤の松だといつても秋風が吹けば古葉が黒ずんでパラパラ庭に落ちしくのだ
人間の屑ばかりが古寺に集つて歯のぬけた口から詠歌したり鉦を叩いてゐる
心の花
雁
井出玉川(王仁)
秋の日のゆふべの空をあふぎつつ初雁の音を旅にききたり
おほそらに初雁高くきこゆなり高峰にのぼる月さやかにて
月見んと端居しあれば雲間より影ちらちらと落つる初雁
創作
十六夜の月
粟津晴嵐(王仁)
文殿のいらか照して十六夜の月はおほぞらに澄みきれるなり
露おきし庭の萩むらかげ暗く虫鳴く今宵月かげ冴えたり
おほぞらの王者の如き十六夜の月のひかりに星はひそめる
足引の山の尾上のくつきりとくろずみ見ゆる今宵の月かげ
そよろ吹く風だにもなき庭の面に月かげやどす萩のむらむら
今宵みちてまたもかけゆく月かげに人の命の果敢なさ思ふ
かた庭にさむしろしきて十六夜の月をめでつつ虫を聞きつつ
虫のこゑ四方にながるる神苑の月のしたびににほふ萩むら
つぎつぎに友つどひ来て賑はしく小夜ふけわたる月見の宴
月かげの冴ゆるにつれてわが庭の木群いよいよ暗くなりつつ
都市と芸術
帝展を観て
出口王仁三郎
中村大三郎氏の婦女図をみて
長椅子にもたれかかりし女子の瞳に未来のゆめを宿せり
鹿子木孟郎氏の層雲峡をみて
層雲峡ふでの光りにわが魂はしばしわすれて佇みしかな
福田平八郎氏の緋鯉をみて
軽快な筆のおよぎのあととめてうごける如し緋鯉のさまは
板倉星光氏の春雨を見て
おばしまにもたれて池の鯉見入るをとめの袖に春雨の降る
山元春汀氏の時雨空をみて
足びきの山野をそめて時雨する雲のゆきかひ目路はるかなり
小畠鼎子氏の竹子を見て
きみが持つ筆のふしぶし竹子の伸びたるごとく素直なりけり
谷口富美枝氏の麦秋をみて
梅雨ばれの麦の畑に鎌をとるしづのをとめのいそしき姿よ
小林草悦氏の筧をみて
ためいけに落つるかけひの石清水こひて遊ぶか一羽の鶴鴒
水甕
秋の状景
石山秋月(王仁)
あきさめのつゆもまだひぬ常磐木の葉末のしづく風ゆり落しぬ
高尾山まだそめはてぬもみぢ葉をおちもはてよと降る時雨かな
本宮山正木色づくきのふ今日降るあきさめのをやみもあらず
武蔵野の葉末いろづく秋雨のゆふべさびしき虫のこゑごゑ
蒼穹
琉球風景
十和田勝景(王仁)
那覇みなとちかく見えつつ海中に風光清き慶良間島浮く
白鴎の可憐なすがた海の面をかすめて飛べる風情ゆかしも
碧瑠璃の波上飛魚勇ましく群れ立つさまの珍らしきかな
陸上をふりさけ見ればみどり濃き樹の間に赤き人家建つ見ゆ
吾妹
葛の葉
三井晩鐘(王仁)
朝あけの霜にうつろふ葛の葉のかげうすうすと色づきにけり
秋風の吹きもかへせる葛の葉に露しろじろと月濡らしたり
霊幸ふ神のいがきにからみたるくづさへ霜になやむ世ぞうし
もと切りてひかばより来ん葛の葉のもそろもそりに秋は暮れゆく
風吹けば下葉の露の打ちこぼれさやさやに散る野辺の刈萱
風吹けば下葉みだるるかるかやの露にもこもる秋のひそみぞ
香蘭
大淀
三国一峰(王仁)
大淀のみなそこまでも照り透るこの長月のかげのさやけさ
かきつ田の黄金の稲穂あかあかと照らすも清し秋の夜の月
待ちわびし人は来らず小夜ふけて二十日の月は山にのぼれり
鳴く虫の声ばかりなる田の面にのぼる二十日の月の静けさ
いつまでもあかで眺むる月かげに稲田の面はほのあけにけり
アララギ
玉川清風(王仁)
浴室のまどより白石川見ればかはなみしろく電灯に映ゆ
よべの雨やうやくはれて鎌倉のいでゆのあした水音たかし
みはるかすひくやまなみのおくふかく泉ケ岳に雲かかる見ゆ
現代文芸
保津渓流(王仁)
丸ビルの陳列窓をつめ噛んで見てゐる妹の姿がいぢらしい
三畳の一と間に親子六人が寝るなつの夜はまるで地獄だ
何時首がとぶかも知れないつて、
不景気が何だい。
この腕を見ろ!
この汗を見ろ!
肉も血も搾られた俺達だ。
目もくぼんでゐるだらう。
だが今に見ろ明日を思へ。
御形
壱岐にて
比良暮雪(王仁)
壱岐神楽とほくきこえ来向ひゐる海のうへには月冴えながら
木の葉皆秋陽しみじみ吸ひて居り真昼の森のひそやかにして
わが思ふ心をひたと詠みあてし歌のあるじのかしこきろかも
獄の辻峰にうすもやこめにつつあき立つらむか壱岐の島根に
波の穂を踏みてわたりし壱岐の島にかなしきものは虫の声々
浪路はるかわたりし島のたびのやど夕べは君のそぞろ恋しも
自然
琉球の旅
出口王仁三郎
船をすてて桟橋を渡れば
ひさごなす緑青のそらを新らしきいろと仰ぎみて心すがしき
沖津浪あらぶる海をうちわたり那覇の港に吾が船入りぬ(久吉丸)
ヌイミソーレーヌイミソーレーと髯もてる車夫ここだむれて呼びつ近づく
暦なきこの島のむかししまびとは月のかたちに日数さとりてむ
栄え凋む草にうつらふ春秋を知りて住みしとふここのいにしへ
み天よりひとりの男の子ここに降り女神とあひて三男と二女生みぬ
天孫子は国主となり按司子は諸地のかしらの大祖となりし
天孫子は国頭中頭島尻と三つにわかちてここををさめぬ
山脈はたてにはしりて砂おほし水のともしきあはれこの島
大空にたかだかとそびえ濃緑にフクギガジマル繁るこの島
この島を真紅に飾るディグの花春より夏にかけてさくとふ
橄欖
有明月
室戸岬月(王仁)
月かげの傾くまでも更くる夜にあそぶたもとの露おもみつつ
ありあけの月はみ空にうすれつつ濠の芦間ゆ五位鷺のたつ
もみぢ葉の露の玉てるながつきの月の光りに見惚るる宵かな
台湾旅行
船のまど開きて見ればわたなかにうかびて青き淡路島山
甲板に立ちてうなばらながむればはるけく浮ぶ二名島かも
大空はくまなく晴れて海原にかがやきわたる天津日のかげ
たそがれの五百重の波のはてとほく壱岐の灯台輝ける見ゆ
風なぎて浪しづかなる海原をてらしてのぼる月のさやけさ
なにひとつ見ゆるものなき海原の水平線より朝日のぼれり
何国の船にかあるらむなみの奥に烟を吐きて渡り行く見ゆ
浪の秀をおし分けのぼる月光にうなばら遠くかがやきにけり
八合
蒙古行
矢走帰帆(王仁)
大正の甲子三月三日のあさわれふんぜんと蒙古にむかふ
奉天府きう城内にしのび入り張作霖ともの言ひかはす
張作霖盧占魁等とあひはかり西北自治軍を組織せし春
十万の兵をひきゐて蒙古に入るわが銀鞍をてらすつきかげ
張桂林包金山等の王族をひきゐてそうろんざんにたむろす
公衛府鎮国公にかけ合ひてわがぐんたいに参加せしめぬ
外蒙にむかへばロシヤの赤軍は大砲を打ちて進路をさまたぐ
てきぐんに吶喊すれば武器を捨て三角竜旗置いて逃げゆく
馬の腹どろにひたりて身うごきもならぬ月夜を敵襲ひ来ぬ
雲
大愛宕尾上にたてばしらくもの谷間をとざしてわきたつ夕暮
ポトナム
宮城野萩(王仁)
常磐木の松もしらじら見ゆるまで月冴えわたる霜おく夜半かな
出雲なる稲佐の浜にうちよするしらなみすがし今宵の月かげ
風の声澄みわたりつつ庭の面の松のこずゑに月冴えにけり
ささ波の滋賀のうらわの小夜更けて月にうかべる竹生島かな
半国のやまのいただき冴えながらわが庵いまだ月ののぼらず
みづがき
沖縄にて
静波春水(王仁)
そのかみの王尚邸をおとづれて茶よばれつつ庭にしたしむ
ふゆながら琉球島はくさもえて畳に蟻の這ひあがり居り
茶に米を入れて煮詰し湯のかをりいとも味よく朝夕いただく
沖縄の島のをみなはおし並べてきかん気顔を持ちてゐにけり
大島行の船にて
海原にあさひかがやき徳の島わが眼のまへによこたはりけり
高天
対馬にて
愛宕山樵(王仁)
そばの花粟の穂傾く畠を越え小川わたりて花咲く小路行く
山駕籠にかつがれながら嫁菜神輿草露草にほふ里道進む
洲藻のうら船のり出せば紺碧の波もしづかにあき陽晴れたり
しろやまの第一の城戸あふぎつつ鋸割海峡わたるすがしさ
両岸の岩山高くうなぞこにうつりて清しき黒瀬の瀬戸かな
鯣烏賊豊漁をかみにいのりつつほとけをまつる矛盾せる島
なまくさきものをこのまぬ仏をばまつれば自然漁りすくなし
生物のいのち取るなと仏教が精心すすむるはしまに適せず
ぬはり
沖縄にて
山紫水明(王仁)
島の雨やうやく止みて大ぞらは曇りながらに夜は明けにけり
そのむかし尚家の住みし館のまへふかく清けき井戸水の湧く
馬肥しクロバの生ふる神苑にさびしく咲けるすみれ花かな
おきなはの神社社務所のやすみつつ舜天王の雄図しのびぬ
茄苳樹の神さび立てる森林は神代のままのすがたなるらむ
明時代わたりしと云ふ釣鐘のあをくさびつつ庭つ面にあり
ひこばえ
丹波の秋
円山応響(王仁)
霧こむる丹波のあきの朝空にすがたみえねどかささぎの啼く
霧ふかみわがふるさとの西山の尾上の松も見えぬあさかな
おほぞら
対馬にて
萩村虫声(王仁)
しまやまや飯盛山やうみのいろなみにうかべる姿すがしも
あさみ湾ふねのり来れば白嶽のいはほ神さび雲群れ立つも
八塩路の潮の八百路を別けゆけば和多津島根にかがやく月かげ
白嶽のみねのをのへに月冴えて洲藻のやまむら露ひかるなり
空と海一つに見ゆる浪の奥にしづむ夕陽の赤くもあるかな
洲藻のさとはやたそがれて白嶽の尾上に夕陽暮れのこりつつ
対馬潟船のりくれば浪のおくほのぼののぼる朝日かげかな
対馬やまのぼりて見れば見れば朝暁の海のかなたに浮く壱岐の島
秋の日の澄みわたりたるおほぞらをうつして蒼き浅海湾かな
のぎく
山家猿公(王仁)
夕されば宍道の湖のなみ凪ぎてかがみのごとしうかぶ月かげ
ゆく秋のかぜを浴びつつ弓ケ浜ゆ見ればさやけし島根半島
波の秀はしろじろたちて磯辺ふくかぜの音高き日の御碕かな
不二
壱岐にて
閑居富善(王仁)
せせらぎのおと枕辺に響かひて旅の寝覚めのすがしき朝なり
神功皇后征韓の頃ゆ湧きしとふここの湯の本の温泉は澄み居るも
清石浜よるの景色は竜宮城をおもはすほどによしと聞きたり
筒城のはまの老松えだまじへあきのまひるに砂きらひ居り
全島を一眸のうちに見とほせるしまぐに一のたかき獄の辻
ハイビヤクシンいと珍らしく生ひ茂るこの海岸をあかず見て居り
地上
寿翁無塵(王仁)
急水渓わたれば暮色寂然と吾が車窓までおそひ来にけり
曽文渓鉄橋わたればたそがれて莿竹や台湾松のしげきも
南北につらなる高山新高や阿里の神山かすかに眼に入る
珍らしき釈迦頭の果を食てみればほとけの慈乳吸ふ心地せり
車路乾の駅にすすめば相思樹の天を封じてくらきまで立てり
砂糖黍眼に見るかぎりしげりつつ原野は緑のいろに映えたり
二荒
若き日の追懐
仙史万公(王仁)
柴一荷刈りをはりたるゆふぐれの尾上に立ちて友と村見る
彼の森の西は吾が田よ彼のやまの裾はわが田と友はほこれり
君が家の田は何処にあるかと尋ねられ吾は黙して答へざりけり
半反に足らぬ吾が家のいねの田は山上よりは目にも入らざり
是だけの広い田のある村に住みてわが田なきかと密に涙しぬ
きみが家の田は何処ぞと柴の友に問はれて顔を赫らめにけり
猫額大の耕地さへなき小作者の伜のわれをはかなみて泣きぬ
彼のやまは誰人の所有此山は吾が家の所有と友ほこり云ふ
農事よりほかに所作なき小作人の行末思ひて涙に暮れたり
待てしばし吾壮年になりぬれば田地を買ひて小作を救はむ
手も足ものばし様なき小百姓の家の子吾は世をはかなみにけり
如何にせば小作人の苦より免れむかと朝な夕なにこころ悩みし
少年の身には如何なる考案も詮すべなくなく田舎に暮れゆく
拾銭の金さへ証文書かざれば貸して呉れない地主なりけり
やまに野に汗にまみれてはたらけど吾がものならねば大方犬骨
作るべき吾が田なき身はいつまでも天窓のあがらぬ農の子なりき
地主等は父の名までも呼び捨てに奴僕の如く扱ふを憤りぬ
地主等が横柄面をくじかむと毎夜富家を訪ひてあそべり
暇あれば地主や富家をおとづれて小夜更くるまで話して帰る
富める人も次第次第にしたしみてわれを特別扱ひにせり
現代生活
亀山万寿(王仁)
豊作で米が安くて被搾取階級の俺たちは妻子の腹をみたすに苦しむのだ
俺達の命の糧の米が安いと云つて地主の肩を持つ××が釣上げ策を講じてゐるのだ
何百万の俺達の仲間が失業苦に泣いて居るのにまだ米の釣上げ策だ
あしかび
白河の関
富善灯火(王仁)
鏡山みどりくれなゐこきまぜて湖底ふかくかげをうつせり
笑顔よき少女の面のおもほゆれかがみのやまのもみぢを見れば
こころざし漸く遂げてしらかはの関路の趾に今日着きにけり
そのむかし能因法師のうた詠みしあとをはるばる吾が訪ね来し
野も山もにしきをかざる秋の日にたづね来にけり白河の関
百千鳥鳴くこゑ寂しゆふまけてもみぢ散りしく白河の関
夜さらば白河の月眺めむと待ちしもむなし曇りけるかも
草山に常盤の松のちらちらとたてるが見えてあめけぶるなり
草の実
水呑玉子(王仁)
コスモスも庭萩の枝もしをれつつ花明山神苑風のつめたさ
七月苑大工の斧のおとさえて秋日にかはくあたらしき壁
竹藪をきりとられたる雀子がまよひ入りけりうたの文殿に
藁箒木もちて雀を追ひまはしつかまへたれば手のひらぬくし
生きものの生命惜しみて窓ひらき神苑に広くはなちやりたり
菁藻
台湾にて
福禄寿翁(王仁)
かぜかをる野中の駅の構内に茄苳の老樹しづかに立つ見ゆ
マツチ箱なせる汽車行く小駅に林投しげりて吹く風涼しき
平原の中をながるるぎう牛稠渓わたればつづくいもはたけかな
水牛の田を働くあたりあたらしき骨堂見えて小鳥の飛ぶ
排水路かなたこなたに掘りきつて耕作の便はかりある野辺
車窓より田のおも見れば水牛の田を働くあたり新廟建ちあり
このあたり海近くして砂山のかなたこなたに白く光れる
媽祖廟の屋根に飾りしもろもろの人形のすがたの面白きかな
朝天宮まうでてみれば土人等は吉凶見むと神籤引き居り
短歌
雑唱
灯下相親(王仁)
食用の菊のはたけに白きシヤツ着けたる人の鎌もてる見ゆ
くろかはの一本橋をあやふげに雨合羽きてわたる人あり
眼界のせまき雨日の今日の旅左右の紅葉になぐさめられゆく
那須ケ岳見むすべもなき秋雨のまど吹くかぜの冷え渡るかな
赤松のはやしの間より人の家のちらちら見えて雨けぶるなり
このあたり稲よからねど大根の畑あをあをと茂りけるかな
大杉のこんもりと立つ森かげにあかき稲荷の祠たつ見ゆ
那珂川の鉄橋ながく見えながら国造のもりあめけぶるなり
歌と評論
花咲爺山(王仁)
青垣山四方にめぐらす亀山の城趾にたてばこころうごきぬ
旧城趾銀杏のもとにたたずみてわれ回天の偉業をおもふ
この城趾われのすみかと口はしり空想家よと父にしからる
古世町の伯母上の家にきたるたび帰りは何時も城趾に立ちよる
洋々と水をたたへし内濠のふかきおもひの消ゆるときなし
竜灯
瀬戸の海
南苑二葉(王仁)
瀬戸内海風光にめでて発動汽船あらたにつくり島巡りけり
新造船瑞祥丸と名をつけて伊予にゐはま湾に進水式せし
大船の波にゆられてわがふねは木の葉の如く翻弄されたり
五里五島七里七島経めぐりて一しうかんのなつはくれたり
宣伝と遊覧かねてなつのうみずゐしやう丸はかけめぐりつつ
島かげに船をよこたへ魚をつる夏の夕べの暮れ惜しまるる
新居浜の浜辺に船を繋ぎおきて入り来る巨船をうち仰ぎつつ
御代島のみさきに浮かべる白石のいはほ真白に波の上に映ゆ
石鎚のやまは雲間にかすみつつ新居の浜辺にさざ波のうつ
真人
出口山風(王仁)
雨のごとふる秋霧のつめたさにしのび足にて猫のゆくなり
音もせで降るあさぎりの松ケ枝につゆの玉をばむすぶ秋かな
立つ霧に朝ぐもりして丹波路は夜のあくるさへ遅き秋かな
月見むとゆふべの庭をさまよへば向つ山峡きり立ちのぼる
川一ぱい霧立ちこむるあさあけを犬のこゑのみ聞えくるかな
冷光
若き日の追懐
松野下露(王仁)
つぎつぎに思ひ出したる追懐のうたは又もや数年さかのぼる
幼かりし時の田舎者の足蹟は余りに恥かしき事ばかりなる
神の道つたふる身にはをさな時のことうたふさへ心ひかるる
桑の実の黒く熟れしをむしり取り顔をゑどりて友と芝居せし
与市兵衞が定九郎に殺さる真似をして出刃包丁を揮ふ危険さ
吾が友は与市兵衛となり定九郎となつて出刃にて鼻切り血を出す
出刃をもて鼻を切られし吾が友はワツと泣きつつ家に帰れり
吾もまたおどろき黒いかほながら家にかへりて軒に潜めり
友のちちたそがれに来てわが父に芝居の負傷談なしいかる
わが父は話のこらず聞きをはり伜を懲らすと返辞して居り
暗がりの軒に潜みて父の言聞くより伯母の家に逃げゆく
亀岡の伯母のところに吾ありと知らず両親は村中探査せり
桑の実の汁でゑどりしかほを見てどうしたのかと伯父驚けり
泣きながら芝居のはなしいちいちに語れば伯母は青息を吐く
伯母上に送られ穴太に恐るおそる帰れば父はにこにこして居り
友の疵あまりに軽微なりしためはやくもなほり庭に遊べり
おたがひにいたづらのための怪我と知れ友の両親もこころ和めり
これからは刃物を持ちてあそぶなと戒められて天窓かきたる
六十一才になれる竹馬のともの鼻に横一文字の瘡跡まだあり
大島にて
大島のしぐれに逢ひてむらさきのころもはしろき袴染めたり
於神山木の葉さやぎてかぜ強くあめばらばらと落つる朝かな
かぜ吹けど雨はしばけど庭鶏のこゑさわやかに明くる名瀬かな
南洲翁来島由来読みゆけば御国の前途になみだしたたる
英雄の鴻図いだきてとき待ちしわれおほしまにありて腕鳴る
パツと照り忽ち曇り風立ちて又も陽の照り雨ふる名瀬かな
七八日ふねきたらず米穀に欠乏つぐるうみのおほしま
向日山坂をのぼれば眼のしたに大熊の里小家立ちならぶ
渡りゆく小川の土堤の篠竹のむらがり立ちて風にざわめく
やまのうへまでもひらきて蘇鉄の木うゑ込みおほき海の大島
向日峠のぼりて行けば晴れくもりつねなき狐雨のふり来る
白けたる常盤の松の幹たかく吹くやまかぜにひるがへり舞ふ
かぜつよきためにや内地に比較して蘇鉄の幹のひくき大島
向日山九合目あたり登りゆけば自動車もろくもパンクせしかな
パンクせし自動車のためわすれもの思ひ出して名瀬に返せり
老いし樹は皆ことごとく枯れ果てて山の尾白く風雅なるかな
パンクせし自動車千辛万苦して修繕やつと終りけるかな
西の空とほくのぞめば雲見山たかくそびえて山姿妙なり
北風をにしかぜと呼ぶ大島は平家のわたりし時ゆはじまる
きたかぜの追人おそるる平家族に西かぜなりと島人の好意