十二歳の頃
桑の実の黒く熟れしをむしりとり顔を画どりて友と芝居せし
与市平が定九郎に殺さる真似をして出刃包丁をふるふ危険さ
わが友は与市平役吾は又定九郎となりて出刃にて鼻きる
出刃をもて鼻を切られしわが友はワツトと泣きつつ家にかへれり
われもまた驚き黒い顔ながら家にかへりて軒にひそみぬ
友の父たそがれにきてわが父に芝居の負傷談なしいかる
わが父は話のこらずききをはり伜を懲らすと返辞してをり
暗がりの軒にひそみて父の言きくより伯母の家ににげゆく
亀岡の伯母のところに吾れありと知らず両親村中探査す
桑の実の汁で画どりし顔を見てどうしたのかと伯父おどろけり
泣きながら芝居のはなし一々にかたれば伯母は青息をつく
伯母様に送られ穴太におそるおそるかへれば父はニコニコしてをり
友の疵あまりに軽微なりしためはやくもなほり庭にあそべる
お互にいたづらのための怪我としれこころなごめり友の両親
これからは刃ものを持ちて遊ぶなといましめられて天窓かく夕べ
六十一歳になれる竹馬の友の鼻に横一文字の瘡痕まだあり