十二三歳の頃
柴一荷かりをはりたる夕暮に尾の上にたちて友と村みる
かの森の西はわが田よかの山の裾はわが田とほこりがに友いふ
君が家の田はどこにあるかと尋ねられわれは黙してこたへざりけり
半段にたらぬわが家の稲の田は山上よりは目にもいらざり
これだけの広い田のある村にすみてわが田なきかとひそかに涙しぬ
君が家の田は何処ぞと柴のともに問はれて顔をあからめにけり
猫額大の耕地よりなき小作者の伜のわれをはかなみて泣きぬ
かの山は誰びとの所有この山は吾が家の所有と友ほこりいふ
農事よりほかに所作なき小作人のゆくすえ思ひて涙にくれたる
まてしばしわれ壮年になりぬれば田地を買ひて小作を救はむ
手も足ものばしやうなき小百姓の家の子われは世をはかなみにける
いかにせば小作人の苦よりのがれんかと朝な夕なになやむ幼心
少年の身にはいかなる考案もせんすべ泣く泣く田舎にくれゆく
十銭の金さへ証文書かざれば貸してくれない地主なりけり
山に野に汗にまみれてはたらけどわがものならねば大方犬骨
作るべきわが田なき身はいつまでも天窓のあがらぬ農の子なりき
地主らは父の名までも呼びすてに奴僕のごとくあつかふを憤りぬ
地主等が横柄面をくじかんと毎夜富家をとひてはなせり
ひまあれば地主の家をおとづれて小夜ふくるまではなしてかへる
富める人も次第次第にしたしみてわれを特別あつかひにせり