二十三四歳の頃
乳牛はのこらず天神山に入り逃げてかへらず搾乳出来ず
そのためにその日の朝の配達はやめて得意をあやまりまはる
文助と徳と三人天神山にのぼりてゆふぐれ牛つれかへる
一にちのあひだ十頭の牛さがしくたぶれはてて搾乳出来ず
乳房凝らし牛はもうもうなき出せば仔牛放ちてみなのませけり
○
往診ゆ帰りし井上これを聞き棍棒ふりあげ追ひかけきたる
いちはやく惟平翁の住みたまふ安養亭に逃げ入りにけり
惟平翁驚きたまひ喜三郎何して来たか顔が青いと宣らす
今日の日のありしことども紙に書き見すればウンとうなづき笑ます
これからは牧畜なんかよしにして国学勉強せよと宣らしぬ
○
妖怪学膝栗毛など読みふけり藤坂内藤両家にあそべり
ときどきは妙霊教会にかよひつつ神の話を聞きてたのしむ
月次の祭日かならず教会にいたりてわれは講演をなせり
吾が叔父は教導職にならぬかと言葉つくして何時もすすむる
叔父もまた妙霊教会布教師を拝命しつつ伝道なしをり