二十六七歳の頃
田舎には気のきいた女一人もなしと思へば淋しくなりぬ
甲の女と結婚すれば乙の女が茶茶いれるかと思ひわづらふ
甲も乙も丙丁戊も土臭く気に入らぬとてさまよう結婚
侠客のむすめ一人吾がいへに流連なしてかへるともせず
乙丙の家を訪はんと思へども彼女にさまたげられて意を得ず
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要領を得んとおもひて不断から不得要領の仮面をかぶる
山に寝ね草に伏しつつ若き日の人目をしのぶラブ・グロテスク
若き日のラブ イズ ベストをとなふれど会心の者なき田舎かな
玉の緒の命のラブはうばひさられやむを得ずして屑のみ拾ふ
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搾乳もそろそろいやになりにけり仔牛の心おもひはかりて
肝腎の乳はしぼられひよろひよろと瘠たる仔牛に涙こぼるる
糯米の粥などたきて牛の子に朝な夕なに喰はせけるかな
数頭の仔牛に夜はおそはれて幾度となく床はね起きたり
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うばたまの暗き淋しき藪小路も雨ををかして通ふ君許り
田の中の溜池のそば忍びゆけば青き火燃えてぱつと消えたり
人魂は三個ならびてまた出でぬ竹 辰 万の溺死の亡霊
人魂を淋しき野辺に一人見て胸をののきぬ足はふるひぬ
淋しさと恐さ忍んでたどりゆく夜半の恋路はあさましかりけり
人並みに恋は知れども吾若き日は余りにも忙しかりけり