二十六七歳の頃
稲みのる秋の田の面に親鳥にはなれて一人鎌もつ若き日
霜のあした雨の夕べをひしひしと淋しさ迫る父なき吾には
稲みのる秋の田の面に茫然と鎌握りたるままにたたずむ
あかあかとうれたる柿の梢にも心いためぬ亡父を思ひて
霜降りしあしたは思ふたらちねの父と大枝の坂越えし日を
白梅の花もみ空の月かげも観る気にならず親なき吾には
野に山にいそしみ給ふははそはの母のすがたの何かさびしも
八人の家族のこして神さりし父のこころをしのびてなみだす
○
世の中の一切万事いやになり捨鉢気分で浄瑠璃にふける
節のなき根深太夫とそしられてなほこりづまにうなる浄瑠璃
目の見えぬ吾妻太夫の家に通ひ無精矢鱈にうなりつづけし
めしひたる吾妻太夫は大阪の文楽座よりくだり来しひと
○
親戚のひとびと来り正式の妻をめとれと勧めてやまず
正式も准正式もあるものか自由結婚せんとてこばみぬ
親戚の言葉きかねばこれからは勝手にせよとて怒る治郎松