二十六七歳の頃
鄙に生れた小作のせがれ 朝から晩までこつこつと
山に鎌もち野に鍬いぢる わしの人生はこんなものか
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夏は野に出で田の草むしり 秋は黄金の稲を刈る
木の葉散りしく冬さり来れば 鎌と鋸とを手にたづさへて
野山に柴刈る百姓の忰
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桃や桜にこがるる春を わしは水呑百姓の忰
山に木を樵り野に畠かじき 長い春日はくれてゆく
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父は醤油売り母上一人 麦の畑をたがやし給ふ
わたしは野山に春草刈りて 稲田のこやしといそしめり
桜はかをる桃匂ふ 花の楽しさ露知らず
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霜のあしたも雪降る宵も まづしき生活の苦しさ故に
父は荷車京都通ひ 私は人の家に雇はれて
冬の田の面に肥料をやる
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年に一度は妙見愛宕 三里の山坂かち歩き
友と詣でし彼岸の日 汗して帰るたそがれの
家路の楽しさなつかしさ からい鰯に麦の飯
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春の野の花秋夜の月も 貧しひ小作の忰の目には
一文きなかの価値もない