二十六七歳の頃
麦と米とのたきまぜ飯も ろくに食へない百姓の忰
足袋は目をむき着衣は破れ 寒さ身にしむ片田舎
わしの人生はこんなものか
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愛宕の尾峯に白雲かかり 次第次第にひろがりて
み空は暗く雨は降る 農家のせはしき田植時
夜から夜へと働いて 聞くも楽しい時鳥
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冬の夜霜にふるへてなくか 声も悲しい寒狐
こんこんこんと咳が出る 人の情の薄衣
如何にしのがんこの浮世
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花は匂へど秋月照れど 遊ぶに由なき小作の忰
若い時から面やつれ 栄養不良の悲しさに
からだいためし秋の空 冷たいうきよの風が吹く
これでも私の人生か
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僕の人生は何処にある 小作の家の忰ぞと
地主富者にさげすまれ 父の名までも呼び捨てに
されてもかへす言葉なし 待て待てしばし待てしばし
俺にも一つの魂がある
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野山にたなびく春霞 木の芽は青青ふいてゐる
桃の花咲く三月三日 子供の楽しい雛祭
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雛の御馳走に田螺を拾て ゆでて一一殻から出して
お豆腐にあえて奉る 小さいお雛のお膳の前で
兄弟揃うてお相伴
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野山に雪積む朝の寒さ 肌にしみ入る小柴刈り