二十六七歳の頃
春陽長閑に陽炎もゆる 心浮きたつたんぼの中で
友と相撲とりや紫雲英の畠 見るも無残に倒れ伏す
地主のをぢさん大きな声で いたづら小僧と呶鳴り出す
友と別れて逃げ行く野道 やさしい蒲公英笑うてる
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卯月八日はお釈迦の誕生 朝からお寺の鐘が鳴る
俄造りの小さいお堂 杉の若芽やげんげの花で
屋根を葺いたる真下の盥 甘茶浴びてる裸のお釈迦
子供心に拝んで居れば お寺の坊さんニコニコ笑ろて
お釈迦の鼻糞戴かさうと あられをくれた一つかみ
長い竹竿その先端に 月に供へた躑躅がかをる
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午後の三時に学校ひけば いつもせはしい農家の子供
友とつれだち木鎌を腰に 里の野山に柴を刈る
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近い野山は殆ど無毛 坊主山から愛宕の山と
一生懸命にかけまはり やつと一荷の柴の荷出来りや
天から地から日が暮れる 友を頼りに柴の荷かつぎ
家に帰れば東の山に 月がさしてる夕餉時
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夕餉済まして夜学に通ふ 夜学は近い禅宗のお寺
円山応挙に其名をはせた ひろいお庭の金剛寺
大人も子供も一つの室で 四書五経や古事記に外史
文章軌範にねむた眼こすり 家に帰れば就寝時
梟がないてる宮の杜