二十六七歳の頃
父よ恋しと墓山見れば 山は狭霧に包まれて
墓標の松も雲がくれ 晴るるひまなき袖の雨
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西は半国東は愛宕 南妙見北帝釈
山の屏風を引き廻し 中の穴太野で牛を飼ふ
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霧がわきたつ次ぎ次ぎ霧が みるみる田を呑む山を呑む
隣りの家までみな包む 隣りのをばさん米を搗く
音のみ聞えてお顔がみえぬ ほんに陰気な丹波霧
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春の青野に陽炎がもゆる 畑にのびてる大麦小麦
空から雲雀がないてゐる 向ふの田圃の森かげに
彼岩桜が咲いてゐる 春の大野にぽやぽやぽやと
眠たい風が吹いて来る 摘んで帰ろかつくつくし
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友は桜見紅葉見なぞと 楽しみ遊ぶ若き日を
吾れは柴かり草を刈り 重荷を負うて汗しぼる
休む日のなき小作の忰