霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第七章 信仰の堕落

インフォメーション
題名:第7章 信仰の堕落 著者:出口王仁三郎
ページ:27 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B121802c108
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]神霊界 > 大正7年4月1日号(第59号) > 出口教主の口演
 皇道(くわうだう)大本(おほもと)にては、『神は万物(ばんぶつ)普遍(ふへん)の霊にして、人は天地(てんち)経綸(けいりん)司宰者(しさいしゃ)なり』との信仰を抱いて活動しつつ()るのでありますから、(したが)って神を信仰する点に(おい)ても、従来の各宗教の襲用(しふよう)せる信仰とは非常な相違が在ります。今迄の各宗、各教の神仏に対する信仰は、全部(ぜんぶ)乞食的(こじきてき)信仰(しんかう)であって、極めて消極的であります。信仰すれば他力に()って極楽浄土に救はれて、百()飲食(おんじき)を間断無く賦与されるとか、キリストに従へば死後無限の地獄の永苦を免れて天国に(のぼ)り、神の右に坐し、天国に安住さして貰へるとか、如何なる極重悪人(ごくぢうあくにん)唯称念仏往生安楽国(ゐしょうねんぶつわうじゃうあんらくこく)とか、自分の勝手の()い事ばかりを一心に祈願して、()れで(もっ)て神仏が何事も意の儘に()()れるものの()うに、根本から大誤解を()て居るのであります。(あだか)も乞食、非人が人の門戸(かど)(たたず)み冷飯の残りや一文の小銭を、半ば泣声を出して御願ひ申します、と言うて居るのと少しも変らぬのであります。外国人なら是非は無いが、日本神国の神民と生れ、七十五声の正音を自由自在に賦与せられ、万世一系の皇統を戴き、天地経綸(てんちけいりん)司宰者(しさいしゃ)たる天職を具備せる日本の神民が、印度人(いんどじん)毛唐人(けたうじん)の真似をして、只管(ひたすら)に神仏に頼む頼むと朝から晩まで、(かね)や太鼓や拍子木(ひゃうしぎ)などで、アタ八釜しい祈り捲くる(ざま)は、見られたものでは無いのであります。
   万世一系の霊魂
 日本神国は皇統のみが万世一系ではない。日本人は(しん)の神の直接の御分霊(ごぶんれい)を頂戴して居るので在るから、生代(いきかは)死代(しにかは)り幾度と無く顕界(けんかい)と幽界に出入(しゆつにふ)する事の出来る、所謂(いはゆる)日本(やまと)(だましひ)なるものを各自に享有(きやういう)して居るのであります。故に各自の霊魂、即ち真神(しんしん)の分霊は神と(とも)悠久無限(いうきうむげん)に存続する事が出来るから、所謂(いはゆる)万世一系、天壤無窮(てんじゃうむきう)の霊魂であります。外国人の霊魂は或る特殊の霊魂を除く(ほか)、大部分は人間として再生する権利を亡失(ぼうしつ)して、(あだか)泡沫(はうまつ)の如きものであります。故に彼等の徒が体主霊従、物質万能を(もっ)て唯一の真理となすは無理も無き次第であります。彼等の霊魂は万世一系、天壤無窮で無いから、祖先の霊を奉祀(ほうし)する必要も無ければ、死後の心配も無い。日本人以外の人間は死後霊魂の滅、不滅を論断する資格は無い位のものであります。
   日本人の地獄落
 ()()ふ時は読者の(うち)には、余り偏狭(へんけふ)(きは)まる勝手な愚論(ぐろん)だと言ふ人も()りませう。(しか)し外国人の霊魂でも絶対的に滅亡するのでは無いが、大部分は体主で()るから、霊従の地位に()る霊魂は(その)霊能(れいのう)が下落するのは当然である。(これ)に反して日本神国、神裔(しんえい)の民は本来が霊主体従で所謂(いはゆる)、ヒノモトの身魂である。霊魂が不滅だから幾度も肉体の容器(いれもの)は変っても、天壤無窮に(かは)る事が無いのである。何故(なにゆえ)に博愛なる神が日本人(にっぽんじん)(ばか)り特に殊寵(しゅちょう)を垂れさせられて、日本以外の人民には恩寵(おんちょう)が浅いかと理窟(りくつ)を云ふ人が()るであらうが、外国人だとて大本神諭(おほもとしんゆ)()る通り、改心をして霊主体従(ひのもと)の、日本魂(やまとだましい)に成りさへすれば、万世一系の霊魂たる資格が(そな)はるのである。日本人は神国清潔の神民(しんみん)として天下を和平ならしめ、世界万民の救主(すくひぬし)たる天職を生前より与へられ、天下の経綸者たる資格を、神誓神約(しんせいしんやく)()り完全に賦与されて居るのである。()の天職を肝腎の日本人が根本誤解し、天授の霊魂を汚濁(けが)し、折角神の(よさ)(たま)ひし天権を放棄して、キリスト教国や仏教、儒教国の教に迷うて、勇壮活発(ゆうさうくわっぱつ)なる気稟(きりん)を自ら滅却(めっきゃく)し去り、腰抜け、蛆虫(うじむし)の境遇に沈淪(ちんりん)して、可惜(あたら)(しゃう)酔生(すゐせい)夢死(むし)に終って、神界の(よさ)(たま)うたる職責を尽さない者は、残らず根の国、底の国に()退(やら)れて、無限の永苦を受けねば成らぬ破目に成るのである。本来(ほんらい)霊主体従(ひのもと)の霊魂は不朽不滅(ふきうふめつ)なるべきものであるから、日本人たるの天職を怠り、神界に復命の出来ない霊魂は、ドウシテも懲戒の為に、仏者の所謂(いはゆる)地獄(じごく)へ落ちて苦しむのである。
   天津祝詞(あまつのりと)太祝詞(ふとのりと)
 中臣(なかとみ)神嘉言(かむよごと)(いは)く、「天津宮言(あまつみやこと)()天津金木(あまつかなぎ)本打切末打断(もとうちきりすゑうちたち)て、千座(ちくら)置座(おきくら)置足(おきたら)はして、天津菅曽(あまつすがそ)本刈絶末刈切(もとかりたちすゑかりきり)八針(やはり)取裂(とりさき)て、天津祝詞言(あまつのりとごと)()れ、如斯(かく)()らば、天津神(あまつかみ)(あま)磐戸(いはと)推披(おしひら)きて、(あめ)八重雲(やへくも)伊頭(いづ)千別(ちわき)千別(ちわき)所聞食(きこしめさ)む、国津神(くにつかみ)高山(たかやま)(すゑ)短山(ひきやま)の末に(のぼ)(まし)て、高山(たかやま)伊保理(いほり)短山(ひきやま)伊保理(いほり)掻別(かきわけ)所聞食(きこしめさ)云々(うんぬん)
 神代の昔に(あま)磐戸(いはと)の前に(おい)て、五伴緒神(いつとものをのかみ)の一(ちう)なる天児屋命(あめのこやねのみこと)天照大御神(あまてらすおほみかみ)の御出現を奉請(ほうせい)したる、天下修齎(てんかしうさい)の一大神辞(だいしんじ)であって、(くだ)って神武天皇(じんむてんわう)御宇(ぎょう)天児屋命(あめのこやねのみこと)の子孫なる天富命(あめのとみのみこと)(これ)を大成し、ヒフミ文字(もんじ)にて(しる)し置かれたのを、後世の(ひと)常磐大連(ときはのおほむらじ)今日(こんにち)の漢字を(もっ)て、現代の人々に誦読(しょうどく)(やす)からしむる為に書き改められたもので()りますが、実に雄大荘厳(ゆうだいさうごん)を極めた天下修齋(てんかしうさい)大神辞(だいしんじ)であります。天津宮言(あまつみやこと)と申す事は善言美詞(ぜんげんびし)の意であって、所謂(いはゆる)七十五声の正音である。日本人は斯の正音を天賦的に具有し、(もっ)て天地の経綸を司どる天の選民である。外国人の如く音声も少く、()つ不正なるに()して天壤の相違があります。又下等動物に成る程声音が(すくな)く、()つ不正であって、モウとかヒンヒンとかニャンとかワンとかカアカアとかチュウチュウとか極めて(すくな)いのである。日本人が七十五声の発音を完全にする事を()るに(ひき)かへて、外国人は(わづか)に其一部分を発するのみ。(しか)も極めて不正であって、(ほと)んど畜生の声音に似て居るのであります。日本は太古より言霊の助くる国、言霊の幸ふ国、言霊の天照る国と申しまして、実に大神(おほかみ)其儘(そのまま)の声音を用ゆる事を許されて居りますから、ドウシテも神様の代表者と成って宇宙万有を修齋(しうさい)いたさねば成らぬ責任を有して居るのであります。日本神国の選民が心身を清浄にして、善言美詞(ぜんげんびし)を応用します時は、天地も(ため)に感動し、宇宙の妖気(えうき)払拭(ふっしき)し去るの神業(かむわざ)が遂行されるのでありますが、現代の日本人は第一に身魂が外国化して居りますので、自然に声音が濁り、口の上では七十五声を発しましても、其言霊に権威も無ければ徳もない。(したが)って天地神明(てんちしんめい)を感動させ、宇宙万有を修齋(しうさい)する事が出来ない処まで堕落して(しま)ふたのであります。
   八咫鏡は言霊也
 新約全書、約翰伝(ヨハネでん)首章(しゅしゃう)には言霊の秘事(ひめごと)を漏しあり。(いは)く「太初(はじめ)(ことば)あり。(ことば)は神と(とも)にあり。(ことば)(すなは)ち神なり。この(ことば)太初(はじめ)に神と(とも)()りき。(よろづ)の物これに(より)て造らる。云々(うんぬん)(すなは)ち宇宙万有の主宰に(おは)しませる(ぜん)大主神(だいすしん)は、言霊を(もっ)天地(あめつち)を創造し、()つ経綸を(はじ)め玉ひし事を知るべし。現代の世界の大難を救ひ、万民を安堵(あんど)せしめ万世不易の神国を招来せむとするは、到底(たうてい)今日(こんにち)の軍器や軍法や教育や政治や宗教や哲学では絶対に不可能である。(しか)らば最後の修齋(しうさい)は何を(もっ)(これ)に当るか。(ほか)でも無い天津神(あまつかみ)()さし給ひし八咫鏡(やたのかがみ)(すなは)ち言霊の妙用に(ほか)ならぬのである。(しか)し今日の日本人は前にも言うた通り、霊肉倶(れいにくとも)に混濁の極に達して居るから、言霊の応用が不可能である。世界の大難どころか今我国の脚下(あしもと)に猛火が燃えて来て、我国土が焦土(せうど)に成ると云ふ場合でも、(これ)如何(いかん)ともする事が出来ないのは実に情無(なさけな)い次第である。吾人(ごじん)の言霊をして神変(しんぺん)不可思議(ふかしぎ)妙用(めうよう)活動(くわつどう)()さしめむとせば、()づ先決問題として、皇道に立脚し自己の守護神を神として鎮祭し、霊主体従(ひのもと)の実行に着手せねばならぬのであります。
   守護神の奉齋
 皇道(くわうだう)大本(おほもと)(おい)ては其人の御本尊たる霊魂即ち守護神(しゅごじん)を鎮祭致しますが、(これ)皇道(くわうだう)の最要なる神術(しんじゅつ)神業(しんげふ)なのであります。吾人の本尊たる霊魂を神として奉齋し、且つ天祖の許容を受けて、生き乍ら神の列に加はり、以て令回の世界修齋の大神業に奉仕させて頂くのであります。
 皇典(くわうてん)古事記(こじき)神代(かみよ)(まき)に、
 『於是(ここに)大国主神(おほくにぬしのかみ)(うれ)ひまして、(あれ)(ひとり)して、(いか)でかも此の国を()(つく)らむ。(いづれ)の神と(とも)に、()は此の国を相作(あひつく)らましとのりたまひき。()の時、海を(てら)して依来(よりく)る神あり。其の(かみ)()りたまはく、()(みまへ)()く治めてば、(あれ)共与(ともども)に、相作成(あひつくりな)してむ。()(しか)らずば、国成難(くになりがて)しとのりたまひき。(かれ)大国主神(おほくにぬしのかみ)(まを)したまはく、(しか)らば治奉(をさめまつ)らむ(さま)は、奈何(いかに)ぞとまをしたまへば、(あれ)をばも、(やまと)青垣(あをがき)東山上(ひがしやまのへ)(いつ)き奉れと答言(のり)たまひき。()御諸山上(みもろのやまのへ)()す神なり』
とあります如く、大国主命(おほくにぬしのみこと)少彦名神(すくなひこなのかみ)協心合力(けふしんがふりょく)(もっ)て国土の経営に従事されたる時、少彦名神(すくなひこなのかみ)は或る事情の為に常夜(とこよ)の国にお出でになりました。(ここ)(おい)大国主命(おほくにぬしのみこと)は独力、(もっ)て国土経営の大困難なるを(なげ)かせ玉ひて、三保(みほ)(さき)(いで)て海の遠方を眺め居られし時しも、海上に光ありて神の前に近付き来りたれば、大国主神(おほくにぬしのかみ)其光(そのひかり)の神に向って、()(いづ)れの神ぞと問はせられました。さうすると其の光の神は答へて、(われ)(ほか)でも無い(なれ)大国主神(おほくにぬしのかみ)を言ふ)の奇魂(くしみたま)幸魂(さちみたま)なりと(あふ)せられ、只今迄(ただいままで)(なれ)(たい)より(いで)外国(とつくに)遊離(いうり)せしなり。(しか)れども今は(なれ)大国主神(おほくにぬしのかみ)少彦名神(すくなひこなのかみ)に離れて(なげ)(たま)へば、(なれ)の大業を守らむ為に帰り(きた)れりとの意を()らせられました。そこで、大国主神(おほくにぬしのかみ)(なれ)何処(いづこ)奉齋(ほうさい)せば()きやと反問し(たま)ふや、奇魂(くしみたま)幸魂(さちみたま)守護神(しゅごじん)(ただ)ちに答へて、(あれ)(やまと)の国の青垣山の東の山上に伊都岐(いつき)(まつ)りなば、国土成就せむと答へられたので、(その)(こたへ)の通り御諸山(みもろやま)奉齋(ほうさい)し、(もっ)て国土経営の任務を全うせられたのであります。大国主神(おほくにぬしのかみ)は神代にては智仁勇絶倫(ちじんゆうぜつりん)の大神であったのですが、()れでも自分の霊魂(れいこん)(すなは)守護神(しゅごじん)の幾分かが遊離して、外国(とつくに)へ国作りせむと活動して居っては、充分の神業を遂行する事が出来ないと云ふ事の証拠であります。今迄は少彦名神(すくなひこなのかみ)と云ふ義兄弟と一緒になって、()と協同して経営に(つく)して居られたのが、(にはか)に離別せねば成らぬ事情が起って来たので、大国主神(おほくにぬしのかみ)は大変な当惑をなされた所へ、自分の守護神(しゅごじん)(にはか)に本体に帰り来られ、(その)霊魂(れいこん)御諸山(みもろやま)に鎮祭して、(いよいよ)国土経営の大業を成就されたのであります。故に人間も其通り、自分の守護神を尊敬奉齋して、惟神の日本魂に立帰り、他人を力とせず、大神と守護神を第一に敬祭して、以て凡ての事業に着手したならば、如何なる事も成就せない事はありませぬ。(ここ)(はじ)めて霊主体従(れいしゅたいじう)の実が(あが)るのであります。
(大正七、四、一号神霊界誌)

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