裁判長は、
被告人出口伊佐男に対する予審第三十回訊問調書全部を読み聞け、
問 被告人は予審第三十回訊問に於ては大本は日本の国家及社会の組織を斯様に変革せんとするものであると供述し居るが如何。
答 予審に於ては只今御読み聞かせになりました通り供述した事になつて居りますが、予審判事より政治経済教育等に関する項目を挙げて之等の資料を大本の文献を探して資料を提供致しましたが、其の解釈は予審判事の解釈でありまして私の信念とは多少反して居ります、只今御読み聞けになりました各項目に付て申上ますと、
第一の統治者の点は全然間違つて居ります、
第二の議会制度の点では大本に於ては議会制度を廃止して神廷会議を開く事は主張して居りました、之れは私の信念でありますが大本の主張も私の信念と同一であると思ふて居ります、
第三の法律の点に付ては現在の憲法及法律一切を廃止する様に解せられますが之は間違でありまして、天皇の大御心に副ふ様にするのでありますから尽くを否認するものではありませぬ、従つて大本では現在の法律全部を否認する主張はして居りませぬ、
第四の政治の点は其の通り相違ありませぬ、
第五の行政及司法機関の点に付ては私は智識か乏しいので判然した事は判りませぬ、
第六の財政経済の点に付ては其の通り相違ありませぬ、
第七の租税制度に付ては私には判りませぬ、
第八の貨幣制度の点に付ては明に其の通り主張して居りますが大本の所謂なる文字に誤解なき様せられたいと思ひます、
第九の外国貿易と重要物貨の公定に付ては其の通り異議ありませぬ、
第十の私有財産制度の点は大本の主張と相反するものであります、
第十一の国民の職業の点は其の通り相違ありませぬ、
第十二の産業の点で斯う云ふ形を取られるものが何うか判りませぬ、
第十三の交通機関の点は一つの政策の程度であります、
第十四の宗教の点は其の通りで皇に基くものでなければならぬと云ふのであります、
第十五の教育の点に付ては夫れは皇道教育と云ふ事であり参考の程度に書いて居つたのでありまして斯の様にせねばならぬと強く主張して居つたのではありませぬ、
第十六の言論機関及第十八の外交は其の点相違ありませぬ、
第十七の軍事の点に付ては其の通り挙国皆兵ではありますが新に建設する国家は不順に感ぜられますから之は削除すべきものであります、
次に十九の国旗の点に付ては其の様な主張をして居つた事はありませぬ、口に出した事もありませぬ。
問 右は大本に於てのみ主張し居りしや。
答 大本丈で右の如く改革する考へはなかつたのでありまして、只参考として掲げて居つたのであります。
問 右は立替立直の内容に入るや。
答 左様であります。右事柄が立替立直の内容に入る事は入りますが国家社会の組織制度は陛下の大御心に基き立替立直為されるものなのであります。
問 然らば皇道大本は宗教団体にあらずして政治団体ならずや。
答 皇道大本は立替立直の精神趣旨を述べて居る丈けでありまして、立替立直を如何にするかの点に付ては只参考案として提供したのであり、大本で斯様にすると云ふのではないのであります。
裁判長は、
被告人出口王仁三郎の証拠品中、
証第一、九七二号皇道維新と経綸を展示し、
問 如何に改革せんとするやに付ては之れに記載しある通りなるや。
答 其の通り相違ありませぬ。
問 立替立直には統治権者の立替立直は含まざるや。
答 日本の統治権者は立替立直の中には含まれませぬが、諸外国の統治権者は立替立直の中に含まれて居ります。
問 立替立直とは体主霊従の世を霊主体従の世に改革することにして日本に於ける立替立直は恐れ多くも日本の現御皇室を廃し奉り王仁三郎が日本の統治権者となり次で日本の現在の政治其の他の諸制度を打破して新しく制度を樹立するを云ふに非ずや。
答 絶対に左様な事はありませぬ。夫れは大本の局部々を曲解して立てた理論であります。
裁判長は、
被告人出口王仁三郎に対する証拠品中、
証第九三号大正七年八月一日発行神霊界第五頁「共和政体云々」の点を読み聞け、
問 大正八年七月一日発行の神霊界第五頁には其の点に関し斯様に記載せられ居るが如何。
答 御読み聞けになりました通り記載してある事は間違ひありませぬ。元来日本は立憲君主国であると申して居りますが之れは間違でありまして正しくは天立君主立憲政治の国体であります。日本は君主があつて然る後憲法が出来たのでありますから天立君主立憲の国であります、夫れに対し諸外国は憲法が出来てから憲法によつて君主が出来たのでありますから立憲君主国と申すのであります、従つて共和政体、君主専制政体、立憲君主政体は日本の神国には絶対不可なのでありまして日本に於ては天皇が統治せられるべきものであつて皇道の本義によつて立替へらるべきものであると云ふ意味であります。
問 右述べたるが如きとせば立替立直なる言葉は不必要ならずや。
答 私は其の様には考へませぬ、日本に於ても国体に反して居るものはありますから其の国体に反して居るものを立替立直すると云ふのであります、日本の国に於ても些細に点検しますれば組織制度等に於ては国体に反して居るものがあると思ひます然しながら之は小さいものでありまして立替立直を大きく申しますと現在日本は其の儘にして日本の天皇に於て統治せられる事となるのであります。
裁判長は、
被告人出口伊佐男に対する予審第二十九回訊問調書第一問答を読み聞け、
問 被告人は予審第二十九回訊問第一問答に於て大本の所謂立替立直の意義に付斯様に供述し居るか如何。
答 只今御読み聞けになりました通り私が予審で申上けた様になつて居りますが、只今申しました趣旨に反する供述は私の信念に基いて申したのではありませぬ、私は警察で御取調を受けてから予審で御取調が終る迄現御皇統を廃止して王仁三郎を日本の君主とする等と云ふ事は恐れ多くて口に出す事は出来ませぬでした、夫れで私は夫れ等御取調に対しては信念に基いて主張して居つたのでありますが、重要な点に於ては私の主張は少しも入れられず、予審判事の解釈によりて其の調書が作成せられたのであります、然して私が予審判事の御訊ねに対して御答へした私の気持と予審判事が御聞きになつた気持とには大分異つた処があり私の気持は少しも反映せずに調書として作成せられて居ります、夫れで私は最初は其の様な場合には抗弁して居つたのでありますが私の主張は入れられませぬでしたから、私は夫れは仕方がないと思ひましたから如何なる調書を作成せられても構はぬと思ひ委して置いたのであります、従つて私の主張は最初から終り迄終始一貫して重要な点は認められませぬでしたから私の信念に反した供述となつて居り、当公廷に於ける供述も以上の理由によつて予審の供述と違つて来るのであります。
問 日本の立替立直の実行者如何。
答 日本に於ける立替立直の実行者は恐れ多い事でありますが天皇陛下であります天皇陛下の御稜威の下に於て立替立直は行はれるのであります。
問 神諭火之巻第四五頁には「出口上田は三千世界世の立替への御役であるぞよ」とあるが立替立直の実行者は王仁三郎に非ずや。
答 左様ではありませぬ、夫れは開祖及父王仁三郎が立替立直の御奉仕すると云ふ意味であります。
問 尚神論火之巻第九十六頁に、
「今度の世の立替は昔から因縁のある変性男子と女子との身魂でないと物事成就致さんから云々」
とあり立替立直の実行者は直及王仁三郎の如く解せらるるが如何。
答 変性男子とは開祖の事であり変性女子とは父王仁三郎の事であります、而して御訊ねの筆先の意味は開祖及父は神業に奉仕すると云ふ意味でありまして立替立直の実行者と云ふ意味ではないのであります、尤も心の立替立直の実行者の意味は其の中に含まれて居ります。
裁判長は、
被告人出口王仁三郎に対する証拠品中、
証第九六四号皇道大本事務便覧中大本信条第九条及第十一条を読み聞け、
問 之れによれば立替立直の実行者は王仁三郎の如く解せらるるが如何。
答 之れは父王仁三郎が精神界の立替立直をする使命を持つて居る事を云ふたのでありまして矢張り神業に奉仕する事を意味して居るのであります。
問 王仁三郎が神業に奉仕するものなることを記載したる文献ありや。
答 あると思ふて居りますが判然した事は思ひ出しませぬ。
問 右立替立直は王仁三郎を中心とし大本の役員信者等が協力して実行するものにあらずや。
答 左様であります、御稜威の下に王仁三郎並役員信者等が神業に奉仕して実行せられるのであります。
裁判長は、
被告人出口伊佐男に対する予審第二十九回訊問調書第二問答を読み聞け、
問 被告人は予審第二十九回訊問第二問答に於て王仁三郎及教主スミ及大本の根本目的を知り居る大本の役員信者が協力し至仁至愛の国家を建設するものなる旨斯様に供述し居るが如何。
答 御訊ねの通申した事になつて居りますが前述の事情によつて事実に相反した供述をしたのであります。
問 日本に於ける立替立直の手段方法如何。
答 立替立直に付ては守護神と人民の改心悪邪神の帰順が主でありまして天災地変等も立替立直の手段方法に加はる訳であります、立替立直は皇道の大精神に目覚める事であり之は世界全人類に及ぶものであります、霊界に於ける立替立直は守護神精霊の改心悪霊邪神の帰順でありまして邪気を滅ぼさねばなりませぬ之が天変〔災〕地変となり日本対世界の大戦争となつて現はれるのでありまして之れも立替立直の手段方法なのであります。
問 戦争並天災地変等に依らずして立替立直をすること能はざるや。
答 大本で称して居ります立替立直は霊界及現界に行はれるものでありまして此立替立直なるものは天照皇大神の御心によつてせられるものであり艮の金神坤の金神が霊界に再現して天照皇大神より立替立直の命を受けられたのであり、立替立直の全責任は国常立尊であり、此の立替立直を補佐せられるのが豊雲野尊であります、
而して霊界の立替立直は現界より先にせられるものであり次で霊界の立替立直が終つてから現界の立替立直が行はれるのであります、霊界の立替立直は悪神邪霊を帰順せしめ皇大神の御心にまつろはせるのがみろく神政成就であり、其の中心たるべきものは国常立尊であり、其外に天津神国津神が補佐せられ、皇大神の御神徳に基いて神々の活動によつて立替立直をせられるのであります、
而して現界に於ける立替立直には大潔斎、中潔斎、小潔斎とは身を清めると云ふ事であり、心を洗ひ清める事を云ふのでありまして、之が立替立直と云ふ事になるのであります、従つて大本に於ては修斎は立替立直であると解して居り大潔斎とは宇宙、中潔斎は国家社会、小潔斎は各個人の立替立直を意味するものであります、
大潔斎から申しますと宇宙には邪悪より発生した邪気が充満して居りますので自然気候が不順となり病気が蔓延の状態が現はれるのでありまして何うしても主従の順序正しい天恩地恩の世にするには此の邪気を払はねばならぬのであります、
次に中潔斎でありますが之れは万世一系の天皇の御稜威の下に遊ばされるものであります、
小潔斎は各個人々の心神の立替立直でありまして其の主とする処は精神界の立替立直であります、各個人が改心を致しますれば自然其の生活も変つて来るのでありまして、現界に於ては最も重要な事であります、
之が現界での立替立直の基礎であります、国民人類が皇道の本義に反するものでありましたら理想的制度も悪用せられ破壊せられるのであります、従つて心の立替立直には主力をそそいで居られるのでありまして、艮の金神は出口直の手を通して立替立直を宣言せられ、守護神人民の改心を促され帰順を求められて居り其の基準を示されたのが筆先であります、従つて開祖直は神業に奉仕せられて居つた事になるのであります、
坤の金神豊雲野尊は其の神格を素盞嗚尊に満され素盞嗚尊は父王仁三郎を霊代として筆先等を以て説き明かし人民達に使〔仕〕へるので王仁三郎は重大な使命を帯びて居るのであります、大本信者等は皇道の本義に基く教を宣伝布教して立替立直に尽力して居つたのであります、
筆先は簡単でありまして意味を加へて解釈せねばなりませぬ、夫れで霊界物語を読まねば誤解が生じる訳であります、大本としては皇道〔に〕基く教を宣伝普及するのが目的であると共に大本自体の立替立直みろく神政成就をせねばならぬのであり、大本は世界の鏡であり、善の鏡でなければならぬのであります、従つて大本の役員信者は大和魂に帰らねばならぬのであり大本が良くなつたら神国成就になるのであります、
大本としては宗教団体として公認せられる事も一つの神国成就であつたのでありまして、現界に於ては先つ第一に大本が立替立直されねばならぬと申して居つたのであります、我国に於ても大本の神国成就は一部の神国成就であり諸制度の改革は大御心により立場立場によつて立替立直が実行せられるものであると思ふて居りました、従つて大本に於ては立替立直に関する教の宣伝布教しますが夫れ以上には出てないのであります、
大本に於ける筆先霊界物語は普通の書籍と違ひ神懸りのものであります、従つて之れは人間にのみ読み聞かせるものではなく、悪神悪霊邪気精霊等に読んで聞かせる事が重要なのであります、四方平蔵から聞かされた処によりますと明治三十年頃の信者の少なかつた頃には筆先を守護神に読んで聞かせるのであると云ふて大きな声を立てて筆先を読んで居つた事があり開祖直の霊には精霊が集つて聞いて居つた事が判り天狗の様な神々が夫れを聞いて居つたと話した事があるとの事を母スミも此の事を知つて居つたので私等に話して呉れた事があります、
此の点から見ても筆先は守護神に読んで聞かせたら良いものである事が判ります、神様の事は判り難いと書いてありますが人間に判らぬのは当り前である、と云ふのは人間に読ます丈でなかつた事が判ります、又霊界物語は音読せよと申して居り常に音読をして居り意味は神の言葉である精霊には判り難いから之を直接に現界を見る事は出来ぬから言霊は直接神に響いて居る従つて眠つて居つても差支ないから霊界物語を読んで居つたら聞いて居れと申して居ります、之れは守護神及精霊に聞かせる事が必要であるからであります、要するに立替立直とは心の立替立直が主眼であると云ふ事に帰着するのであります。
問 現界の立替立直に付ては合法的に立替立直を為し得るものと信じ居りたるや。
答 左様信じて居りました、私は日本丈ではみろく神政成就になりませぬから皇道世界を実現成就せねばならぬと思ふて居りました、従つて進展途上に於ては戦争も起り天災地変等が起つて人民が覚醒し天祐神助によつて立替立直が出来るものと信じて居つたのであります。