霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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昭和神聖会の使命と、皇道経済を説く聖師様─信者総会において─

インフォメーション
題名:昭和神聖会の使命と、皇道経済を説く聖師様─信者総会において─ 著者:出口王仁三郎
ページ:
概要:昭和9年(1934年)8月21日(旧7月12日)聖師生誕祭の際の信者総会における出口王仁三郎の講話。 備考: タグ: データ凡例:出典:『真如の光』昭和9年(1934年)9月10日号、4~5頁 データ最終更新日:2025-05-31 15:49:31 OBC :Z9054
[#昭和9年(1934年)8月21日(旧7月12日)聖師生誕祭の際の信者総会における出口王仁三郎の講話。]
 
 今日(こんにち)はお暑いにも(かかは)らず遠方のところを私の誕生祭の為に御参会下さいました事を有難く感謝致します。
 私は恰度(ちやうど)去年の十二月三十日の夕方から、静養かたがたほかの用を兼ねて関東の方に行つて居りました。それから吾が国の現状を考へて、どうも、一日もぐづぐづして居る(とき)ではない、何とかこれは打開の(みち)を講ぜねばならないといふ考へを(おこ)しまして、東京及び横浜に七ケ月間(ほど)尻を据ゑまして各方面の名士の意見を聞いたり、状態を見たりして居りました。今東京(だけ)でも色々な愛国団体が百廿余ありますが、真面目なものは三つか四つでそのほかは皆(かね)貰ひ或はフアツシヨ式の団体が多い様に見受けまして、私はこれでは仕様がない、どうしても右にも寄らず左にも寄らぬ惟神の、真中の道を行く、わが大本が立たねばこの未曾有の危機を救ふ事は出来ないと、茲に於て私は各方面の愛国の志士の賛同を得、大本の昭和青年会を中堅として昭和神聖会を開設する事に決心したのであります。
 その愈々(いよいよ)決心をして今日からやらうと云うた日が七月八日底本では「八月八日」だが岡田啓介内閣が成立したのは昭和9年(1934年)7月8日。誤字なので修正した。恰度(ちやうど)岡田内閣に大命が降下した日であります。
 それで昭和神聖会は現内閣と共に生まれたものであります。
 今や外交問題及び経済問題、教育問題、思想問題、総てあらゆる難関が横たはつて居りますが、これを平穏に無事に一人も害を蒙る事なく、皆が喜んで見事に打開さす所の方法といふものは今の団体には一つもない。今の為政者に聴いても徹底的の意見はないのであります。それが為に吾々は神聖会といふものを拵へて皇道政治、及び皇道経済の確立を目的として()つたのであります。併し乍ら現内閣を叩き潰して(あと)へ取つて(かは)らうといふ様な野心をもつてやつて居るのではない。政治、宗教、教育に超越して兎も角(この)天壌無窮の我が日本国をして世界の指導者となし、そして日本は云ふに及ばず全人類をして安心立命を得さしめんが為に昭和神聖会といふものを拵へたのであります。
 昭和神聖会は政治でもなければ宗教でもない。世界を一団としそしてわが万世一系の御皇室の恩沢に浴して争ひもなく嘆きもない本当の五六七の世を造りたい。その産声をあげたのが神聖会であります。
 この「神聖」といふ文字は見られる如く別に何も含んで居りません、神様の御心のまにまに善良なる世のやり方に進めたいといふのが神聖会の義務であります。宇宙間の大道、惟神の大道であります。所謂(いはゆる)大自然の道を遵奉して行かうといふのが神聖会であります。
 丁度(ちやうど)六十四回目の私の誕辰(たんしん)誕生日(あた)りまして昭和神聖会が創立せられましたのは少し遅れた観がありますけれども、世の中は総てさう早うてよい事もあれば、又悪い事もある。これは天の時、地の利、人の和を考へて居つたが為に今日(こんにち)迄遅れたのであります。今回愈々(いよいよ)昭和神聖会が発表致しますと信者の中には会の中堅をなすものが大本である故を以て会の発達に不安の念を抱いた人もありましたが、事実は之に反して大本の団体は本当に真中を行く団体である、どんな事でも大本のする事は必ず成功をするとかう世間一般が確信を持ち出したのであります。それであるから大本の人はそんな躊躇は要らない。若し宗教団体としての大本へ入れと云うたのでは(にはか)には入る訳には行かないかも知らぬが国家を健全に国民を善良に導く運動であれば、皆喜んで賛成するのであります。
 前途は遼遠でありますが今後は政治や、宗教や、教育等総てを超越して惟神の政治を説こう、惟神の教育を説こう、(あるひ)は惟神の宗教を説こうといふ考へになつたのであります。
 私の云ふ事は今日の学者(あるひ)は科学的見地から観れば気違ひと見えるかも知れぬが、私から見ると今日の如くこの腐敗堕落した社会を造つたのは学者や政治家が間違つて居つたからと思ふのであります。
 政治といふものは総て一人も嘆き悲しみ、怨む者のない様にするのが政治である。今日迄に政治家と云ふ者は一人も出てゐない。政策家か(あるひ)は政乱家が出て居つて本当の政治をした者は一人もない。又宗教家もさうであります。経済学者もさうである。経済と会計とを間違うて居る。会計といふものは百円はいつて百円支払うたらそれでなくなる。百円はいつて九十円支出すれば後に十円残る。これが会計であり、今日大蔵省のやつて居るのがそれであります。しかしながら経済といふものは一粒の粟粒(あはつぶ)を蒔いておいて先になるといふと一万粒の()が出来る。之が経済学の本領であります。
 それで皇道経済といふ事を私が云ふたのは即ち一天(いつてん)万乗(ばんじよう)大君(おほぎみ)兵馬(へいば)の大権を御握り遊ばすやうに経済の大権をも御掌握遊ばしまして、つまり国民全部が土地の所有権を奉還(まをし)上げ、従来の金銀為本によつて生じた経済的行詰(ゆきつま)りをこの土地為本の政策によつて打開したならばよいと思ひます。経済が建直つたならばあらゆる行詰(ゆきつま)りが打開されて行くのであります。虎でも、狼でも獅子でも腹が一杯であれば人にかぶりつかない。腹がへつて来るからかぶりつくのであります。
 それで先づ宗教の改革とか、政治の改革とか、教育の改革だとか云うて見た所で肝心の腹がみち足りてゐなければ働こうにも働く事が出来ない。それで私は皇道経済といふ事を主張して今度神聖会の一つの項目として()つたのであります。
 この皇道経済は今日の金銀為本の政策から考へたならば何もわからない。土地為本御稜威(みいづ)為本として考へたならば皇道経済の主眼は判つて来る。恰度(ちやうど)今の哲学なり、経済学は白い米を喰うたならば白い(くそ)が出るといふ結論になつて居ります。併し乍ら実地になると赤い血が出、黄色い(くそ)をたれるのであります。この原理が判つたならば皇道経済の原理も判つてくる。又白い米を食つて黄色い(くそ)をたれ、赤い血が出るのが実地であり、真理であります。これは廿七年間に亘つて皇典その他によつて色々研究したもので、之が発表についても万全を期す為めに著名な各経済学者の意見も聞いて見ました。初めは皆妙な顔をして居たが、諄々(じゆんじゆん)と説いて来ると「これでなくちやいかん」之でなら日本も救はれ、世界も救はれるといふ事を皆承知する様になつたのであります。それが為に愈々(いよいよ)決心して第一着手として世界の経済界の建替建直しを声明し、その実現に努力してゐるのであります。
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