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治安維持法の「改正」

インフォメーション
題名:治安維持法の「改正」 著者:大本七十年史編纂会・編集
ページ:581 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B195402c6412
 一九四一(昭和一六)年二月七日、ついに治安維持法改正案が「第七十六帝国議会」に提出された。これは同月二〇日衆議院で原案通り可決し、同日貴族院に回付され、三月一日には貴族院で可決するという審議の強行により、三月一〇日にはこれを公布した。司法大臣柳川平助は、議会でその提案理由についてつぎのように説明している。「現行治安維持法ハ……大正末期ヨリ昭和初年ニ掛ケテノ思想運動情勢ヲ背景トシテ規定セラレマシタル関係上、共産主義運動、殊ニ日本共産党ノ活動ヲ主タル対象トシテ規定セラレテ居ルノデアリマス。然ルニ運動情勢ノ変化ニ順応シ、治安維持ノ目的ヲ達スルガ為ニハ……無政府主義運動、民族独立運動、又ハ類似宗教運動等、各種ノ詭激思想運動ニモ、亦之ヲ適用スル実際上ノ必要ガアリマスルト共ニ……他面共産主義運動ニ関シマシテモ……其ノ運動形態ハ本法制定当時ニ比シ極メテ複雑化スルニ至リマシタノデ、現行治安維持法ハ事案ヲ処理スル上ニ於テ、不備ノ点が多々存スルニ至ツタ」とのべ、さらに「之ヲ要シマスルニ、現行治安維持法ヲ全般的ニ亙ツテ改正シ、罰則ヲ整備強化シテ其ノ完与ヲ期シ、特別刑事手続ヲ創設シテ、検挙ヨリ裁判ニ至ルマデ、其ノ手続ヲ迅速適正化シ、予防拘禁制度ヲ確立シ、非転向分子ヲシテ乗ズル所ナカラシムルコトハ、現下喫緊ノ要務デアリマシテ、国体ヲ擁護シ、大義ヲ匡シ、以テ高度国防国家体制ノ完参ヲ期スル所以デアルト信ジ、茲ニ本案ヲ提出」したとむすび、「改正」の必要性を力説した。これまで七ヵ条にすぎなかった治安維持法は、この「改正」によって三章六五ヵ条(第一章罪、第二章刑事手続、第三章予防拘禁)に拡大され、「苟クモ国体ニ対シテ不逞ナル変更ヲ加ヘヤウトスル者一切ニ対シテ十分ニ之ヲ適用シ、之ヲ検挙シテ行クベキ任務」と権限があたえられたのである。
 さらに、同じ議会において、内務大臣平沼騏一郎は「憲法第一条ニ『大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス』ト御示シニナツテオリマス。是ハ固ヨリ憲法ニ依ツテ斯ク定ツタノデハナクシテ、肇国以来今日ニ至ルマデ渝ラザルコトデゴザヰマス。即チ天皇ガ国家ヲ統治セラルル、其ノ 天皇ハ万世一系デアラセラレル、茲ニ帰着」すると「国体」を定義し、したがって思想対策としては、この「国体」の線にそって「十分教化ノ方面ニ力ヲ尽シ、尚ホ之ニ洩ルルモノガアリマシタナラバ、是ハ法規ヲ以テ取締リ、之ニ対シテハ徹底的弾圧ヲ加フルコトガ必要」であると強調している。「教化」と「弾圧」、これは権力が自己の支配体制を確立し維持するための常套手段であった。このころ、にわかに『国体の本義』(昭和12・4)についで、『戦陣訓』(昭和16・1)や『臣民の道』(昭和16・7)が軍人・国民に配布され、神祇院を復活(昭和15・11)して各戸毎に神棚を設け、「天照大神」の奉斎を強制したのも、「教化」のための一手段であったし、権力による「教化」にしたがわないものへの徹底的弾圧の手段として「改正」治安維持法が登場してきたのである。
 しかも、期を一にして、昭和一六年三月七日には、「国家機密漏洩」の処罰を名目とする国防保安法が公布された。同月一二月には刑法の一部改正がおこなわれ、「安寧秩序に関する罪」を新設して、「造言蜚語」の取締りが強化された。このほか宗教団体法や陸・海軍刑法がするどい目を光らせていた。こうして弾圧網は幾重にもはりめぐらされ、民衆の「生活」と「自由」はうばいさられてしまったのである。
 ここで治安維持法の改正要点とその理由についてふれてみよう。まず主な改正点としては、国体変革に関する罰則の重化、国体変革を目的とする結社の支援結社(外廓団体)・準備(再建)結社・集団(グループ)に関する処罰規定の新設、個人の行為(宣伝も含む)を処罰する包括的規定の新設、類似宗教団体等に関する処罰規定の新設、検事にたいする広汎な強制捜査権の付与、弁護士活動の制限(国の指定、人数の制限、記録の謄写・閲覧の制限)、第一審判決にたいする控訴の不許可、予防拘禁制の新設などがあげられる。
 治安維持法の改正要点にたいする当局の理由説明はおよそつぎのとおりであった。まず第二次大本事件の影響がもっともいちじるしい類似宗教団体等の処罰規定の新設について、三宅司法次官は、衆議院特別委員会でつぎのようにのべている。「更ニ皇道大本、天理本道、燈台社等ノ所謂類似宗教運動ニ対シマシテモ亦本法ノ罰則ヲ適用シテ、是ガ検挙処罰ヲ行ハザルヲ得ナカツタ次第デアリマシテ、其ノ取締対象ガ立法当時予想セラレタル所ニ比シ著シク拡大セラレ……是等ノ外……神宮又ハ皇室ノ尊厳ヲ冒涜シ、国民ノ国体観念ヲ惑乱スルガ如キ不穏不逞ノ教義ヲ宣布スルコトヲ目的トスル類似宗教団体ニ対シテ、治安維持法ヲ適用スルコト困難ナル為メ、之ヲ結合体ソレ自体トシテ処罰シ得ズ、単ニ個々ノ行為ヲ捉ヘテ之ヲ処断シタニ過ギナイ事例ガ二、三ニ止マラナイノデアリマス。類似宗教団体ノ思想犯罪トシテノ特異性ハ……現実ノ国家社会ノ改革ニ活動ノ重点ヲ置イテ居リマス結果、政治乃至社会運動団体タルノ性格ヲ帯ビテ居リマスト共ニ、其ノ反面ニ於テ宗教色彩ヲ多分ニ帯ビテ居ル点ニアルノデアリマシテ、主トシテ政治乃至社会運動ヲ取締対象トシテ居リマスル現行法ヲ以テ処断セント致シマスト、勢ヒ法ノ不備ヲ免レナイノデアリマス。其ノ必要ニ鑑ミ、新タニ国体ヲ否定シ、又ハ神宮若シクハ皇室ノ尊厳ヲ冒涜スルコトヲ目的トスル結社及ビ集団ニ関スル処罰規定ヲ設ケタ次第デアリマス」。
 また昭和一六年四月五日の司法省思想実務家会同において、刑事局の太田第六課長は「類似宗教団体中には……其の内容たる教義自体は我国体と全く相容れざる不逞なものであるに拘らず、之を以て直ちに国体変革を目的とする結社と認められないものがあるのであります。斯様な必要にもとづいて類似宗教団体等に関する処罰規定※を設けた」とのべ、さらに「国体の否定」については、「国体を変革するといふことと自から意味が違ふのでありまして、我国体を観念的に抹殺して認めざることを謂ふのである」と説明している。
※ (改正治安維持法)
第七条 国体ヲ否定シ又ハ神宮若ハ皇室ノ尊厳ヲ冒涜スベキ事項ヲ流布スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シタル者又ハ結社ノ役員其ノ他指導者タル任務ニ従事シタル者ハ無期又ハ四年以上ノ懲役ニ処シ、情ヲ知リテ結社ニ加入シタル者又ハ結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ一年以上ノ有期懲役に処ス
第八条 前条ノ目的ヲ以テ集団ヲ結成シタル者又ハ集団ヲ指導シタル者ハ無期又ハ三年以上ノ懲役ニ処シ前条ノ目的ヲ以テ集団ニ参加シタル者又ハ集団ニ関シ前条ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ一年以上ノ有期懲役ニ処ス
 集団規定の新設について三宅次官は「現行法ノ解釈トシテ、結社ハ共同ノ目的ノ為ニスル特定多数人ノ任意ノ継続的結合ニシテ相当結合力ノ鞏固ナモノデアルト解セラレテ居リマス為、其ノ結社ノ要件ノ一ヲ欠ク場合ニ於キマシテハ之ヲ結社トハ認メ得ナイノデアリマス……所謂「グループ」的存在ノ中ニハ……結社ト認定シ得ナイモノガ相当ニ多ク、現行法ノ規定ヲ以テシテハ、之ヲ結合体ソレ自体トシテ処理シ得」ないため、新設せざるを得ないのであると弁明した。
 控訴を許さない理由については「従来兎モスルト刑事裁判ガ敏速ヲ欠キ、甚シキニ至ツテハ検挙後数年ヲ経過シテ尚ホ判決ノ確定ヲ見ザル事例モアリマシテ、斯クテハ刑罰ノ効果ヲ期待シ難キ感ヲ蔵シ……裁判確定セザレバ之ニ伴フ社会不安ヲ解消セシムルコト困難ナル事例ニ乏シクナイノデアリマス。元来此種事件ハ其ノ実体的内乱予備ニ該当致スノデアリマス。現行刑事訴訟法ガ内乱予備事件ヲ大審院ノ特例権限ニ属セシメ一審制ヲ採用致シタ立法趣旨ニ鑑ミマスルナラバ、此ノ種事案ハ極メテ敏速ニ処理スルコトガ必要デアルコトハ申スマデモナイ」ことと、その必要性をとくに強調している。
 さらに弁護活動の制限については「被告人ノ弁護ニ名ヲ藉リタ所謂法廷闘争ヲ防止セントスルニアル」とその目的をのべているが、この点については、昭和一五年五月の思想実務家会同における、大阪控訴院の岩田判事の注目すべき発言がある。「現在大阪控訴院には大本教事件、ひとのみち事件が繋属して居るのであります。ちよつとその大きさを記録に依って申しあげますと、大本教の方は一万五千余頁になって居ります。第一審の審理回数が大本教は百五十回であります。……公判の立場として非常に考へなければならぬのは、斯ういふ事件に関聯した教団の者が非常に弁護の資金を有って居るといふことです。……法廷闘争をやりますのは弁護人の側といふのが実情ではないかと思ひます。ですから或事件に関係された裁判長の御意嚮に依ると、寧ろ斯ういふ風な類似宗教事犯の審理に付て根本の問題は、露骨に申しますと弁護人の操縦問題に帰する」といい、また岩田判事は、判事という立場から「最も根本の問題としては、類似宗教の犯罪内容は想像以上に非常に不逞な犯罪である」と断定しているのである。
 治安維持法についての改正要点および改正の理由は、当局の以上の発言にもあきらかであるが、ここで注意しなければならないことは、宗教運動を「左右両翼の詭激思想と何等択ぶところがない」「社会運動乃至政治運動」とみなし、処罰の対象が、あらたに、国体否定の思想、不敬罪、集団や個人の行為、宣伝の罪、予防拘禁にまで拡大されていること、および検事の権限が強化された反面、裁判における被告人の権利か剥奪されたことであろう。そしてこの改正については第二次大本事件による影響がすこぶる大きかったこともみのがすことができない。
 なかでも重要なことは、昭和一〇年の時点で第二次大本事件にたいし、治安維持法を適用したことの不当性を当局みずからみとめていることである。「類似宗教運動等……ニモ亦之ヲ適用スル実際上ノ必要ガアリマスト共ニ……現行治安維持法ハ事案ヲ処理致ス上ニ於テ不備ノ点ガ多々存スルニ至ツタ」(柳川司法大臣)、また「類似宗教運動ニ対シマシテモ亦本法ノ罰則ヲ適用シテ是ガ検挙処罰ヲ行ハザルヲ得ナカツタ」、「主トシテ政治乃至社会運動ヲ取締対象トシテ居リマスル現行法ヲ以テ処断セント致シマスト、勢ヒ法ノ不備ヲ免レナイ」(三宅次官)という改正理由の説明のなかには、「法ノ不備」をおかしてまで、大本にたいして治安維持法の適用を強行した当時の「政治的要請」が如実に裏書きされている。さらに「其の内容たる教義は我国体と全く相容れざる不逞なものであるに拘らず、之を以て直ちに国体変革を目的とする結社と認められない」(太田課長)、「其ノ結社ノ要件ノ一ヲ欠ク場合ニ於キマシテハ之ヲ結社ト認メ得ナイ」(三宅次官)というにいたっては、その不当性を自ら告白してあまりある。
 宗教団体にたいする結社認定の不法性については、昭和一七年七月、大阪地方裁判所芦刈判事が『最近に於ける類似宗教運動』のなかで「類似宗教団体の結社結成の時期、同加入の時期等の認定が法律技術上頗る困難なる問題を提供する。……類似宗教事犯を結社として認定するに付、法律解釈上の擬制全く無しと断言し得る事例があるであらうか。頗る疑なきを得ない。従って、判例、学説の認むるところに従ふ時は、教祖乃至教団主宰者を中心として片面的に多数を吸引せる類似宗教団体の殆どに対しては、之を集団と解する外なき現況にある」とすらのべているのである。
 しかもこの「改正」治安維持法が議会に提出された昭和一六年三月は、第二次大本事件は第一審で治安維持法による全員有罪の判決か下され、第二審の公判がはじめられたばかりの時期であった。
 「改正」治安維持法は昭和一六年六月一五日からその効力を発揮した。あらたな体制をととのえた政府は同年六月に、内閣に思想対策協議会を設置して徹底的弾圧にのりだした。昭和一四年六月燈台社検挙以来しばらくなりをひそめていた宗教団体にたいする治安維持法の発動が、昭和一六年七月以降あいついでおこなわれ、七月には、御国教(和歌山、一〇人検挙)、九月には耶蘇基督教之新約教会(東京・高知・愛知・静岡・兵庫、三八人)、大自然天地日之大神教団(大阪市、二六人)、無教会系基督教者グループ(東京・大阪・兵庫、八人、軍刑法併合罪)、菩提堂(名古屋、六人)、一〇月には、忠孝陽之教(熊本市、一〇人)、御先神教団(那覇市、三人)、一一月には、本門仏立講尾鷲道場(三重県、二人)が検挙された。これらをふくめて昭和一六年中に検挙取締りをくわえられた宗教関係の総件数は「実に千十一件の多きに達」したが、しかもなお当局は「宗教団体の銃後活動並に時局諸運動の状況を観るに、孰れも倦怠の風を示し概ね低調の一路を辿り、僅かに二、三の教宗団が特殊の週間、記念日等に際し若干の行事を執行せるの外、格別の運動を見ざる状況」にあるとして焦慮し、さらに教化と弾圧を強化していったのである。
 一方、経済への統制・国家管理も強化されていった。政府は、経済新体制要綱を決定(昭和15・12月)し「国防経済の自主性を確保」するため、「大東亜共栄圈」の開発と資源確保につとめるとともに、国内経済機構の戦時統制強化を極力いそいだ。独伊との枢軸強化によって米英の日本にたいする経済圧迫はつよまり、独ソの開戦(昭和16・6・22)によって欧州との交流が杜絶した。そのため国内の産業体制にいっそうの高度戦時化が要請されるにいたったのである。国民生活全般にわたる統制支配をおこなうための戦時立法として、もっとも高度のものであった国家総動員法が全面的に発動され、会社経理統制令・銀行等資金運用令改正・重要産業団体令・株式価格統制令・生活必需物資統制令・貿易統制令が、昭和一五年一〇月から翌年五月にかけてつぎつぎと公布された。また電力や海運などの基幹産業にたいする国家管理が急激に拡大された。すべてに軍需が優先し、民需は極力きりつめられた。すでに賃金はストップされ、生活必需物資までが配給となっていた民衆の生活はさらに窮迫し、物資の不足・物価の高騰もますますめだってきた。
 当時時局は緊迫の一途をたどりつつあった。昭和一六年に入って日本の南方進出はいよいよ露骨となった。前年すでに援蒋ルート遮断の名目で北部仏印へ侵入した日本軍は、南方拠点確保のため七月ついに仏印の南部に上陸し、またおなじ七月には満州で兵力七〇万・馬匹一四万・飛行機六〇〇機を動員し、「関東軍特別大演習」と称してソ連軍にたいする牽制作戦をおこなった。その間にアメリカの態度は硬化し、石油の輸出禁止を決定、在米日本資産の凍結をおこない、日米交渉もしだいに暗礁にのりあげていった。そのため日米交渉の打切り、早期開戦論がつよく主張され、ついに一〇月、第三次近衛内閣は総辞職して、ここに東条内閣が出現した。
〔写真〕
○学校に奉安殿をもうけ天皇神聖不可侵の国体観がうえつけられた 銃を肩に隊列をくみ拝礼をする小学生 p582
○治安維持法が改悪され宗教団体にも公然と権力が介入してきた p587
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