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委員長の全国遊説

インフォメーション
題名:委員長の全国遊説 著者:大本七十年史編纂会・編集
ページ:852 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B195402c7431
 一九四七(昭和二二)年五月の北九州を皮切りに、出口伊佐男委員長は「新日本建設と愛善苑」という演題で、全国に遊説をつづけ各地でおおきな反響をよんでいた。
 この遊説の目的には、主としてつぎの三つのねらいがあった。その第一は敗戦後の日本人がなすところをしらず、虚脱状態にあるときに、「新日本の建設は如何にあるべきか」「これについて愛善苑はどう考えているか」をうったえて、日本人および信徒のあたらしいたちあがりをうながすこと。第二には、大本は一九三五(昭和一〇)年、第二次大本事件によって当局の大弾圧をうけ、世間からは国賊とののしられ、一般に悪い印象をのこしていた。終戦後まもなく事件は解決したが、一般国民にはそれが知られていない。委員長は全国を遊説し、日本の各層・各界にわたって「大本事件の解決」を周知させ、「愛善苑新発足」の意義をうったえること。第三には事件後の地方信徒の実情視察をかねて、あらたな信仰の方向づけと激励をなすとともに、新組織の拡大強化および新信徒の獲得をめざすことにあった。
 一二年ぶりに愛善苑の名によって対外講演がひらかれることになり、委員長をむかえるために各地の信徒は連日奔走し万全の準備をととのえた。会場はおおく公会堂・学校・映画館・劇場・公民館・商工会議所などの公共施設が準備された。宣伝には各地とも熱心にとりくみ、メガホン隊の組織、立看板、ポスター・ビラの街頭配布、新聞折り込み、戸別訪問、招待状の発送などをなし、なかにはマイクをそなえつけた宣伝カーをくりだすなど非常な苦心と努力がはらわれた。
 遊説は五月の北九州にはじまって、七月に北陸、九月に南関東、一〇月に山陽、一一月に東海、翌一九四八(昭和二三)年一月に神奈川・静岡、三月に北関東、四月に東北の各教区におよび、その他島根・鳥取・近畿第一・近畿第二・三丹・和歌山および四国の各教区など、わずか一年間に一五教区(全国二二教区)の一都二府二七県で遊説が実行された。遊説はなおもつづけられ、六・七月には北海道、八・九月には新潟から秋田・青森へとくりひろげられている。その後もひきつづき各地域への遊説がおこなわれ、一九五一(昭和二六)年頃までには全国の都道府県の主要都市をほとんど一巡した。この遊説における講演会入場者数を、北海道から東北における各地についてみると、一九四八(昭和二三)年六月には、帯広市(商工奨励館)三〇〇人・根室町(朝日会館)六三〇人、七月には、紋別町(紋別座)一五〇〇人・旭川市(北海ホテル)四〇〇人・秩父別(秩父座)四〇〇人・滝川(商業協同組合)三〇〇人・札幌市(西創成小学校)四〇〇人・小樽市(市議会議事堂)四〇〇人・札幌鉄道教習所五〇〇人・狩太村(村会議事堂)一五〇人・幌別(日鉄文化会館)四〇〇人・洞爺温泉(温泉クラブ)三五〇人・東瀬棚(消防団本部)三〇〇人・函館市(共愛会館)四〇〇人、八月には、新潟県加茂川町(高等学校)四五〇人・新発田市(栄座)四〇〇人・秋田市(商工会議所)一六〇人、九月には、青森県弘前市(商工会議所)六〇〇人・青森市(商工協会緑館)五〇〇人・大湊町(公会堂)二〇〇人・田名部町(神社拝殿)八〇〇人・野辺地町(中学校)二五〇人・八戸市(本覚寺会館)二〇〇人となっている。だいたい各地とも同じような盛況であった。これはひとえに、地方信徒が一〇年間の束縛から解放された熱狂的な活躍にまつところがおおきいが、同時に戦前における大本の予言警告をいまさらのように思い出して、敗戦日本の前途におおきな関心をもった国民のすくなくなかったことをものがたっている。聴衆のなかには僧侶・神職・キリスト者などの各宗教人の顔もみえ、また教育者・文化団体・民主団体など土地の有力者が多数まじっていた。
 委員長の講演は、二時間から三時間以上にもおよび、翌日の各新聞にはきまって愛善苑の催しがおおきく掲載された。
 講演会の前後には、地元新聞・放送関係者との共同会見がおこなわれ、また、宗教者、市町村議会議員、実業家、教育関係、官公庁関係、民主団体・文化団体・青年団体・婦人団体などの有志や有力者との懇談会も積極的に開催された。
 委員長は講演後かならず聴衆の質問に答え、また新聞記者団との会見でも種々の質問をうけたが、それらの質問の内容の主なものは、(1)大本の名をあらためて愛善苑とした理由、(2)大本時代と愛善苑になってからどうちがうか、(3)もとは予言をさかんにやったが、いまはどうか、(4)愛善苑の「神観」について、(5)日本の再建にたいする愛善苑の考えはどうか、(6)天皇制をどうみるか、(7)階級闘争についてはどう思うか、(8)愛善苑は産児制限についてどう説いているか、などであった。委員長はこれにたいし、懇切に愛善苑の精神にたって解明した。
 信徒を対象とした集会では、愛善苑新発足の意義を強調し、とくに予言信仰、時節待ちの信仰、霊のみにとらわれて現実生活を無視している神がかり的信仰をいましめ、立直し運動の使命を強調した。
 このようにして委員長の全国遊説により、一応全国各新聞に大本事件の解決と愛善苑の新発足が報道され、ジャーナリストや文化人、地域の有力者のあいだに、かなりの理解をふかめることができた。また信徒たちは、ながい冬ごもりから解放されて春陽をむかえたかのように、自信をもって街頭に進出し、宣教にのりだす勇気をとりもどした。委員長が各地でおこなった講演内容は、『新日本建設と愛善苑』(B6判五〇頁)として刊行され、宣伝用にも使用された。委員長の全国遊説行脚の結果は、その後の宣教活動とあいまって、本部への参拝者・修行者・新入信徒のいちじるしい増加となってあらわれてくる。
〔写真〕
○雌伏12年忍苦と期待が爆発し信徒は遊説をもりあげた 愛知 p853
○委員長の全国遊説はじまる p853
○教団の新発足を宣言し信徒の結集と日本の立直しを力説した p854
○遊説は4年にわたり全国の各階層におおきな反響をよんだ 北海道の農村をゆく遊説隊と誠実卒直な論調にききいる聴衆 p855
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