二十三四歳の頃
一円の懸賞附きにて醤油五合飲みくらべせし友のつどひて
眼をつぶり顔をしかめて五合の醤油をやつと飲み干しにけり
咽喉かわき耐へがたきまま里川の流水がぶがぶ鯨飲なしたり
冷水を幾許飲んでも咽喉かわく苦しき腹は布袋となりぬ
布袋腹にはかにいたみ雪隠に一日数十度かよひつめたり
一円の懸賞とりて農繁の秋半月を病床にくるしむ
わが病める原因父は探知して大いにいかり床より追ひ出す
腹下し瘠せおとろへし身を起し泣き泣き秋田の麦蒔なしぬ
空想にふけりつ秋田に麦を蒔きつ後見ず高岸ゆ墜落をなす
一丈余の高岸の上より逆さまに山田に落ちて腰いためける
足乳根の父に隠してびつこひき半泣き顔を秋田にはたらく
いつの間にか腰部はしるく腫れあがり遂には父に発見されたり
足乳根の父は驚き医師の家に顔あをざめて自ら走せ行く
赤熊の外科医来たりて診断し不治の疵よと宣りてかへれり
外科医師の言に少しは驚きしが勇気を鼓して灸すゑて見し
三週間一日も欠かさず灸すゑて腰のなやみも全くなほりぬ
初冬の空に麦田をたがやせば又腰冷えてチクチクいためり
灸すゑてやうやく腰は癒えたれどつづいて腹水病
を起せり
津の国の草山村に灸の師を訪ひてやうやく平癒にむかひぬ
灸の師の家に警官入り来たり無免許医と曳きてかへれり
灸術師老爺のあとを追ひながらわれも地黄の警察に行く
灸術師二十五銭の科料金気の毒のままべんじてかへる
八十のとしをとりたる老灸師二十五銭で放免されたり