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第四章 宗教と政治

インフォメーション
題名:第4章 宗教と政治 著者:出口王仁三郎
ページ:411 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B121802c163
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]神霊界 > 大正7年5月1日号(第61号) > 宗教と政治(二)
 余輩前章に於て、現代の既成宗教は悉く小乗教の域を脱せないと論破した。火星に人類若しくは人類類似の生物が生存するとせば、彼等は苦辛惨憺して空気の保存に腐心して居ると云う学説がある。然るに地球上に生存して居る我々は、空気の保存に一度も腐心した事がない。殆んど吾人は無意識に空気中に生存して居るのである。空気の保存なんかは、毫も顧慮しなくて好い問題である。
 寒くば火鉢に暖まれという、火鉢で足らねば暖炉にせよという、暖炉を設けて重ね着して尚お寒くば何とする。酒でも飲んで炬燵に暖まれという。実に注意周到な御教示である。併し私には炭火もあり、重ね衣する衣服も有れど、貧困者は何としよう。私は炬燵に這入て居って暖くとも、隣の杢兵衛は夫れが出来ない。大家の旦那は酒を呑んでストーブに暖まって居るが、私には暖炉の設備が出来ませぬ。酒も嫌いです。そんな事は世の中に何程もある。
 大風呂を沸して、向い三軒両隣の人々を招いて、素裸にしてその大風呂ヘブツ込んで見給え。十人でも二十人でも一時に暖まつて、誰彼の差別なしに同様に暖いから、着物を重ねる世話もなく、炭火を購う要もない。裸体ほど一視平等のものはない。誰の羽織が絹物で、誰の衣服が木綿物だと議論する必要がない。一様に温かい湯は、誰にも同様に温かいに相違ない。吾人は、炭火を用意せよ、着物を重ねようという教を小乗と謂い、風呂へ入れる教を比較的大乗だと仮りにいうて見たいと思うのである。
 ヤレ修養だとか、ヤレ修行だとか、ヤレ道徳だとか、ヤレ宗教だとか謂って、種々の事柄を強いらるるのが、吾々の全体を通じた仲間に出来ようか。出来得る人も在ろう、出来得ない人も沢山あろう。彼の桃源に鋤犂を採って働いて居たという人々が、毫も悪事をせなかったというのは、渠等(かれら)が幾多の修養を為し、幾多の修行を為した結果であろうか。
 周囲の空気が悉く花の香を含んで、春の光が普く人の上に輝く場合に、誰が悪念を抱くものがあろう。抱かんと欲するも得べけんやである。無意識に善人が集団して、自然の天国が茲に開けるのだ。社会が淆濁した時に個人の修養が叫ばれ、世の中が乱れて来ると、個人の修徳が重んぜらるるものである。古書や古人の言を引用するまでも無い事である。
 世を悲観する際に宗教が起ったのである。現界の不満に対して、幽界・幽事の願求(がんぐ)が現われるのである。真実の生活には顕幽の隔別(わけへだて)がない。顕幽の別れ始めが、人間の堕落の第一歩である。
 現代の既成宗教が説く所は、悉く堕落した教義であり、個人に修養を勧める所の小乗教である。一つとして大乗がない。大風呂ヘブツ込み、桃源を実現する用意がない。換言すれば、政事を忘却して居る所の(ひま)人間の政務である。
 平天下が修身・斉家に始るとは、『大学』の謂う所である。修身・斉家が出来ずして、平天下が望めないのは当然かも知れぬが、本が乱れて末治まるものは非ずという語も深く味って見ねばならない。火星の人類は空気の保存に、痛く腐心せるかは知らないが、吾人は空気の存在を意識せぬ程に、楽しく生活が出来て居るのである。
 無上の政事・理想の政道が世に施かるる事となったら、どんなものであろうか。その時にも矢張り、八釜敷(やかましく)修身・斉家を謂わねば成らぬもので在ろうか。古い話だが、「大道(すた)れて仁義有り。乃至(ないし)聖を絶ち智を棄つれば、民の利百倍。仁を絶ち義を棄つれば、民孝慈に復る。巧を絶ち利を棄つれば、盗賊有ること無し」では無かろうか。上に政道が乱れて下に修徳を強らるるより、悲惨な世の中はないのである。政道が正に復して、万民修徳の必要を感ぜないより結構な世の中はないのである。
 宗教即政道、政道即宗教であつて、現土に(はじ)めて天国が来り、浄土が実現するのである。然らざれば幾千万載待った所で、仙代萩(せんだいはぎ)の千松の様に、天国も浄土も実現するのではない。政道即宗教の本義を称して、祭政一致と謂うのである。現代の宗教家に、一人も斯様な意義に心着くものは在るまい。大日本皇典(大本教)は、畏くも祭政一致の御本義を説かせ給うこと、最も詳細を究めさせ給うのであつて、宇内宝典の第一の神髓に渡らせ給うのである。
 宗教家は、直ちに反抗して謂わむ。政事なるものは、現在一応の事であって、永遠の未来に(わた)って効果があるものでない。現在は実に刹那の幻影にして、未来は永劫の実在土であると。
 仏者、仏教をしらずとは善く謂つたものである。現在とか未来とかいうものが、切り離して別々にする事の出来得るものと為して居る。真言の即事而真(現象即実在)、天台の娑婆即寂光などは、皇典の真義を傍系的に伝えた確論である。加之(しかのみならず)、皇典は顕幽不離の上に於ける、天壌無窮の祭政一致を立証し給うが故に、諸宗教の根本地であり、諸宗教の統主なのである。
 大正と謂う御代の言義は、「大に正す」の御代である。大に本源を正し、大に国基を正すべき御代である。其大根本を正し得て、而して後に(はじ)めて政道が厳立するのである。
 神武天皇の御詔勅に曰く、
「上は則ち乾霊(あまつかみ)の国を授けたまひし(みうつくしび)に答へ、下は則ち皇孫の正を養ひたまひし心を弘めむ」
 開祖の垂示に曰く、
「今までは大の字、逆さまの世でありたなれど、この大本から大の字を本様(ほんさま)(なを)すぞよ。云々」
 正は政である。政は正を幕となす。養正の二字に深く心を留めて拝誦すべきである。
養正の御成立あつて、「然して後に、六合を兼ねて都を開き、八紘(あめのした)(おほ)ひて(いへ)にせむ」の大理想に達し給うのである。
 開祖の垂示に曰く、
「元の昔の神代に正すぞよ。都を開ひて、三千世界の世の持ち方を大正(たてなほ)するぞよ。これも天の時節が参りたのであるぞよ。時節には何も叶わぬぞよ。時節ほど結構なものはないぞよ。云々」
 日本国の使命を知れば、一切の宗教が蘇生するし、日本国の使命を忘却すれば、一切の宗教は滅亡するのである。
 日本の皇典は飽くまでも経学である。自余の一切の学は緯学である。経緯相識りて、燦爛たる日本錦は、織り成さるるのである。
 凡そ大乗なるものは、大乗の国に於て起るベきものであり、大乗の起るベき時に到って起るベきものである。世界を救うベき大乗の起るのは我日本国からであり、開祖の神示の如く、「神も仏事も人民も勇んで暮す世になるぞよ」との、大正の御代なる事を忘れてはならぬのである。
 祭政一致の先駆を為す所のものは、右手に剣である。左手に経典である。右手の剣を草薙剣(艮金神)と謂い、左手の経典を皇典『古事記』(大本教)と謂うのである。
 日本国民が草薙剣の御本義と、皇典『古事記』の御本義を了解し、其の御本義のまにまに決行する時こそ、祭政一致・天国到来の(とき)である。国民たる者、何ぞ勇奮せざるや、奮励努力せざるや。
(大正七、五、一、神霊界誌)

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